第一章4「決意の後押しはクッキーで」
場所は変わって、神殿へ――。
「ふーん……。横山がそんなことをねぇ……。キモッ……!」
自分がさっき、図書館で横山に言われたことを大まかに話すと、それを聞いた雨宮芙月は、これ以上ないくらいに眉を顰めた。
確かに、彼女の反応が普通だと思う。横山は、二人にセクハラする気満々だったからな……。
すると、柊姫華が――。
「音村君、本当に大丈夫なの……? 横山君って"ナイト"のジョブで、戦闘では、積極的に前衛を務めて実戦経験は豊富だから、説得力が……」
「か、彼は"ナイト"なんだね……」
正直、失礼ながら、今までの彼との経験から言わせてもらうと"シーフ"とか"アサシン"みたいな闇に生きる系のジョブが似合いそうだが……。
義弘がそう思っていると、今度は雨宮さんが、不機嫌そうに目を細めてこちらを見つめてくる。
「……で、アンタはどうするわけ? まさかこのまま、横山みたいなゲス野郎に負けるわけじゃないわよね?」
「それは大丈夫だ。……必ず、一週間後の戦闘試験に受かってみせるよ」
「はあ……。どこにそんな自信があるのよ……」
雨宮さんは、呆れたようにイヤイヤと首を横に振った。
すると、そのタイミングで――。
ぐううう……。
見計らったかのような見事なタイミングで、義弘のお腹の虫が鳴ったのだった。
――うわぁ。なんとタイミングの悪い。
すると、柊さんがこらえきれなくなって、思いっきり吹き出してしまった。
「ぷっ、あはははは!! お腹で雨宮さんに返事をするなんて、音村君って可愛いなぁ!」
「い、いやー、すまない……。この世界に来てから、何も食べてなくてさ……」
最後に食べたのは、この世界に来る前……。確か、自宅で適当に摘んだ菓子パンだったかな……? そりゃあ、お腹の虫も鳴るよな……。
とにかく、今は戦闘試験以前に、何かを口にしないと。腹が減っては戦はできぬ、とよく言われるしな……。
義弘がそう思ったときだった――。
「これ、食べなさいよ……」
雨宮さんから、何かを強引に手渡される。
何だろう、と思って自分の両手に顔を向けると、そこには――。
「うわぁ……。美味しそうなクッキー」
焼き加減の良さそうなクッキーが、袋詰めにされて何十個と入っている。
すると、雨宮さんは頬を少し赤く染めながら、目線を彷徨わせて、こう口にする――。
「お、男の子って、結構食べるイメージあるから、こんなのじゃお腹いっぱいにはならないと思うけど、少しでも音村の腹の足しになれば、いいなって……。し、仕方なくだけど……」
そんな、ぎこちなくも可愛らしいことを言われるのだった。
「ありがとう、雨宮さん……! すごく嬉しいよ!」
義弘がそう言うと、雨宮さんはさらに頬の色を濃くしてしまうのだった。
「は? き、キモッ! 女の子にお菓子をもらっただけで、そこまで舞い上がるなんて、気持ち悪いにもほどがあるわよ!」
雨宮さんは、あたふたと捲し立てるが――。
「ふふふ。でも、雨宮さん。……音村君のために、必死でお菓子屋さん探してたんだよね?」
柊さんに、トドメとばかりにそんなことをバラされるのだった。
すると、雨宮さんは、さらに慌ててしまう。
「ち、違うわよ! これは、その……。たまたま落ちてたのを拾っただけで……」
――落ちてる物を人に渡すのは、ちょっと、どうかと思うよ!?
義弘が心の中でツッコミを入れていると、柊さんは楽しそうにクスクスと笑うのだった。
「だって、そのクッキー。近くのお菓子屋さんで売ってたもん。……しかも、結構高いやつだよ?」
「そ、そんなものを僕にくれたのか……」
やはり、雨宮さんは良い人だ……。
普段は素直になれない分、いざ彼女の隠れた優しさが表に出ると、その包み込まれるような温かさに感涙してしまいそうになる。
「だ、だからぁ――」
その後、柊さんと雨宮さんの可愛らしい口喧嘩が始まり、その二人の様子を微笑ましそうに義弘は見守った。
そして――。
――お前は、利用価値のないゴミ同然なんだよ!!
そんな彼女たちの微笑ましい姿を見ながら、義弘は横山にされてきた数々の嫌がらせと暴言を想起していた。
一週間後の戦闘試験に合格できなければ、横山の嫌がらせが彼女たちにも降りかかる……。
それどころか、魔王軍と戦わされるクラスメイトたちを助ける第一歩を、ここで踏み外すことにもなる……。
彼女たちの輝くような笑顔を……。そして、クラスメイトたちのこれからの未来を守りたい……。
ここまで、誰かのために何かをしてあげたいと思ったのは、もしかしたら生まれて初めてかもしれない。
だからこそ――。
「……じゃあ、戦闘試験に向けて魔法の勉強してくるよ」
そう口にすると、二人の口喧嘩がピタッと止まった。
そして――。
「私も一緒に行くよ、音村君!」
「アタシも手伝ってあげるわ。あ、アンタ一人じゃ頼りないからね……」
彼女たちは、二人とも憚ることなく、僕なんかのために時間を使ってくれるのだった。