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ATRATICA IN CAPITAL OF WATER   作者: Franz Liszt
第1章 『世界掌握編』
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第7話 『舟漕奏とプリンセス』

 



 フィーナの話によると、もうすでにこの世界でいうところの3時30分を回ったようだった。

 それ故に、まだギンギンに照る太陽が天を支配している。しかしどういうわけか、この都市では暑さがほとんど感じられない。

 もちろん、運動をしたりすれば暑くなるのだが、それは単に体が熱くなっているだけだ。

 水魔法という不思議な効果でそれを成しているんだなと推測するジュン。


 彼らは今、オスカーの店を発ち、王都アトラティカの中心部を目指している。

 遥かかなたの空を臨むかのように浮かぶ天空城を。

 そこへ行けば、女王様と学園長に会えるらしいのだ。

 元の世界に帰る手段を知っているかもしれない二人に直接会って、これからの方針を聞きに行くのである。

 一抹の希望に(すが)るように。

 そんなジュンの近くにいる道行く人々は、揃ってフィーナへ笑顔を向けている。それは彼女が国民にどれだけ愛されているかの証明のように思えた。

 そうジュンが言うと、フィーナもそれは理解しているのか、『プリンセスとして、だけどね……』と少し寂しそうな笑顔で言っていた。


「ねぇねぇ、フィーナ。この水路のことなんていうの?」


 つい数時間前に言ったようなセリフで質問をするシャーリー。

 先ほどはジュンが走っていってしまい、フィーナがそれを追っていたので、尋ねることができなかったのだ。


「カナル・グランデと呼ばれる運河よ。ラグーナの水を以ってして、この王都全域を網羅しているの」


 王都全域ということはかなりの距離がある。

 それをカナル・グランデが単身で網羅しているとなると、ゆうに数百Kmの長さを持っているのだろうと推測された。


「綺麗だよねぇ~。私たちの世界にはこんなモノなかったから」


 キラキラと陽光を全反射してきらめく水路に、うっとりと頬に手を当てた。

 シャーリーやジュンたちが住んでいた世界の、とりわけピースは純粋な自然の産物があまり存在しない。多くが人工的に造り出されたアーティファクトなのである。

 そのため彼らは自然の神秘というものにあまり慣れていない。

 ただ自然が創り出す永遠にも近い普遍のモノに、深い感動を感じるしかないのだ。

 その様子に少し笑ってから、フィーナは『あのね……』と続きを話し出した。


「でも、この水路も、学園のある日の朝に見てみると、切羽詰った学生で埋め尽くされて、ゴタゴタになっちゃうのよ」


 フィーナが左手の人差し指を顎のところへチョコンと当てている。


「え、そうなんだ。ちょっと残念かな。でも、それもそれで見てみたいかも……って言うか、学園にはゴンドラで通うの?」


 てっきり徒歩かと思っていただけに、驚きの言葉が口に出た。

 ジュンたちの誰もゴンドラなどに乗った経験も、まして運転した経験もない。


「うーん、徒歩でもいいのだけれど、それだと学園に入るところにある魔方陣の上でテレクリア――この都市に入るときにも使ったラルクリアを使わないといけなくて。あそこが朝だとみんな来るから、とても混んでて、すっご~く待つの。嫌でしょ?」

「確かに、それは嫌かも……朝の時間は大切だし」


 ラルクリア――水の魔法を使って発動させるマジックアイテムや、魔方陣とかにはまだ少しの驚きを覚えるけれど、シャーリーは着実に自分の意識下に置いてゆく。

 テレクリアがどういう原理で瞬間移動を可能にしているのかは謎とのことだが、この多様にある他のラルクリアにはちゃんと原理があるものも多いらしい。


「でもね。ゴンドラで通う理由には、遅れるからだけじゃなくて、舟漕奏(ヴォーロンガ)と呼ばれる競技のためにって人も大勢いるの」

「……ヴォーロンガ? それってどんなの? ゴンドラを使うってのは、分かったけど……」


 聞きなれない単語に興味を覚えたジュンが後ろから声を掛ける。競技というところに特に反応したとみえる。

 なんだか面白そうな臭いがするのだ。

 これで黙っているのなら、それは自分ではない何か別のモノだと思ってくれてかまわないとさえ思う。


「ヴォーロンガっていうのは、ゴンドラを使ったレースのことよ。何人かのチーム――最低3人から最高6人までのチームを作って参加して、この運河を一周するの。もちろん一番速く着いたチームが優勝。毎年11月の初めに行われる、一種のお祭りみたいなものね」


