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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

二人の志願兵は絶望の戦場で一人の男に出会う

作者: 光井 雪平

「マロード、聞こえるか!?」


 マロードにその焦った声が、しっかり聞こえてくるのと同時に視界が徐々にクリアになっていく。ぼやけていた視界の焦点がしっかりと定まっていく。


 目の前の人物の顔が見える。今なおマロードの肩をゆさぶり、声をかけ続けている人物の顔が。砂埃や煙で汚れだらけの顔だが。その人物の顔をマロードは理解した。


「リーフ?」


 マロードはその人物の名前を反射的に出す。のどがすべて焼かれてしまったのかと思うほどの痛みをマロードは感じる。体中にも痛みを感じる。全身が痛む。


「マロード、動けるか?」


 リーフの問いに、マロードは答えるように体を動かす。体中の痛みがさらに加速する。マロードの顔が苦痛に歪む。リーフが「大丈夫か?」と声をかける。マロードは「大丈夫だ」と強がりを言いながら立ち上がろうとする。リーフは手を貸してくれる。

 リーフの力を借りながら徐々に、ゆっくりと確実にマロードは体を動かし、立ち上がろうとする。そうしなければならない、と思った。そうしなければ死ぬと思った。


 なぜかと思った瞬間、マロードは自分が置かれた現状を思い出す。今自分がどこにいるか。


 戦場。


 自分の母国、ボルド王国が突如侵攻してきたレクタール帝国から自国を守るための戦いの場。


 マロードはそれに参加した。母国を守るために。


 家族、友人、同じ村で暮らす人々、一緒に苦楽をともにしてきた人たちを守るために。


 剣や槍、人を殺すための武器などろくに握ったことはない。


 誰かを殺したこともない。


 それでも、愛する人たちを守るために戦いに志願したのだ。


 親友で幼馴染のリーフと共に。


 戦場に来ていた。参加していた。


 志願兵を集めた部隊の一人として。


 何かが自分でもできると思って。


 マロードは体を動かし、手を貸してくれたリーフのおかげでゆっくりと立ち上がれる。その時、マロードは戦いが始まったとき、持っていたはずの槍がどこかへと消えていることに気づく。


 家の倉庫に置いてあった、盗賊が来た時に使っていたというボロボロの槍。母さんが無事帰ってこれるようにと槍の柄に俺の名を施した布を邪魔にならない場所に巻いてくれた槍。父が『必ず帰ってこい』と言って手渡してくれた槍。


 どこかへと消えてしまった。もしかしたら近くに落ちているかもしれない。だけど、それを探す余裕はない。

 それにその槍に込められた思いをマロードは知っていた。だからこそ、その槍がどこへ行っても今すべきことは探すことではないと思っていた。


「逃げるぞ」


 リーフはそう言って、マロードに肩を貸しながら歩み始める。自分たちの味方がいるはずの方角へ。マロードは頷き、リーフと共に歩み始める。マロードはその時、視界の端に映るものを出来る限り見ないようにした。自分の意識から外すようにした。そうしなければ、自分は一歩も進めないと思ったからだ。


 マロードとリーフ、二人の周りには自分たちと同じ国を守るために志願した仲間の死体が転がっていた。大量に。


「すまない」


 リーフの肩を借りて歩みを進めるマロードはリーフに一言そう言う。置いて逃げろとは言えなかった。きっと納得してくれないとわかっていたからであった。一人で逃げる機会などいくらでもあったはずだ。マロードが目を覚ます間に。


「それはこっちのセリフだ」


 リーフはマロードが倒れる前に起きたことを思い出しながら返す。少し苛立ちをぶつけるように。悔しそうに。


『逃げろーーーーーーーーーーーーー』


 志願兵をまとめてくれていた騎士の一人が叫んだ。武器もろくに持ったことのないマロードたちを馬鹿にすることなく、『よく来てくれた』と言って歓迎してくれた騎士だった。戦い直前になって、おじけづいたマロードたち志願兵を鼓舞して、『俺は強いから俺に任せれば全員生きて帰れるさ』と冗談めいて言って志願兵の気持ちを軽くしてくれた騎士であった。

 マロードたち志願兵はこの騎士を信頼し、頼りにしていた。そんな騎士から叫びが聞こえたのだ。非常に焦った動揺した声であった。いつもどこか余裕そうにふるまっていた騎士からその叫びが放たれた。


 敵部隊が後退して、気が抜けていた瞬間。勝ったと思っていた瞬間、なんとかなったと思った瞬間。


 マロードたち志願兵がその叫びに動揺した時、彼ら志願兵は空に二つ目の太陽を見た。


 普段見慣れた太陽とは違うもう一つの太陽。


 凄まじい光を放つ球体。


 それが自分たちに迫っていた。


 その場にいた者たちの行動は様々だった。


 叫びながらその球体から離れようと走り出したもの。


 恐怖に足がすくみ動けないもの。

 

