呱呱の声──『神奈川県駅(仮』、または“旧A高校跡地”
二〇二七年に開設予定の、神奈川県は相模原市の『神奈川県駅(仮』。未だに建設中の上、他の県との話し合いが難航している未来のホットスポットだが、実はこの駅は歴史在る高校を移転させて建てていた。
商業と農業を同校で学べるその学校は、大正時代から存在していた。
古くから紡がれる歴史の中で奇怪な噂、七不思議と呼ばれるものも存在していた。
さて、そんな場所を更地にして立てる未来のホットスポット。
本当に、何も起きないのだろうか。
噂の発祥──遺されたのか、あるいは新たに生まれるか
音楽を聴いて歩いていた私は、ふと足を止めた。横を見上げる。白く高い塀が、ぐるりと囲っていた。
塀の向こうは、新しい駅の建設地だった。
神奈川県橋本駅から程近い、ここに建設中なのは、リニア中央新幹線『神奈川県駅(仮』。
仮、と付くところが何とも、いい加減に感じるが県民としては“らしい”、気もする。個人的には『神奈川橋本駅』で良いのでは? と思う。
「────……」
息を吐く。
ここは、昔、学校だった。
移転して尚も現役の高校だ。ゆえに名前は伏せる。便宜上『A高校』、とする。
A高校は商業と農獣を学べる高校として、全国でもめずらしい学校だと言う。
農獣……畜産科や食品科、造園科が在る学校だ。……あ、今は違う名前になったのだったか。
まぁ、とにかく。
“命の糧”を学ぶ場だった訳だ。学校と言う隔絶された箱庭で。
また、このA高校、始まりは農耕と養蚕を学ぶ農蚕学校として大正十一年に出来たのだそうだ。
大正十一年から。正確な開校は十二年らしい。
優に百年は経っている、由緒在る、“命を学ぶ場”。
なので。
奇妙な話も多々在った。
例えば、冷蔵庫の豚の生首……“プギィィ”って鳴くんだろうか。
例えば、渡り廊下のニワトリ……食べるために絞めたヤツかな?
渡り廊下と言えば、お婆さんが出るとか。追い掛ける教師って噂も在ったか。
教室の夜中に座る男子生徒。体育館の梯子の上に出たり、ステージで踊る足だけの幽霊。二棟一階の母子。女子トイレの鏡。
給水塔のところに白い少女を見た、なんてものも在ったっけ。今でも、ネットで探せば証言くらいは見付かるのではないか。
それ程、蓄積されていただろうから。
アレらは、どこへ行ったのだろうか。
学校と共に、引っ越せたのだろうか。
「……それとも?」
私は、ぽそ、と呟いた。
それとも────未だ、ここに、いるのだろうか。
今────二〇二四年現在では、建設中の地下鉄が、上から覗くとまるで船のような構造を曝している『神奈川県駅(仮』。
この中で、息衝いているのだろうか。息を潜めて?
ここは学び舎として隔てられた中で、営みを学ぶ場だった。自らの営みの中で、命の営みを。
糧となった命も、たくさんの人間の思いも、染み着いた土地。
戦争も、経験しているだろう。相模原は、軍都として発展した歴史が在る。
JR横浜線で橋本駅の二つ隣の矢部に在る、在日米軍の補給廠は、相模陸軍の武器を作ったりする造兵廠だった。
そんなところに建てられる新しい時代の、新しい道と、中継地点。
……何も、無いとでも?
ごぉっ、と脇をトラックが通り過ぎた。ああそうだ、私はアリオに買い物に行くんだった。スマートフォンへ待ち合わせの通知は来てないかと見るため、私は音楽プレイヤーをオフにして、イヤフォンを外した。
そのとき。
────どぅ……し、て────
「────っ」
息が止まる。目だけで左右を確認した。然り気無く、後ろも。
「……」
誰もいない。いや、通行人はいるのだけれど。
足早で行き交い、誰も彼も、私に構いもしていない。
私は再び白い囲いを仰ぎ見た。
古くから命や思いが浸透した土地の、新しい建築物。
今はもう、アレらは、いないかもしれない。
けれど、新しい、ソレは生まれるかもしれない。
生まれ落ちた存在の、呱呱の声。
“あそこにはね……”
聞こえて来るのも、そう遠いことでは無いかもしれない。私も、歩き出す。
……どうぞ、あなたにも確かめてほしい。
新たな曰くの誕生を。
【 了 】