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60.小宮山さんとの初休日


「すみません。ここまで来てもらっちゃって」

「いいから乗って」


 小宮山さんは夜勤だというのに、おくびにも見せない所はさすが。

 店長とはいえその前に人間なのだから、休むことは大事なのに。

 今日の好実は昨日断れなかったままに、迎えに来てくれた小宮山さんの車に乗り込んだ。

 ちなみに昨日は実家に泊まったので、近くの公園前まで来てもらった。特に母など期待させちゃいけないので、実家前は避けた。


 今日の好実は楽しいことをするために、小宮山さんを付き合わせることになったのだ。


「いつも付き合わせてばかりですね」

「俺がそそのかしたのに?」

「私のためですもん。夜勤明けなのに、ごめんなさい」


 小宮山さんはすでに運転を開始しながら、一度黙った。

 そういえば、小宮山さんの車に乗るのはひと月ぶりだな。今日はもちろん浮気調査じゃないけど。


「俺のためだよ。一緒にいられるなら、寝なくても平気」

「…………」

「むしろ緊張して寝れない。俺ってもう三十手前のオヤジだけど、けっこう純情なんだよね」

「……自分のこと純情と言う人は、おそらく違うと思います」


 はははと小宮山さんを笑わせれば、好実はひとまずホッとする。いきなりこんなアプローチが始まれば、困ってしまうから。


「好実ちゃん、いつもと雰囲気違うね。服かな」

「服ですね。これ、翠さんに借りたんです。実家に私の服がない上、昨日の服も洗濯されちゃって。さすがにスウェットだと失礼だから」


 何だか言い訳がましくなっちゃったかな。普段は動きやすさ重視なのに、今日はお洒落ニットとロングスカートだから。

 

「好実ちゃんはお洒落しなくても十分魅力的って、前に言ったけど……ヤバいね、可愛くて」

「小宮山さんの目がおかしいんですよっ」


 やはり褒め言葉などむず痒いままに、わざと睨みつける。でも小宮山さんの横顔もそれとなく照れているのがわかった。

 そういえば小宮山さんの私服って、いつもシンプルに黒系で統一って感じだけど、落ち着きある大人だからこそ似合うんだよね。

 忙しさに負けてなかなか彼女作れなかったのは、本当にもったいない。好実の母までしっかり気に入るわけだ。


「……そういえば、どこ行くんですか?」

「やっと気にしてくれた?」

「ははは……あ、もしかして映画とか? 今日は月初めだから、ちょうどファーストデーですよ」

「詳しいね。でも映画は今度にしよう」

 

 今度か……小宮山さん、今日で懲りないつもりなのかな。

 じゃあ今日は……どこ?


「俺、もうバイクは売ったんだよね」

「へっ、ツーリングが趣味なのに……?」

「その趣味がついつい億劫になっちゃったからさ、宝の持ち腐れは失くした。だから久しぶりに行きたい所があるんだけど……今度は一人じゃなくて、好実ちゃんとって決めてた」

「……海とか?」

「!!!」


 当たりか……でも行く前に当てちゃってごめんなさい。ツーリングの話が出たから、何となく思いついちゃって。


「海かぁ……久しぶり」

「本当?」

「二、三年前、弟と行ったのが最後かな。でも真冬だったんですよ。寒かったなぁ……」

「今日も冬の海だよ。ごめんね」


 それでもまだ十一月で、今日は天気も良好だから気持ちいいだろう。

 小宮山さんの車で片道二時間程度の海に向かいながら、好実は弟と行った海も思い出す。

 今日は弟じゃなく小宮山さんと一緒なことも意識しながらも、違和感までは生じない。

 むしろ安心感まで覚えてしまうなんて……でも小宮山さんには内緒。

 きっと好実にとっては、まだまだ良き兄なんだろうな。小宮山さんの存在は。

 アプローチされても、つい誤魔化してしまう。


(アプローチ……てことは、小宮山さんは私が好きなのか)