 その場で神に祈りを捧げるもの。

 

 動けないものを引っ張って逃がそうとしたもの。


 そんな彼らがいる場所にもう一つの太陽が落ちた。


 太陽が落ちると同時に、その場に巨大な爆発が起きる。


 爆心地の近くにいた者たちの体は原型もなく消え失せた。一瞬で。


 その爆発から離れていた者たちも、爆発の衝撃によって吹き飛ばされた。


 マロードは爆発の瞬間、反射的にリーフに覆いかぶさっていた。爆発の衝撃が二人のところに来た瞬間マロードの体には爆発によってできた大地の破片、爆発の衝撃など様々なものがあたった。


 リーフはマロードが覆いかぶさったおかげで軽傷ですんでいた。だからこそ、リーフはマロードに感謝し、それと同時に自分のせいでマロードが傷ついたとも自戒の念を抱いていた。


 それもあって、リーフはマロードを置いて逃げれなかった。かばってくれた事実がなくても、親友を置いて逃げるつもりなどなかったとリーフは言い切れないと思っていた。あの爆発の恐怖、それは胸に刻まれた。それに続いてやってくるはずの帝国の兵士たちの恐怖。


 そして、200名ほどいたはずの志願兵があの太陽のようなものの一撃で壊滅したという事実。周りではうめき声をあげることしかできないものがたくさんいるという事実。もう死んでいるであろう味方に声をかけ続けることしかできないものを見ることしかできない無力感。 


 なによりも、自分が死ぬかもしれないという恐怖の中にいたのだ。無様に逃げていたかもしれないとリーフは思った。そんな中、マロードが目を覚まして、肩を貸すことになっても一緒に逃げてくれるというのはリーフにとって救いであった。恐怖に押しつぶされずに、進むことができるのだから。


 二人は一歩ずつゆっくりと進む。


 こんなペースでは後ろから来ているであろう帝国兵から逃げきれないと二人は思っていた。だがそれでも彼らは進む。


 リーフにはマロードを置いて逃げるという選択肢がある。だけど、それはもうできない。今更遅い。結局、もう一人になっても逃げ切れないことはわかっていた。


 二人は理解していた。逃げ切れるという可能性はもうないことを。


 だけど、それでも歩みを止めるという選択肢はなかった。自分の命を諦めることはもう一人の命を諦めることになるから。もう自分一人の命ではないのだと理解していたからだった。


 ゆっくりと一歩ずつ着実に進む。


 しばらくして、彼らの歩みは止まった。


 あるものが視界に入ったからであった。


 自分たちの終焉を告げるもの。


 漆黒の鎧の集団。


 夜の闇よりも黒いと思うほどの漆黒。ところどころが朱に染まった漆黒の鎧の集団。


「「帝国兵」」


 二人はつぶやく。漆黒の鎧、それは帝国兵が着ている鎧の色であった。


 帝国兵たちもマロードとリーフの存在に気づく。ゆっくりと近づいてくる。


 マロードとリーフは互いに空いた手でナイフを構える。無駄な抵抗だとわかっていても構える。


 帝国兵の一人が攻撃の合図を出そうとした瞬間、馬に乗った鎧とほぼ変わらない漆黒のマントをつけた帝国兵の一人がそれを制止する。合図を出そうとした兵士は呆れたようにため息をつき、合図を出すのをやめ、どうぞご勝手にと言いたげな様子を見せる。マントをつけた帝国兵はマロードたちに声をかける。


「抵抗しなければ悪いようにはせん。武器を下ろしてくれんか?」


 マロードたちはその兵士の言っていることが理解できなかった。それは帝国兵の言っている言語が一部しかわからなかったからであった。だが、敵意がないようなのでマロードたちは戸惑う。だが、ナイフを下ろそうとはしなかった。


「ありゃ大陸共通語が通じんか?誰かボルド王国語が話せるやつおらんか?わし発音が怪しいと先生に言われててな」

「閣下、私はわかります」


 先ほど合図を出そうとした兵士が呆れたように言いながら手を上げる。「じゃ通訳頼んだ、ルクス」とあっけらかんに閣下と呼ばれた兵士は言う。ルクスと呼ばれた兵士はまた、ため息をつく。そして、王国語で閣下が先ほど言った言葉を伝えなおす。


「抵抗しなければ殺しはしない。武器を下ろせ」


 マロードたちは顔を一度見合わせる。そして、リーフが答える。「信じられるか?」と。敵意を乗せながら言った。それを聞いて、「だよな」と閣下はガハハハと笑いながら言う。マロードたちはさらに動揺する。閣下の態度に困惑していた。


「じゃ、ルクスこれ頼んだ」


 閣下はそう言うと、腰につけていた剣を外してルクスに投げる。ルクスが驚きながらそれを受け取る。「閣下、やめてください」とルクスはすぐさま言うが、閣下は「大丈夫」とだけ言うと馬を降り、マロードたちに無防備に近づく。ルクスは「ああもう」と言って、「妙な動きをするなよ」と王国語でマロードたちに伝える。


