第39話 『情報交換』
ジュンが必死でグラスの破片を集めている頃、互いに誰だか知ってしまっているレオンとフィーナの2人はお互いの情報を交換していた。
何の情報かと言うと、もちろん『ジュン』と『シャーリー』についての情報だった。フィーナがシャーリーの赤裸々な話をレオンに聞かせ、そのお返しにレオンがジュンの私生活をくまなく教えていたのだ。
本人たちにとっては、たまったものではない。
現にジュンはフィーナから、レオンしか知りえないことを言われた瞬間にレオンの部屋に行き、もちろん喧嘩をした。それはもう殴り合いの……。マジで……。
「へぇ~、ジュンって昔はそれなりに静かな人だったんだ」
ジュンたちの昔話を聞き終えたフィーナが、感心したように言った。
それにしても、『それなりに』とは微妙な言い様である。
「あぁ、だが基本的な性格は全然変わっちゃいないがな」
「でも何か今じゃ想像もつかないね」
試しにフィーナは、ジュンが物静かにしているところを想像してみた。しかしやはり上手く想像できないので、すぐにやめてしまう。
いつもがあんなに賑やかな人なので、何より静かな時が似合っていないようにも思えた。やっぱりいつものジュンが一番好きだと、フィーナはしみじみと感じいる。
「そうだな。実は俺もだ」
ふっと淡い笑みと共に、レオンがそう言った。彼にも過去を振り返ってみて初めて、何か思うところがあったのだろう。その笑みはとても優しげだった。
「そういえば、シャーリーもバイトの時にそれらしいことを言ってたっけ」
「そうなのか?」
「うん。でもバイト中だったから、あんまり詳しくは聞けなかったんだけど」
「そうか。だけど珍しいな、シャーリーが昔のことを話すなんて」
「え、そうなの?」
「あぁ、少なくとも俺はそんな光景を見たことがないな。……で、そのだな……」
「なに? どうしたの?」
「だからだな、だから……シャーリーは上手くウェイトレスをやれてるのか?」
シャーリーがフィーナと一緒に、『フローリアン』の喫茶店タイムにアルバイトをしていることは知っている。しかしその時間はレオンも同じく図書館司書のバイトがあるので、見に行くわけにもいかなかった。
ケンジから少し様子を聞いていたが、やはり本場にいる人に聞くに勝るものはないだろう。
この際だからレオンは、以前から気になっていたことをそれとなく尋ねてみたのである。
「うん、もちろん。最初は危なっかしいところもあったけど、最近はかなり板についてきたって感じだよ」
レオンの率直な問いに、何か思うところがあったのだろう、フィーナはニンマリと笑んだ。良からぬ事を考えている表情である。
このお姫様は時々、小悪魔的な表情をする。
「レオンさん、見たいんでしょ?」
「……は?」
いきなり突拍子もないことを言われ、声が上ずってしまうレオン。
そんな彼を見て、またもフィーナはニンマリ。
「だから、シャーリーのウェイトレス姿。見たいんでしょ?」
「………………」
無言で固まるレオン。
「いいんだよ、素直になっても。誰にも言ったりしないから」
「……メリットは?」
「う~ん、そうだなぁ~……よしっ、じゃあ素直に言ったら、今度映像を撮ってきてあげる」
「ぐっ……それはっ……」
非常に思い悩むレオン。そしてまた、ニンマリ邪悪に微笑むフィーナ。
この二人では、レオンが攻められるようだ。こんなレオンはけっこう珍しいので、ジュンあたりがいたら、きっとすぐさま脳内永久保存して、色々とイビリに使っていただろう。
「どうするの? 素直になる? それとも、いらない?」
なんという表情だろうか。これがプリンセスのしていい表情なのだろうか、とレオンは急に疑わしくなった。
でもそれだけ、自分とフィーナの距離も近付いた証拠だろうとレオンは思った。自分だけ『さん』付けで呼ばれるのは、少しだけ距離があるからだと感じていたのだ。
