第40話 『襲撃』
「ちっ……来るぞっ!」
レオンが舌打ちした瞬間、風の塊が飛んできた。
すぐに仮面を外し、少しでも視界をよくしよとする。だが水のヴェールが霧状に町を覆っているため、あまり見え易さは変わらなかった。
それでもしっかりと放たれた風を躱すレオン。彼の周囲では、ようやく異常に気が付いた人々が悲鳴をあげていた。
(……まさか、俺を狙っているのか?)
明らかに今しがたの攻撃は、レオンを狙ったものだった。先にレオンを倒してしまおうとしているわけではなさそうである。
前をレオンが見やると、見えにくいながら確かに3人の仮面を被った者が立っていた。皆それぞれの得物を握りこんでおり、魔装士が2人に、魔法使が1人のようだった。
その中の魔装士の1人がこちらへ突進してきた。
中々に速い。学園生のなかで比較すれば、間違いなくトップレベルの実力。
しかし――。
(ジュンの方がずっと速いな……)
スッと姿勢を落とし、レオンは突進する相手に向かって長剣をなぎ払った。それを相手は同じく剣でガードする。しかしレオンの剛力に押し負け、後ろへ飛び退った。
すかさずもう1人の魔装士が細剣を煌かせ、風の衝撃を繰り出してくる。非常に闘い慣れている動きだ。
そこへフィーナの魔法――Ice・Arrowが殺到する。しかし相手の魔法使がそれをバリアで防いだ。
風の衝撃がくるのを確認し、レオンも思念技で迎え撃つ。
「Thunder・Shot!」
思念技同士がぶつかり合って――レオンの方が押し負けた。どうやらかなりの熟練者のようだ。
身体を捻って、どうにか襲い来る風の衝撃をやり過ごす。しかしその隙にすでに、もう1人の長剣使いがレオンとの距離を詰めていた。良く訓練された連携のようだ。
「その身を束縛せしは、水の胎動――Water・Bind!」
だが即座にフィーナの魔法が発動し、相手の長剣の周りに水の膜を巻きつけさせた。これで斬れないはず。
だが――じゅわっと蒸気が上がり、瞬時に彼女の魔法が無効化されてしまった。
おそらくあの長剣使いは、『火』属性の魔装士なのだろう。『水』属性に付随する魔法が得意な『蒼』との相性は最悪。
「くぅ……っ!」
連続で切り結ばれ、レオンは後退をせざるを得なかった。周りの人々の増援を期待したが、今日が水謝祭だということも手伝ってか、皆自分たちの得物を持っていないようだった。
警備を呼びにゆく者。慌てる者。逃げ惑う者。
それぞれの反応でけっこうな混乱状態になっていた。あれでは援護は見込めないだろう。
「レオンっ!」
後ろでフィーナが声をあげた。
「お前は逃げろ! こいつらの狙いは、俺だっ!」
「そんなことできないっ!」
しかしフィーナは逃げようとしない。
それどころかもう一度、魔法を唱えた。すさまじいスピードだ。相手の魔法使は、未だに2つ目の魔法を完成させていないことがいい証拠だろう。
「少し耐えてっ! 時間掛かるから!」
上級魔法を詠唱するつもりなのだろう。上級魔法は構築と思念に時間が掛かるのが難点だが、一発で勝負が決まるほどの大技だ。
「分かった!」
剣筋を読むことで、相手との差をどんどん詰めてゆくレオン。
しかし細剣使いも黙っちゃいない。周囲の風を弄っているのか、やけに風がレオンの邪魔をした。そうやって味方の長剣使いが不利と見るや、すぐさま加勢してくる。
(くっ! こんなことなら、ジュンと同じく双剣にでもしてもらえばよかったな!)
