第一章2「不遇職でも変わらず、変わった性格をしている」
「お願いじゃ……! もはや、ヨシヒロしか頼める者はおらん……! 一度議会で決めた者を召喚してしまうと、しばらくは魔力の補充で再召喚できんのじゃ……」
義弘を異世界転移させた老人が、切羽詰まった形相で懇願してくる。
「あ、頭を上げてください……!」
命に関わる危険な仕事を押し付けられたと言ってもいいが、こちらの世界の住人にも、やむを得ない事情はあることだし、それに、先に異世界転移させられたクラスメイトたちのことも気にかかる……。
なので、どちらにしろ、魔王と呼ばれる存在を倒さないと、元の世界にも戻れなさそうなので、義弘は首を縦に振ろうとした。
「僕は、別に――」
しかし、義弘が言い終わる前に、柊姫華が言葉を被せてくる。
「ふざけないでください! 勝手に召喚しておいて、いきなり魔王討伐のために命をかけろなんて、ヒドすぎませんか……!? 私たちの命を何だと思ってるんですか……!?」
「ひ、柊さん……」
あんなにキレる柊さん、初めて見たな……。
普段は温厚で優しい笑顔を向けてくる柊さんだが、今回の切羽詰まった状況では、さすがに声を荒げてしまうようだ。
柊さんにキツく言われた老人は、本当に申し訳なさそうに頭を深々と下げた。
「本当にすまない……」
「謝れば済むと思ってるんですか……!? 私たちだけならまだしも、音村君まで……!」
さすがに、これは止めないとマズイな……。完全に柊さんの頭に血が上っている……。
「柊さん、落ち着いて!」
「音村君はいいの!? この人たちの勝手な都合で、いつ殺されるかも分からない戦場に送り込まれるんだよ!?」
「……僕は構わない。それでクラスメイトたちや、この世界の住人が救われるのなら」
義弘が覚悟を決めた表情で重々しく口にすると、柊さんは目を見開いて固まってしまう。
「そ、そんな……。私、嫌だよ……。そんなの、嫌……! 音村君がいなくなったら、私……」
柊さんは、ついに感情を抑えきれなくなったのか、その宝玉のような瞳から大粒の涙を流してしまう。
「ひ、柊さん……」
義弘が彼女を宥めようとすると――。
「もし、殺したければ、ワシを遠慮なく殺してくれ……」
「えっ……!?」
異世界転移させた老人が、とんでもないことを口にする。
彼の発言により、義弘たち三人は唖然としてしまう。
すると、彼は重々しく口を開いた――。
「孫や息子たち……。家族は皆、魔王に殺され、もはやワシには何も残っておらん……。だから、君たちの気が済むのなら、喜んでこの命、差し出そう……」
ローブを着た老人はそう言うと、懐からナイフを取り出し、それを自らの首筋にあてがった。
「や、やめてください……!」
義弘は慌てて止めようとするが、彼の目は本気だった。
「しかし、ワシだけでなく、この世界の住人は皆、大切な家族、友達、そして、なによりも平和を望んでおる……。そんな世界の人々を、ワシはどうしても見捨てられなかったのじゃ……」
別世界の人間を召喚してまで、この異世界を救いたいという彼の想い……。それは、我々の予想を遥かに超えていた。
確かに、あの老人のしたことは、義弘たちからしたら、自分勝手になってしまうだろう。
しかし、そんな不名誉を被ってまで、さらには自らの命を差し出してまで、この世界を救いたいと思うのは、よほどの覚悟が無ければできないことだ……。
――だから、義弘は自然と首を縦に振っていた。
「分かりました……。その覚悟、僕にはしっかりと伝わりました……」
義弘がそう口にすると、老人の目が見開かれる。
「ほ、本当か……!?」
最初から首を縦に振るつもりだったので、今さら断る理由もない。
すると、今度は雨宮さんが――。
「でも、アンタ。"ニート"っていう不遇職なんでしょ? そんなんでどうやって戦うのよ……?」
どうやら、義弘が不遇職だというのは、彼女たちには既に伝わっているらしい。
確かに、魔王討伐や、クラスメイトを助ける以前に、自らが置かれた状況は絶望的にも等しい。
しかし、義弘は――。
「大丈夫だよ、雨宮さん」
