第36話 『仮装カーニヴァル』
「ねぇ、フィーナ。ちょっとコレ、本当に着けなきゃダメなの?」
「うん、そうだよ。カーニヴァルは仮面を着けて、仮装していくのがしきたりだから」
うきうきした調子のフィーナと、どこか俯き加減のシャーリー。
「うぅー、それは知ってるけどぉ……やっぱりその、ちょっと恥ずかしいというか……」
「大丈夫だよ、シャーリー。とっても似合ってるよ」
ニコニコ笑うフィーナなのに、どこか悪戯をしている子供のように思えてしまうのは何故だろかと、シャーリーは疑問に思った。
そしてその答えは、返事をしていた最中に理解した。
「そ、そうかな……って、こんな仮面似合ってるって言われても、嬉しくないって!」
「ふふふっ、そうかな。本当に似合ってるのに~」
「やっぱりフィーナって、Sの気があるよね。絶対に」
こんなやり取りを先ほどからずっとしている二名。
今、シャーリーとフィーナはカーニヴァルのための仮装中だった。どうやればいいか分からないシャーリーのために、フィーナの部屋で着付けとかを互いにやり合おうという話になったのだ。
シャーリーは少し細長く、色鮮やかな羽を生やし、色白の仮面を身に着けていた。ピンク色の長い髪の毛はアップにして結わえ、仮面からはみ出ないようにしてある。
そして身に纏うは紅のマント。それがシャーリーだって言っているような気もするが、シャーリーがどうしてもと言ったので、こうなった。
実際、とてもよく似合っている。
「じゃあ、次は私がやったげるね?」
「うん、お願いシャーリー」
「まっかせなさい」
友達と、こんな風にする時が来るなんて、夢にもフィーナは思っていなかった。それだけに、今のような当たり前のような会話がとても楽しい。
そして今日は、カーニヴァル。自然と気持ちが弾んだ。
「えっと、フィーナは髪型とか何かリクエストある?」
「うーん、そうだなぁ~。……あっ、じゃあポニーテイルがいい! シャーリーの髪型みたいな」
「え? でもそれだと、仮面から出ちゃうよ? いいの?」
「いいよ、いいよ。後ろに流して、少し出ちゃうところは装飾で誤魔化せるだろうし、残りは服の中にでも入れちゃうから」
「りょうーかい。じゃ、じっとしててね」
シャーリーはゆっくりと慎重にフィーナの髪を纏め上げ、自分の髪留めを長い銀髪に付けてあげた。シャーリーの髪にはフィーナのが挿してあるので、これでおあいこだ。
そして次に仮面をゆっくりと後ろから、装着させる。自身はすでに仮面装備なので、少しばかり視界に違和感がした。
かれこれ30分ほどで完成する。
「よしっ、できた。コレでどうかな?」
「うんっ! すっごくいいよ、ありがとシャーリー」
鏡で自分の姿を見たフィーナが、感激したように声をあげた。
本当に嬉しそうな声なので、シャーリーまでとても嬉しくなった。
フィーナは純白のマントを羽織り、仮面は金縁の少し華美なヤツだ。王族はコレを着けるのが、暗黙の了解らしかった。
クルクルとその場でフィーナがターンを決めた。その姿はプリンセスらしく、堂々としたもので、よく慣れているようだった。
「どういたしまして。にしても、仮面を着けるとホント別人よね」
はっきり言って、この姿を見て自分だと気付くものは、ほとんどいないんじゃないかと思う。フィーナもまた然りだろう。
といっても、何となくだが、あっけなく見破りそうなヤツらもいそうだなと、シャーリーは漠然と感じた。
ちなみにヤツらとは、すなわち彼らのことで。彼らには、シャーリーも分かって欲しいと思っている。
「そうだね、カーニヴァルの最中にはしょっちゅう迷子や、はぐれちゃったっていう報告が入るらしいから、きっとみんな別人みたいに見えるんだと思うよ」
「やっぱりかぁ~。……あ、もうこんな時間。そろそろ行こっか、フィーナ?」
シャーリーが時計を見ると、すでに針が約束の時間を示していた。
こちらの世界に来てからというもの、アナログなものばかりなので、どうしても便利さが抜けきっていないシャーリーは、よくこういったミスをする。それでも来たばかり頃よりは、大分マシになっていたが。
