影に笑うもの〈sideB- 後編〉
通路の奥に残っていたグループのメンバーたちが、怯えた目でこちらを見ている――はずだった。
だが、彼らの視線は、鞍馬を素通りしていた。
まるで、そこに誰もいないかのように。
気配遮断。
存在感そのものを薄めるスキル。
「うん、最高」
ステータスを表示する。
――――――――――
【レベル】3
【スキル】気配遮断
【状態】軽度疲労
【装備】
・なし
――――――――――
文字を確かめ、満足げに表示を閉じる。
グループの一人が、おそるおそる口を開いた。
「……今の、何が……」
「見えてないのに、説明しようがないでしょ」
鞍馬は、彼のすぐ横を通り過ぎながら、独り言を漏らす。
誰にも届かない声で。
第二層の闇の中で、彼の存在はすでに「影」のようになりつつあった。
どれだけの時間が経ったのか。
スライムを狩り、レベルを上げ、気配遮断の感覚に慣れたころ。
鞍馬は、ふと一層へ戻る階段を見た。
「……そろそろ、様子も見に行ってみようか」
三層、四層。
先へ進んでいる人間が、何人いるのか。
彼は階段を上りながら、さきほど一層で見かけた黒髪の女と少女のことを、ぼんやりと思い出す。
守ろうとしていた。
震えながら、それでも腕を離さなかった。
その姿は――
(壊すと、きっと面白い)
そんな感想とセットで、記憶に貼り付いていた。
だが、今はまだ時期ではない。
「まずは、“先頭”を見ないとね」
三層に足を踏み入れる。
湿気。
そして、遠くのほうから、鈍い振動のような音が微かに伝わってくる。
戦闘の音。
何かが殴られ、何かが潰れる音。
鞍馬は、気配遮断を起動した。
自分の輪郭が、洞窟の闇に溶ける。
足音が、完全に消える。
呼吸のリズムすら、周囲の湿気に紛れていく。
ゆっくりと、音のする方へ向かう。
やがて、岩場の陰から、ひとりの男の背中が見えた。
蛇型モンスターの頭を、拳で叩き潰す。
飛びかかってくる牙を、紙一重で避け、逆に踏み込む。
その動きには、無駄がなかった。
それでいて、ぎりぎりのところで戦っている。
恐怖も、痛みも、全部抱えたまま、それでも前へ出るために削り取っているような、ぎこちなさ。
蛇が崩れ、エナジードリンクが転がり出る。
男――中川和真は、それを拾ってマジックバックに詰めていた。
額には汗。
右腕にはまだ傷の痕。
それでも、前を見る目だけは、妙に澄んでいる。
鞍馬は、その目に興味を引かれた。
(ああ、これ、いいな)
絶望と、執着と、かすかな希望。
全部が入り混じった、汚くて、どうしようもなく人間くさい目。
彼は、ほんの少しだけ音を立ててみた。
和真が振り向く。
通路の闇を睨むように、視線を走らせる。
だが、何も見つけられない。
気配遮断に包まれた鞍馬の姿は、岩陰と変わらなかった。
それでも――和真はしばらく、その方向から目を離さなかった。
「……誰か、いるか?」
低く漏れた声。
緊張と警戒と、それでも前へ進まなければという覚悟が混じっている。
やがて、和真は小さく首を振り、再び奥へ向かって歩き出した。
四層を目指して。
その背中を、鞍馬は静かに目で追う。
「……決めた」
誰にも聞こえない声で呟く。
「君は、僕の“退屈しのぎ”にちょうどいい」
自分より少し年長のその背中に、得体の知れない執着が芽生える。
どこまで行くのか。
どこで折れるのか。
どれだけ壊しても、立ち上がるのか。
全部、見てみたくなった。
和真が視界から消える。
鞍馬勇樹は、闇の中で気配を殺したまま、その後を追った。
影のように。
意志を持った観客のように。
いつでも舞台に上がれる、もう一人の“プレイヤー”として。
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