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39.夜明け前の二人


(塁生が来る日じゃなくてよかった……)


 一度目覚めてしまった好実がまずぼんやりと思ったのは、そんな安堵だった。

 今が何時かも、すでに朝かまだ夜かも判断できないまま微睡み続ける。

 なぜか瞳も開けられない。現実を見つめられず、現実から逃避したいのか。

 でも好実の現実はそんな大袈裟ではなく、怖れるようなものではなくて――――


 この微睡みがまた深い眠りを誘ってくれればいいのにと望みながら、それでも一度目覚めてしまったせいで振り返り始めたのだ。

 今の自分だけじゃなく、自分の人生すらも。


 思えば好実の人生は、弟が必ず纏わりついていた。

 小さい頃などまるで一心同体のように、弟は必ず姉の一部に触れていた。

 物心つく前にそんな弟が誕生し、物心がついた頃には弟と切り離せなくなっていた。

 もはや弟と一心同体なのは当たり前と思っていたのだ。弟がいつもくっついているばかりに。


 でもそんな姉弟だって、現実は個々。一心同体なわけがない。

 気付いたのは、どうしても弟を離さなきゃいけなくなってから。

 トイレまで付いてくるのも当たり前な弟でも、学校という機関が立ち塞がれば、弟は姉に置いて行かれた。

 ようやく弟が離れた好実は一心同体じゃなかったのだと気付くだけじゃなく、初めて弟が纏わりついていないという自由を得た。


 自由に勝てる子供なんていない。自分の弟と天秤にかけたって、自由を選んでしまう。

 初めて自由を知ってしまえば、自分にくっつくばかりの弟など邪魔だったと気付く。

 今まで離れてくれないばかりだったからこそ、一度離せば、あとは邪魔になってしまう。


 世間にいるどんなに仲のいいきょうだいでも、もしかしたら片方が片方を初めて鬱陶しいと感じた時、ようやくきょうだいの形が変化し始めるのかもしれない。

 いつも一緒だったのに段々と距離が生まれ、きょうだいじゃなく他の者や事を優先していく。


 それが世間でのきょうだいの成長過程だとすれば、好実は失敗してしまった。

 ようやく離れる機会を得て、初めて本当に弟と離れたのに。

 いつもくっつく弟は邪魔だったのだ。本当は鬱陶しい存在なのだ。そう気付く前に妨害された。やはり弟によって。

 姉によって傷ついてしまう弟だったから、邪魔にすることなど最もできなかった。


 ついでに、弟は邪魔な存在と気付く前に諦めた。

 気付いてしまったら、苦痛が生まれてしまうから。

 どうせ邪魔にできないなら、苦痛も生まない方がいい。

 やはり弟はくっついていて当たり前。その程度に思うことにしたのだ。


 しかし苦痛を生まなかったせいで弟を一度も鬱陶しがらないまま、好実も成長してしまった。

 好実自身も離れない弟を当たり前に受け入れ続けたせいで、疑問に思うことすら忘れ続けた。

 一度も疑問に思わないまま、とうとう大人になってしまった。


 弟がいつまでも姉と離れないシスコンなら、いつしか姉も弟が離れなくてホッとできるブラコンになっていた。

 離れない弟を可愛い存在にして、何をおいても可愛い弟優先。

 姉がいつまでもそんなだから、弟だって束縛する一方。

 本当は、そんな悪循環な姉弟。


 弟が怒って許さないからと、成人しても男性との交際に踏み切ったことがない。

 告白される機会があっても、弟の顔が頭をかすめただけで断った。

 弟が厳禁にすることを、好実は躊躇も葛藤もなく守るばかりだったのだ。


 そんな好実はもうじき二十五歳となり、来年には弟と一緒に暮らす約束までしたところで、転機が訪れた。

 失業。そして再就職前にコンビニでアルバイト。

 働き始めたコンビニは兄の強制で決められ、兄の先輩が経営するオフィスビル一階にあった。


 そこで出会ったのが、初恋相手の高城君。

 まずは友達からというアプローチを受け、好実は断らなかった。

 初めて断るのを忘れてしまった。

 弟の顔が頭をかすめないまま、友達から恋人にも変わった。

 彼にだけは躊躇できなかった。

 昔、彼に対して後悔ばかりしたので、もう後悔できなかった。

 何より、好実の心を射止めるのはいつも彼。

 弟よりナイーブで繊細で、好実の前ではいつも人間くさい彼に惹かれるまま受け入れ――――


 でも現実の好実は、彼と恋人同士になってまだ一週間。

