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ATRATICA IN CAPITAL OF WATER   作者: Franz Liszt
第3章 『流転編』
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第2話 『テスト勉強』


 さてさて水謝祭(アクア・アルタ)も無事に終わりを迎え、月も7月から8月になっていた。

 そうなるとそろそろやってくるのが、前期試験である。王立魔法魔装学園エルデリア、通称エルデでは8月26日から末まで試験を行う決まりになっていた。


 エルデは半単位制で、基礎科目や『実践』は必須であるものの、自分の進みたい道に合わせた専門科目を選択できる方式を採っている。故に、ジュンならば『ユーレスマリアの歴史と伝説』という専門科目を学んでいるし、レオンならば『環境倫理学』をとっているし、ケンジならば『応用魔導技術』を選択したし、シャーリーならば『音楽』と、それぞれの好きなものを選んでいた。

 そのような専門科目において試験はなく、通常授業時の日常的成績で単位の有無が決まる。

 しかし基礎科目や『実践』はそうではない。ちゃんと試験が用意されており、どの程度活かせるかのチェックが入るのだ。

 そのためこの時期は多くの生徒たちが勉学、そして魔装士(アトラー)魔法使(メシュティー)としての技量を磨くのに勤しむ時期でもあった。といっても『実践』の試験は今まで培われてきたものが、非常に大きなウェイトを占めているため、ほとんどは基礎科目などの勉強をするものだ。

 基礎科目はその字の通り、基礎の科目のことで、数学、国語、古語(英語)、魔法学(魔法使(メシュティー)のみ)、魔装学(魔装士(アトラー)のみ)、魔導学(機工魔導師(エンチャンター)のみ)、歴史、地理、材料学、経済学、ラルクリア学などがあった。


 つまり学生は9科目の受験を強制されるのだ。そして成績の悪い者は問答無用で単位を落とされる。そういう意味ではこの学園が、王立を冠し水の国(アトラティカ)唯一の魔装士(アトラー)魔法使(メシュティー)育成機関であり、この国一番の難関校であることの証明だろう。


 そしてこれはもちろん、王族にだって適用される。王女だろうがなんだろうが、成績ダメなら単位なしということだ。


 また学園は三年制で、三年間で100単位を取れば卒業できる。そして一年生や二年生時にいくら単位を落としても留年とはならず、そのまま進級し三年時に規定単位に到達していなかった者が、もう一度三年生をやり直すという制度を採っている。つまり四年生をやるのだ。

 そうならないためにも、一年時や二年時に気を抜くことは許されない。なぜなら一年間で取得できる単位は制限があり、どの学年も45単位しか取得できないし、三年生をやり直すということは、難しい問題が出る試験を何度もクリアしなければならないからだ。簡単な一、二年生時に、できるだけ多くの単位をとっておけば、それだけで有利なのだ。

 よってジュンたち二年生組も前期試験に向けて、勉強に勤しむのであった。




「くぁ~あ、たりぃ~……」


 言葉の通り、とても気怠そうな欠伸を上げる少年がいた。彼はその声と同様に力なくよろよろと、自分の部屋の机の上に突っ伏してしまう。

 すると隣で勉強に励んでいた青年が、「おい、ジュン。寝るんじゃない、まだ範囲終わってないだろう」と忠告した。

 少年――ジューンバルトことジュンは、その声に対して「いーじゃん、別に。できるって絶対」とだけ返し、顔を青年とは反対の方向に向けた。そこにはメガネを掛けた少年が青年と同様に勉強している。その光景を目の当たりにして辟易したジュンは、結局、机に肘を立ててそこに頬を乗せ、ゆったりと黒い瞳を閉じてゆく。まあつまり、眠ろうとしていた。


