37.恋人とのハプニング
「あっ、どうぞここに。どうぞ」
初めて家に男性を通したことで、好実はてんぱってしまう。
当たり前だが、弟は三日に一度来られようが全然平気なのに、今はただてんぱるあまりクッションを勧めることしかできない。
でもすでにペッチャンコだから、高城君びっくりするかな。座り心地悪すぎて。
広場で一緒にランチする時、高城君が用意してくれる好実用の簡易クッションは座り心地天国だから、今日からうちのペッチャンコクッションは地獄クッションと呼ぼう。
「ありがとう、ございます……」
座ってくれたはいいが、高城君の身体はすぐにモゾモゾ。でも地獄クッションが原因というより、彼も緊張で落ち着かないといった様子。
だってしっかり正座だもんね。
普通、恋人の家で正座する男性はあんまりいないよな。それとも初訪問だから正座?
うーん……恋人いない歴=年齢だったあまり、恋人同士の常識がわからない。
好実個人としては、せめて高城君はリラックスしてほしいものだ。
「えっと……あっ、お茶お茶。お茶持ってきますね」
「……あ、その前に、さっき買った食材を冷蔵庫に……」
「大丈夫です。これは今使っちゃいますから。あ、でもプリンは仕舞わなきゃ。ははは……」
何だかなぁ。一応会話してるんだけど噛み合わない感じ。
夕食を一緒にと誘ったのは好実なのに、ギクシャクと彼の麦茶を用意しながら好実自身が後悔していた。
慣れないことはするもんじゃない。せめて練習してからにしろと身を持って教えられているせいで。
高城君の代わりになる練習相手いないけど。
(……高城君、私がこんなんじゃ居心地悪すぎて、もう帰りたいかも。地獄クッションだし……)
高城君の早々の退散を覚悟しながら、せめて麦茶だけはお出ししようと慣れないトレーで運んでいく。
こういう時のお約束で、緊張してるあまり麦茶ぶっかけちゃったりして。ははは。
でも今はマジでやりかねないから、慎重に、慎重に……。
「お茶です……」
「は、はい」
しかし高城君の方が更に緊張していたらしく、慎重にお茶を持っていっただけの好実にも過剰に反応してしまう。
いきなり立ち上がりまでしたせいで、好実は驚いたあまり麦茶を自分にぶっかけてしまった。
なぜ? 不器用を通り越して器用すぎんか?
とりあえず高城君にぶっかけなくてよかった。
「大丈夫ですか!?」
「全然。冷たい麦茶なんで」
「ごめんなさい。俺が驚かせて」
「いやいや、暑かったんでちょうどよかったです。ははは」
「着替えてください。俺が床拭きます。えっと、タオル……」
高城君の方が慌てふためいているうちに、好実はお言葉に甘えて「じゃあ着替えます」とクローゼットを開ける。
さっさと見苦しい姿から脱しようとしただけだが、新たな服を手に取った好実はいつの間にか高城君を硬直させていた。
「あの……」
「ハッ……ごめんなさい。俺、外行きます。姿消します」
……えっ! やっぱり帰るってこと? うあー、さすがにこんな早く退散宣言されるとショックなんだが。
まだ麦茶の大シミを付けたままでお見送りか……。
「大丈夫です。俺見ません。安心して着替えてください」
好実の落胆が伝わったのか、高城君がまた慌ててしまった。
どうやら帰りたいわけじゃなく、好実の着替えを見るつもりはないだけらしい。
あ、そっか。この家ワンルームだからか。
「高城君、ここにいてください。私、バスルームに行きますから」
なぜか更にピキンと固まってしまった高城君には気付かず、好実はやっとバスルームに急いだ。
(失敗。ジョンレモ持ってきちゃった……)
万年Tシャツとデニムのせいで、さっきも素早くそのセットを手にしてしまったが、バスルームに一旦籠った好実の手にはジョンレモTシャツが。
実は好実、大のレモン好きなのだが、それが高じて正式名称ジョン・レモンというキャラクターグッズまでさりげなく集めるように。
そして今手にしているジョンレモTシャツは、弟のプレゼントでまめに愛用。
さすがに外では着用しにくいが、家では三・四日に一度ジョンレモが好実の胸辺りにいる。
好実の大好きなジョンレモだが、今日に限っては邪魔なジョンレモ……。
しかもレモン顔にモジャ髭が生えてるせいで全然可愛くないんだよね。手足も生えてるし。
……しょうがない。胸のジョンレモはなるべく手で隠そう。
「お待たせしました。私ご飯作っちゃいますね」
しばしの葛藤の末バスルームから出た好実は、そのままキッチンに佇むことに。
もう新たな麦茶を持っていくのも諦めよう。ジョンレモが見られちゃうからね。
「好実さん、俺も手伝……」
「いえ、来ないでください」
ヤバい。断るにしても瞬すぎた?
しかもジョンレモのせいで鋭すぎた好実の口は、案の定ナイーブな彼の表情を凍らせてしまった。
あーこの顔、昔よく弟にされたなぁ。トイレ行くから付いてこないでって言うだけで、この顔されたんだよなぁ。
今の弟はさすがにトイレまで付いてこないから、こういう時のフォローの仕方も忘れちゃったよ。
えーと、確か弟には「いい子で待っててねー」と言い直して、トイレ終わらせたら「いい子で待てて偉かったねー」とナデナデしてあげたんだっけ。
そんな弟はまだ幼児だった。
幼児期のシスコン弟と同じ対応できるはずなく、好実は相変わらずジョンレモを隠しながらニッコリ笑顔だけ向ける。
「今日は私が高城君に作りたいなって……ふふふ」
最後に不気味な笑いまで付けてしまった好実のフォローは、幸い高城君に効果あったようだ。さっき凍りついた顔があっさり綻ぶ。
「じゃあ待ってます」と、最後は照れくさそうにまた地獄クッションに落ち着いた。
高城君、けっこう地獄クッション気に入ったんじゃない?
よしよし、地獄クッションよ。このまま高城君を引き止めておいてくれー。好実はジョンレモを隠し通しますよー。
こうして好実は一人こっそり高城君を遠ざけながら、夕食作りを開始したのだった。




