第一章3「一週間のカウントダウン」
「正直、状況はかなり良くないんだよね……。他のクラスメイトたちも魔王討伐に向かったんだけど、信じられないことに苦戦していて、討伐に行くどころか、魔王軍の攻撃から各地の街を守るので、手一杯なの……」
「そうか……。なら、早くクラスメイトたちを助けに行かないとな……」
予想以上に、戦況は良くないみたいだ……。
神殿からそう遠くない距離の図書館へ、街の案内も兼ねてやって来た音村義弘と柊姫華。
魔法について柊さんから教わるため、いくつかの参考書を取り出し、隅のテーブルへと二人で座る――。
「……な、なあ、柊さん」
しかし、なぜか柊さんは、向かいの席ではなく、すぐ隣の席に座るのだった。
これでは、向かいの席がガラ空きで、せっかくテーブル席を選んだのに、何かもったいなく感じてしまう……。
「何かな?」
「どうして、隣の席に座るんだ? しかも、距離が近いし……」
そう訊くと、柊さんは少しイタズラっぽく笑ってくる。
「ふふ。こうしないと、参考書が見づらくて教えにくいでしょ?」
「た、確かにそうだけど、何か距離が近すぎやしないか?」
今、自分の肩に柊さんの華奢な肩が触れ合っている状態だ。
彼女の言い分も分かるのだが、ここまでして距離を詰める必要は無いように感じてしまう……。
「まあ、せっかく二人きりになれたんだし、これは私からのファンサービスってことで!」
「僕は、いつから柊さんのファンになったんだよ……」
「ええー? じゃあ、音村君からもファンサービスしてよー」
「な、何で僕が?」
「だって、私も音村君のファンだもん!」
「は、はあ……」
駄目だこの人……。全く人の話を聞かないタイプの人だ……。
というか、さっきから図書館内にいる他の客から、何か温かい視線を向けられるんだが、完全に"そういう関係"だと勘違いされてるよな、これ……。
義弘がそう思っていると――。
「……怖かったの」
「え……?」
急に震える声になってしまう柊さん。
彼女の急な変わり様に、唖然としていると、突然、彼女がこちらの腕に自分の腕を強く絡めてくる。
そして、こちらの肩にも、彼女は甘える子猫のように頬ずりをするのだった。
「ちょ、柊さん……?」
や、ヤバい……!? 何だこれ……!? 何かのサプライズか……!?
これで完全にデキたカップルとして他の客からは見られてしまい、中には「ヒュー!」と茶化してくる客もいるくらいだ……。
彼女のツヤのあるライトブラウンの髪からは、柑橘系の甘い匂いが漂い、肩から感じる彼女の体温は、少し熱いくらいだった……。
すると――。
「ずっと、ワケも分からず戦わされて……。私、いつ死んでもおかしくない状態だったの……。もう怖くて怖くて寝られなくて、ノイローゼにもなったの……。でも、そこに音村君が来てくれて――」
「……」
――そうか。確かに、彼女の戦場での境遇を考えたら、泣きたくなるのも頷けるな。
「本当はこんなこと願ったら駄目なんだけど……。この異世界で戦わされている間……。ずっとずーっと、音村君がそばに居てくれたらなって、願ってたの」
「……」
「ふふ……。多分、異世界に召喚されたのも私への天罰なんだね……。だって、学校でも音村君のことを独り占めしたいって、他の女の子を避けるようにしてたから……」
「ひ、柊さん……」
もし、自分が柊さんの立場なら……。彼女にそばにいてほしいと願っただろうか……。
人間、誰にだって怖いものはある。その恐怖に打ち勝つためには、大切な人との協力が一番心強く感じるものだ。
義弘がそう思っていると――。
「あ、えっと、今のは忘れてね……! ただの私の妄想だから、ね……?」
「う、うん……」
少し言い過ぎたと思ったのか、柊さんは頬を赤く染めてアタフタとしてしまう。
「それよりも、早く魔法についての勉強を――」
「そんなゴミに勉強なんか教えても、無駄だぞ、姫華ちゃん」
柊さんが言い終わる前に、義弘にとっては忌々しい"あの男"の声が聞こえてきた……。
「横山……」