 しかしそうは問屋が卸さないが如く、青年――レオンからの愛のありそうでなさそうな、一片の容赦もない鉄拳が頭に降りおろされた。


「いってぇ~な! なにすんだよ、レオン!」

「なにって俺はお前を起こしてやっただけだ。目が覚めただろう?」

「覚めるに決まってんだろ! あんだけ強く殴りゃあよ!」

「なら最適な状態で勉強に戻れるな。良かったじゃないか」

「良くねぇよ! ぜんっぜん良くねぇっ!」


 しれっと応えるレオンは冷静だったが、ジュンの方はどんどんヒートアップしてゆく。

 ジュンは昨日遅くまで、図書館で借りたこの世界についての本を読んでいたものだから、ほとんど寝ていなかった。そして試験前は休みになる、だからこそ今日はゆっくり寝ていたかったのだ。

 しかし朝早くにやって来たレオンに、早朝訓練に付き合わされ、そして昼近くになった今は試験勉強をすることになってしまった。ゼスは実家に帰省しているのでいなく、カイルとマルクも実家が近所なので家の方でやるといっており、寮に残っていたケンジやレックスも今はジュンの部屋で一緒に勉強している。

 だからそろそろ止めに入った方が良さそうだと思った、ケンジが声をあげる。


「ジュン。レオンだって心配して言ってくれてるんだから、そう怒らないで勉強しようよ」


 菩薩のような表情でそのように言うケンジに、ジュンも急に熱が冷めてゆくのを感じた。


「む……それはわかってるんだけどさ。俺はあまり勉強好きじゃないし……」

「俺だって勉強なんて好きじゃないぜ! でもやってるんだぜ! だからジュンもやれだぜ!」


 ジュンの対面にいたレックスも勉強が好きではない。そしてまた得意でもない。

 故にレックスには……。


「レックス。お前は自分の勉強に集中しろ。ジュンにかまっている時間は、お前にはないんだぞ」


 最強の家庭教師――レオン・メイクラフトが付きっきりで勉強を教えていた。他人に厳しく、自分にはもっと厳しい男、それがレオンという青年だ。

 だからこそ無論のこと、そのスパルタ具合は半端なく――。


「わかっていると思うが、間違えるごとに、昼飯が一品減るぞ。すでに24品減っているから、いつものお前が食べている50前後から引くと半分しかない。これ以上減らすと、お前は大変なことになるんじゃないか?」

「ぐはっ……! もうそんなに減っていたのか! 死んじまうぜ、俺……」

「安心しろ。一食を抜いても、人は死んだりしない。二食抜いてもだ。だから一品だけは糖分摂取のために残すとしても、それ以上に間違えていった場合、無論晩の分に回るから頑張れよ」

「ジュンー! 助けてくれだぜぇ~」

「た、助けてやりたいのは山々だが……生憎、俺には無理だ。あぁ……俺も勉強しなきゃな、忙しい忙しい」


 レオンとレックスの遣り取りを見たジュンは、先ほどまでとは打って変わり教科書を勢いよく開き、ノートも開く。ただし目は完全に泳いでいる。

 さらに――。


「おい、ジュン。そう言うわりには教科書が逆だぞ」

「……はっ! あははぁ~、嫌だな、レオンくんってばなにを言ってるのぉ~? わかってるよ、そんなこと、ちょっと新しい発見ができるかもしれないと思って逆さにしてみていただけだよ。ほらあるだろ、ルビンの反転図形や騙し図みたいな」


 目ざといレオンに見つかり、ジュンは冷や汗を垂らしながら苦しい言い訳をした。


「まぁ……お前はやれば出来るだろうから、兎に角、やっていればいい」


 言い訳など筒抜けだっただろうが、まあ許されたので気にしない。

 気にしないったら、気にしない。


「……ふぅ」

「あははっ、ジュンは昔から『がり勉モード』のレオンは苦手だよね」


 気にしない気にしないと念仏のように頭の中でリピートしているジュンが一息つくと、横に座るメガネの少年――ケンジがそう囁いた。


「しょうがないじゃん。俺はマジで勉強嫌いなんだからさ。知ってることをもっかいやったって意味なんかねぇって……」

「まぁ確かに、ジュンは知らないことには誰よりも熱心に学んでいるからね。そんな時は僕らが話しかけても全然聞こえてないぐらい集中もしてるし……」


 ケンジは知っていた。確かにジュンは自らの知らないことに対しては、並々ならぬ熱心さを持っている、と。だからこそ、自分たちのパーティの中で一番物知りなのは、勉強熱心なレオンではなく、ジュンだ。