だからレオンはちょっとだけ冷静になった。仕返しをするには、これしかないと考えたのである。
「じゃあ、そうだな。フィーナが俺のことをレオンと呼び捨てにしてくれたら、素直になろうと思う」
「……えっ!? そ、それは……」
「何だ。ダメなのか?」
少し残念そうに言うレオン。彼は基本的に受けのタイプではない。こういう攻めは、ジュンにでもやればいいのだと、身勝手なことを考えた。
「そ、そんなことないよ。うん、いいよ、レヨン」
フィーナは噛んだ。それはもう完璧に噛んだ。レオンがレヨンと聴こえるほどに、完全に噛んでいた。
だから思わず、レオンは笑ってしまう。
「うぅ~、今のなし。レオンってやっぱりSだね」
「そうだな。どちらかといえば、Sだな。Mはケンジや意外とシャーリーだな」
至極冷静に応えるレオン。
「ジュンは?」
「アイツはどっちもイける口だ」
「なるほどぉ~」
紙かなにかにメモしているようだ。
いったいなにに使うつもりだろう、恐ろしいので訊きはしないが。
「じゃあ、俺も正直になるか……どうせバレバレなんだろ?」
だからこそ別の話題にいくという意味と、それが何を指しているかもバレバレだろうという思いを込めて、レオンは口にした。
「それはレオンがシャーリーを好きだってこと?」
「ああ」
素直に認める。
「まぁ、それは見てれば誰だって……」
「でも中々気付いてくれないんだな、あのピンクさんは」
こうやって腹を割って話すのは、初めてかもしれない。男同士のケンジには話しづらいし、ましてや好敵手のジュンには絶対にこんな事言えない。
(でもまぁ、アイツが変に気を使っているのも知ってるがな……)
――だけど、俺とアイツはそんな関係じゃないから。
レオンとジュンは互いを叱咤し合い、互いに高みを目指す関係だ。こういった恋の悩みを打ち明けて、励ましあうような関係では断じてない。
本当に困った時や、本当にどうしようもない時に、頼るべき相手。
全身全霊を掛けて、それでも叶わなかった時、その時に『聞いてもらう』――それだけで充分なのだ。
それがレオンにとってジュンであり、ジュンにとってレオンという存在。
――『親友と書いて強敵と読む』、そんな仲間だ。
しかしまあ、応援してくれるのは決して気分の悪いものじゃあないのも確かであるが。
「それもそうだね。じゃあ、素直なレオンには今度ちゃんとシャーリーのウェイトレス姿あげるから、期待しててね。とても可愛いんだよ」
「ああ、そうだな。……あ、あとフィーナのもくれるか?」
「ええっ? ど、どうして?」
レオンの言葉に、アタフタし始めるフィーナ。
それを今度はニンマリと見つめるレオン。
さっきとは構図が逆になっていた。
「ジュンのヤツがけっこう、煩いんだ。フィーナのウェイトレス姿を見てみたいってな。シャーリーは元の世界でも学園祭なんて祭りでウェイトレス姿見たことあるが、フィーナのは無いって言ってさ」
「そ、そうなんだ。へぇ~」
瞳を横に逸らし興味がないように振舞っているつもりだろうが、レオンにしてみればやはりバレバレな挙動だった。
「だからくれないか? アイツにも変な気を使わせてるから、ちょっとここら辺でお返しでもしておこうかと思うんだ」
「……うん、まぁ、そういうことなら。分かりました」
内心では、ジュンが気にしてくれたという事実に、かなり嬉しいフィーナ。今の彼女にはレオンの底意地の悪い表情も見えてはいないらしい。
恋は盲目。この言葉は色々な意味で言いえて妙だと感じられる瞬間だ。
そしてこんなやり取りの御蔭で、これからも、こうやって少しずつ話していこうとレオンは思い、同時にフィーナも思っていた。
しっかりと話してみると、けっこう話せるものなのだ。
それはそうだろう。なにせ、同じ仲間を、友達を持っている者たちなのだから。
ふと――レオンは気配を感じた。
(ん、何だ? 明らかな殺気……。いったいどこからだ?)