 楽しそうに答えるフィーナは、作り物ではない笑顔をしている。

 出会ってからあまり時間は経ってはいなかったが、一人の女の子として扱ってくれるジュンたちに完全に心を許しているようだった。


「へぇ~、そりゃ楽しそうだな。学生だけでやるのか?」

「いいえ、都市全体から参加者が集まってくるわ。時々、他の町から来る人もいるほど大きい大会になるの」

「ふ~ん、そうなんだ。じゃあ、人数が少なければ舟が軽くて有利で、多いと漕ぎ手がたくさんいる分有利、どちらを選ぶかが勝敗の鍵なのね?」


 ホントに勝ち負けにはうるさいシャーリーが尋ねる。そう考えると、ますますレオンとお似合いな気がしてくるジュンであった。

 ふとレオンを見やると、やはり彼も興味があるようでこちらに聞き耳を立てている。その隣では興味なさげなケンジが、ホログラフォンを片手でカタカタと音を立て操作していた。

 いつも通りの二人だと思う。


「あっ、確かに……。言われてみると、そうなのかも」


 なんとも曖昧な回答をするフィーナ。

 彼女の癖である、ポンと両の手を合わせ、首を少し(かし)げるポーズを取っている。


「そうなのかもって、フィーナは参加したこと無いのか?」


 とても単純な事ですぐに分かりそうな事を、今分かったように言うフィーナにガクッと右肩を落とし、『ポンポン』でたーと思いながら訊いてしまう。


「うん、ないの……」

「え~、面白そうなのに。どうして出ないの? あ、やっぱお姫様だと出られないとか?」


 そういう類のものが好物のシャーリーがとても残念そうな声を上げた。

 何かしらのイベントがあると知ったらすぐに出ている彼女としては、フィーナの出た事ない宣言はとても信じがたいものだったに違いない。


「ううん、違うわ。……その、一緒に出てくれる人が集まらなくて……」


 すごく言い辛そうに言葉にするフィーナの顔には、寂しさが溢れている。

 ジュンはその表情を、どうしても笑顔にしたいと思った。他の誰でもない自分がそれをなしたい、と。

 彼女には笑顔でいて欲しい。

 だから――


「なら、今年は一緒に出ないか? あ、もちろん帰れなかったら、だけど」


 いつもの『余裕あります』の表情に、最大限の笑みをプラスして言ってやる。

 本当はゴンドラなぞというものに乗ったことも、見たことすらなかったので、大丈夫かと多少心配な事はある。

 しかし自分はそれなりに器用だし、頼りになるレオンや他二人に、行動力のあるプリンセスが加われば、どうとでもなるような気がするから不思議だ。

 だから今この時は、ヴォーロンガに参加したときのことではなく、笑顔が上手くできていますようにと、ガラでもなく祈ってしまった。


「うん! もちろんだよ!」


 すると彼女は、ジュンが見たかった清々しい微笑をしてくれる。その感情に呼応するかのように、腰ほどに長い銀の髪が嬉しそうに舞い踊った。

 ドキンと心の臓が大きく飛び跳ねる。

 慌てて胸を押さえることに夢中で、次の言葉が紡げない。


「……なら、そのヴォーロンガは五人で参加だな」


 ちょうどいいタイミングで、珍しくレオンが会話に加わる。そしてこれまた珍しく、彼の顔には薄い笑みが浮かんでいた。

 レオンには分かっていたのだ。ジュンがフィーナのことを気にしていることが。


(アイツは本当に自分のこととなると途端に、鈍感になるから困ったものだ。シャーリーのことも、だ。だがアイツなりに俺を応援してくれているのは知っている。ならば、俺も応援してやりたい)


