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58.慰め役の小宮山さん


「……ん? 新しい子を入れるから辞めさせろ? それはだめだよ」


 バイト終了後、バックヤードの休憩スペースで口にした好実のお願いは、こうして即却下されてしまった。却下したのは、もちろん店長の小宮山さん。


「そんな! 何でですかぁ? 責任持って慎太君だってスカウトしたのにぃ。あっ、慎太君は実家の隣に住む十九歳で、夢を追うフリーターなんです。ちょうどバイトしてなくて、ここは近所のコンビニより時給いい上に兄の送迎付きってメリット教えたら、即OKしてくれました」

「それでもだめー。今のところ好実ちゃんがいるから、その慎太君は雇えないよ」

「だから、私は辞めたいんで慎太君をスカウトしたんですっ」


 好実が初めてバイトを辞める意思を伝えたのは、もう一カ月前。

 しかし一向に聞き入れてくれない小宮山さんのせいで、好実はどうにか慎太君を見つけ出したのだ。

 すでに良い返事だって貰えたのだから、受け入れてもらわなきゃ困るというのに。


「慎太君がどうしても働きたいって言うなら、好実ちゃんがきっちり半年働いた後に来させて」

「……それって、私をきっちり半年働かせるってことですか?」

「そうだよ。そもそも半年の約束だったからね」


 ここまで言われてしまえば、あとはぐうの音も出ず項垂れるのみ。

 小宮山さんって、意外に融通きかない頑固者だったんだな……。確かに好実は半年働く約束で、このオフィスビル内のコンビニに入ったんだけど。


「ちゃんとした理由があって辞めたいなら、俺だって諦めるよ? でも好実ちゃんは、ただ別れた男を避けるため。好実ちゃんだって、そんな理由で自ら去るなんて悔しくない?」

「悔しくありませんっ。私はもう、そういうプライドは捨てました」

「俺は嫌だよ。好実ちゃんをこのまま失うなんて」


 すでに俯いている好実の頭を相変わらずポンポンする。慰められているとわかった好実も、前くらい向き直った。


「……もう会いたくないんです。顔も見たくない」

「無視してりゃいいじゃん。なるべく視界にも入れなきゃいい。この一カ月、そうしてきたでしょ」

「ですけど……もう疲れました」

「おばちゃんか」


 小宮山さんのツッコミに、思わずフフと笑う元気は生まれてしまう。小宮山さんマジックだな。

 正直この一カ月、小宮山さんに支えてもらったようなものだ。また復活するために。

 お陰で、つい笑ってしまうくらいの元気は取り戻した。


「心の傷ってさ、簡単に癒えるわけじゃないけど、つい忙しさで忘れていたり、新たな楽しさが生まれてうっかり忘れていたり、そういう忘れることの積み重ねで少しずつ癒されるんじゃないかな」

「……じゃあ、忘れるって大切ですね」

「だからさ、このコンビニで忙しく働きながら、休みの日は楽しいことに没頭してればいいんだよ。そうしているうちに、心に傷があることも忘れちゃえばいい」

「……そうですね。わかりました」


 小宮山さんの言うことはつい信じがちで受け入れがちな好実は、軽い溜息と共にとうとう諦めさせられた。

 ここまで引き止められたのだから、やはり半年の約束は守ってから辞めようと。


「楽しいことか……まずそこから見つけなきゃ」

「それなんだけど、さっそく明日から始めよう」

「え?」

「明日休みだよね? 今日夜勤の俺も明日休み。本当はわざとだけど」


 さすがに小宮山さんの意図がわかってしまうと、逃げるように立ち上がられてしまった。


「明日、迎えに行くから」

「え? 小宮山さん、それは無……」

「あー忙しい忙しい。じゃあお疲れー」


 誤魔化した小宮山さんが仕事に戻ってしまうと、断れなかった好実はまたがっくりしてしまう。同時に、小宮山さんはずるいとわからされてしまった。

 好実は散々世話になっている彼だからこそ強く出れないと、彼自身が一番わかっているのだ。

 それにしても、夜勤明けで好実と楽しいことしようなど、小宮山さんの方が無謀なんじゃないか?