 本格的なデートだってこれからだったのに、その前に触れ合いたいと思ってしまった。



「――まだ朝じゃないよ」


 一度目覚めてしまっても、目を閉じたまま身じろぎもしなかったのに、彼の方が気付いてしまう。

 何て敏感なのだろう。

 それでも寝たフリを続けようかと思っていると、すでに包み込んでいた彼が更に閉じ込めた。

 好実がとっくに目覚めてしまっても目も開けられなかったのは、彼のせい。

 ただ恥ずかしかったから。でも更に閉じ込められれば嬉しさに変わってしまう。


 恋って、本当はシンプルで単純な感情の集まりなのかな。

 恋する相手によっても変わるのかな。

 好実は彼にしか恋しないから、それはわからない。

 でも彼にしか恋しない自分は頑なというより、それもまた嬉しいのだ。

 自分の運命すら、彼だけに定められているようで。

 こればかりは、どうせ好実の一方通行だが。


「……やっぱり、好実ちゃんって呼んでもいい?」


 夜明け前に目覚めてしまった二人は、ベットの中でくっつき合っているというのに、彼のお願いはまだ子供みたい。

 好実は思わず彼の胸でクスリとする。


「笑った?」

「ううん……いいよ。尚君」


 好実はさっそくお返し。

 そういえば三日前までは「折原さん」と「高城君」だったのだから、二人なりに進歩してるってことだね。

 今なんて昼間の初デートをすっかり抜かして、二人でベットだし……うきゅー、改めて実感。恥ずかしい。

 今度は彼の胸で頭をモジモジすると、その頭にキスがいっぱい落ちてきた。


「好実ちゃんが可愛くて……俺の天使。でも……」


 ……ん? 高城君寝ぼけてる? 天使とか言っちゃうタイプなの?

 でも……の続きは?


「でも……もうジョンレモはやめてほしい。邪魔されてる気分」


 彼のちょっとした嘆きに、とうとうプププと笑ってしまう。

 そういえば今の好実もジョンレモTシャツなんだよね。寝る前に、また彼が着せてくれたから。

 ……ん? だったら邪魔されてるのは自業自得じゃない?

 でも、確かに好実の一番の失敗はジョンレモだな。

 彼との初体験を思い出す度、ジョンレモも思い出しちゃうじゃないか。

 彼も好実じゃなくジョンレモを思い出しちゃうかも。それは……やだ。


「……着替える?」

「ううん。もう離れられない」

「ジョンレモも一緒でいいの?」

「我慢する」


 結局ジョンレモに寛容だね。好実はますますジョンレモが好きになったよ。


「もう一度寝る?」

「うん……好実ちゃん、明日もバイトだからちゃんと寝ないと」

「もう眠れないかも……尚君と一緒だから」


 彼と一緒の初めての夜だから、嬉しくて。

 好実はそんな意味を込めたのに、彼はちょっと勘違いしたみたい。

 いきなりガバッと頭を上げ、好実をマジマジと見つめた。


「……それって、もう一度ってこと?」

「え?」

「好実ちゃん……やっぱり正直に聞いてしまうけど、き……き……」

「え? え?」

「気持ち、よかった……?」


 好実は五秒ほど目を瞬かせた後、なるほど……と納得。

 どうやら好実がもう一度を催促したと思った彼は、昨夜満足させられたかも気になったらしい。

 でも「気持ちよかったよ♡」なんて返せるわけないのにね。

 正直、初めてだからわけわからないまま終わってしまいましたよ……。

 もう恥ずかしいから振り返るのはやめようよー。


「……ごめん。好実ちゃんは気持ちいいんじゃなくて、当然痛かったよね。初めてだから」

「もうやめてっ。一々言葉にしないでっ。それに、大したことなかったって言ったでしょ?」


 「痛い」と「初めて」ワードは、昨夜のうちに彼の口からいっぱい出ているのだ。もちろん心配ゆえのことだが、こうもしつこいとさすがにキレたくなる。


「わかった。ごめん。もう言わないもう言わない」

「ふんっ」

「……じゃあ、もう一度する?」


 露骨だな……これだから男はとさすがに呆れながら、好実も素直に頷いてしまった。

 だってもう眠れないから。それに明日もバイトだから、今は彼と。


「尚君、もう一度……」


 今度はちゃんとおねだりした好実はあっという間に彼の勢いに負かされる。

 こんな強引な彼だって、好実はもう愛しいだけ。


 二人の初めての朝はまだまだ訪れそうにない。


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