第41話 『蒼き消滅』
レアな『属性』が何故に希少であるのか。
それは単純に所持している者たちが唯一無二だからと答えるほかにない。
そして無二故に、完全にレアなる属性の特性を理解している者は存在しないと謂われ、学術書に於いても記されていることは微々たるものである。
さらに中でも、歴史上を振り返って特別に情報が少ない(必ず生存している者のうちの1人しか持ちえない)属性が、『洸』と『天』と『罰』と『蒼』と『幻』の五種類であると謂われている。必ずしも誰かが持っているわけではない。
しかし、この五種のうち例外がひとつだけ存在する。
その例外こそが『蒼』。
例外と謂われる『蒼』だけは、生存している者の中から必ず1人所持しているのである。
つまり『洸』などは持ちえない時代が確かに有り得るのだが、『蒼』には持ちえない時代が有り得ないということだ。
そして今代の『蒼』の継承者こそ、水の国――アトラティカの第1王女、フィーナ・エル・アトラティカだった。
また、レアな属性には、それぞれが他の一般的な属性は持っていない特性を備えていることが判っている。
だから――。
『――消えなさい』
全てが終わろうとした瞬間に、たった一言だけ、声が発せられた。
その瞬間に於いて、直ちに命ぜられた物体の存在が消え失せる。つまり完全に消滅したと言っても差し支えない。
「ばっ、馬鹿な!」
消滅したものとは、襲撃者が持っていた『レイピア』の刃。残ったのは柄から下のみ。
レイピア使いは咄嗟に己の得物が消失してしまったことに驚き、声を荒げるしかなかった。
『蒼天を開きし者たちを殺めることを、認めた覚えはない。虚空に哮ゆる曙光を、消すわけにはいかないのだから……』
言葉を発するフィーナの姿からは、蒼い光が淡く漏れ出している。
『Time is the only true purgatory. Nothing puzzles us more than time and space; and yet nothing troubles us less, as we never think about them. 』
その光は彼女が立つ地面を伝い周囲を凍らせ、やがて凍った箇所はスゥーと音もなく消えてゆく。
フィーナの瞳は空虚なもので、その出で立ちからはとても生気を感じられないものだった。茫洋とした印象を与える存在として、ただ其処にあるだけで。あたかも隔絶された空間から、こちらに干渉しているだけの存在であるかのようだ。
「……フィーナ?」
突然古代言語である『英語』を話しだすフィーナに、背中越しだが、明らかにいつもと違う感じを受ける。
だからレオンが半ば茫然とした様子で、振り向けないので声だけをもって尋ねた。
『………………』
しかしすぐに返事がない。聞こえていないのか……。
そしてレオンは、己の身体が自由を取り戻していることに気付いた。何故か、自分の両足を完全に捉えていたはずの『大地の封印』が消滅していたのだ。
「ちぃッッ!!」
すぐさま攻勢にでようとしたレオンから距離をとるため、襲撃者は舌打ちをしながら後ろに飛びずさる。
そして懐から予備の魔装を取り出して、レイピアの姿にした。
まだやる気のようだ。
レオンは相手の様子を注意深く観察しながらも、フィーナの様子が気になっていた。先ほどから何の反応もないのだから、当然であろう。
そしてちらっと横目で状態を確認してみたところ、いきなり彼女の身体が傾いて倒れてしまっているところだった。一瞬、そのことに気がとられてしまうレオン。
次の瞬間には、風の如く走り出すレイピア使い。
しかもヤツはレオンではなくフィーナを狙っているようだった。急いでレオンは、襲撃者とフィーナの間に体を割り込ませる。
それを見計らったかのように、いつの間にか復帰していた長剣使いが死角から攻めてきた。
「有りえんっ、あれで動けるはずが……ッ!」
先ほどの長剣使いへの一撃は完全に極まったはず。動けるはずがない。
しかし現にヤツはココにいた。
(く……っ、このままでは……フィーナが……)
長剣使いへの対応だけならまだ間に合うし、相手の実力も大したことはないので、大丈夫だろう。
しかしレイピア使いは話が別だ。長剣使いを相手にしていては、確実にフィーナを護りきれない。あまりにも彼女が無防備過ぎるのだ。背に庇いながら相手が出来るような甘い敵ではない。
――マズイ、マズイ、マズイ……。
――俺は、俺は仲間を……護れないのかッ!
――いやッ! 護る、護ってみせる!
「そこを退けぇッッ!!」
だから、レオンのスイッチが入った。
彼は普段こそ寡黙であるが、仲間が危険に晒された時、内に秘める激情を前面に押し出した姿を現す。それは彼がある少年を追い続けた結果であり、共に育んできた友情故に生まれたものである。
――アイツなら、絶対に如何なる状況でだって諦めはしない……。
まさしく鬼の形相をしたレオンが、『炎』の長剣使いを大剣で薙ぎ払うように吹き飛ばした。そしてそのまま思念技――Lightning・Moveを発動させ、一気にトップスピードとなる。
レオンが習得していたドイツ帝国の剣術に則った、攻守が一体となったバランスの良い戦術ではない。すべての守りを放棄して、すべてを攻めに捧げた特攻。
けれど――僅かだが、間に合わない。
それもそのはず、本来、『風』属性の魔装士は完全な速度強化だ。速さ勝負では他を寄せ付けないからこその強み。敵うべくもない。
しかし――ガキンッ!