あまりにも強い気だ。すでに相手もこちらに分かるようにやっているとしか思えないほどに強い。
しかし辺りを見回してみても、人の数が多すぎて出所までは分からない。それも見越しての行動だろうか……。
「どうしたの、レオン?」
「あぁいや、何でもない」
不審に思ったフィーナに声を掛けられるが、極めて冷静な声を吐く。
ジュンにはフィーナのことは頼まれているし、彼女だけでも必ず守らねばならない。
レオンは注意深く人々の動きを観察した。どんな手練れであろうと人間である以上は、こういうことをする際に、何かしらの不自然な挙動をしてしまうものだ。
だがそれがない。いや、言い方が悪いかもしれないが、どの人々も怪しげに見える。ただでさえ、今日は祭りだ。行動が少し可笑しくても、それが普通と成りうる日なのだ。
さらには仮面。
この存在が、一番人間の本質を出した易い表情に、フィルターをかけてしまっていた。
ならばここは人が大勢いるところは避けたほうがいいと、レオンは思った。何故なら、確かに人ごみならば人の目を気にするならば危険は冒さない。
しかしそれでなければ、ただ対象を守りにくくするばかりか、この場合自分たちの位置が相手には分かっているので、人ごみは不利にしか働かないのだ。
それに魔法や魔装などの不確定要素をあった。自分の世界の犯罪と、こちらの世界の犯罪を一色単に考えないほうがいいだろう。
フィーナの手を強引に引きながら、人気の無い場所へ行った。しかも出来るだけ手狭な路地だ。ここならば相手は姿を見せずには、おられまい。
それに狭い場所ならば、もし敵が大勢いたとしても少人数での戦闘にもっていける。
次にレオンはホログラフォンを取り出して、緊急用メッセージを飛ばした。
ジュンはケンジに預けてあるから持っていないだろうが、シャーリーが持っているはず。それにケンジが察してくれる可能性も非常に高い。
現在地の情報も送った。
「フィーナ。ここらへんに王家の直轄区域はあるか? それか保護区域とか……とにかく兵士がいる場所は?」
「え? いきなり、どうしたの?」
「いいから。あるのか、ないのか?」
「ええと、この辺りにはそういったのはないかな。少し歩けばあるかもけど」
「どこを歩いて、どれくらいかかる?」
「向こうを通って、15分あれば行けると思う」
人ごみのど真ん中を指差して、フィーナが言った。
無理だ。そんなところを通れるわけがない。どざくさに紛れてどうなるか分かったものではないからだ。
「他にルートはないのか?」
「ええと、ないよ。ねぇ、本当にどうしたの?」
フィーナの声が必要以上に大きなものになる。
「しっ、静かにしろ。誰かが俺たちをつけてる。それも数人で」
「えっ! そんな、でもどうして隠れなきゃいけないの?」
「声を潜めろ。明らかに殺気が込められてる。危険な奴らだと思う」
フィーナを奥へ押しやっておき、自分が盾になる恰好で路地の死角から外の様子を窺うレオン。
耳を澄ませると確かに同じ足音がこちらへ近付いてくる。おそらく3人ほど。
そんな時にホログラフォンが震え、シャーリーとケンジから連絡が入ったことを確認した。ケンジはこのことを王宮の兵に報告に、そしてシャーリーとジュンはこちらへ向かったそうだ。
「フィーナ、魔法杖を復元しておけ」
「わ、分かったわ」
言ってほぼ同時に再創造と唱えた。
瞬時に光が迸り、レオンとフィーナの手にそれぞれの得物が握られる。辺りの人々が気付いた様子はない。
だが襲撃者と思しき者たちには勘づかれたようだ。
「ちっ……来るぞっ!」
おひさしぶりです、Franzです。
長らく間をあけてしまい、すいませんでしたorz。
夏までに英語を完璧にしておきたく勉強ばかりしておりました><
そして夏休みに入り、課外授業と夏期講習がある毎日を送っているのですが、無事に苦手だった英語の目処が着いたので、少しずつ小説の方も書いて行きたいと思っております。
どうかこれからもよろしくお願いいたします。
ではでは~