婚約者の通知表
やーいお前の口説き文句、赤点~!
恋に狂った殿方って愚かよねぇ、とは、父が愛人を囲っていると知っている娘ならば誰しも思うことでしょう。
何しろ証拠隠滅もできない無能になりさがり、それでいて浮気がバレていないと信じている。
しかも妻は自分を必要としているはずだから、もしくは愛しているはずだから、自分が捨てられることはない、と無条件に思い込めるだなんて。
見事な頭お花畑ですこと。
それが貴族であれば、なおのこと無能ですわよね。
誰かを助けるにせよ、陥れるにせよ、裏で手を回したのが露見する時点で無様なのが貴族の常。
そんなみっともない貴族は、在ってはならない――無論、誰かに圧をかけたり恩を着せるために、わざと伝わるようにするなら別ですけど。
まずもって証拠隠滅なんて、できて当たり前。
我が国は長子継承ではないから、基本は優秀な子が家を継ぐ。
家を継いだ者はつまり、数いる兄弟の中から爵位を継がせるだけの素質を見いだされているの。
だから爵位持ちの無能なんて、本来は存在し得ない。
例えば本妻と愛人が互いの子供を殺し合っても、あまりに愚かな子供だけが残ってしまったら、王家と貴族院が課す継承課題をこなせないからお取り潰しが待っている。
なのに浮気の痕跡ひとつ隠せないのは何故なのかしら。
場合によっては、本妻に余計なちょっかいをかけないように愛人を御することすらできない廃人と化すのよ、信じられないわ。
全く、恋とはよほど脳を蝕む劇薬なのでしょう。
吸い始めて日の浅い違法薬物患者の方が、まだ救える余地があるのではないかしら。
ともあれ、娘にすらバレるような隠し方しかできないなら、さっさと社交界を引退した方が身のためでしょうに、っていうか、はよ爵位寄越せや色ボケじじぃ。と思っているのがわたくし、エスティリア・ローザンヌである。
いやだわ、つい激昂して語気が荒くなってしまいました。伯爵家の娘としてふさわしくありませんでした、反省しましょう。
赤い絹のドレスを揺らし、談話室に居るお母様に声をかける。
鐘が三つ鳴って、これからお茶の時間。ゆっくり話すにはちょうど良いわ。
もちろんいきなり本題から話すなんて品のないことはしない。まずは軽く、今日の焼き菓子が美味しい話から。
いくつか話題を迂回して、一杯目のお茶がなくなった頃に、ようやく本題へ。
「――というわけでお母様。わたくし、ムーノ様との婚約を解消したいの」
「あらまぁ、どうしたのエスティ。貴女がそんなことを言うなんて、何が問題なのかしら?」
「ムーノ様、お父様と同じ匂いがしてきたんですもの」
「……それは」
お母様が眉を寄せる。
お父様は現在、愛人を三人囲っている。そして一人目の時からお母様にはバレている。
なんならお母様は、相手の女性の現住居も実家も二股相手も全て把握している。
何しろお父様が愛人と逢い引きするのに使ったお店、お母様が偽名でオーナーをしているお店なんですもの。迂闊よねぇ。
つまりそんな迂闊なことを、わたくしの婚約者が最近やってしまっている、と仄めかしたわけで。
お母様はそれを汲み取り、しばし考えて。
「ムーノ様はまさか、お相手を褒めるのに貴女を貶すようなことを仰らないでしょうね?」
「……そうですわね、直近ですと『ケバい赤だの男ウケの悪い紺だのを纏う派手好きで品の無い婚約者より、清楚な白を好むつつましい君のような令嬢が好ましい』ですとか、赤いドレスを着たわたくしの目の前で、男爵令嬢を褒めてらっしゃいましたわ」
「まぁ、そうなの」
ぴしゃん、と母の手元の扇子が鳴る。
「口説き方としても最低で、驚くほどセンスが無いわ。まともな感性なら、他と比べて褒められても嬉しいわけがないでしょうに――逆にそれで喜ぶような俗物なら、貴族の愛人としてはふさわしくない残念な品性よ」
