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4.彼の正体


「いいなー、折原さん」

「へ? 何がですか?」


 レジ待ちの客が途切れたと思ったら、突然隣のレジから羨ましがられる。

 なぜか好実を羨ましがったのはパートの渡辺さん。三十代で、一児のお母さんらしい。


「高城さんって、絶対折原さんお気に入りだよね。堀田さんも言ってた」

「……高城さんって誰ですか?」

「あ、そっか。折原さんはまだ知らないのかー。じゃあ今日来たら教えてあげるね」


 本当は()()()()を教えられなくても知っているが、好実はわざと知らないフリをしておいた。

 とにかく高城さんはこのコンビニの店員にも有名らしい。

 実は渡辺さんだけじゃなく、よくシフトが重なるアルバイトの堀田さんにもすでに愚痴られているのだ。高城さんは好実のレジばかり並ぶと。

 コンビニ店員二人にここまで気付かれるほど、最近の彼はよくコンビニを利用するということ。すでに一日二回だって当たり前なほどに。


「……あっ、折原さん折原さん、高城さん来たよ。ほら、あれが高城さん。知ってるでしょ?」


 「はあ……そういえば……」と本当に教えてくれた渡辺さんには曖昧に誤魔化しているうちに、商品を手にした彼が近づいてしまった。

 やはり今日も好実の前。ついでに隣の渡辺さんは「ほら、やっぱり」と呟いてしまう。


「いらっしゃいませー」

「こんにちは」

「こんにちは……156円です」


 渡辺さんが隣にいるのに、こんにちははやめてほしい。勘ぐられてしまうじゃないか。

「ありがとうございましたー」と支払いを済ませた彼を見送ると、「いいなー折原さんは」とまた羨ましがられる。


「折原さん、お気に入りレベルじゃなく本気で狙われてるんじゃない? 高城さんって滅多にここ来なかったのに、今じゃ一日二回だよ? 完全、折原さん目当て……」

「あっ、パンパン! パン補充行ってきまーす」


 羨まれるだけじゃなくここまで疑われてしまえば、とうとう好実も逃げ出す。仕事環境は平和が一番なのに……。

 でも好実は真剣にパンを補充しながら、顔だけは正直に赤らんでしまった。

 本当に渡辺さんの言う通りだったらと考えてしまったせいで。



 ――初恋はいつだった?

 

 高校時代、友達との会話でそんな質問が出たり、以前働いていた会社の同僚達も昼休憩中にそんな話題で盛り上がったり。

 でも好実は正直に答えられなかったし、一人だけ盛り上がれなかった。

 地元の動物園にいたゴリラが初恋相手で、親にせがんで毎月のように会いに行ったなぁなんて、ウケを狙って誤魔化したこともあった。


 人間にとって、そんなに初恋は特別で大切な思い出なのだろうか。

 だから初恋はいつ?なんて話題も定番なのかな。

 残念ながら、好実はいつも誤魔化すほど初恋話など苦手だった。そんな時ですら頑なに思い出したくなかった。

 中学時代、初めて唯一気にした男子をいつのまにか初恋相手と自覚してしまったせいで、好実の初恋はすぐに封印しなければならなくなった。

 思い出さないほど心の奥底に仕舞い込み、いずれ顔や名前すら忘れるほどになりたかった。


 そんな好実は、自ら初恋を逃したからそうなってしまった。

 突然思いもよらない告白をされるまで彼のことをろくに知らず、その告白によってどうにか書道教室で一年間一緒だった彼だと思い出し、結局それだけしか共通点がない彼にその場でごめんなさいと言ってしまった。

