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死に戻りの箱庭ダンジョンで、亡き家族を取り戻すため俺は何度でも死ぬ  作者: タイハクオウム


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1/19

白の奈落で

 世界が終わる瞬間が、こんなにも静かなものだとは思わなかった。


 中川和真の視界は、気づけば真っ白だった。

 光が溢れているわけでもなく、ただ色という概念そのものが剥ぎ取られたような、無味無臭の空間。


 耳鳴りのような沈黙――いや、沈黙すら“作られた演出”のように思える、異様な圧迫感。


 体を動かしてみる。反応はある。息もできる。

 けれど温度がない。冷たくも熱くもない。ただ、「白」で満たされている空間に、自分という存在だけがぽつりと浮いている。


 そこに、光が一つ弾けた。

 ひとり、またひとりと、白の床に人間が立っていく。

 泣き出す者。

 叫ぶ者。

 呆然と立つ者。

 怒鳴る者。

 周囲を観察する者。


 年齢も国籍も、服装すらバラバラだ。


 病室のパジャマ姿の老人、スーツの会社員、制服姿の少女、髪を刈り上げた強面の男、包帯を巻いた若者、ギラついた目をした女。


 中には、腕や首に不穏な刺青を入れた男もいて、乱暴な言葉を吐き散らしている。


 その喧噪の中で、和真はただ静かに立っていた。


 疲れていた。

 いまさら驚く気力すら残っていなかった。


 自分がどう見えるか理解している。

 中肉中背、冴えない黒髪、伸びすぎた前髪。会社帰りのスーツはシワだらけで、眠気を隠しきれない目の下のクマ。どこにでもいる、平凡で影の薄いプログラマー。


 だが、その胸の奥は、空っぽだった。


 ――妻と息子の死。


 全身が沈むような、重い影をいつも抱えていた。


 あの日、車のフロントガラス越しに見えた光景は、一生消えない。高速道路の横転。潰れた金属。嗚咽。血。


 優しい笑顔の妻・絵里奈。

 まだ2歳だった息子・陽斗。


 あの二人がいない世界に、意味なんてあっただろうか。仕事も、生きる理由も、すべてが灰色になっていた。


 そんな心は、今の混乱の中でもほとんど揺れない。


「……夢だろ、これ」


 呟いても、誰も反応などしない。

 そもそも返事が欲しかったわけでもない。


 白の空間の奥で、突然――


 パチンッ。


 指を鳴らすような乾いた音が響いた。


 その瞬間、世界の中心に“玉座”が現れた。

 黒と金で装飾された、禍々しくもどこか作り物めいた椅子。そこに男がひとり腰掛けている。


 長い銀髪。金色の瞳。

 笑っているのに、どこか魂が抜け落ちたような表情。


「はじめまして、人間諸君。私は神だ」


 声は澄んでいて、耳の奥に直接響くようだった。


「……神?」


 誰かが呟く。


 男は、気怠げに顎を持ち上げた。


「この世界の創造主であり、そしてお前たちの召喚者。

 目的は――ただの娯楽だ」


 騒ぎが爆発した。


「ふざけんな!」「帰せ!!」「どこだここ!!」

「子どももいるんだぞ!?どういうつもりだ!!」


 怒号、悲鳴、泣き声。

 人間がむき出しになる瞬間。


 神はそれを楽しむように目を細めた。


「お前たちには、私の造った“箱庭ダンジョン”を踏破してもらう。

 全100層。

 クリアすれば――」


 金色の瞳が周囲をゆっくり舐め回した。


「――望みを、ひとつだけ叶えてやろう。何でもだ」


 一瞬、世界が静かになった。


「なんでも……?」


 誰かの声が震える。


「そう。死者蘇生でも時間の巻き戻しでも、世界改変でも、永遠の命でも。

 “成功した者”には、どんな願いでも与えよう」


 その言葉を聞いた瞬間――


 和真の胸に、久しく感じていなかった“熱”が灯った。


(……時間の、巻き戻し)


 脳裏に、絵里奈と陽斗の姿がくっきり蘇る。


 柔らかな朝の光の中で笑っていた妻の横顔。

 小さな手で頬を触ってきた息子の温もり。


 もし――

 もしあの日の前に戻れたら。


 仕事を変えればよかった。

 疲れているのに運転しなければよかった。

 もっと家族と一緒に過ごせばよかった。


 胸の奥がじりじりと灼けていく。

 ずっと凍りついていた心が、ゆっくりと動き出す。


「ただし」


 神は、愉快そうに微笑んだ。


「お前たちは、途中で何度死んでも構わない。

 一層に五体満足で蘇らせてやる。

 ……死の痛みと記憶は残すがね」


 ざわり、と空気が震えた。


「あ、あんた……!」

「ふざけるな……ッ!」

「死ぬ痛みを記憶って……!」


「安心しろ」

神は楽しげに手をひらひらさせる。


「死ぬたびに成長する者もいる。レベル、スキル。全部揃っているぞ。

 ただしレベルは死ぬとリセットされるがな。まぁ、スキルだけは残す。」


 地獄のようなルール。

 人々は混乱し絶望し怒り狂う。


 しかし和真は――

 ただ静かに神を見つめていた。


 心は震えているのに、身体は驚くほど落ち着いていた。


(……行く。

 俺は……二人に会いたい)


 たったそれだけが、唯一の理由。

 それだけで十分だった。


 喉が勝手に鳴った。


 そんな俺の胸の奥を見透かすように、神は笑う。


「絶望を抱えている者ほど、私の“娯楽”として面白い」


 ぞっと、背骨を虫が這うような感覚が走ると同時に神が立ち上がる。


「それでは――ゲームを始めよう」


 神は指を鳴らした。視界がぐにゃりと歪む。


 床が裂けた。


 真っ白だった空間が、嘘のように破れ、巨大な黒い穴が開く。吸い込まれるように、百人の身体が宙に浮き、奈落へと落ちていく。


「うわああああッ!」

「たすけて!!」

「やだ!やだぁぁぁ!!」


 悲鳴が渦巻く中、和真は目を閉じた。


 落下する冷たい風が髪を揺らし、胃が浮く。

 だが、不思議と恐怖はなかった。


(――必ず、戻る。あの日の前に)


 絵里奈の笑顔が浮かぶ。

 陽斗の笑い声が響く。


 黒の底へ落ちながら、悠斗は静かに誓った。


――たとえ何度死の痛みを味わおうと、必ず突破する。二人を救うために。


 そして、白から黒へ。

 世界が反転し、物語が始まった。


 深い絶望と、かすかな希望を抱えたまま。

お読みいただきありがとうございます。

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