38.あなたが欲しい
(ハッ……さっき買ったの、やっすい鶏ムネやん。今日はモモにしときゃよかった)
さっきスーパーに寄った時点では夕食を共にするつもりはなく、普段通りの買い物をしてしまった。これじゃ今日限りの見栄も張れん。
タンパク質系の食材は、あとは冷蔵庫に納豆とチクワのみか……。
その二つをポンと出すわけにはいかないなら、やっぱり鶏ムネ肉だね。
うんうん。納豆やチクワよりボリュームあって豪華と考えればいいじゃないか。鶏ムネサイコー。
前向きになったところで、慣れない料理で失敗も避けるため、いつも通り鶏ムネ肉はチキンカツにすることに。
これは弟によく作ってあげるので、手際もいいのだ。
あとはキャベツの千切りとトマト、そしてご飯とみそ汁でいいだろう。
無理して品数増やしても、待たせるだけだからね。
下味をつけた鶏ムネに衣を纏わせている時、好実はチラッと振り向き高城君の様子を窺う。
しかしパチッと目が合ってしまった。
地獄クッションで待つだけの高城君、暇すぎて料理する好実の背中を見るしかなかったのかな。
「高城君、テレビでも見ててください。ゆっくり」
ジョンレモを見られるのは回避するため勧めておくと、高城君もテーブル上のリモコンを手にしてくれた。
ふう……これで安心。さあ、さっさと作って高城君の腹を満たさなきゃ。
こうして張り切ってスピードアップした好実は、ニ十分程で夕食完成。
ご飯だけは冷凍しておいたものに頼りました。ごめんなさい。
……でもそういえば、この前佐紀さんに高城君のNO食事生活を聞いちゃったから、本当は自分が作ったものを食べさせるなんて一番ハードル高いんだよな。
普段の高城君がなるべく食べない人なら、何かを食べる際は吟味されたものだけとか考えられちゃうよね。
高級志向だからこそ、安易に食べ物を口にしない有名人っていた気がする。
願わくば高城君、ただ食に関してものぐさなだけだといいんだけど。
最後にそんなことを思いながら彼の元へ夕食を運び始めた好実は、すでにすっかり胸のジョンレモを忘れてしまった。
「作ってくれて、ありがとうございます」
「いえ」
「……じゃあ、頂きます」
「どうぞ」
恋人と家で食事なんて初めての好実は至極当然として、小さいテーブルで向かい合い始めた高城君も硬いままなんだよね。
さっき一緒に帰った際は浮かれるままずっとお喋りだったのに、今は一緒に夕食をとり始めても沈黙が中心。
こういった場合は、招いた側の好実が会話を弾ませなきゃいけないんだろうが……とりあえずチキンカツ食べてくれてよかった。
そんな安心はすると共に、つい彼の口元に目を向けてしまえば、好実はもれなく思い出す。
家に入る前の彼とのキスを。
(キ……キ……キス、しちゃったんだよなぁ。ウキュー)
心の中で変な声まで出るほど、今頃恥ずかしさが爆発してしまう。
キスの時はただ求めるまま、恥ずかしさを通り越してしまったのに。
……でもキスに上手下手があるなら、ファーストキスだった好実はド下手くそだったんだろうな。
「好実さん」
「……は、はい?」
「チキンカツ美味しいです。料理、上手ですね」
「あっ、ははは。チキンカツだけです。チキンカツだけ」
そうなんです。チキンカツだけ上手な好実はキスがド下手くそなんです。さっきのキス、ド下手くそでごめんなさい……。
表面は微笑みながら心で泣く好実は、慰められるように「可愛いですね」と新たな褒め言葉まで追加された。優しいね、高城君。
でも今の状態で可愛いは、さすがにそぐわなくない? 褒め言葉もちゃんとチョイスしなきゃ。
あ、チキンカツが可愛いってことかな?
「ありがとうございます。今日のチキンカツ、我ながら可愛くできました」
「……いえ、チキンカツは美味しいです。可愛いのはジョンレモ」
……ハッ! ジョンレモすっかり忘れてた!
高城君が意外にも知っていたマイナーキャラのジョレモ!
しかもジョレモを褒めてもらえたのに、好実は今さらバッと隠す。
「ジョンレモは見なかったことにしてください……」
素直に赤くなりながら両手で隠した好実は、向かい合う高城君に箸を置かれる。
……チキンカツ半分以上残ってるけど、もうご馳走様?
「そんなに可愛くならないで……箍が外れてしまいます」
いつの間にか高城君の手も伸びていた。
今度は好実を可愛く思ってくれたから、彼の指先がまっすぐ好実の唇に触れてしまう。しっかり欲を込めて。
「もう一度……」
それだけで彼の望みがわかった好実は、恋の熱に浮かされるまま待った。彼がより近づくのを。
恋人を家に招いた経験などなかった。それでも好実の初めての恋人となった彼は、触れることまで許される。
好実も、もう一度求めてしまったから。
互い以外を忘れてしまった二人の唇が再び触れ合った。
今度は互いにより深く求めて――――あなたが欲しいと。




