第三章 黒炎の中の誓い
王都の北門。
城壁の外に広がる広野は、黒煙と共に変わり果てていた。
草は焦げ、空は灰色に閉ざされ、地を這うように漂う黒炎があたり一帯を蝕んでいる。
そこに立っていたのは、一人の男。
漆黒のローブに身を包み、顔の半分を仮面で隠した魔導師。
その手には、黒く歪んだ魔導書。声なき詠唱が風に溶け、周囲の大気が淀んでいく。
「人は必ず、闇に還る……。私はただ、その理に従っているだけだ」
彼の前に、王都の防衛部隊が展開していたが、すでに壊滅寸前だった。
騎士たちの剣は砕け、魔導士の詠唱は中断され、無数の影が地面から這い出して兵を飲み込む。
そこへ、リサとカイルが到着した。
「……あれが、黒の魔導師」
リサは、遠目に男の存在を見据えた。
「守りに徹してくれ。あの炎に触れたら、魂まで喰われる」
カイルが剣を抜き、先に前へ出ようとする。
だが、リサは静かにその腕を取った。
「いいえ、私が行く。これは……私の魔法で終わらせなきゃいけない」
「だめだ。お前が近づいたら、力を使いすぎて――」
カイルの言葉を、リサは優しく遮った。
「怖いよ。でも、私、もう一人じゃないから。あなたが、そばにいてくれるって……そう信じてるから」
蒼い魔力が、彼女の身体を包み始める。
空気が震え、光の風が巻き上がる。
彼女の蒼の魔法は、以前よりも澄みきっていて、静かで、温かかった。
リサが進むたび、黒炎が後退していく。
まるで、夜明けが夜を追い払うかのように。
「貴様が、“蒼の継承者”か……」
黒の魔導師がリサを睨む。仮面の下の瞳が、明らかに怯えを帯びていた。
「この世界には、光も闇も必要だ。蒼は力を均すだけの器。何も生み出せはしない!」
叫ぶと同時に、黒い魔力が魔導師の腕から放たれた。無数の影が蛇のように地を這い、リサに襲いかかる。
だがその瞬間、リサの蒼の魔力が広がった。
「あなたの言葉が正しいなら……この光に、怯えるはずがない」
詠唱は必要なかった。
彼女の魔法は、祈りだった。
存在そのものが、光だった。
蒼の閃光が天を貫き、黒炎をすべて焼き払う。
まるで夜を砕く真昼の光のように、王都の空が蒼白に染まった。
そして、静かに黒の魔導師の身体が崩れ落ちた。
残ったのは、ただの灰と、一冊の焦げた書だけだった。
──勝利だった。
だが、リサはその場に崩れ落ちた。
魔力の使いすぎで、立っていられなかったのだ。
「リサ!」
駆け寄ったカイルが、その身体を受け止める。
彼女の顔は汗で濡れ、息も浅かった。
「だいじょうぶ……少し、眠れば……」
かすれた声でそう言うと、リサはカイルの胸の中で意識を落とした。