 テストを受けさせれば、レオンの方がより正確な答えで良い点をもらうが、ジュンは新しい理論を試したりして点をよく落とす。部分点なんかが多いのだ。


 しかし雑学に関してはジュンの方が圧倒的に上だった。

 理系はケンジ。語学や芸術はシャーリー。総合的に且つ詳細的にレオン。変則的にジュン。といった感じだ。

 故に勉強ではない、見たこともない問題にぶつかった時などに於いて最も早くに答えに辿り着くのは、大抵においてジュンだった。頭が柔らかいのだろう。


 しかしこうしてレオンが言わないと、ジュンは勉強をしようとしないものだから性質が悪い。確かにやらなくても、すこぶる良い点数を取れるのだが、やらなくてもできるということは慢心を生む。

 アイツに限ってそのようなことはないだろうが、それが少し心配だ……などとレオンがケンジに愚痴っていたのも、ケンジはちゃんと覚えているし、知っている。

 だからケンジもジュンには勉強は必要だと考えている。そういう意味ではレオンも自分と同じなのだろう。二人は好敵手であり、また親友であることが、互いに必要な存在であるという意味で確かなものとなっているように思えた。


 そしてケンジは淡い笑みを浮かべながら、勉強に意識を戻していった。


「どうした、ケンジ? なにか面白い文でもあったか?」

「え? どうして?」

「別に、なんか笑ってたからさ。面白いことでも載ってたのかなって」

「ううん、なんでもないよ」


 が、やはり自分は勉強だけに意識を向けれないなと、ケンジは首をゆっくりと横に振りながらそう悟った。

 なんたって、勉強よりも気になる人たちがこの場所にはいるのだから。


 しかし彼らの存在は、意識は向けられずとも、勉強もしっかりこなせ、そればかりかより捗る要素足りうるという、空気のようになにも見えないし感じないけれど、絶対に欠かすことのできない人たちなのだ――。




 それぞれに勉学に勤しむジュンたちの一方で、フィーナやシャーリーら女子たちも試験勉強の真っ最中だった。


「ねぇ、シャーリー。ここはどうやって訳すんだっけ?」

「えと……これはこの文法を使って、こうするれば――ほら『やがて彼らの望みは成就し、遠大なる空へと羽をはばたかせるだろう』ってなるんだよ」

「あ、確かに! この文にこの文法ってぴったりだね! うーん、シャーリーはやっぱりお勉強できるよねぇ~、羨ましい」


 水の国(アトラティカ)の王女であるフィーナ・エル・アトラティカはただ今、基礎科目の古語――詰まる所、英語を勉強している。

 そして解らないところが所々に存在し、それを逐次シャーリーに聞いているのだった。

 そんなフィーナの隣では何やら複雑な数式を黙々と解くリリアと、そのもうひとつ横にはペン占いで答えを出しているセレスもいる。占いで答えが出せて、しかも何故かほとんど満点なのが理不尽だとフィーナは最初こそ思っていたが、実際に解かせてもセレス先輩は充分に頭が良かったので、今ではどうして占いなどするのかという方が疑問であった。


