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ATRATICA IN CAPITAL OF WATER   作者: Franz Liszt
第3章 『流転編』
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第1話 『始まりの決別』

 ドゥガーレ城は天空に浮かぶ巨大な城である。入るためには、空中から女王が張った障壁を突破して入るか、『審判の門ポルタ・アルバ』をくぐってこなければならない。これらをクリアして、悪意ある者が入り込むのはほぼ不可能と言っても過言ではなかった。そのため城内の警備は、とても簡素だといってもいいだろう。

 何日かに一度母に私生活やらの報告をするため城へ帰っているフィーナだったが、今日城へ戻ってきたのには別の理由があった。


 彼女が帰って来た理由とは、水謝祭(アクア・アルタ)での一件についてだ。

 フィーナとレオンの前に立ちふさがった襲撃者。彼らの中の細剣(レイピア)使い。彼にどこか既知感(デジャブ)を感じたのだ。


(『風』の属性で、細剣(レイピア)魔装(エイン・シェル)……あれは)


 自分の記憶が正しければ、きっとここにいるに違いない。しょっちゅう母のところへ顔を出しているようなので、謁見の間へ行けば会えると思った。

 フィーナは多くの使用人たちが恭しく頭を垂れてくるのに対し、それぞれちゃんと会釈を返しながら城内を進んでいった。

 謁見の間への関門――ポルタ・アルバ。かの門は王家に敵意あるものを決して通さないとされている。それ故に審判の門なのだが、はたして今の自分にその敵意というものがないのかどうか甚だ疑問だった。


 しかしそれでも行くしかないと思い、フィーナは門に開くように念じた。

 すると門はギギギィーと古めかしい音を奏でながら、ゆっくりと開いていった。

 胸を撫で下ろし、さっそく中へ入るフィーナ。案の定、中には女王とそして――兄がいた。


「まぁまぁ、フィーナ。いらっしゃいな。珍しいわねぇ~、あなたが定期じゃないのにここに来るのは。あっ、もしかしてジュンと喧嘩でもしたのかしら? ねぇねぇ、そうなのぉ~? お母さんがギュッて抱き締めて慰めてあげましょうねぇ~」


 ジュディは予期せぬ娘の来訪に心を躍らせた。そしてタタッと駆けていき、フィーナをぎゅっと抱きしめる。親馬鹿もここまでくると、いっそのこと清清しい。


「ち、違うよ、お母様。ちょっと苦しいよ……」


 抱きしめられて呼吸ができないフィーナが、苦悶の声を上げた。その光景を冷ややかな瞳で見据える者――クリスだ。

 クリスは男にしては長い銀の髪を1本に縛り上げ、悠然とそこに佇んでいる。フィーナとジュディの構図に、苛立っているようにも見えた。


「お母様、離して! 今日は、お兄様に用があって来たのです」

「まぁ、クリスに? これもまた珍しい」


 フィーナが兄のクリスに用があるなどと言うのは、非常に珍しいことだ。明らかにクリスはフィーナを毛嫌いしており、それを分かっているようでフィーナも積極的に話しかけたりしていないようだった。

