第四章 夜明けに託したもの
それから三日後。
王都の空は、ようやく晴れ渡った。
黒炎の影は消え、瓦礫の中にも人々の生活が少しずつ戻り始めていた。
けれど、城壁の上には静かな空気が流れていた。
風に揺れる旗。朝焼けに染まる石畳。
その中に、リサとカイルが並んで立っていた。
リサの顔色はまだ完全ではなかった。
だが、彼女の瞳はどこか吹っ切れたように澄んでいた。
「……私、王都にはもういられないって」
ぽつりと、リサが言った。
その声には、弱さはなかった。
「神殿は、蒼の魔法を“管理する”べきだって言ってる。私の力は危険だって。……まあ、間違ってないよね」
「ふざけんな」
カイルが短く言った。
「誰がこの街を守ったと思ってる。あんたがいなきゃ、今頃ここは黒に呑まれてた」
「ありがとう。でも、私、納得してるの。封印のためじゃない――これからは、自分の意思で生きてみたい。魔法を使うことも、誰かを信じることも、全部」
カイルは、黙って彼女の横顔を見つめた。
「旅に出るんだな」
「うん。西の山脈にある、古代の神殿跡を目指す。蒼の魔法が最初に生まれた場所。……そこなら、私の魔法が何のためにあるのか、きっと分かる気がする」
朝日がふたりの頬を照らした。
言わなければならないことは、きっとお互い分かっていた。
だけど、言葉にはしなかった。
「……元気でな」
カイルの声は、どこか掠れていた。
「あなたも。……あんまり無茶しないで」
リサは、最後に小さく微笑んだ。
その笑顔には、少しの寂しさと、大きな決意が混じっていた。
そして、背を向ける。
風がマントをはためかせる。
カイルはその背中に、何も言えずに立ち尽くしていた。
本当は追いかけたかった。
けれど――彼女の旅路を、今はただ見送るしかなかった。
そのとき、リサが一度だけ振り返った。
そして、まるで何かを託すように、静かに言った。
「……いつか、また会えたら。その時は……ね」
言葉の続きを、カイルは聞かなかった。
けれど、それで十分だった。
陽光の中、リサの姿がゆっくりと小さくなっていく。
やがて、城壁の影に吸い込まれるように、完全に消えた。
蒼の魔法使いは、またひとつ、伝説になった。
けれどその歩みは、今もどこかで誰かを照らしている。
まだ、終わっていない恋。
それでも、確かに心に残る約束を胸に――
物語は、静かに幕を下ろした。