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1.コンビニから再スタート


 それまで勤めていた会社が業績悪化で倒産したのは、好実(このみ)が二十五歳になった年の夏だった。

 それまで平凡なりに順風満帆だったというのに、災難はいきなり襲ってくるものだ。

 高卒で働き始めて七年。その七年を捧げた仕事を失うということは、そもそも冒険や変化を好まない好実にとってかなり痛手だった。

 二十五歳なんてまだまだ若い。再スタートなんて余裕余裕。でも当事者の好実にはされど二十五歳なのだ。

 再就職先を見つけるのは正直……面倒くさい。面接でまた緊張しなきゃいけない。

 でも一人暮らしがしてみたくてとっくに実家を出てしまったので、今更のこのこ戻れない。

 そもそも三歳上の兄がとっくに結婚して、実家は計四人いる甥と姪に占拠されている。子沢山、素晴らしい。

 でも……もともと薄めだった好実の存在感はすっかりペラッペラになってしまった。

 ということで実家に再びお世話になるのも憚れるので、失業保険が切れる前にさっさと再就職先を見つけることにする。


 しかし、高校時代はアルバイト経験なく事務職に就いた好実はうっかり魔が差した。

 再就職をする前に、コンビニでアルバイト経験をしてみようと思い立ったのだ。今がチャンスとばかりに。

 だって好実はコンビニが大好きだから。

 こんな寄り道も、若気の至りというのかな。若さがちょっと足りない気もするが。


 そんなわけで折原 好実、二十五歳。初めてコンビニでアルバイト始めました。



「いらっしゃいませー」

「よう好実ー、頑張ってるかー?」


 ちょうどブレイクタイムなのか、兄がわざわざコンビニに訪れた。わざわざといっても、兄が働くオフィスは大変近いが。

 なんせコンビニの真上だから。

 好実が二週間前から働き始めたコンビニは、複数の企業が入ったオフィスビル内の一階部分にあり、好実より三歳年上の兄はちょうど二階フロアで働いているのだ。

 しかしこれは偶然でも何でもなく、好実は兄の強制でこのコンビニを選ばされたようなもの。

 本当は自宅アパートからなるべく近いコンビニがよかったのに。


 これにはしっかり兄の方に事情があって、兄が働くオフィスビルの一階部分でコンビニを経営するのは、兄の高校時代からの大切な先輩。

 その先輩が日々人手不足を嘆いていて、兄は妹の好実が失業した挙句コンビニでのアルバイトを検討していると知るや否や、ここぞとばかりに妹を売ったのだ。

 そのせいで好実は通勤に電車利用で一時間以上かかるコンビニで働くことになってしまったが、渋々といったわけでもなく、実はけっこう条件も良かったのだ。

 なんせ兄が同オフィスビルにいるお陰で行きも帰りも兄の車で送迎してもらえるし、何より近所のコンビニより時給がいい。

 兄の先輩である店長からも当然何かとよくしてもらえるので、好実としては逆に不満がなかったりする。


 ただ、このオフィスビルで働く女性は皆キラキラしていてお洒落で、爪の先まで垢ぬけているので、つい自分と比べて惨め気分を味わってしまうが。

 でも惨めなのは学生時代もそうだったので、今さら大したことじゃない。


「それにしても、お前は安定に垢抜けないな」

「お兄ちゃんだって何なの? その変なネクタイ。罰ゲーム?」


 兄にしげしげと見つめられながら言われればさすがにムッとする好実は、罰ゲームみたいな兄のネクタイを貶してやった。


「あーこれ? 愛花ちゃんに貰ったの。愛花ちゃんは趣味が悪いのがチャームポイントだから。ハハハ」

「愛花ちゃん……。サイテー、翠さんに報告してやる」


 仕事を抜け出しわざわざ妹と雑談する兄は、家族の中で妹にしかできない愛花ちゃん自慢。ちなみに愛花ちゃんは行きつけキャバクラにいる女の子。

 立派なオフィスビルで働く男性の中にもこんなふざけた兄が混じっているのだから、妹の好実が恥ずかしい。

 これで家では四人の子を持つお父さんなのだから、妹の前でもしっかりしてくれよ。


「もーいいからお兄ちゃん、さっさと仕事戻って」

「えー、お菓子買いにきたのに」

「子供かっ」


 ようやく兄を追い出し清々すると、再び商品陳列を始める。

 この時間、デザートコーナーにOL客がちらほら集まりがちなので、邪魔しないようにしなきゃ。

 あっ、わらび餅を手に取って迷ってる可愛いOLさんが。

 それは間違いなく美味しいですよーと心の中だけで余計なお世話をしていると。


「折原さーん、レジ入って」

「はーい」


 やっちゃったやっちゃった。レジが混み始めたのに、のんびり商品陳列続けちゃったよ。

 こういう所がまだまだなんだよなーと反省しつつ、慌ててレジ業務に入った。


「いらっしゃいませー。153円でーす」

「……あの、もしかして折原さんですか?」

「はい? はあ……私は折原ですが」


 ネームプレートにも折原と書いてあるからね。間違いなく好実の名字は折原なのだが。

 ……あれ? そういえばこの名前を確認してきたお客さん、どこかで見たことあるような。

 好実が見覚えあるような気がするのは、もしかしてこのお客さんが芸能人だからとか……?

 そういや今更だけど、この人めっちゃ美形やん。それに何か……芸能人のオーラと品格ってやつ?


「……あの、ついでにサインください」

「え?」

「え? 芸能人の方じゃないんですか?」

「違います」

「はっ……すみません。失礼しました」


 やっちゃったやっちゃった。よく見れば、いやよく見なくてもサラリーマン仕様のお姿じゃないか。

 ちゃんと謝りはしたが、でも一般人が芸能人と勘違いされる分には悪い気しないよね。反対だったらムッとするかもだけど。

 よかった。このやけに美形なお客さんが一般人のサラリーマンで。

 芸能人と勘違いしたことはサービスと思ってくれー。


「レシートのお返しです。ありがとうございましたー。次のお客様どうぞー」


 こうしてやけに美形なお客さんの対応を終えれば、好実はその後の慌ただしさにさっきのやりとりを忘れてしまった。

 なぜか好実の名前を確認されたことも。


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