63.佐紀さんに相談①
「よし、帰るか」
「うん……ん? お兄ちゃんごめん。先帰って」
今日も兄の仕事終わりを待った好実は車に乗り込もうとした寸前、やめさせられることに。
兄に意表を突かせたまま一人駐車場から抜け出すことになったのは、ついさっきラインをもらってしまったからだ。
『今すぐ吉勝亭集合』
こんなラインを送ってくるのは、あの男しかいない。
「佐紀さん、私がもう帰ってたら、どうするつもりだったんですか?」
「その時は諦めて、また明日ここ集合だよ。折原さん、今日は何にする?」
佐紀さんって、やっぱりゴーイングマイウェイだよな。
今日の昼間、小宮山さんにあんな意味深発言されて、好実からも今日は断られたのに、今は強引に好実とトンカツ屋で向かい合ってるのだから。
品書きを渡された好実も、まあ今日はいっかと諦めさせられる。
ごめんなさい、小宮山さん。
「えっと、ミックスフライ定食」
「OK。すみませーん、ミックス二つー」
「佐紀さん、さっそくですが、今日のことなんですけど……」
「ん? 今日のこと?」
やっぱり佐紀さんって忘れっぽくもあるんだよね。
ある意味あっさりさっぱりしてるから、好実もつい友達にしちゃうほど付き合いやすいのだ。この佐紀さんは。
でも、ちゃんと口止めしとかないと。
「今日、うちの店長が言ったことです。その……私と付き合ってるって……」
「ああ。でもあれ、冗談でしょ?」
「はい」
「ふーん、でも疚しい顔はするんだね」
佐紀さんは冗談と信じたように見せかけただけのようだ。こうして好実の表情で、真実を見破るために。
佐紀さんって、あっさりこういう狡いこともしちゃうんだよね。
「とにかく、絶対誰にも言わないでください」
「主に高城に? そっか……じゃあ本当なんだ。折原さんは店長とか……」
佐紀さん、今度はいきなりガックリしちゃった。
当たり前か。元々は高城君の協力者だったのだから。
今はただ好実とくだらない話ばかりする友達で、むしろ高城君を間に入れなくしたのは佐紀さんだったのだ。
だから好実も高城君とは破局しても、今度は高城君と関係なく接してくる佐紀さんまでは切らなかった。
ついつい時々奢られるままに、友達にまでなってしまった。
「はい、ミックス定食お待ちどおさまー」
「お、来た来た。折原さん、食べよ」
ミックスフライ定食が来た途端、あっさり元気を取り戻すところも佐紀さんらしい。まあ基本はこんな人だから付き合いやすいのだ。
「いただきまーす。折原さん、エビフライとトンカツ一切れ、交換しない?」
「ん? どっちがエビフライ譲るんですか?」
「折原さん」
「嫌ですよ。割に合わない。それに、私はエビフライ目当てでミックスにしたんです」
「ねえねえ、そんなことよりさっきの話に戻るけど……マジなの? 店長と付き合っちゃったって」
切り替え良すぎる佐紀さんは、トンカツにソースをジャバジャバ掛けながら真剣顔を向け始める。
普段はむしろソース控え目だから、さすがに動揺してるのかも。
「その話はお終いです。とにかく、佐紀さんは誰にも言わないでください。お願いします」
「詳しく教えてくれないと言っちゃうよって言ったら? 主に高城に」
「……佐紀さん、脅しですか?」
「いいじゃん。高城には絶対教えないって約束するから。それに、折原さんが高城に内緒にしたいのは、傷つけて再起不能にしたくないからでしょ? 俺だってそれは一番困るから、言うわけないよ」
……確かに、会社では高城君のサポート的立場でもある佐紀さんが言えるわけないよな。
ヒットメーカーである高城君に何かあれば会社自体の存続が危ういって、前に話してくれたのも佐紀さん。
じゃあ口止めさせる代わりに、教えるしかないのか。
早々に諦めはした好実は、それでもエビフライは奪われないために先に食べておくことに。二度目となる吉勝亭のエビフライ、やっぱり美味い……。
ここのミックスフライ定食食べちゃったら、やっぱり佐紀さんは手離せないんだよね。