 昔は本当に仲の良い兄妹だったのに、どうしてこうなってしまたのやら。何度そうジュディが思ったか計り知れない。

 ある時を境に、クリスがフィーナを嫌う素振りを見せるようになったのだ。ジュディがその理由を尋ねても、クリスはただ嫌いだからとしか言おうとしなかった。


「…………」


 無言ながらも、威圧的な態度のクリス。彼の全身からは怒りのオーラが発せられていた。

 そんな彼に怯まず、真っ直ぐに歩いてゆくフィーナ。海の絨毯がフィーナが歩くたび、まるで波をたてるように(うごめ)いている。


「お兄様。少し席を変えましょうか」

「ふん、何故に?」

「それはお兄様が一番ご存知かと……」


 フィーナは真剣な表情で、奥のテラスを指差した。そこで話そうというわけだ。


「……まぁ、いいだろう。手短にしろ」

「分かっています」


 クリスがさっと身を翻し、テラスへ向かった。

 フィーナはそれを見届けてから、困惑する母に一言だけ述べる。


「お母様は、ここにいてくださいね」

「……分かったわ」


 ニッコリと笑って返事をするジュディに、同じく笑みで答えるフィーナ。やはり親子なのだろう、今の遣り取りだけで何かを悟ったようだ。


「で、何の用だ、フィーナ? 私はお前と違って、暇ではないのだがな」


 いきなり嫌味をぶつけてくるクリス。彼の目は威圧的且つ、傲慢そうに見えた。早くしろと訴えているようにも思える。

 しかしフィーナは自分の心を落ち着かせてから、敢えてゆっくりと間を取った。


「…………お兄様は、あの日――水謝祭(アクア・アルタ)の日に何をしていましたか?」


 そして、いきなり核心を突いた。


「何故にお前にそのようなことを話さねばならないのだ。私の勝手であろう」


 唾でも吐いて捨てるが如く、クリスは言葉を吐き捨てた。


「いいえっ、勝手ではありません!」

「…………」


 フィーナが大きな声を上げて否定したことに、多少戸惑っている様子のクリス。クリスは、ここまで感情的になっているフィーナを、今までに見たことがなかった。


「もう一度訊きます。お兄様はあの日どこで、何をしていましたか?」


 フィーナの蒼き瞳が、クリスの金の瞳を射る。彼女の瞳は何かに対し、猛烈に怒っているようにも見えた。


「…………」


 しかしそれでも無言を貫くクリス。こうまでフィーナが強く出てくるとは、彼の予想外だったので、内心の動揺を気取られるぬよう必死だった。


「まだ無言のつもりですか……。では、私が言って差し上げましょう」


 フィーナが語気をさらに強いものにしながら、言い放った。クリスはその時場違いにも、(フィーナは王女らしくなったのだな)などと感じていた。


「お兄様ですね? あの襲撃者の細剣(レイピア)使いは……、だってあの仮面は……お父様のでしたから」

「…………」


 これは質問ではない。質問ならば、これほどまでの威圧は感じない。

 だからこれは勧告でもない。勧告ならば、これほどまでの怒りを感じない。

 よってこれは決定である。絶対の審判者が下す決定であり、絶対の権力者である女王となるべき者が下す、絶対の決定である。


 故に、クリスは恐れおののいた。これほどまでにプレッシャーを感じたのは、いったいいつ以来だったことか。

 力を手に入れるため必死に修行に励み、この国においても確固たる力を持っていた自分を、ここまで戦慄(せんりつ)させたのは妹が『二人目』かもしれない。


「…………」

「…………」


 沈黙が決定的な答えとなった。そこに言葉は不要だったのだ。


 フィーナは素早く再創造(リクリエイション)させた魔法杖(エイン・ロッド)を、兄――クリスへ向けた。彼女は今にも魔法(マジック・ロウ)を発動できるような体勢を取っている。

 対してクリスは冷静な目で、その杖の先を見つめるだけ。


魔装(エイン・シェル)は出さないのですか?」

「…………」


 無言。


「それとも私を侮っているのですか?」

「…………」

「私はとても怒っています。強力な魔法(マジック・ロウ)を放つかもしれませんよ?」

「…………ふっ、だとしても。私に、魔装(エイン・シェル)を出す意味などないな」


 微かな笑みを洩らしながら、クリスは言い切った。そこには完全な諦めも、怒りも、苛立ちもない。

 あるのは、ただ純然たる覚悟だけだった。


「はははっ……僕が何故(なにゆえ)、刃を、家族に、妹であるお前に、向けるのだっっ!! 有り得ぬっ!! 僕はそのためにすべてを捨てる覚悟をしたのだから……!」


 一人称が『私』から『僕』に変わっている。それはクリスが独白しているような感じだったからなのかもしれない。誰かに聞いてもらうのではなく、ただ自分に言い聞かせているようにも見えるのだ。

