第一章5「将来有望……?」
「つ、疲れたぁ……」
花宮麗美紗は日課の戦闘訓練を終えてから、休憩のため神殿の休憩室へと入った。
長くツヤのある黒い髪をリボンでハーフアップにし、落ち着いた印象のある麗美紗だが、厳しい戦闘訓練を終えた後なので、その表情は疲労に満ちている。
すると――。
「あ、麗美紗ぁ! お疲れー!」
「お疲れ、佐江美」
自分たちに与えられた休憩室には、友達の谷本佐江美が先に休憩していたみたいだ。
薄茶色の髪を短めにポニーテールにしている彼女は、訓練が終わった後だというのに元気そうだ。
「訓練、楽しかったね!」
「あれを楽しいって言えるって、佐江美、すごいよね……」
こっちは訓練で毎日虫の息だというのに、佐江美は何ともないようだ……。
それに、自分たちの置かれた絶望的な状況を考えると、訓練なんか楽しむ余裕は無いだろう……。
それでも、佐江美はあっけらかんとしている。
「アタシさ、ファンタジーの世界って、ずっと憧れてたんだぁ! だから、現実では使えなかった魔法とか使えて、今、すっごく楽しい!」
「そ、そうなんだね……。佐江美は相変わらず、楽しいが口癖だね……」
麗美紗がそう言うと、佐江美は少し複雑そうな顔をする。
「――そうなんだけどね。一つだけ、楽しくないことがあるの……」
「楽しくないこと?」
いつも明るく、クラスのムードメーカー的存在だった佐江美にしては珍しく、深刻そうな顔をする。
麗美紗が疑問に思っていると、佐江美はこう告げる――。
「一緒にいて、すごく嫌な人がいるんだよね……。それ、横山君のことなんだけどさ……」
「よ、横山君……」
その名前を聞いただけで、思わず寒気がしてしまう。
しかも、それは麗美紗だけではなかったらしく、佐江美も同じように身震いをしていた。
「あの人……。クラスにいた頃から思ってたんだけど、何かアタシたちを見る視線がイヤらしくない……?」
「そうだよね……」
――俺の女になれよ!
思い出す……。
横山にされてきた数々の嫌がらせ……。そして、恐喝まがいの暴言……。
麗美紗は彼の姿を見るだけで、そのトラウマから心が曇ってしまう。
すると――。
「麗美紗……? どうしたの、麗美紗……!」
「あっ……! ご、ごめんね……。横山君のことを聞いたら、ちょっと嫌なことを思い出しちゃって……」
麗美紗が曇った表情で口にすると、佐江美も同じように暗い顔をする。
「実は、アタシも。……アタシも、アイツに嫌がらせされてきたんだよね……」
「そ、そうだったの……」
どうやら、彼に嫌がらせをされてきたのは、自分だけではないらしい……。友達の佐江美ですら、彼の嫌がらせの対象だったようだ。
その事実に、さらに気分が落ち込んでしまう。
「アイツさ……。クラスの色んな子に嫌がらせしてるよね……。正直、何であんなヤツと一緒に、この神殿を守らないといけないのって思ってるんだよね……」
佐江美は、怒りから来る自分の気持ちを隠しきれないようだった。
「仕方ないよ……。横山君、実力だけは上位レベルだからね……」
「そ、それでもだよ! あんなヤツと一緒になんて戦いたくないし、第一、すぐ裏切ってきそうじゃん!」
「そ、そうだよね……」
さっきから、気分が沈むような暗い話が止まらない。
なので、ここは少し話題を変えるべく、何か最近の印象に残ったことを話そうと思った。
「……そういえば、佐江美。音村君がこの神殿に召喚されたというのは聞いた?」
彼の名前を出すと、佐江美は少し嬉しそうな顔をする。
「あ、それ聞いたよ! クラスメイトがいなくなって、寂しくしてないか心配だったけど、これで皆、一緒だね!」
「ま、まあ……。音村君にとっては、完全にとばっちりなんだけどね……。」
「そ、そうだね……。それに、音村君、神の加護が得られない不遇職なんだってね……」
「気の毒だよね……。しかも、そのせいで、この異世界でも横山君にイジメられてたし……」
駄目だ……。せっかく話題を変えたのに、また暗い話に戻ってしまった。
すると、それを察したのか、佐江美が――。
「……助けてあげたかったな」
「え……?」
突然、佐江美から切なそうな声が飛び出す。
すると、佐江美はさらに切なそうな顔で、話を続けるのだった――。
「アタシさ。クラスの皆で一緒に楽しいことができたらいいなって、ずっと夢に抱いてたんだけど。でも、音村君が横山にイジメられてるのを見て、アタシ……。アタシ、今まで何もできなかったんだよね……」
そう語る佐江美の表情は、自分自身が許せないといった様子で、感情を抑えきれなかった彼女の手が震えていた。
「佐江美……」
「見て見ぬふりなんて、クラスメイトとしてやってはいけないのに。……アタシ、音村君を助けたら、横山に何かされるんじゃないかって、ずっと怖かったんだ」
それは、クラスメイトの誰もが思っていたことだろう。
しかし、横山の絶対に逆らえない雰囲気は、正直、こちらの精神が参ってしまうほどだった。
すると、佐江美は――。
「音村君って何かすごい変わってるけど、それでも堂々としてて、何か不思議でカッコいいというか……。とにかく、見てて飽きないよね」
音村君のことになると、少し嬉しそうに語りだす佐江美。
「佐江美の言う通りだよ。私、不遇職でも音村君を応援したいな……。もしかしたら、この絶望的な状況を切り開いてくれるかもしれないし……」
麗美紗がそう口にすると、佐江美も「うんうん!」と元気に頷いてくる。
「アタシも、音村君のこと応援する! ……それに、見て見ぬふりをしたこと、いつか謝りたい! 都合の良いことだって分かってるけど、でも……!」
「佐江美……」
佐江美の瞳は、燦然と輝いていた。
彼女は音村君のことで、もとの元気さを取り戻したようだった。
そして、ちょうどその頃――。
――――――
「よし……!」
佐江美や麗美紗の期待に応えるかのように、音村義弘の右手から、火の玉が浮かび上がる。
すると、その決定的瞬間を目にした柊姫華と雨宮芙月の二人は、思わず目を白黒させる。
「す、すごい……。すごいよ、音村君……!」
「アンタ、一体どうなってんのよ……!? 不遇職で、魔法の才能は無かったんじゃないの……?」
二人は愕然としてしまうが、彼女たちに対して、義弘はあっけらかんとしている。
そして――。
「こう見えて、魔法を使うイメトレは毎日してたからね。……例えば、詠唱してから目の前に自然の雷が落ちる確率を、自然科学や数学の知識を使って求めたり、火の玉を出現させる魔法を、赤燐と静電気の発火現象で再現できないか考えてたし。他にも――」
義弘が饒舌に語ると、二人は少し引いたような顔をしてしまう。
「す、すごいね、音村君……」
「あ、アンタって、本当に変わってるわね……」
しかし、義弘は止まることはない。
「魔力という概念が、この世界にあって助かったよ……。魔力を放出するイメトレも、毎日欠かさずやってたからね」
誇らしげに語る義弘に、姫華と芙月の二人は、とりあえず笑って誤魔化すのだった……。