67.店長のお気に入り
「戻りましたー」
昼休憩を終えた好実はレジにいた渡辺さんにまず声を掛けた。
渡辺さんは「お帰りー」と言いながら、隣のレジに佇んだ好実にツツツと近づいてくる。
何だ何だと思っているうちに、なぜか耳打ちまで始まった。
「……折原さん、店長に奢ってもらったの?」
気になる所それかと思いながらも、ここは正直に明かした方がいいのか?
いや、小宮山さんが後で困らない対処をした方が賢明だろう。
「いえ、私が感謝する側なんで……」
「え!? 折原さんが奢ったってこと!?」
「そうじゃなくて、普通にお互い自腹です」
今日好実が小宮山さんと昼休憩を共にしたのは、兄の問題解決に小宮山さんが尽力してくれたからと渡辺さんも知っている。
まあそれは午前中に好実がついた嘘だが、しっかり信じてくれた渡辺さんはどっちが昼食代を払ったかにスポットを当てたらしい。さすが主婦といったところか。
結局自腹と言っておいた好実は、実はしっかり奢ってもらった。
でも、店長えこひいき! ずるい! なんてことになりかねないからね。嘘も方便。
「えー、店長って折原さんお気に入りだから、奢ったのかと思った。シビアー」
「当たり前ですよ。本当は私が奢る立場ですから。でもそれは断られちゃって。多分店長って、バイト相手に奢り奢られとか避けたいんじゃないかと」
「あーそうかもね。店長ってそんな感じ」と、最後はすんなり納得してくれた。渡辺さん、人がいいあまり騙されやすいからね。好実としてはまた助かったけど。
「でも、これだけはもう一度言っとくけど、店長は折原さんお気に入りだからね?」
「はあ……」
もう一度どころか、けっこう耳タコなんだよね。
好実と小宮山さんが仕事話をしているだけで、後から言われたり。
多分、単純に二人がくっついたら楽しそー程度で意識させようとしてるんだろうけど……。
ごめんなさい渡辺さん、もうこっそりくっついちゃってます。
「折原さんが入る前、林さんっていたんだけど」
「へえ、林さん」
「純粋で可愛い子でさ、歳も折原さんと同じくらい……あとそうそう! 折原さんと同じく失業してここ来た子で」
今は暇ついでに、渡辺さんは唐突に林さん話へ突入。
まあいっか、小宮山さん近くにいないしと、好実も失業仲間の林さん話に耳を傾ける。
「その林さん、あからさまに店長好きだったんだよね」
「……へっ、そうだったんですか?」
「ほら、店長ってまだ二十代だし、十分カッコいいでしょ? その上頼りになって優しいから、若い子なら一緒に働いてればコロッといっちゃうよね。お客さんにだって、さりげなく店長のファンいるし。それで、もれなく林さんも」
……そっか、小宮山さんってやっぱりモテるんだな。
好実は渡辺さんによって改めて実感させられる。
なんせ好実の母だって一目でお気に入りにしちゃったし、チャランポランな兄だって、高校時代から小宮山さんだけ特別な先輩だからね。
やはり小宮山さんは魅力的な人なのだ。
「でも林さん、半年くらいで突然辞めちゃったんだよね。店長にフラれて」
「……そ、そうなんですか」
「私、当時は林さんこっそり応援してたからさ、林さんフッたことで追い出した店長をちょっと憎んだけど……今思えば、店長って正直なんだろうなって。だって明らかに違うもんね。林さんと折原さんに対する態度。小林さんには事務的な優しさ」
しかし渡辺さんにそこまで教えられた好実はまた視線を向けられる前に、「あーなるほどっ」とわざと発した。
「私、確かに店長にとって特別なんですよね。妹的存在というか……兄が店長の後輩なだけで、私もけっこう贔屓されちゃって。ふふふ」
「そっか、私ってやっぱり店長のお気に入りかぁ」なんて最後は自ら自慢げに認めてしまえば、渡辺さんも白けた目を向けてくれた。
よしっ、渡辺さん、その調子だ。今もしっかり騙されておくれ。
「……折原さん、私は騙されやすいと侮ってるみたいだけど、そうはいかないんだからね?」
えっ……今、渡辺さんにめちゃくちゃ怖いこと言われちゃった? もしかして、渡辺さんはもうすべてお見通し?
騙されやすいフリしてるだけで、逆に好実を騙してた?
ブルッ……さすが夫を持つ既婚者。好実に向ける疑いの目も半端ない。
「あっ、折原さーん」
ナイスタイミングだ鈴木君、よくぞ傍に来てくれた。
渡辺さんの疑い目から逃げるため、好実は大歓迎することに。
「鈴木君っ、なになにっ?」
「さっき弟さんが来て、俺言っときましたよ。今、折原さんは店長と休憩中だって」
「……ん? んん? 鈴木君、今なんて?」
「だから、折原さんは店長と休憩…………お、折原さん、苦しいです」
大歓迎したばかりの鈴木君をすでに胸倉掴んで苦しめ始めた好実は、顔だけ真っ青。
鈴木君、マジで言っちゃったの?
弟は小宮山さん相手に暴力沙汰起こしそうになったばかりなのに……好実、もうお終いやん。
お終いついでに鈴木君を更にギューッと苦しめる。
おのれ鈴木君っ、こうなったら道連れにしてやるぅぅ!
「じょ、じょ、冗談です。折原さん、冗談」
「あ?」
「ゲホッ、ゲホッ……さ、さすがに言いませんよ。店長と一緒なんて」
「だって弟さん、いかにもシスコンっぽいから」と好実の手からどうにか解放された鈴木君が続けたので、好実は一変してガシッと抱きしめる。
「ありがとう鈴木君っ。私、気が利く子大好きっ」
「ヒッ……やめてください折原さん、俺には彼女が」
「あ、ごめんごめーん」
すぐに解放してあげた好実はすっかり有頂天。弟にバレなかっただけでここまで喜べるなんて、安上がりな姉だ。
「でも鈴木君、冗談はほどほどにね? 今度やったら、彼女の前で抱きしめてやるからね?」
「は、はいっ……」
ついでに鈴木君にも釘を刺しておけば、あとは安堵が押し寄せるばかり……というわけにもいかず、好実は改めて気を引き締めさせられるのだった。
今日のところは鈴木君が気を利かせてくれたが、これからいつ弟にバレる機会が訪れるかわからない。
一昨日小宮山さんと恋人関係になり、今日交際する意思を改めて伝えた以上、まず何より弟に気付かれてはいけないのだ。
もはやそれだけが重要で、あと一度でも弟に疑われてしまえば、小宮山さんは本格的に被害を受けてしまう。
すべては小宮山さんを守るため、二人の交際は弟だけじゃなく誰にも知られてはいけないと、好実は改めて肝に銘じたのだった。