 妹程度に思われていたはずなのに、好実の勘違いだった。

 まるで良き兄と妹。小宮山さんとはそんな関係が心地よかったのに、望み通りにはいかない。

 でも、好実はきっと怖いのだろう。二人の関係が変化することで、小宮山さんともこれから先何かあるんじゃないかと。

 彼を支えにしてここまで心が復活したからこそ、これから彼を失うようなことにはなりたくない。


 すでに彼を失うことに怖れを抱く好実は、このひと月慰められ続けたことで、この人に依存してしまったのだろうか。

 心の傷をここまで癒してくれたのは、間違いなく彼なのだから。



「気持ちいいですね」

「うん……暖かくて良かったね」


 小宮山さんは今日好実に楽しいことをさせるため連れ出したのに、実際の二人は穏やかすぎる海の前。

 でも遊園地でキャーキャー騒ぐよりも、彼とはこんな休日がしっくりくる。

 砂浜にシートだけ広げて、そこに座った二人は、コンビニのおにぎりも持参。

 小宮山さんだからこそ、こんなに気負わなくて済むんだな。会話も途切れたってむしろ自然。


「……私、けっこうタフかも」

「そう?」

「穏やかな海に癒されすぎて、完全復活遂げました。ひと月なら早いでしょ?」


 小宮山さんは唯一すべて知っている。ひと月前、好実が恋を失った理由も、その恋人によって心に傷を負ったことも。

 彼はすべてをちゃんと聞き出したから。

 誰にも触れられたくなかった好実だって、根気強い彼だからこそすべて打ち明けたのだ。情けなくも、涙まで見せながら。


 それからひと月かけて慰められ、今日はこうして海にまで連れてこられたのだから、さすがにもう癒されすぎて下を向いていられない。

 もう大丈夫だと、やっと教えられた。


「小宮山さん、兄にも頼まれたんですよね? 妹を慰めてやってくれって」

「……知ってたの?」

「なんとなく。うちの兄ってそうなんですよ。自分じゃなく人任せで一応心配するんです。まあ、今回は完全に兄のせいですからね」


 妹を直接心配しないような兄からでも、ちゃんと気付けたのだ。小宮山さん任せにしたのだと。

 当分兄のことを許せないと思っていた好実も、間接的でも兄に心配されれば、まずは兄を許してしまった。

 やはり身内には甘くなってしまう。


「……許すって、けっこう大切なんですね」

「そうだね。好実ちゃんが前に進むために。でも許したくなった時に許せばいいんだよ」

「兄を許すのは、やっぱり早すぎました」


 小宮山さんは笑うと、また好実の頭をポンポンする。やっぱり小宮山さんにとってもまだまだ妹なんじゃないかな。


「あいつに頼まれなくたって、誰にも譲らなかったよ。好実ちゃんを慰めていいのは俺だけ」

「……すごい、自信ですね」

「好実ちゃんだってそうだよ。俺しか許さなかった」


 確かにそうだけど……肯定なんてできない。まだ完全復活させてもらえただけで十分だから。


「恩返し、してくれないの?」

「……自分で求めないでください」

「つけ入るチャンスだから。好実ちゃんの特別になりたい」


 好実の頭をポンポンした小宮山さんの手が、いつの間にか肩に触れていた。

 しっかりと視線も向けられてしまう。

 好実はまだ海を見て誤魔化してしまう。

 それでも、もう気付いている。逃げ場はもうどこにもないって。


 小宮山さんは容赦ない。慰め続けたことでしっかり恩に着せて、完全復活させればその場で逃がさないのだから。これぞしたたか。

 これぞしたたか女だった兄の元浮気相手の瀬川さんにも、実はしたたかさでは負けないかも。

 じゃあ、今回傷つくばかりだった好実など敵うわけない。


「……私がいいんですか?」

「うん、好実ちゃんじゃないと」

「私なんて……一度は三十万になりましたよ」

「俺にとっては高嶺の花だよ」


 キザなことを言われたせいでうっかり振り向いてしまった好実は、もう失敗。もう手遅れ。

 したたかな小宮山さんは振り向いた好実にさっそくキスしてしまった。絶対に逃がさないために。

 彼の舌でまで求められてしまった好実はさすがに一度逃げる。


「小宮山さ……」

「好きだよ。好きだ」


 またすぐに唇を塞がれた好実は、やはりこの海で初めて知ってしまった。

 小宮山さんはしたたかなだけじゃなく、恋に情熱的な男性だったと。


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