「そ、それほどでもないよぉ~、私なんかジュンやレオンやケンジなんかと比べるとまだまだだし……」


 シャーリーは謙遜してそう言ったが、文学に於いてはレオンを除いて、ジュンやケンジは彼女に勝てない。文系は彼女の得意分野だった。

 しかしそうとは知らないフィーナはシャーリーの言葉を(あながち間違ってはいないが) 信じて、感嘆の声をあげる。


「へぇ~、やっぱりジュンたちも凄いんだ……、いつもの授業でも頭良いなぁって思ってたけど、すらすら解いてるシャーリーより凄いって、凄すぎだよ」

「うん、中でもレオンは滅茶苦茶凄いわ。私、レオンが試験でトップじゃなかった覚え、ひとつもないもの」

「あら、レオンさんが一番なんですね。私はてっきり、ケンジさんかなって思ってました」


 シャーリーが古い記憶を思い出しながら、確かに一度もないよななどと感じていると、先ほどから占いと言うかペン転がしをしていたセレスが言った。

 何となく、見た目的にケンジは勉強が出来そうな雰囲気があるようだ。


「確かに、ケンジって眼鏡だし、勉強できますってオーラあるよね」

「そうかなぁ……ケンジってば、理系は神がかっているんだけど、他が……特に文系がね。そう言う意味じゃ、私と正反対のタイプなのかな」


 フィーナとセレスの感想に、シャーリーはふむと思う。

 隣ではセレスがなるほどと頷いている。


「理系はケンジさん。文系はシャーリーさんですか……」

「じゃあ、ジュンとレオンはなにが得意なの?」

「うーん、レオンは全部出来るって感じ、万能型って言うのかな、兎に角そんな感じ。で、ジュンは雑学王って感じかな、やっぱり」

『雑学王?』


 フィーナとセレスの声が綺麗に重なった。二人とも透き通った美しい声なものだから、重なると尚のこと素晴らしい声となっている。


「うん、そう。ジュンは勉強そんなに好きじゃなくて、ただの何でも知りたがりなのよ。アイツ曰く、知らないことを知らないままでいることが苦痛らしいわ。だからジュンが一番物知りなんだよね。広くそれなりの深さで色々と知ってるし」


 シャーリーがまるで自分を褒めるかのように、自慢げに言う。そんな彼女の様子に、フィーナはやはりシャーリーもジュンが好きなのだと悟った。


(シャーリー……やっぱりジュンのこと、好き、だよね……)


 けれど、フィーナもジュンが好きなのだ。引く気はない。ちゃんと本人に言って、それでどうなるかはジュンが決めることだ。


 ――決めるのは、私たちではない……。


 だからこそ、シャーリーとは今まで通り仲良くしていきたい。

 大切でしかたがない、友達なのだから。本当に大事な友達だから、遠慮なんてしない。そう、彼らから学んだ。


「うん、出来た。上出来……」


 と、そこで1人会話に加わらず只管なんかを解いていたリリアが、満面の笑みを浮かべながら呟いた。ちょっと前まででは考えられなかった彼女の笑み。それと僅かに熱の籠った科白(せりふ)

 本当に彼女も変わったとフィーナは思った。それもとても良い方向に変わった。きっとケンジの御蔭だろう。彼と言う存在が、リリアに様々な影響を与えているのだ。

 乙女の勘に間違いはない。


「ちょっとコレをケンジに見せてくる」


 そう言って、紙を持ちながら部屋を出てゆこうとするリリアを、寸でのところでフィーナは引っ掴む。


「どうしたの、フィーナ?」


 不思議そうな声で尋ねるリリアに、フィーナはニッコリと微笑みかける。


「あのね、もうお昼ご飯の時間だし、今日はジュンたちも男の子たちで集まって勉強会するって言ってたから、お昼作ってみんなで食べよう?」


 他の三人を見渡しながら、フィーナは提案する。


「つまり、私たちで調理をして、それを皆で食べるということですね」

「うん、いいじゃない。やろうやろう」


 セレスとシャーリーはすぐさま賛同してくれた。シャーリーなどは近頃料理の腕をめきめきと伸ばしているので、誰かに振舞いたくて仕方がなかったようだ。


「リリアも一緒に作ろうよ、ね?」


 何かを考えている素振りをしているリリアに、フィーナは優しく話しかける。


「……うん、わかった。皆で作る」

「決まりっ! じゃ、さっそく取り掛かろう、レックスもいるから大目に作るとして――まずなにを作る?」


 シャーリーが一番はりきっているようだ。声がうきうきとしている。

 皆で食事のプランを語りながら、男子連中が食堂へ行かないよう、セレスは水魔法で練り上げた鳥を知らせに飛ばせておく。

 こうして女の子たちの調理は始まった――。



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