 好きじゃない人からの告白は断る。それが当たり前だと思っていたのだ。まだ恋も知らなかった好実は。

 じゃあ彼のことを知ることから始めようなんて発想もなかった。

 まずは友達からなんて思いつかないままに、ただ振ってしまった。

 自分が傷つけた彼が去っていく姿に自分の心も痛んだせいで、初めて男の子を気にしてしまった。


 生憎にも自分が振ったせいで気になる男の子ができた好実は、学校でも彼を遠くから見つけるようになってしまった。

 それまでは友達に指差しで教えられなければ気付きもしなかったのに。

 クラスが離れているお陰で階も違う。なので基本は廊下でもすれ違わない。

 それでも好実は見つけてしまう。

 彼を気になる男子にしたせいで、週に一度の朝礼の際に必ず見つけてしまった。

 ちょうど窓際の席で、彼のクラスが体育の時間は校庭にいる姿を必ず探してしまったりも。


 そんなことを繰り返しているうちに、彼を見つけるたび胸の高鳴りが生まれてしまった。

 そのせいで初恋を自覚するのは簡単だった。

 彼の告白を断ったことで、自ら逃がした初恋。


 もし自ら逃したわけじゃなく、完全な自分の片想いだったなら、好実は中学卒業と共に封印などしなかっただろう。

 卒業アルバムを押し入れの奥底に仕舞い込むこともなかったはず。

 実らせる努力など一切しなくたって、それでも後悔までは生まれなかっただろうから。

 後に友達や同僚と初恋話になって、あの彼を自然と思い出しながら微笑んだかもしれない。

 当時の彼の姿も胸の高鳴りも、自然と思い出しながら。そこには何の迷いも抵抗もなく。


 現実の自分は彼に対し後悔ばかりのせいで、初恋をわずかも思い出したくなかった。

 一度心の奥底に封印したら、もうそのまま。

 それなのにコンビニでのアルバイトがきっかけで十年ぶりに再会すれば、たった一度だって思い出そうとしなかった十年間があったとしても、否が応でも思い出すしかなくなった。

 十年ぶりに心の奥底から引き出してしまった初恋。

 それと同時に、再び生まれてしまった胸の高鳴り。

 初恋を思い出したくらいで、好実はなんて単純なんだ。



「もういっそのこと、玉の輿でも狙っちゃえば? ははは」


 商品陳列をしながらあと少しで仕事終了という時に、偶然小宮山店長が隣に並んだ。でも小宮山さんから突然ふられた言葉の意味がわからない。

 好実が「何のことですか?」と素直にキョトンとすると、逆に「え?」と振り向かれた。


「わかんないの? 渡辺さんと堀田さんに散々羨ましがられてるのに」

「……ああ、そのことですか。あれは誤解です」


 どうやら仕事仲間の二人は店長にも愚痴ったみたい。

 だから小宮山さんはただいま冗談を言いに来たってことか。確かに今は客がいなくて暇だけど。


「小宮山さん、兄には余計なこと言わないでくださいね」

「好実ちゃんが男前に言い寄られて、玉の輿狙えるかもって?」

「もう、さっきから玉の輿玉の輿って、そんなの狙ってなんか…………え? 私、玉の輿狙えるんですか?」

「そりゃあ狙えるでしょ。なんせ最上階から三フロア独占するUNICUS様だからね」


 好実の隣でわざと一緒に商品陳列する小宮山さんが手だけはせかせかしながら教えてくれた。

 思わず視線を向けた好実は残念ながらよくわからない。


「UNICUS様?」

「あれ? UNICUS自体知らない? まあ好実ちゃんは興味ないか。ここ数年で一気に大人気になったスニーカー会社だよ。すごいよね。スニーカーだけで年商百億超えだって」

「……へ……へえ……」


 知らなかった……。そういやスニーカーって人気だよねくらいの感想しか今のところ生まれない。


「これは俺も知らなかったんだけど、最近好実ちゃんに会いに来るあの男前……えーと、高城さん? あの人はデザイナーで、間違いなく最上階にいるらしいよ。何でもUNICUSの社長も頭が上がらないらしいからね。彼がUNICUSのヒットメーカーだって」


 ……きっと、そんな凄い人が最近しょっちゅうこのコンビニを利用するから、小宮山さんも気にして詳しく調べたのかも。

 パートの渡辺さんやアルバイトの堀田さんだって、以前は滅多に来ることがなかった彼を当たり前に知っていたし、きっと外見だけで注目されていたんじゃなかったんだ。


「最上階……」

「ははは、そこが一番気になりポイント? まあ俺達がいるのは一階のコンビニだからね」

「小宮山さん……お疲れ様でした……」

「え? 好実ちゃん、まだ五時五分前……まあいっか。お疲れー」


 小宮山さんはシフトより早く上がってしまった好実を見逃してくれたが、好実はただぼんやりするままに帰り支度を始める。

 制服を脱ぎながら、「馬鹿だな……」と一応呟いてみた。


 でも好実だって、すんなり玉の輿を狙うほど馬鹿じゃない。

 これほどの格差があるなら、むしろ引いてしまうのは当たり前。現実的じゃなさすぎて。

 最近の彼が自分目当てでコンビニを利用しているかもしれないなんて、自惚れなきゃよかった。

 もしかしたら最悪、暇潰しだったのかも。

 昔、自分を振った女を一階のコンビニで偶然見つけて、今度はからかってやろうと思って。

 現実は彼とここまで格差があったばかりに、好実は最悪な発想ばかり生まれてしまう。再び彼へのときめきまで思い出しても、どうせ無駄だったせいで。


 昔、告白してくれた彼をよく知ろうともしないまま傷つけたせいで、今度は自分が傷つく番になってしまったのかな。

 まるで最上階の彼に見下ろされるままに。


 初恋なんて、やっぱり思い出さなきゃよかった。


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