プロローグ「異世界転移」
――ここは、どこだ?
音村義弘は、目の前に飛び込んできた光景に、言葉を失ってしまう。
目が覚めると、完全に日本という国の範疇から外れた、荘厳な造りの神殿の中にいた。
確か、生徒の"集団行方不明事件"で学校がしばらく休校になって、休校中に見つけた面白そうなファンタジー系のゲームをしてたら、昼寝をしてしまったんだっけ……。
ログインボーナス、ちゃんともらったかな……って、そんな呑気なことを考えている場合ではない。……本当にどこなんだ、ここは?
そう疑問に思っている義弘に、足音が近づいてくる――。
「おお……。気がついたか、ヨシヒロよ。そなたは、この世界の最後の希望じゃ……」
「あ、えっと……。どちら様で?」
自分の名前を知っていたどころか、唐突に切羽詰まった様子で壮大な話をする一人の老人……。
その老人は、よくファンタジー作品で出てきそうなローブを身に着けており、彼の体を支える杖も、よくファンタジー系の魔法使いが使うような形をしている。
――何かのコスプレか? ハロウィンには、まだ早いんだけどな。
そんな不審者極まりない老人が、一歩一歩と自分に近づいてくるので、思わず身構えてしまう。
すると――。
「驚かせてすまない……。何と説明すればいいのか、君はこの世界に召喚された……というべきか」
要領を得ない老人の説明であったが、それだけでも大体の事情は察せた。
「もしかして、これは"異世界転移"ってやつですか?」
「い、いせかいてんい……? そっちの世界では、別世界の人間を召喚することを、そう呼ぶのか……?」
「はい、大体そうです。……例えばこの世界の人間が"魔王"を倒してほしくて、勇者として別世界の人間をこの世界へ召喚する、とか。そういう類のことを、僕らの世界では'異世界転移"って呼ぶんですよ」
義弘が長々と説明すると、ローブを着た老人は驚いた顔をする。
「し、信じられん……。今まで色んな別世界の人間を召喚してきたが、君は恐ろしく理解力が早いどころか、別世界に来たというのに全く驚かないとは……。君はすごく変わっておるのじゃな……」
「よく言われます、それ。あはははは……」
何だろう……。いまいち現実感が無いのか、普通に異世界の老人らしき人物と打ち解けてしまっている。
すると、ローブを着た老人が――。
「なら、話が早くて助かる……。君の言った通り、この世界には邪悪な"魔王"がいてな……。その魔王に、この世界は滅ぼされる寸前だったのじゃ……」
「魔王……」
その不穏な単語は、ファンタジー作品なら聞かない作品は無いだろう……。
「そうじゃ、魔王じゃ……。正直、我々の力だけでは全く歯が立たず、"神の加護"を受けた別世界の人間の力に縋る、という道しかなかったのじゃ……」
「神の加護……。それってつまり、スキルとかジョブってやつですかね?」
そう言葉を繋げると、再び老人は目を見開いてしまう。
「君は本当に理解力があるな……。そうじゃ、その通りじゃ。別の世界から来た人間は、どういう原理かは知らんが、特別な才能や力を持って召喚されるんじゃ。……それを便宜上、"神の加護"と呼んでおる」
「なるほど……。ということは、マジシャンとか、ナイトとか、この世界にはそういう"ジョブ"の概念があって、それに関わる才能のことを"スキル"や"神の加護"と呼ぶんですね」
スキルとジョブ……。ファンタジー作品ならド定番の用語だ。
「簡単に言うとそうなるな……。いやー、しかし、君は本当に理解が早くて助かる。……先に召喚した君と"同じ年齢の子たち"は、皆、パニックになってきたからな」
「同じ年齢の子たち……。もしかして、僕よりも先に、召喚された人がいるんですか?」
そう不審そうに訊くと、ローブを着た老人は難しそうな顔をする。
「なんというか……。今回、召喚された対象は、君の仲間たちというか……。君の世界の言葉では"くらすめいと"と呼ぶ子たちでな……」
「え……」
そう告げられた瞬間、義弘の頭に電流が走ったかのような衝撃を覚えた。
まさか――。
「クラスメイト……。ということは、僕の高校で起こった"集団行方不明事件"の犯人って……」
恐る恐る口にすると、ローブを着た老人が重々しく頷いた。
「本当にすまないと思っている……。じゃが、こうするしか、他に道が無かったのじゃ……。議会の決定事項により、君の仲間たちが一番"神の加護"が強いと判断されてな……。本当にすまんことをした……」
老人は、見ているこちらが気の毒になるくらい、深々と頭を下げて何度も謝罪の意を表してきた。
「別に怒るつもりはないですよ。なので、顔を上げてください」
「しかし……。こちらの事情とはいえ、君の仲間を危険に晒すようなことをしてしまった……」
――仲間、か。
そう言われて、義弘がクラスで思い出すのは、皮肉にも数々の嫌がらせだけ……。
正直、クラスメイトには苦い思い出しかない……。それに、不謹慎だが、一瞬だけ、どうでもいいと思ってしまった醜い自分もいる……。
しかし、冷静になると、今はそんな古傷をえぐるようなことをしている場合ではない、かなり危険な状況だ。
なので、ここは過去のことは一旦、水に流そうと思う――。
「確かに、それに関しては、もう取り返しのつかないことです……。ですが、そちらにもやむを得ない事情がありますし、何より今は、そのクラスメイトがどうなったのか知りたいです」
こちらの質問に、ローブを着た老人は覚悟を決めたように息を整える。
そして――。
「君のクラスメイトたちは――幸いにも、まだ生きておる」
「ほ、ホントですか……!?」
最悪のシナリオが頭をよぎったが、どうやらそれは杞憂だったようだ……。
しかし――。
「じゃか、それもいつまで持つか……」
老人は、重々しくそう口にする。
「なら、僕がクラスメイトを助けに行きます! こういう世界観ならゲームで慣れていますし、この世界の"神の加護"で強くなっているはずですから――」
義弘が言い終わる前に、老人は――。
「召喚しておいてアレじゃが……。君のジョブは、何の才能も力も無い"ニート"と呼ばれる不遇職だと既に判明しておる……」
「…………え?」
「だから、全く役に立たないと議会に判断されて、本来なら、君は召喚されないはずだったのじゃよ……。しかし、今の戦況では……」
「……」
ニートって、あの"NEET"のニートだよね……? "Neat"ではないよね?
その不吉な単語が聞こえた瞬間、義弘は頭が真っ白になった。
そして――。
「お、音村君……」
「音村、だよね……?」
階段を下りた先にある神殿の入り口から、見覚えのある二人の女の子が姿を現した。
いつもは制服姿の彼女たちを見るので、ファンタジー系の服装を身に着けた姿は斬新に見える――。
「柊さんに、雨宮さん……。やはり、集団行方不明事件の真相というのは――」
――そうか。本当にここは"異世界"なんだ。
クラスメイトである彼女たちの姿を目視して、改めて自分は"異世界転移"されたのだと認識したのだった。
読んでいただきありがとうございます!
この"小説家になろう"では、とても便利な機能があって、気に入った作品がすぐ見れる"ブックマーク機能"と、広告下にある☆マーク(評価ボタン)で作品を評価できますので、よろしければご活用くださいね!