 一瞬、フィーナとジュンがくっ付けば……シャーリーを、と思ったが、それ以上に、自分はジュンを応援したい。

 

 なぜならば、俺は彼を親友だと思っているから。そしてアイツも……。


 普段は憎まれ口ばかり言っているが、長年そういう関係だったのだからどうしようもない。

 ジュンとの関係はアレでいいのだと強く感じた。


「うん! そうしよう!」


 レオンの言葉に元気良くシャーリーも続く。

 励ましの色も声に含まれているのは、彼女がフィーナのことを気に入っているからだ。

 フィーナとは料理を一緒にやる約束もした。ジュンとのことは気にかかるけど、それ抜きにして付き合っていきたかったのである。


「……嬉しい。私ずっとアレに出てみたかったの……」


 蒼い瞳に少しの雫を溜めながら、フィーナは言葉を吐き出した。

 基本的に明るく気さくな印象を受ける彼女であっても、プリンセスとして知っている人たちからすれば、あまり深く関わることを辞すしかないところがあったのだろう。

 そう考えると、プリンセスも大変だなとシャーリーは思った。


 



 ほどなくして、少し形式ばった服を着た二人の男の姿がジュンの視界に入ってきた。

 魔方陣の書かれた場所の両脇を固めるようにして佇んでいる姿は、おそらくその陣を守っているのだろうと推測される。


「ご苦労様です。フィーナ・エル・アトラティカ。ただいま帰りました」


 その二人へ向かいフィーナが挨拶をした。

 すかさず門番ならぬ、陣番もビシッと直立してそれに答える。


「お帰りなさいませ、フィーナ様。女王様がとても心配しておられましたよ?」


 女王様ということは、フィーナの母のことだろう。

 彼女は着替えだけして、いきなり城を飛び出してきたと言っていたので、それは心配しているだろうと思われた。


(プリンセスなのに、ホントに行動力あるよなぁ。フィーナは)


 彼女が城からトタトタと走って陣から出てきている姿が容易に想像できてしまい、なんとも知れぬ可笑しさがジュンの身をくすぐった。

 続いて陣番も出てきたプリンセスを見て驚いている場面が脳裏に浮かび、自然と薄い笑みが口に浮かんでしまうのを止められない。


「ごめんなさい。でも、しょうがなかったのよ。だから、今回だけは許して。ね?」


 声音を猫なでのものにして可愛らしく首を(かし)げるフィーナに、不覚にもまた少しのドキドキを覚えてしまった。

 しかし、陣番としては見慣れたモノなのか、そんな様子は全く見せず、堂々と言ってのけた。


「今回も、でしょう? 姫様」


 その少しおどけたような物言いに、プウッと頬を膨らませていた。


(そんなに、頻繁なのかよ!)

 

 と内心で突っ込みを入れていると、フィーナが(おもむろ)に手を掴んできた。ヒンヤリとした彼女の手の感触にまたドキッとしてしまう。

 そんなジュンのことなどお構いなしに、彼女は他の三人の手も引き寄せると、王都に入るときにも使ったラルクリア――確か、テレクリアなる蒼い石の上にそれぞれの手を乗せる。


「もう、知りません。テレクリア――」


 フィーナの高いソプラノの音声に反応してテレクリアが輝きを放ちだす。その淡い光がジュンたちの体に(まと)わり付き、その姿を徐々に薄くしていった。

 完全に消える直前にジュンが見た光景は、フィーナに向かい微苦笑を浮かべた陣番の二人組みであった。






今日から日曜日まで学年閉鎖になりました。

新型インフルエンザのためです。恐ろしい限りです><

そして月曜からテストなのですが、範囲が少しだけ狭くなったので、こちらは嬉しい限りです。

みなさんも気をつけてください。

最後に、修学旅行、大丈夫かよと思うFranzでした。

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