「なっ!?」
細剣使いが驚きの声を上げた。
レオンは走る速度を緩める。
何故なら、襲撃者の手から細剣がなくなっていたから。
「フィーナ! レオン! 大丈夫かっ!」
そして何より――アイツの声が聞こえたから。
だからレオンは少し力を抜いたのだった。彼が来たのなら、レイピア使いは任せられる。そう思うと、レオンの全身からどっと疲労感が湧いた。今だって重力の重みに耐えながら無理やりに走ったのだ。疲れないはずがない。
さらに、今までに負った裂傷からは今も血がどくどくと流れ、軽い貧血気味だった。
「ジュン、それにシャーリー……」
「レオン!」
シャーリーは息をかなりきらせている。ジュンの後を必死に追ってきたのだろう、汗の量が尋常ではない。
「今度は俺が相手だっ!」
一瞬の間に状況を大まかに理解したジュンは、細剣使いとフィーナとの間に割り込んで言い放つと同時に、一振りの剣を掲げた。先ほどもう一本は、レイピアを弾き飛ばすために投げてしまっていたのだ。
それでも細剣使いは、風の力ですでに細剣を手元に戻している。しかし彼はどうしてか一旦、ジュンとの距離を取った。
だからジュンも望外の空白のうちに、シャーリーの魔法で運んでもらった、二本目の剣をその手に収める。
そうこうしている時、驚くべきことに、またも立ち直った敵の長剣使いが戦線に復帰してきたが、それでも限界なのか動きに精彩を欠いている様子。
数の上では決してジュンたちの有利ではないのだが、悲観するほど不利な状況でもない。
さらに、長剣使いと同様に、限界を超えても立ち上がるレオンの姿も加わり、形勢は逆転のところまでいった。
レオンにとって、ジュンが戦おうとしているのに、自分だけのこのことくたばっていることは許されない。任せられるという思いと、任せきるという感情は違うものだからだと思っている。
ならば自分だって無様に地に伏していてはならない。ジュンと同等であるためには、自分だけ温いわけにはいかなかったし、レオン自身が許せなかった。
己を鼓舞し、奮い立たせる。
「よっしゃ、レオン。――サクッとやっちゃいますかっ!」
本当なら止めることも、優しさなのかもしれない。明らかに無理をしているレオンなのだからと、ジュンは少し考える。
けれどすぐに、それは間違いだと思った。
レオンと自分の間には『一方的に施す優しさ』は存在しないし、『押し付けの善意』など悪意となんら変わりない。
本当の意味で、限界の限界をレオンはちゃんと弁えている。それでも尚、立ち上がるということは、つまりそういうことなのだ。
ならば、自分がそんな獅子のように熱い男に掛けてやるべき言葉は、『労り』でもなければ、まして『制止』でもない。
「やれるよな、俺とお前ならっ!」
真に掛けるべき言葉は、ただ純粋で単純な『断定』で。
抱えるべき想いは、ただ膨大で深遠たる『信頼』だけだった。
「あぁ、当然だっ!」
そしてやはり想像通りの力強い、ジュンが誰よりも信頼する男の言葉が返ってきた。
彼の言葉をジュンが聞き終えるか否かという瞬間には、すでにほぼ同時に襲撃者たちへ詰め寄る、ジュンとレオン。
もはや彼らを止められる者は、どこにもいない。
「シャーリー、サポートは任せる!」
「言われなくても分かってるわよ!」
頼れる魔法使に、後ろと相手魔法使のことを任せきった。
シャーリーならばフィーナを護りつつ、相手の魔法使だって相手に出来るだろう。
故に、ジュンとレオンが狙うは、相手の魔装士たちだけだ。
「ちぃっ、さすがに勝てんか……おいっ! 退くぞ! 早くしろ!」
このままでは勝てないと悟った細剣使いが、躊躇いも無く撤退の号令をかけた。すぐさま彼の元に長剣使いと、『土』の魔法使が集う。
「今日のところはこれまでだ。だが努々、忘れるな、これで終わりではなく、何度でも何度でも繰り返されるのだから……。Gale・Blast!」
キーファンスも使う『風』の最上級思念技――疾風の如き飛翔。それを使いこなすという事は、やはりかなりの使い手だったのだろう。
細剣使いは一瞬で他の二人を風で巻き上げて、飛び去ってゆく。
豪奢で優美な仮面の下に隠れた彼の金瞳は、固い決意と、どこか憂いを宿したものだった。