仕方ないので、長剣使いには蹴りを食らわせて、襲い来る細剣使いには剣戟を見舞った。しかしいいように捌かれ、逆にこちらを逆襲してきた。
長剣使いよりも、明らかに細剣使いの方が格上だった。魔装士として技量も、単純な戦士としての力量でも――。
「ちぃっ! 再創造!」
瞬時にこのままではまずいと判断し、魔装を大剣に変形させる。これで一気に細剣を折ってしまおうとレオンが踏み込んだ。
その時――。
「全てを封じるは大地の鼓動にして、永久なる楔。今、万象に従いし定理を用い、真理となせ。Seal・Of・Earth!」
地面がぬかるんだかと思うと、急にレオンの足が止まった。しかし前につんのめることもなく、完全に止まった。それはまるで大地に封印されているかのようだった。
「嘘……。あんな上級魔法を使えるなんて……」
あまりの驚きで思わず、詠唱を中断してしまったフィーナ。
これらの隙を襲撃者たちは見逃さない。
地に縫いとめられたレオンを切り裂こうと、長剣使いが走り来る。細剣使いは、勝ちを確信したのかその場に佇むだけだ。
「足が動かないか。……それでもっ!」
レオンは豪腕に頼って、大剣を後ろへ振り下ろした。長剣使いが間合いに入った瞬間を完璧に捉えて。大剣のほうが長剣よりも長いのだということを忘れてもらっては困る。
バチィと雷光がうねりを上げ、長剣使いは吹き飛ばされた。しかしSafety・Coreが発動してしまうので、殺傷能力はまったくなくない。それでもあれだけの衝撃。簡単には起き上がれまい。
「ちぃっ、雑魚が!」
焦りと怒りが入り混じった声で、細剣使いが言った。声音からかなり若い男のようだと窺える。
「やはりジューンバルトと同等の力……というだけのことはあるな」
「お前は誰だ! 何故俺を狙い、俺やジューンバルトのことを知っているっ!」
「それに答える義理は無い。恨むのなら、浅はかなジューンバルトを恨むことだ」
「なに、どういうことだっ!」
「死にゆく者に、これ以上言う事は何もない」
そう言って細剣を突き出してくる。
「Thunder・Formation!」
護りにおいて、絶対の効力を誇る思念技をレオンは使おうとした。しかし何も起こらない。
どれほど完璧なイメージしようが、まったく、微弱な電気すら出てこなかった。
「今のお前に思念技は使えない」
冷たく断言するは襲撃者。冷徹なまでに正確な突き込みがレオンに迫る。
レオンは先ほどの雷光はSafety・Coreのものだったのかという、無駄な思考を捨て去り、戦闘に集中する。
だが幾ら大剣で弾こうにも、その突きのスピードが異様に速く、しかも死角に回りこまれたのでほとんど目で追いきれない。おそらく『風』属性の魔装士なので、速度強化をしてあるのだろう。
それでもレオンは細剣の突きを自らの勘だけを頼りに、致命傷だけはどうにか防いだ。日々の弛まぬジュンとの訓練の成果が、こういったところに如実に現れていた。
しかし確実に死に近づいていることは間違いない。
所々危ない箇所を斬られ始めている。
「ほぉ、ここまで防ぐか……だがっ! Speed・Down!」
突如、レオンの全身が鉛のように重くなった。
その上、手に上手く力が入らない。
大剣を危うく取り落としそうになるほどに……。
「レオンっ! 切り裂け――Water・Cutter!」
急遽、フィーナは上級魔法を二重詠唱形態に移行させ、初級魔法でレオンを縛り付ける大地を切り裂こうとする。
しかしこの程度の魔法では、上級魔法である大地の封印は破れなかった。
「なんでっ!」
レオンにはフィーナが切羽詰った声が聞こえたが、彼女は諦めず今も魔法に集中しているのだろう、その声は端的で短い。
とレオンは思ったが、それは間違いだった。彼女は詠唱が間に合わないと悟るや、魔法杖を投げつけていた。魔法杖は魔法使の手から離れた短時間ならば遠隔操作が可能なのだ。
それなりの勢いで飛んでゆく魔法杖だったが、所詮は女性の力によるもの、あっけなく細剣使いに叩き落とされてしまった。
だがしかし、まだフィーナは諦めない。魔法杖が離れていても遠隔操作が出来るし、また実力さえ伴っていれば、離してからそれほど間がない時に初級クラスの魔法を放てる。それを為せるだけの実力を彼女は持っていた。
さらに今は水分が十二分に存在している。霧があって助かった。発動が速く済む。
「貫きなさい! Ice・Needle」
言葉によって発動した魔法によって辺りの水蒸気であるところの霧が一気に氷に変形し、レイピア使いに迫っていった。氷の針は中級魔法で、氷の矢の進化版のようなものだ。
さきほどの二重詠唱もこれに切り替えておいて正解だった。上級魔法だったら間に合わなかった。
しかしそれすらも、今度は敵の魔法使によって塞がれてしまった。『地』属性の魔法は本来的に防御特化型であり、守りに徹されると非常に厄介な存在なのだ。
「よくやった。……今度こそ、これで終わりだ!」
「くっ!」
レオンはもう力がまともに入らず、この一撃をカードできない。
――ここまでかなのかっ!
最後に、やはりシャーリーの顔がレオンの脳裏に浮かんだ。それから次々と掛け替えのない友たちの顔が走馬灯のように浮かんでくる。
――彼女は泣いてくれるだろうか……。俺のことを覚えていてくれるだろうか。いや、シャーリーとケンジは絶対に泣くな。彼らはかなりの泣き虫だから。
――だがジュンは泣かないな、きっと。俺とアイツはそんな仲じゃない。
――そう。だからきっと、怒るだろう。自分以外のヤツに、こんなところで負けた俺を、きっと怒る。
ただなんとなく、そんな気がした。
こんなことを思いながら、レオンはそっと朱色の瞳を閉じた。
――こんなことなら、今日アイツに変わってもらえば良かったな。いや、こうなるのがアイツならコレで良かったのか。でもやっぱりシャーリーには言っておくべきだったか……。
「レオン――っ!」
フィーナのせいじゃないから、どうか自分を責めないで欲しい。
だがきっと、責任感の強い彼女のことだ、自分を責めるだろう。
「…………すまないな、レオン・メイクラフト」
最後に、襲撃者が静かに謝る声を聞いた気がした――。