表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
死に戻りの箱庭ダンジョンで、亡き家族を取り戻すため俺は何度でも死ぬ  作者: タイハクオウム


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

17/17

ゴブシチュー

 第四層の空気にも、だんだんと慣れてきた。俺は壁際をなぞるように歩を進めていた。


 前方の通路に影が揺れた瞬間、俺はとっさに岩陰へ滑り込んだ。


 湿った苔の匂い。鼻先すれすれを、重い足音が通り過ぎていく。


 ゴブリンの一団だった。五体。棍棒をかついだ個体が二体。腰に石の刃物をぶら下げた個体が一体。そして、最後尾には、弓と矢を雑な紐でくくりつけた個体が二体見えた。


 彼らは何かをくぐもった声で言い合いながら、こちらには気づかずに通り過ぎていく。笑うような、苛立つような、あの濁った声。


 息を潜めたまま、背中を岩に押し付けた。


(……あれは、まだ無理だ)


 硬質化で一体は潰せる。二体目も、どうにかなるかもしれない。だが、三体目、四体目は確実に処理しきれない。弓持ちまで混じっているならなおさらだ。


 足音が完全に遠ざかるのを待ち、ようやく岩陰から体を離す。


「……群れは避ける。今は、まだ」


 小さく呟いて、自分に言い聞かせる。


 単独の気配だけを拾って狩り、最低限のドロップだけを回収する。


 それが、第四層での方針だった。


 やがて、通路の先に、ひとつだけの足音が響いた。


 俺は壁際の陰に身を寄せ、気配を探る。あの生臭い汗の匂いが近づいてくる。


 一体だけ。さっき見た一団とは違い、足音も軽い。


 視界の端に、緑灰色の足が現れる。続いて、筋肉質だがやや細めのふくらはぎ。腰にはぼろ布と、干からびた肉片らしきものがぶら下がっている。


 ゴブリンだ。


 俺は青のナイフを一本抜き取った。硬質化を右肩から肘、手首、指先まで細く繋ぐ。左足の足首と膝も、軸として軽く固める。


 通路に姿をさらすと、ゴブリンのぎょろりとした目がこちらを捉えた。


 短い唸り声。次の瞬間には、奴は地面を蹴って距離を詰めてきた。


 上体を揺らし、石ナイフを振るう。フェイント混じりの一撃は、さっき初めて戦った個体と同じだ。


「二度目は、通じない」


 腰を落として半歩外へ滑り、硬質化した前腕で刃を払う。同時に軸足で床を強く踏み込み、肩から拳までの線に力を通す。


 ナイフが、ゴブリンの顔面と喉をほぼ同時に叩きつけた。


 骨が軋む重い手応え。乱杭歯が砕け、濁った声が喉の奥で潰れた。ゴブリンは崩れ落ち、その輪郭を溶かすように消えていく。


 足元には、一つの物体が残った。


「……なんだ、これ」


 薄い銀色のパウチが、ぺたりと床に転がっていた。


 手に取ると、ぬるい感触が指先を伝う。表面には、どこかで見たようなツルツルした印刷。中央には、馬鹿みたいにデフォルメされたゴブリンの顔が描かれていた。乱杭歯をむき出しにして笑う緑の顔。その横には大きな文字で、こう記されている。


『ゴブシチューくん やみつきビーフ味』


 しばらく、言葉が出なかった。


 現実で見慣れたレトルトパウチに、ゴブリンの顔をべったり貼り付けたようなデザインだ。


 裏面には、成分表示らしき細かい文字がびっしり印刷されている。


「……読める?」


 思わず、独り言が漏れた。


 三層で拾ったドロップ品は、どれも途中から文字が崩れていた。アルファベットとも記号ともつかないノイズみたいな線がびっしり並んでいて、“何か書いてある”のは分かるのに、内容はさっぱり分からなかった。


 それがこのパウチに関しては――


「おいおい……」


 頭の中に、銀髪の神の顔が浮かんだ。


 三層までは“よく分からない飲み物”でぼかしておいて、四層に入った途端、“ゴブリン印のおいしいご飯”をちゃんと読ませてくる。


 ゴブリンの顔付きパッケージを見ながら、その中身が何なのか、嫌でも想像できるようにしてくる。


「性格悪ぃな……マジで」


 ため息のような愚痴が洩れる。


 読めなければまだ、曖昧な不安で済んだ。だが、こうして中身まで具体的に分かったうえで「さあ食え」と突きつけてくるほうが、よほどタチが悪い。


「……こんな顔のやつに襲われた直後に、その顔付きの飯って……」


 思わず、呟きが漏れる。


 神の顔が頭に浮かんだ。銀髪の、だるそうな目。あいつなら、こういう悪趣味な遊びを平然とやるだろう


「悪趣味にもほどがあるだろ」


 ゴブリンの顔が印刷されたパウチを、しげしげと眺める。腹は減っている。第三層からここまで、俺が口にしたのはエナジードリンクだけだ。


 だが、さっきまで本物のゴブリンの喉を刺し、顔面を殴り飛ばしていたばかりだ。その顔と、目の前のパウチの笑顔が、妙に重なってしまう。


「……今はいい。食べるにしても、心の準備がいる」


 そう結論づけて、パウチをマジックバックに放り込んだ。


 その後も、単体のゴブリンを慎重に狩り探索を進めていく。


 複数体の気配が重なったときは、迷わず引き返す。今はまだ、無茶はしない。それが“生き残るための正解”だと、自分に言い聞かせながら足を進める。


 注意深く。静かに。


 ――このときは、まだ知らなかった。


 そうやって慎重に刻んでいるはずの一歩一歩の先で、“死ぬ”場所まで、神のほうではきっちり用意済みだということを。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

少しでも「続きが読みたい」と感じていただけましたら、

☆評価やブックマークで応援していただけると、とても励みになります。

感想も大歓迎です。今後の創作の参考にさせていただきます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