43.嫉妬する高城君
(洋食岡田、洋食岡田……)
今日は生憎にもコンビニが暇なので、バイトの好実としてはそのお陰でメリットが。いつもより昼休憩を長くしてもらえたのだ。
好実が休憩に入ってからそれを知らされた高城君も、今日は広場じゃなくて店に入ろうと誘ってくれた。
しかしオフィスビル周辺の店=ファミレスの好実は、実際に連れて来られた「洋食岡田」の前で一度ポカンとする。
それでも別にファミレス以外だったから驚いているわけでもない。
実は初見であるはずの洋食岡田をなぜか知っていたせいで、ついポカンと考え込んでしまったのだ。
(何でだっけ、何でだっけ……テレビの特集? ハッ……思い出した)
実際は五秒ほどで洋食岡田を知っていた謎が解けた好実は、すでに隣で心配顔をしていた高城君にもようやく振り向く。
「好実ちゃん、他の店にする?」
「ううん、ここがいい。実はちょっと気になってたの。気になってたことも忘れてたけど」
好実のあやふやな気になり方にも、高城君は「えっ、そうなの?」とちゃんと驚いてくれる。
「佐紀さんがお昼によく来る店で、ここを一番に出したから。洋食岡田って名前、シンプルで覚えやすいよね」
「……佐紀と、そんな会話したんだ」
「うん。いつだったかな、先週? 佐紀さんがコンビニ来た時」
すでに彼の表情が変わったことに気付きもしない好実は、「あと佐紀さんが教えてくれたので気になったのは、トンカツの……そうそう! 吉勝亭!」とのん気に続けていた。
私ってけっこう記憶力いいじゃんなんて自負してる頃には、すでに高城君が隣におらず。
「え? どこどこ?」と、忽然と消えた彼を慌てて探した頃には、すでに30m以上は離れていた。
早いっ! 高城君すべてにおいて早いよ! 好実は追いかけるのも大変。
でも何で洋食岡田から離れちゃうのー? これぞ気まぐれ彼氏? 好実は入りたかったのに。
あーあ、洋食岡田を初体験できれば、佐紀さんにドヤ顔できたのになぁ。
「ど……どうしたの? どこ行くの?」
やっと追いついた高城君に尋ねれば、一応立ち止まってくれた。
「洋食岡田はやめた」
「あ、そう……」
「佐紀のお勧めなんて、最初からやめときゃよかった」
と明らかに不貞腐れた顔で続けた高城君も、やはり佐紀さんから洋食岡田を仕入れたのね。
普段オフィスに籠るばかりで、外食もしないもんね。
とりあえず、今の彼はいきなり洋食岡田の気分じゃなくなったということか。
美形は我儘で気まぐれな生き物くらいで納得してあげよう。
「あ……じゃあトンカツの吉勝亭は? そこも佐紀さんのお勧め」
結局佐紀さん情報頼りの好実が新たな店を提案した次の瞬間、目の前にいたはずの高城君がパッと消えてしまった。
目の錯覚かと、好実は目をゴシゴシする。
どうやら高城君は瞬間移動できるらしい。さっきと同様、彼の姿をすでに30m以上先で発見。
好実はまた追いかけるのに必死。
「はぁ……はぁ……な、尚君、瞬間移動が特技なの? 初めて知ったよ……」
「……好実ちゃんって、エグいほど鈍感だよね」
一応また立ち止まってくれた高城君からそんなお言葉を頂いた。基本言葉が丁寧な彼の口から一生出なさそうだった初エグい、ありがとうございます。
でも、なぜか既視感……。ハッ、そういや午前中、佐紀さんにも似たようなこと言われた。
佐紀さんは「ヤバいほど鈍感」だったが、高城君は更にレベルアップさせて「エグいほど鈍感」。
男性二人に同日言われてしまえば、さすがに信じる他ないのか?