 まあ明日挑戦して懲りてくれれば、それでいっか。


 断りきれずがっかりしたもののすぐ前向きになれたのは、やはり相手が小宮山さんだからに違いなかった。

 間違いなく彼は、今は隙だらけな好実の懐に入るのが上手なのだろう。

 さっきだけじゃなくこのひと月、何かと時間を見つけてはさりげなく好実の隣にい続けたのが彼なのだ。

 だからこそ間違いなく好実は彼によって慰められ、確実に完全復活の道を進んでいる。

 ひと月前、好実が心に傷を負ったことを唯一知った彼だからこそ、慰め慰められの関係が成立したとも言える。


 もうひと月も慰められる側の好実は、さっさと完全復活を遂げて恩返ししなきゃ。最近、そんな焦りだって生まれるようになったのだ。



 ※ ※ ※



(……すごいよな、翠さん)


 好実がぼんやりとキッチンにいる義姉の背中を眺めているうちに、いつの間にか四歳甥が肩に乗ってきた。落ちないように足を掴むと、すでに膝では二歳甥が寛いでいた。

 「こー、こー」と言いながら、最近ハイハイが上手になった0歳姪まで近づいてきてくれた。

 折原家唯一の天使は可愛すぎるな。さすがに好実もデレデレで手を伸ばす。

 ……あれ? そういや今日は五歳甥がへばりついてこないな。とうとう叔母に飽きて卒業か? 寂しいぞ。


「バアッ!」

「ギャッ!」


 油断させていきなり驚かせに来た五歳甥は、見事に好実をビビらせる。

 危ない危ない。肩に乗せる四歳甥を落とすところだった。


「ふわああん」

「あああ、ごめんね陽芽ちゃん。ほら、コタちゃんも謝って。驚かせてごめんねって」

「うるせー、だまれっ」

「いでっ! いでっ!」


 泣く姪を庇った挙句、五歳甥からは新聞紙の刀で叩かれる好実、さすがにやられっぱなしすぎんか?

 いやでもねぇ、叔母だからこそ叱れないもんなんですよぉ。

 翠さーん、代わりに叱ってー!


「こら虎太郎ー! 何やってんだ! 好実ちゃんにひどいことするなって言ってんだろ!」


 ナイス翠さん、くくく……。

 しかし今日の五歳甥は手強かった。お母さんに叱られても完全無視で、好実をポカポカやり続ける。

 えーん。新聞紙とはいえ、五歳ともなると容赦なーい。

 しゃあない。また叱られそうな甥のために力づくで止めるか。


「コタちゃん、おいで。やり返してやる。ギュー」

「いでっ、いでえよぉ。やめろよっ」

「ははは、しばらくこうされてなさい」


 傍には0歳姪、膝には二歳甥、左手では四歳甥の足を掴みつつ、器用に五歳甥を抱き潰す。

 嫌がりながらも嬉しそうなのはバレバレなので、好実こそ反省。

 五歳甥は一番ツンツンで素直じゃないから、最近姪や他の甥より構う頻度が少なかった。平等に平等に。


「さすがだねー好実ちゃん」

「え?」

「虎太郎の気持ち、ちゃんとわかってるんだ」

「あー……まあ、そのくらいは」


 素直じゃないけど構ってほしいのは人一倍な五歳甥くらい、下僕歴五年の好実はわかってて当然だよね。

 「私はまだまだわからないんだよねー、残念」と言いながらキッチンへ戻った翠さんは、実は特に残念でもなさそう。

 今日もそうだが、最近ずっと機嫌がいいのだろう。

 翠さんに限っては、理由なんて一つしかないが。


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