佐紀さんが他にも連れていってくれる中華料理店や親子丼の店も、自分じゃ寄りつけない価格設定だしね……。
それが好実の本音であることは、当然隠しておこう。
「……折原さんって、絶対食い意地張ってるよね」
「それは認めます。でも、そんなことを真顔で女性に言える佐紀さんもどうかと」
「友達だからいいじゃん。それで? さっさと教えちゃってよ。まずは、店長と付き合うことになった経緯から」
やっぱり割愛じゃなく詳しく教えなきゃだめなのか……。好実もようやくビックサイズのエビフライを頂き終え、口を拭いてから喋る体勢に入った。
「……このひと月、私なりに落ち込んでたんですけど、慰めてくれたのが小宮山さんで……小宮山さんは私が落ち込んでることも、その理由も知ってるから……」
「それで男に慰められちゃったわけ? ひと月も? 何か折原さんらしくないね。俺にはこのひと月、変わらず強気なままだったのに、その店長にはうっかり弱気になっちゃったわけだ。ふーん……」
佐紀さんは好実にケチつけた通り、明らかに面白くなさそう。
確かに佐紀さんの前では、失恋きっかけで傷ついた姿なんて見せなかったからね。
でも佐紀さんだけじゃなく、家族にだってそうだった。好実を騙した一人でもある兄にすらも、気丈に振る舞うのみ。
そう振り返れば、やはり好実は小宮山さんに相当気を許していたということ。安心感すら与えられるほどに。
「小宮山さんは私にとって、まさに良き兄で……」
「じゃあ、何で良き兄と付き合うことになっちゃったわけ? おかしくない?」
「……アプローチされて」
「はぁ……良き兄にひと月慰められた挙句、アプローチされて、断るわけにもいかず付き合っちゃったんだ。ヤバいね。折原さん、まんまと嵌められたんじゃん」
佐紀さん、自分が一度も頼りにされず面白くないからって、ズケズケ言いすぎ。しかも当たってたり……。
もちろん小宮山さんは好実を嵌めるつもりで慰めたわけじゃないが、しっかり恩に着せて迫るしたたかさだって持っていたのだ。
そのせいで、好実も佐紀さん相手に否定まではできなかった。
何より、散々慰められて断れないあまり付き合う流れになったのは、間違いないのだ。佐紀さんが呆れるのも無理ない。
いや、好実の実態がここまで尻軽で失望レベルかも。
「正直、俺は今の折原さんに魅力を感じない。折原さんの潔さとか、ここぞという時の気の強さとか、俺はそういうのに惹かれたから」
……え? 佐紀さん、まさか……え?
ここで新展開、佐紀さんも実は好実をってこと?
「もちろん友達としてね」
「……ホッ。もう佐紀さん! 紛らわしい言い方しないでくださいよぉ!」
「わーい、引っ掛かったーって続けたいところだけど、今の俺達はそんな場合じゃないよ」
自分がふざけたんだろうが。だったら最初からふざけないでよ、もう……。
トンカツ冷める前に食べよ。
「トンカツも後」
「あっ、どさくさに紛れて奪わないでくださいよっ。私のトンカツ……」
「とにかく、折原さんは一刻も早く別れなきゃだめだ。付き合ったの、いつ?」
「……昨日」
「昨日か、よかった。じゃあキスもまだ?」
「はい」
ごめんなさい、それは嘘です。実は昨日キスされてしまいました。
でもそこまで正直になったら友達失いそうだから、言えない……。
ごめんね佐紀さん、奪われたトンカツはそのままあげるから、そこは見逃して。
「よかったよかった。キスもまだか。それじゃ別れるのも簡単だね。気の迷いで済むから」
「気の迷い……それを別れる理由にするってことですか?」
「気に入らない? じゃあ、もっと正直になる? 断れなかったから、仕方なく流されるまま付き合いOKしただけだって」
ここで二者択一を持ち出した上、好実から奪ったトンカツも容赦なくムシャムシャした佐紀さん、けっこう惨いよね……。
とりあえず惨い二者択一から一旦逃げるため、好実はもう少し詳しい事情を打ち明けることにしたのだ。




