第42話 『ペンダント』
「ほんっとに良かったぁ~、良かったよぉ~、レオン~」
「しゃ、シャーリー!!」
シャーリーが泣きつつ自分に抱きついて離れようとしないので、レオンはとても焦った。いやとても嬉しいのだけれど、いきなりは非常にマズイ。絶対に顔が真っ赤になっているだろうなと、レオンは密かに思った。
そして彼の想像通り、後からジュンにそうからかわれた……。なので気兼ねなくぶん殴っておいた。
「フィーナも大丈夫か?」
首を少し変な方向へ曲げたジュンは、気を取り戻してからずっと悲しげに俯くフィーナに尋ねる。
すると彼女は明らかに無理をした笑顔で。
「うん、大丈夫だよ。私は何もされてないから……」
とだけ言った。
だからジュンは言葉を付け足した。
「言っておくが、フィーナのせいだと思うなよ?」
「えっ?」
驚くフィーナに、ジュンはやはり彼女は自分を責めていたと確信した。自分のせいで襲われたのだと、フィーナは思っているのだと……。
「はぁ、やっぱりか。いいか、フィーナ。レオンはな、絶対に襲われたのがお前のせいだとか思っちゃいない。それに俺たちもだ」
「……でも」
「でもも、しかしもあるもんか。あれはお前のせいじゃない。それにもしたとえ、フィーナを狙っていたとしてもだ。もうお前は俺たちの仲間だから。協力するのも、守るのも当然だ」
「……仲間」
「そうだ、仲間だ。友達だ。だってフィーナは……逃げなかった。だろ?」
ポンと音がなり、ジュンはフィーナの頭に手を乗せていた。彼女の身長がジュンのそれよりけっこう低いためかは知らないが、ジュンが何となくそうしたかったのだ。
それから、あることを考えていた。きっとレオンなら、彼女に逃げろと言っているはずだと。彼はそういう男だから。
――いっつも俺に無茶はするな、無茶はするなって煩いくせに、自分のことになると人一倍無茶をするヤツだからな、レオンは。
駆けつける前の状態を推測した限りでは、かなり危ないところまでいっていたように思える。
「……………………うん」
長い沈黙の後で、フィーナがゆっくりと頷いた。その蒼い目から涙が零れた。
だからジュンも満面の笑みで――。
「よしっ、それでいいんだ。フィーナはレオンを守ろうとした。レオンもフィーナを守ろうとした。それだけでいいんだよ、俺たちは。だから1人だけのせいには絶対にしないし、俺がさせやしない。と言ってもまぁ、そんなこと言うヤツは俺たちの仲間には誰もいないだろうけどなっ!」
ニッと、いつもの余裕ありますな顔つきでジュンは言った。そしてあろうことか、プリンセスであるフィーナの頭をこねくり回し始める。
頭をこねくり回されながら、フィーナはもう一度だけ、静かに涙を流した。
お前なんて言われたのも、頭をこんな風にグリグリされたのも本当に久しぶりだったから。今までに母にも、兄にも言われたこともされたこともなかった。してくれたことがあるのは、今は亡き父だけだった。
本来ならば王女に相応しくない2人称だろう。
しかしその『お前』という言葉と、遠慮のないグリグリが、とてもとても暖かくて、嬉しくて。
――仲間なんだ。
――友達なんだ。
そう――心の底から、強く思えた瞬間だった。
「大丈夫ですか! 姫様っ!」
今頃になって、衛兵たちが駆け寄ってきた。相も変わらず国家権力は動くのが遅いことだ。すでに仮面を取っていたので、フィーナのことをすぐに見つけられたらしい。
皆一様に心配そうな表情を浮かべている。
「はい、大丈夫です」
「お怪我はありませんか?」
「ええ、でも仲間のレオンが怪我をしているので、よろしくお願いします」
王女としての威厳と、美しさに満ちた口調でフィーナは話す。今の彼女に逆らえるものは、きっといないだろうと思えるほどの迫力だった。『仲間』の部分がひどく強調されていたのはきっと気のせいじゃないだろう。
後から――レオンとシャーリーが抱き合っていたので遠慮した――兵たちはフィーナに言われた通りに、レオンを治療するために非常に高価なレスキュリアをちゃんと使ってくれた。
「ジュン、レオン!」
そこにケンジとリリアが到着した。二人とも息切れを起こしており、とても辛そうだった。体力がジャンルではない彼らなりに、必死になってここまで走って来たに違いない。
たとえ戦いの役には立たないとしても、いても立ってもいられなかったのだろう。大変な時に傍にいるのは、仲間として当たり前のことだ。
「おぅ、ケンジ。サンキューな、人呼んでくれて」
「そんなことよりレオンとフィーナは大丈夫なのっ!」