「いやいや、私は普通レベルだから。普通に鈍感」
佐紀さんにも言い返した通り、やはり普通だけは譲れない。
ヤバいだのエグいだの、男性二人が大袈裟なだけだ。
高城君は瞬間移動が特技だということも、遅ればせながら気付けたのだから、高城君もいつまでもそっぽ向いてないで許すべきだと思う。
やっぱあれなのかな。高城君ほどの美形だと注目浴びて当然だから、そのぶん承認欲求も強いのかも。
しかも彼はナイーブでもあるから、好実が何かと気付き遅れるだけでプライドも心も傷ついてしまうのだろう。
今そっぽを向いている彼の顔なんて、まさにそんな感じ。
これはちゃんと謝罪が必要だな。好実は鈍感レベルにこだわっている場合でもなかった。
「私、やっぱりエグいほど鈍感だったね。ごめん。今度からちゃんと気を付けるよ」
「……口だけ」
「えっ、そんなことないよ。本気」
「鈍感に気を付けるも何もないよ。生まれつきだから。好実ちゃんは遺伝レベル」
生まれつきと遺伝レベルはどう違うんだ? 生まれつきは好実だけで済んで、遺伝レベルは先祖代々?
じゃあ、確かに遺伝レベルの方が鈍感度も相当だな。そりゃあ好実がいくら気を付けても無駄だ。
「わかった。じゃあ気を付けるのも諦めるよ」
「……開き直るってこと?」
「違う違う。なるべく尚君から目を離さないようにするよ。いや、なるべくでもないね。いつも尚君だけ見てる」
彼の特技である瞬間移動、これからは絶対見逃さない。そんな固い決意がちゃんと伝わったのか、そっぽを向いていた高城君もやっと視線を合わせてくれた。
もはや照れくさそうでもあるが、それでもまだ不満は残ってそう。
「佐紀と……しないでほしい」
「え? 佐紀さんと何?」
「佐紀と……しないで」
「……ごめん。佐紀さんとしないでの間が聞き取れない」
つまり、あえて言葉に空白を作った彼はそこ察しろということか?
またしつこく好実の鈍感度を試しているの? いやいや、これは好実じゃなくても難問だろう。ヒントもないし、クイズ番組よりムズいやん。
もうお手上げの好実はがっくり項垂れるしかない。
「……ごめん。好実ちゃんは鈍感でいいんだよ。俺が嫉妬深いだけ。あいつのことは信用してるのに」
好実が項垂れたせいか、高城君の顔も羞恥を滲ませ反省してしまった。
彼の言うあいつとはさすがに佐紀さんだとわかった好実は、彼の言葉に嫉妬という二文字が含まれたことでようやく思い出した。
そっか。やっぱり佐紀さんが言っていた通り、今日の高城君は佐紀さんに嫉妬したのか。
そのせいで今日は佐紀さんの名前も禁句だったのに、ポンポン口にしてしまった好実はデリカシーなかった。だから彼も、さっき怒ってしまったのだ。
相変わらず高城君の嫉妬理由までは謎のまま、それでも彼の立ち直らせ方くらいわかる。
「尚君は誰と比べる必要もないよ。私にとってはオンリーワン。それじゃだめ?」
……ちょっとくさかったかな。でも好実の本心を伝えることが、今の彼には一番響くはず。どんなに鈍感でも、そのくらいの自信はあるのだ。
「洋食岡田、戻ろうか」
「……いいの?」
「うん。好実ちゃんが気になった店は、俺も行きたい。さっきは意地悪してごめん」
「あーなるほど。意地悪して瞬間移動したの? それはだめだよ」
案の定、好実のオンリーワンになったことであっさり復活した高城君は、好実の口からまた出た瞬間移動に今度は吹き出す。そんな特技はないと、今さら誤魔化した。
もしかしたら自覚ないのかな。だったら彼こそ鈍感だ。
好実は同じく鈍感な彼に心の中だけで笑いながら、彼と一緒に洋食岡田へと引き返した。




