ママにならないで『終わらない喧嘩のなかで』
殺さないことよ、最も残酷な殺し方は。
だから、わたしはあなたを殺さないの、と彼女は冷笑していた。
ふたりだけの何もない、真っ白な世界。端正な顔立ちに、漆黒の髪。横髪を耳にかける仕草まで、生前と変わらない彼女の真っ黒な瞳には殺意の炎が灯っている。
確かに俺が殺した女のはずだが、わざと殺されてやったと言わんばかりの態度に気色ばんだ。愛用の自動小銃を握る手に力が入る。
「たかが、俺に殺された女のくせに」
クスリ、と彼女が身体を揺らす。憎たらしい冷笑が、神経を逆撫でする。「本当は、あなたの夢ではなく」と、おもむろに彼女は形の良い唇を開いた。
わたしの夢にご招待して、わたしの子どもたちの相手もしてほしいと思っているのよ。
でも無理そうね、と彼女は笑って、言葉を紡ぐ。
「あなた、弱すぎるもの」
彼女の顔からは、表情が抜け落ちていた。次の瞬間、ダッと彼女が地面を蹴る。速い! 振りかざされた刃が瞬く。
咄嗟に、銃剣を合わせる。鈍い音と共に空気が震えた。
目が、合う。
彼女が斜めに滑らせたナイフの切っ先をかわす。俺は右に飛んだ。ズダン、と銃を撃ち込む。
しかし、当たった感触がない。身をひるがえした彼女が、再び向かってくる……! 間に合わない!
銃剣が弾き飛ばされた。ナイフが頬をかすめる。無我夢中で、彼女の体躯を蹴った。彼女の体勢が、ぐらりと傾く。一瞬だけ、ふっと彼女が視界から消えた。同時に、腹部に鋭い衝撃が走る。
何が起こったのか。
わからないまま、俺は意識を飛ばした。
——目が覚めたとき、窓の外は朝になっていた。チチチ、と小鳥が鳴いている。
「痛え」と、思わず腹を押さえて呻く。
あの、クソ女……。
体勢が崩れたように思ったが、ぐらりと傾いたアレは攻撃の予備動作だったのだろう。懐に飛び込まれたのかもしれない。
目で追うことすらできなかった。化け物め……。
「化け物の子どもの相手なんざ、ぜってぇお断りだからな」
俺は悪態をつきながら、いつものように朝の支度に取りかかった。