「はあ? アンタ、自分のジョブのこと分かってんの? 教養も、魔法の才能も、剣術の才能も、何もかもが無い"ニート"っていう不遇職なのよ? そんなの――」
彼女が言い終わる前に、義弘はこう告げる。
「もしも、教養も、魔法の才能も、剣術の才能も、"神の加護"というのが何もかもが無いなら、逆に、神に頼らず自分自身で才能を作れば、何にでもなれるんじゃないかな?」
そんな少しズレたことを告げると、雨宮は愕然としてしまう。
「あ、アンタって、本当に変わってるわね……。前から思ってたことだけど……」
「それ、よく言われるんだよね、あはははは……」
さっき、異世界転移させたあの老人にも、同じことを言われたよな……。
まあ、自分が変わった性格をしていることは、別に苦だとは思っていない。
なので、義弘は笑って誤魔化すのだった。
「ヨシヒロよ……。今さら、召喚しておいてアレじゃが、本当に、良かったのか……?」
「いいんですよ。……どちらにしろ、魔王を倒さないと元の世界には戻れなさそうですし、早くクラスメイトのことも助けに行かないといけないので」
義弘がそう告げると、老人は再び感謝の意を深々と伝えてくるのだった。
すると、雨宮さんが――。
「でも、これからどうすんのよ? アンタ、あんな豪語しておいて、何も対抗策が無いじゃない」
確かに、彼女の言う通りだ。現時点で自分は、本来なら与えられるはずのジョブやスキルが無い状態だからな……。
しかし、義弘だって、何も考えが無いわけではない。
「まずは、ここは王道に、街の周りをウロウロして、適当に遭遇したスライムとかでも倒すか……。この世界に"レベル"という概念があるかは知らないけど……」
そう、まずは経験値を積んで、戦いに慣れなければいけない。
最悪、時間はかかるが、街の周辺にいるスライムだけで、充分に強くなることは可能ではあるだろう。……とあるゲームで、スライムだけでレベルをカンストさせた猛者もいることだし。
すると、老人が――。
「そのことなんじゃが……。まず、ヨシヒロには一週間後に"戦闘試験"を受けてもらうことになっておる」
「せ、戦闘試験……?」
何だか本格的なワードが出てきたな……。
「内容は詳しくは言えんが、マトモに戦えると議会に判断されないと、最悪、無能扱いされて牢獄行きじゃからな……」
「え、ええ!? 牢獄行き……!?」
そんな不穏なワード、後から聞きたくなかったんだけど……!? というか、何で牢獄!?
「だから、不遇職であるヨシヒロには、議会の決定事項で、戦闘試験を受けてもらうことになっておる」
「そ、そうですか……。じゃあ、責任重大ですね……」
とりあえず、今、大まかに分かっているのは――。
・クラスメイトが魔王軍と戦っていてピンチ。
・自分が"ニート"という不遇職で、本来なら召喚されなかった。
・魔王を倒さないと、元の世界には戻れない。
・一週間後の戦闘試験で、合格しないと牢獄行き←New
「や、やること、結構多いな……」
今さらだけど、一つ一つがハードスケジュールすぎるよな……。
そう思っていると――。
「ふん! アンタには、あまり期待しないでおくわ……」
雨宮さんが、不機嫌そうに呟いた後、彼女はこの場を去ろうとする。
しかし、その途中――。
「もし……。もしも、アンタが、その……。マトモに戦えないクズで無能だったとしても、アタシが絶対に支えてあげるから……」
彼女は、そう小さく口にするのだった。
「雨宮さん……」
やはり、雨宮さんは色々と不器用だな……。
そう思いながら、彼女の背中を見送った。
「とりあえず、一週間後か……」
あと一週間で、"ニート"という不遇職を乗り越えて、マトモに戦える自分にならないといけない……。
とても緊張するが、やるしかない……。
すると、柊さんが――。
「私、音村君に魔法とか色々教えてあげるね! ヒーラーだけど……」
「ああー、その様子だと、回復呪文しか使えないパターンね……」
しかし、それでも、協力してくれるというのなら心強い。
「絶対に、一緒に元の世界に戻ろうね、音村君……!」
「もちろんだよ」
こうして、一週間後の戦闘試験に向けて、不遇職を乗り越える鍛錬が始まった。