 ただただ、己の信念を吐露しているようだった。


「な、何を言っているのですか、お兄様?」


 フィーナが先ほどまでとは打って変わり、心配そうな瞳で兄を見ている。彼女は兄のことを嫌ってなどいない、むしろ好きだった。

 しかし自分のことを兄が嫌っているのを知っているからこそ、単純に話しづらいだけだったのだ。


「僕はフィーナのためを思って行動してきたのだ。それなのに、どうして僕が妹に魔装(エイン・シェル)を掲げねばならない! いかなる理由があろうと、僕は誓ったんだ、必ず守るって!」

「ま、待ってお兄様! どこへ行くの!?」


 クリスは懐から魔装(エイン・シェル)を取り出し、再創造(リクエリエーション)を唱えて、テラスから飛び立とうとしていた。

 しかしフィーナが服の裾を掴んで離さない。無理やり引き離すことも、彼女さら飛び立つこともできたが、それをクリスはしなかった。

 だから再び、クリスは魔装(エイン・シェル)を縮小させた。


「お兄様、守るって? いったいどういうことなのですか?」

「…………」

「お兄様! 教えてください! お願いです……」


 フィーナが段々と泣きそうな声になっている。

 クリスはそれを見て、諦めた。妹の涙は見たくないから。


「父さんが、言ったんだ。家族をよろしく頼むって……」

「お父様が……。でもそれだからって何故、襲ったのですか?」


 妹の視線を受け止めつつ、クリスは真剣な表情で彼女の肩に手を置く。

 そして彼女と視線を交錯させた。


「フィーナ。いいか、よく聞くんだ」

「…………」


 兄のこれ以上ないほどに真剣な口調に、フィーナはごくりと咽喉を鳴らした。


「もうこれ以上、あの異世界人と関わるな。学園にも行くんじゃない。ずっとこの王宮にいるんだ!」


 クリスはフィーナの肩を力強く掴んだ。


「いたっ……少し、痛いです……」

「あ、あぁ……すまない」

「……お兄様はどうしてそのようなことを言うのですか?」

「すべて、お前のためだ」


 即答だった。

 しかしこれ以外に答えなど存在しないのだから、仕方がないだろう。クリスの想いは、幼き日に誓ったものから、何一つ変わりなどしていなかったのだから……。


「何がですか?」

「それは言えない」

「どうして言えないのですか?」

「それも、言えない……」


 ここで一呼吸を置いた。


「ただ……これだけは言える。このままではお前も、そしてあの異世界人たちも必ず、後悔すると。だから――」

「…………嫌です」


 フィーナはクリスを真剣に睨み付けながら、そう断言した。何者にも曲げられない意志の強さを持った響きだ。

 クリスもそう感じたのだろう、諦めたように一息ついた。


「はぁ……そうか。どうしてもお前は、兄の言うことを聞いてはくれないのだな」

「はい」

「フィーナ。お前、ジューンバルトのことが好きなのか?」

「……え? それは……っ!」


 最初こそジューンバルトって誰だろうと思っていたが、すぐにジュンのことだと思い至りフィーナは非常に慌てた。

 でもどうにか心を落ち着けると、ゆっくりと思いの丈を告げた。


「…………好きです」

「ふははっ、そうか、やはりそうだったか……。ならばしょうがない。もう何も言う事はないし、言わせるつもりもない。僕は僕のやり方で、全てを守る。それだけだ」

「あっ! お兄様!」


 クリスは言葉を言い終えると同時、素早くフィーナの手を服から剥がし、すぐさまテラスから飛び降りた。空中で魔装(エイン・シェル)再創造(リクリエイション)し、得意の思念技(アイディ・スキル)を放つ。

 数分間、空を散歩するかのように歩き、やがて降下していった。



 フィーナはその光景を、ただジッと眺めているだけだった。いや、それしか出来なかったのだ。

 この日から、クリスは王宮に顔を出さなくなった。それでも学園には通っているようで、フィーナも時々兄の姿を見かけたが、どれだけしつこく話しかけても、相変わらずの無視であった――。



 


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