第一章1「義弘の過去 柊姫華と雨宮芙月」
――柊姫華。
ライトブラウンの髪を肩の下あたりまで伸ばし、頭にチョコンと乗った栗色のリボンカチューシャが、彼女の愛嬌を物語っている。
それに加えて、顔立ちもスタイルも抜群……。優しそうなクリっとした瞳……。シミ一つ無い色白の肌……。
そんな絵に描いたような美少女がクラスにいれば、忽ちクラスの人気者になるだろう。
僕とは、住む世界も環境も違うな……。
もし、彼女が"星"ならば、僕は彼女の輝きを引き立てる"闇"といったところか……。
だが、そんな彼女は――なぜか、全く縁のない義弘に優しくしてくれるのだった。
『――では、二人一組ペアを組んで』
みんなのトラウマの一つとして候補に挙がる"ペア作り"だ……。
変わり者で、クラスの陰にいるような音村義弘は、当然、ペアを組む相手どころか、誰にも見向きもされない。
しかし――。
『音村君。私とペア、組んでくれないかな……?』
彼女がそう言うと、教室がざわつき始める。
『マジかよ……。柊さん、何であんなヤツと……』
『音村のやつ、柊さんと何かあったのか……? 許せんな……』
――陰口を言われるのは、もはや慣れているが、それ以上に気になるのは、柊さんの頭の中だ。
『……他の人を探した方がいいよ』
義弘がそう淡々と口にすると、柊さんはショックを受けた顔になる。
『え……。そ、そんな……』
彼女は断られると思っていなかったのか、愕然としたまま固まってしまう。
こんな美少女に誘われておいて断るのも酷な話だが、柊さんのことを思っての判断だった。
『僕なんかと組んだら、変なヤツ扱いされて一緒にイジメられるよ。だから――』
義弘が言い終わる前に、柊さんは満面の笑みでこう告げる。
『……じゃあ、私も一緒に、イジメられてあげる!』
『え……』
その無邪気な笑顔の奥に、彼女の強い覚悟が感じられて、正直、恐ろしいとすら感じてしまった。
それだけでなく――。
『ねえ、音村君。この前さ、私の家の前に猫がいてさー。それがすっごく可愛かったんだよね!』
『そうか。猫好きなのか?』
義弘が質問を投げかけると、柊さんはすごく嬉しそうな顔をした。
『うん! 猫、大好きだよ! それでそれで――』
義弘がどれだけクラスから浮いていようが、どれだけ避けられていようが、彼女は毎日楽しそうに話しかけてきた。
これは、もしかしたら"彼女は脈アリなんじゃないか?"と一瞬でも考えてしまうのが普通だろう。
――ただ、そんな彼女に、義弘は特別な感情は抱かなかった。
なぜなら、社交辞令で話しかけている可能性もゼロではないからだ。
夢も希望も無い人間だと思われるのは仕方ないかもしれないが、変に期待してしまうと、その期待を裏切られたときが怖いのだ。
だから、義弘はずっと曖昧な関係を彼女と続けている。
そして、義弘と会話してくる数少ないもう一人の人物――それが、雨宮芙月だ。
薄紅色の長い髪の両側をリボンでツーサイドアップにしていて、少しツリ目なせいか気が強そうな雰囲気が漂っている。
よく"キツイ性格をしている"と周囲から勘違いされてしまうが、彼女の裏の顔はすごく優しいと、義弘は自信を持って言える――。
『……アンタ、また嫌がらせされたの?』
雨宮さんが、机の上の落書きを目にするなり不機嫌そうに口にする。
『まあね。……いつものことだよ』
彼女は全くクラスメイトと会話をする姿を見かけないので、こうして会話をしてくれるだけで、なんだか斬新に見える。
すると、雨宮さんは――。
『何でやり返さないのよ……?』
心の底からイライラしているのか、声のトーンが少し低くなっている。
『やり返したところで、見返りが返ってくるわけでもないし、僕は別に気にしてないから』
そう答えると、雨宮さんは――。
『アンタね、もう少し自分を大切にしなさいよ! そんなんだから皆にナメられるのよ!?』
『ごめん……』
義弘は深く頭を下げた。
謝ったのは、周囲の注目を集めてしまうにもかかわらず、雨宮さんが声を荒げてまで心配してくれたからだ。
それに、雨宮さんが先生に"音村がイジメられている"と何度も相談しているのを、下校中、職員室を通りかかる度に見かけるのだ。
――本当に頭が上がらない人だな、雨宮さんは。
そんな彼女は、少し言い過ぎたと思ったのか、気まずそうに視線を彷徨わせてしまう。
『ほ、ホントに……。音村は、アタシがいないと何にもできないんだから――』
彼女の頬は少し赤くなっていた。
それだけで、雨宮さんの裏の顔は良い人なんだと、一目で分かった。
『……また、クラスメイトに何かされたらアタシに言いなさい』
雨宮さんはそれだけ告げると、自分の席へと戻っていった。
『ありがとう、雨宮さん……』
義弘の小さな声が届いたのか、彼女の恥じらいは耳まで到達するのだった。