口説き方にダメ出し入りましたわ。
なんなら父への恨みの分が乗っているのでしょう、キレッキレですわお母様。
「どちらにせよ、我が家は外交室の重鎮を出す家なのよ。領地も海沿いで、外国との取引もあるのに、そんな幼稚な口説き方しかできないようではね」
そうね。商売とは基本的に「この人との間に相互の利益と縁を持ちたい」と思ってくれるように相手を口説くことから始まる……とお祖父様も言っていたものね。
口説き文句が下手な後継者では困ってしまうわ。
「不均衡な交易に丸め込まれない知性も全く足りないでしょう。いずれ家を出る三男なのに、ご実家では教師を付けていないのかしら?」
教師も付けていないようなご子息を伯爵家の婚約者に寄越したご実家は、社交界に恥をさらすだけなのだから考えにくい。
婚家に何が必要かも分かっていない、調べる力もない、もしくは教師を付けるほどの金銭的余裕もない、ということだもの。
そんな恥が発覚したものなら、その年の社交シーズンいっぱいは夜会にもお茶会にも呼ばれない。
あぁ、でもムーノ様は子爵令息だから、ご実家は下位貴族なのよね。それならオモチャにしていいと認識されて、突っつき回すために『断れない招待状』が極端に増えるかもしれないわ。
婿に出す子息に教育をしないって、そのくらい怖いことだとご存じなら良いけれど。
あら、でも、学んでいてあの程度だなんて、それはそれで……あり得るのかしら?
「それに、白がつつましいだなんて可笑しなことを仰るのね。染めでムラを誤魔化せない白布こそ最高級品で、よほどお金が掛かることすら知らないなんて。ご実家は絹の産地でしょうに、自領の産業すら知らないのかしら。経済観念も領主一族としての自覚もないのねぇ」
なるほど、伯爵家の婿でなくとも、領主一族としてすら不出来だということね。
「そうね、知識も品性もセンスもない婿は要らないわ。婚約解消の手続きは私がしておきます。こちらから浮気について触れればエスティの名誉に傷が付くから、建前はあちらの能力不足ということにしましょう」
「はい、よろしくお願いいたします」
文句のあろうはずもない。
能力不足で婚約解消となれば、名誉がズタズタになるのはムーノ様とそのご実家だけ。
そこに不満を覚えて「嫉妬が原因だ、結婚前の女遊びくらい大目に見れないなんて」なんて言おうものなら、貴族ですら居られなくなる。
婚約期間中に浮気をしたと自白してしまっているからだ。
私を責めるためだとしても『相手の行動の原因が、自分の行動にあると認める』つまり『初手で自分の非を認める』なんて、交渉のテーブルに着く前に自分から降りているようなもの。
そんなの、貴族としてあるまじきことですもの。
言葉で相手の足を払って、優雅に我を通すのがわたくしたちのやり方でしょう?
「お母様が動いてくださるなら、ムーノ様はもう終わりね」
一応、ここ二年ほどは婚約者だったから、今月中にでも社交界から消えるであろうことを気の毒に思う程度の情はある。
だからと言って、アレと結婚するなんてごめんだから、一切手加減なくやっちゃえお母様~! とは思っているのだけれど。
人の不幸を望むと自分に返ると司祭様は仰るから、そうね。
「どこかわたくしの知らないところで、幸せにでも、不幸せにでも、お好きになったらよろしくてよ」
さぁ、次のご縁を探さなくちゃ。
できれば、恋で狂わない方をね。
婚約落第で社交界退学。
自担age他担sageは婚約破棄待ったなし。
いやー、素材は白が一番品質問われるよねー。
200色もあるから色ムラなんか簡単にできちゃう。
ラーメンは澄んだ塩が一番誤魔化しきかない(同列?)