「もちろんだよ。レオンはあの通りだし」
そう言って指差してやる。そこにはシャーリーにしがみつかれて困惑しながらも、やっぱり嬉しそうなレオンがいた。
「あっ、ホントだ。大丈夫そうだ」
「だろ? で、フィーナはこの通り元気だし」
ニシシっと笑いながら、ジュンはもう一度フィーナの頭をポンポンと、とても軽く叩いた。
「うん、私も全然平気だよっ!」
そのフィーナがあまりに可愛らしくニッコリと笑うので、ジュンの眼前という彼女との至近距離にいたケンジはちょっとだけ赤くなってしまった。
すると隣にいたリリアが、いきなりケンジの頬をつねり始めた。
「なっ、あにするの、イイァ~ひたいよぉ(なっ、何するの、リリア~痛いよぉ)」
「何となく」
無表情に、リリアはケンジの頬をつねる。
それにしても、今のケンジの言葉が分かるとはさすがだ。
「ははっ、何となくかよ! やるなっ、リリア!」
「ジュン。面白がっちゃダメだよ。あれってきっとけっこう痛いんだよ」
フィーナがそう言っても、ジュンはもちろんリリアも気にしていない。
「痛くない。ちゃんと優しくやってるから」
だからまだまだつねる、つねりまくる。もっと強く……もっと強く……。
「うほだぁ。えったいにうほだぁ!(嘘だぁ。絶対に嘘だぁ)」
「嘘じゃない」
まだまだつねった。
「くくっ、いいぞ。もっとやっちまえ、リリアっ!」
「うん」
やがて上がったケンジの悲鳴と共に、こうして一件は落着した。
「ど・れ・に・し・よ・う・か・なぁ~」
シャーリーは店棚の前で指をせわしなく動かしている。彼女が指差す先には色とりどりのムラーノグラスが並んでいた。
「ねぇ、レオン。ホントにいいの?」
「ああ、いいぞ。だが、一つまでな」
「うんっ!」
レオンがムラーノグラスを買ってくれると言ったので、シャーリーはどれにしようか思案中だったのだ。どれも綺麗で捨てがたい。しかし選べるのは一個だけ。相当に悩むこと必死だ。
「シャーリー、これなんてどう?」
隣で同じように眺めているフィーナがシャーリーに尋ねた。レオンがシャーリーに買ってあげると聴いたフィーナはフィーナで、ジュンにねだって先ほど一つ買ってもらっていた。フィーナが選んだのは花の形のグラスで、彼女の瞳と同じ蒼色のものだ。
それを彼女はさっそくペンダントのようにして、大事そうに首から提げていた。
「あっ、いいね、それ」
シャーリーはフィーナおススメの真っ赤なグラスを手に取った。形は鳥でかなり高度な技術が用いられているだろうと思われる。
手触りといい、真っ赤に燃えるような見た目といい、何だか自分にピッタリだ。
「ねぇ、レオン。これなんてどう?」
「ん、いいんじゃない、か?」
「何で疑問系なのよ」
何かどうでもよさげに聴こえたのだろう、シャーリーはぷぅっと頬を膨らませた。本当のところは、レオンが単に恥ずかしがっているだけだ。そもそも彼がシャーリーに、悪いだとか似合ってないだとか言うはずがない。
「おい、レオン。ここはビシっと――『似合ってるぞ、シャーリー』。って言ってやれよ」
見ていられなくなったジュンが、小声でレオンに囁いた。彼は彼で、少しだけこの状況を楽しんでいるのだからタチが悪い。
楽しんでいる証拠に、彼の台詞はレオンの声マネをしたものだった。
「あ、ああ。それもそうだな……」
しかしそうとは知りつつも、もっとちゃんとしようって決めた手前、レオンは頷くほかになかった。勇気をもって、シャーリーに言う。
「に、にに似合っているぞ、シャーリー」
もう顔なんてきっと真っ赤だろう。ジュンが横で笑っているので、後から殺そうとレオンは密かに決意した。
「あ、ありがと。じゃあ、これにするね」
「ああ、分かった」
料金を払って、ムラーノグラスを購入した。そしてそのまま持っているのではカッコがつかないので、シャーリーはグラスをフィーナと同じように、ペンダントとして加工してもらった。
出来上がったそれをさっそく首に提げる。出来たてほやほやだったので、まだほんのりと暖かくて気持ちがいい。
「ありがとう、レオン」
ニッコリとシャーリーが微笑んで感謝してくるので、またも顔を赤くするレオン。
「あ、ああ」
ジュンには、さっきからレオンが『あ、ああ』しか言ってないように思えた。だけどこれ以上からかうのはちょっと可愛そうと思えるぐらい顔が赤いので、そっとしておくことにした。
そうしないと、先日の朝のようなことになりかねない……。といっても結局嬉し恥ずかしさ故に同じことになるのだが――今の彼はまだそれを知らない。