「ルクス、あまり怯えさせるなよ」


 閣下はルクスに振り返りながら言う。「閣下、あなたはご自身の立場を」とルクスは言うが「後で聞く、通訳以外では黙ってろ」と閣下は告げる。ルクスは「あなたは、ほんと。わかりました、でも不穏な動きがあれば動きますよ」と怒ったように言う。閣下は「大丈夫さ、そんなことにはならん」と言う。


 マロードたちはゆっくりと近づく閣下を警戒する。閣下は3歩ほど離れた場所で止まる。あまりにも無防備な様子にマロードたち二人はさらに動揺する。


「おぬしら名前は?」


 突然の質問。マロードたちは言ったことがわかっても、答えられなかった。あまりにも突然の意味不明な質問だったので。


「ありゃ伝わらなかったか?名前、教えてくれ、な・ま・え」


 閣下はゆっくりと聞き取りやすいように言う。マロードたちはそれでも黙り込む。なぜこんなことを聞かれるかがわからなさすぎたからだ。「そうか」と閣下は言うと、突然兜を脱ぐ。閣下は、無造作に切り揃えられた赤い髪をしていて、髪と同じ赤い色のひげもたくわえていた。年齢は40ほどに見え、顔には様々な傷跡がついていて、また右目は眼帯で隠されていた。隠されていない左目にはきれいな蒼色が見えた。


「帝国国民軍中将。バルトラ・テルネットと言う。それでおぬしら名前は?」


 にこっと笑いながらの突然の自己紹介。マロードたちはさらに動揺するが、警戒心が少し失われた。そして、マロードが先に、小さな声で答える。


「マロード。王国の志願兵」

「リーフ。同じく王国の志願兵です」


 バルトラはマロードたちが名前を教えてくれたことを喜んだように顔を綻ばせる。


「マロードとリーフ。志願兵か。なるほどな」


 マロードとリーフはバルトラに気をほとんど許しそうになっていた。あまりの無防備過ぎる様子に悪い人物に思えなかったのだ。だが、まだ完全に信用できなかった。だから、ナイフは構えたままでいる。


「武器を下ろしてくれんか?マロードとリーフよ。傷だらけの若い者を殺す気にはなれんのでな」


 バルトラに名前を呼ばれての再度の頼み。マロードとリーフはそれでも武器を構えたままでいる。バルトラの言葉は辛うじてだが理解できてはいた。そして、その表情から言っていることは事実だとも思っていた。だがそれでも二人は武器を下ろせないでいた。


 バルトラが困ったなという様子で頭をかく。少し間を置き、マロードはバルトラに問う。


「もし下ろさずにいたらどうする?」

「放置する」


 バルトラはあっけらかんと即座に返した。マロードとリーフは驚愕する。ルクスが「何を言っているんです?閣下?」と驚いた様子で言う。バルトラは鬱陶しそうにしながら「黙ってろと言ったろ、ルクス」と返す。ルクスは声にならない声をあげる。


「なぜ?」


 マロードはバルトラに問う。バルトラは即座に返す。


「おぬしらをわしの手で殺す気がないからだ。それに放置してもおぬしらは脅威にならん。殺すだけならどの帝国兵でも一瞬だろうしな」


 冷たい現実。だが圧倒的な事実。マロードとリーフはわかっている。殺すだけなら一瞬というのはわかっている。


「だったらなんで、最初から放置しなかった?」


 リーフが問う。バルトラは顎に手を置き、少し思案した様子を見せた後、あっけらかんと言い放つ。


「なんとなく」


 マロードとリーフはぽかんと口を開ける。予想外の答えだった。


「で、どうする?マロードとリーフよ。武器を下ろしてはくれるか?」


 バルトラの問い。マロードとリーフは一度顔を合わせる。そして、頷くと同時に、二人はナイフを手放す。


 バルトラはそれを見て笑顔になると、二人に問う。


「捕虜としてついてきてもらう。いいか?マロードとリーフよ」


 マロードとリーフはゆっくりとうなずく。


 帝国への憎しみはある。


 王国の志願兵として最後まで戦うべきというのもわかる。


 だけど、二人はそれ以上にバルトラにひかれたのだ。


 戦場という極限状態で見せた幻影のようなものかもしれない。


 冷静になればおかしいのかもしれない。


 だけど、それでもこの人の言うことに従い、ついていくほうがよいと思えた。


 たとえ捕虜でもう二度と会うことがないとしても、この人物の捕虜になるならそれでよいと思えた。

 

 ここですぐ死ぬか、あとで死ぬかなら。


 この人物の捕虜となるほうが未来が明るいと二人は思った。


 この戦場で共に戦ったものたちに謝りながら、二人はバルトラの捕虜となることを決めたのだった・・・


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