横山華之介……。彼の名を呼ぶだけで、過去にされてきた様々な嫌がらせの羅列を思い出せる……。
そう……。横山こそ、義弘をイジメる主犯格の男子生徒だった。
「よう、音村。お前、一週間後に戦闘訓練、受けるらしいな?」
何がおかしいのか、横山は苦笑交じりにそう口にする。
すると、柊さんが――。
「あなたには関係ないよね、横山さん……?」
「関係あるさ、姫華ちゃん。大事なクラスメイトが命の危機に遭っているというのに、看過できるワケないだろ?」
そんな白々しいことを、よくここで言えるものだ……。
「嘘くさい……。それに、その"姫華ちゃん"って呼び方、やめてくれる? 私、ずっと不愉快だったんだけど……?」
「おやおや、俺と姫華ちゃんの仲じゃねえか。……それよりも、そんなゴミと一緒にいると、せっかく可愛い姫華ちゃんなのに腐臭が移っちまうぜ?」
「音村君のこと"ゴミ"って言わないでよ……!」
ついに耐えきれなくなったのか、柊さんは声を荒げてしまう。
すると、横山は――。
「教養も、魔法の才能も、剣術の才能も何もかもが無い不遇職……。そんなクソの役にも立たないヤツを"ゴミ"と呼んで、何が悪い……?」
彼も、柊さんに怒鳴られたのが癪に障ったのか、少し声のトーンが低くなる。
そして、そんな横山の態度を見た柊さんは怒りに身を任せて、机をバンッと叩いて立ち上がる。
「もういい加減にして……! これ以上、音村君のことを悪く言ったら――」
「いいんだよ、柊さん」
暴走する寸前だった柊さんを、義弘は落ち着いた様子で制止する。
「で、でも、音村君が……」
「彼の言う通り、実際、役に立たないのは事実だしね。……今のところは」
義弘が少し挑発するように口にすると、横山は眉を顰めた。
「何……? お前、少しでも皆の役に立てるとでも思ってんのか……? ゴミの分際で……」
「なら、一週間後の戦闘試験、必ず受かってみせるよ」
そう宣言すると、横山は声を大にして笑ってきた。
「あっはははは!! お前マジかよ!? 本気で言ってる!?」
「もし、戦闘試験に僕が受からなければ――そのときは、僕を殴るなり好きにしろ」
その言葉を聞くなり、柊さんは血相を変えて止めに入ってくる。
「やめてよ、音村君! そんなことしたら、本当に何をされるか分からないよ!?」
しかし、彼女の制止も虚しく、話はどんどん進んでいき――。
「じゃあ、遠慮なくそうしてやるよ!」
「ああ、好きにしてくれ」
義弘の短い承諾の返事に、横山は気味の悪い笑みを浮かべる。
その姿は、人の姿をした悪魔のようだった……。
「へへ、ちょうどサンドバッグが欲しかったから、良かったぜ! それに、今度この街からの応援で隣町へ行くことになったから、お前がもし戦闘試験に落ちていなくなったら――」
そこで、さらにニヤリとする横山。
「もし、お前がいなくなったら……。俺は、姫華ちゃんと芙月ちゃんと、三人でチームを組んで行くことになるな!」
「それがどうした……?」
「へへ、楽しみだなぁ……。姫華ちゃんと芙月ちゃんみたいな、可愛い女の子に囲まれて戦うの! 俺が二人を守ってやって、ゆくゆくは、その見返りに夜のご奉仕なんて、な……。へへへへへ!」
横山は酷くニヤつきながらそう言う。
すると、それを聞いた柊さんは、すごく嫌そうな顔をしてしまうのだった。
――なんて下品なヤツだ。
一週間後の戦闘試験……。それに落ちてしまったら、自分どころか柊さんや雨宮さんにまで、ヤツの飛び火がかかってしまうのか……。
「じゃあな、音村! 一週間後、楽しみにしてるぜ!」
横山は、そう嫌味ったらしく言い残すと、機嫌良さそうに図書館を後にした。
後に残された義弘と柊さんは、しばらく言葉を失っていた。
しかし、柊さんが――。
「私……。絶対に横山君と一緒は嫌……!」
横山のあまりもの気持ち悪さから、半分泣きながら、そう訴えてくるのだった。
そんな彼女に、義弘は優しく頭をさすってあげる。
「大丈夫だよ。……僕は絶対に落ちたりしないからね」
「音村君……」
柊さんが見つめる先には、覚悟を決めて、確固たる自信に満ち溢れた義弘がいた。