46.恋人の不意打ち訪問
翌朝、とうとう二人はちゃんと離れてしまった。好実は休みで、高城君は会社。
昨夜は二人が望んだ通り一睡もせず愛し合ったというのに、朝離れてしまえば、残された方の好実はただ脱力したままにぼんやりし続けた。
ほんの少し前まで男性と無縁だったというのに、今は彼一人にこんなに囚われてしまった。
彼と一時離れるだけで心が麻痺し、動く力も尽きるなど、今の自分はどうかしている。
ここまで使いものにならなくなれば、恋する前の自分にだって戻りたくなる。
実際はそんな自分を想像しただけで、怖さに陥ってしまった。
彼一人によって、好実は八方塞がりになってしまう。
そんな好実を救ってくれるのだって、やはり高城君。
正午を回った頃、彼はまた来てくれた。
唐突な彼に驚く暇もなく、買い物袋を向けられる。
「まだご飯食べてないでしょ? 俺が作るよ」
「へっ……」
「本当は、好実ちゃんが俺の家に来るまで我慢したかったんだけど」
そう続けながら家に入った高城君は、さっそく腕まくりも始めた。
好実としては拍子抜け。午前中、大袈裟にも抱いてしまった彼への喪失感をこんな形で誤魔化されるなんて、予想外。
でもわざわざ昼に手作りご飯を用意してくれようとする彼なんて、やはり嬉しすぎるばかり。
同時にジンと来てしまうが、ようやくハッとした好実は彼への心配も思い出す。
「仕事大丈夫なの? こんなにのんびりして……」
「うん。午前中にやること終わらせて、午後からは休み」
「へっ……」
何て自由な発言なのだろう。さすが最上階にいるUNICUS社のヒットメーカーで納得していいのか?
高城君がそういう特別な人じゃなくて、ごく一般的なサラリーマンなら、料理を作るために早退したなんて言われたら怒って追い出すかも。
自分のことは棚に上げて、さすがに恋にうつつを抜かしすぎだと思って。
でも高城君だからこそ特に何も言えないし、まあいいのか?で済ませてしまう。
彼が手も洗い始めたので、好実はついつい買い物袋の中身も気にしてしまった。
「……あっ、わかった」
「あっ、見ないで」
さっき彼は、本当は好実が自分の家に来るまで我慢したかったと言ったが、なるほど……最近練習していたミートソースパスタか。
先週練習中のミートソースパスタ写真まで送られたので、好実も材料だけですぐ勘づいてしまった。
高城君は完成させるまで内緒にしたかったみたいだけど。
「嬉しー。早く食べたかったの」
「本当?」
「うん、今日もハートにしてね」
この前のミートソースをハート型にしたパスタが可愛くて、写真だけもらった好実はしっかり羨ましかったのだ。
でもハートパスタを食べたがった好実は突然キス三連発されてしまった。
軽いものだが、リップ音が三回とも大きくて、キスでこんなに音を立てられるなんて器用だなと思ってしまう。
「好実ちゃんが可愛くて、我慢できない」
「私は尚君のご飯が我慢できない。早く作ってー」
「うん。でもあと三回」
「もー……」
なんて結局イチャイチャしてから、ようやく高城君のお昼ご飯作り開始。
「手伝おっか?」と言っても「だめ」と言われてしまったので、好実は部屋の掃除をしながら待つことに。
絨毯にコロコロローラーをかける程度だが、午前中何もしていなかった自分を今更反省。
彼と離れただけで掃除する気力も失くすなんて、やっぱり駄目だな。ちゃんと生活してこそ、恋する資格もあると思わなきゃ。
不意打ちで彼が来てくれたお陰で元気を取り戻し、気持ちも引き締め直せたからこそ、すでに好実にとって彼は偉大。
その調子で洗濯機も回し始め、彼のご飯だけじゃなく洗濯物も待つ間にラジオ体操まで始める。
何気に小学生以来か? けっこう覚えてるものだな。
「好実ちゃん、それ運動?」
「え? ラジオ体操」
「ふーん……知らない」
「ん? 知らない? ラジオ体操したことないの?」
サボったと平然と答えた高城君は、また料理に集中。
……そっか。サボったということは一応ラジオ体操はある夏休みだったが、彼自身が一度も参加しなかったということか。
てっきり何事もサボれない性格かと思っていただけに、意外だな。
「小学生の尚君って、どんな子供だったの?」
「小学生……うーん。一言で言えば、孤独かな」
「…………」
「家にも外にも居場所がなかった。せめて自分の部屋に引き籠って、頭の中でずっと掛け算を繰り返してた。飽きたら割り算」
……もしかして、思い出させてはいけない過去の扉を好実が開かせてしまった?
何気ない質問だったのに、残酷な答えを返させてしまった。
好実が返す言葉なく青ざめてしまうと、プッと吹き出される。
「ごめん。まさか信じるとは思わなかった」
「……えっ、冗談?」
「部屋でずっと掛け算と割り算してる子供なんて、陰キャはるかに超えてるよね。小学生の俺は、まあ軽い陰キャ程度かな。間違いなく外で元気に遊ぶ子供ではなかった」
手を動かしながらそんな否定をしてくれた高城君は、ラジオ体操を途中放棄した好実にもしっかり視線を向ける。
「好実ちゃんの小学生時代は、ラジオ体操をサボらない真面目で元気な子供……というわけでもなくて」
「え?」
「いつも塁生君にばかり振り回されて苦労するお姉ちゃんかな」
高城君がしっかり当てられたのは、小学生時代の好実を一年間だけでも知っているからだろうが、それでも鋭すぎてびっくりさせられる。
小学生の好実など姉を心配させることが大好きな弟に振り回され、間違いなく一番苦労した時代だから。
小宮山さんにもよく見抜かれるが、高城君はそれ以上に鋭いのだろうか。
「好実ちゃん、今他の男のこと考えた」
「……え? 考えてないよ」
「考えたよ。俺と比較するために、他の男を思い出した」
はああ……!!! まさか高城君、小宮山さんのこと言ってる?
確かにさっきちょっと小宮山さんと彼を比べた好実は、たったそれだけで頭の中の小宮山さんを見抜かれたってこと? 怖っ。
いやいや、高城君が怖いというより、高城君の洞察力? 観察力? 千里眼? とにかくそういうのが怖すぎ!
高城君を恋人に持った自分、絶対悪いことできないやん……。
「……好実ちゃん、さっき誰のこと思い出したの?」
そこまで聞く?と思いながらも「お兄ちゃん」と誤魔化してみると、無表情のジト目だった高城君がパッと顔を明るくした。
「何だ、お兄さんか。だったらいいよ。許す」
……さすが高城君、単純。
単純が鋭さに勝ち、好実はあっさり高城君のしつこさから逃れた。ラッキー。