「そうだね、もう待ってるかもしれないから、急ご」
「でも、この服だと走りにくい……」
「ふふっ、じゃあ、ゆっくり行きましょう。男の子は少しぐらい待たせて、いいよね?」
小悪魔っぽい表情を前面に押し出したフィーナが、顎にちょこんと指を当て、これまたイタズラっぽく言った。
(やっぱり、フィーナは絶対にSだ)
内心ではこんなことを思いつつ、シャーリーは現実でもしっかりと言葉を紡いでいる。滑らかで、一転の狂いもない。中々に器用な人だ。
「でもまぁ、それもそうね。男は待たせてナンボよね。ゆっくり行こうに決定っ!」
こうして本当の本当に超低速をもってして、フィーナとシャーリーは待ち合わせの場所へと歩いていった。
もちろん待ち合わせの時刻は、とっくに過ぎていた。
今日はせっかくの仮装祭りということで、ジュンたちは別行動をすることにした。いつものメンバーに加え、レックスやセレス、ゼスやカイルやマルクもいた。
その計11人の中から、5グループ(男子だけグループは3人)を作って回ろうというわけだ。
当然、女子の人数が4人なので、熾烈な争いになるだろうと予想された。そこで男子と、女子がくじを引いて、そのくじに書かれた同じ番号の人と回るということになった。つまり男子は、5を引いたら男同士というわけだ。
そして仮面とマントの色が男子の場合、皆が共通にしていたので、誰が誰だか分からないであろう。女子は色違いであったため、何となく誰が誰なのか分かってしまっていたが……。
男たちが同じ仮面とマントをしているのは、面白さのためなら何でもすると豪語いている、ジュンの計らいだった。
つまり相手が誰なのか分からない面白という、水謝祭の仮装カーニヴァルの醍醐味を体現しているのだ。
だから相手と回る際も、相手が誰なのか訊いてはいけないし、また名乗ってもいけないとした。これはフィーナがプリンセスである以上、必要以上に互いに遠慮をさせないための処置でもあって。楽しさの一石二鳥だった。
「じゃあ、くじを引くんだ、男子諸君」
ジュンが手に隠した紙のくじを、男どもに見せた。女子は女子でシャーリーが仕切って、テキパキとやっている。
「いいぜ、俺からいくぜっ!」
威勢よく一番乗りを表明したのは、レックスだと、その口調で分かってしまった。が、それを必死で気付かないふりをする女子面々。
「おい、レックス。『ぜ』は止めろ。それだとバレる」
ジュンがそう注意すると、レックスはニッと白い歯を輝かせて、はっきりと言う――。
「あ、そうか。分かったぜ!」
何にも分かっちゃいなかった。
嘆息するように、ジュンとレオンとマルクがため息を洩らした。
そして――。
「げっ、5番だぜ! 最悪だぜ!」
もうきっと、向こうの女子たちにも、あの仮面野郎が誰なのか分かってしまっていることだろう。
気を取り直して、ジュンが次は誰だと呼びかける。
それを遮るようにして、カイルが言った。
「馬鹿だなぁ、レックスは。こういうのは一番最初に引いたヤツが一番5を引く確率が高いんだぞ」
皆が、コイツはやっぱり馬鹿だ、と思った瞬間だった。
「馬鹿はお前だ、カイル。確率は何番目に引こうが変わらない」
カイルの相棒であるマルクが、勤めて冷静な声音でそう言う。こういうことには慣れているのか、一番反応が速かった。
「え? そうなの? だって、最初に引くヤツは、5が3っつあるんだぞ? それなのに次のヤツは2つになってるじゃん」
「だから、もしもレックスが5以外を引いたら、当たりの数が減るんだよ。それらを総計的に見ると、結局、みんな同じ確率で当たりとはずれを引くことになるんだ。今回は偶々レックスがはずれを引いたから、後の方が有利になったんだ。それにお前は、一番最初と言ったが、それは重複している。言うなら、最初か、一番初めだ」
一息に言い切ったマルクは、どこか誇らしげである。
しかし当のカイルはというと――。
「マルク! 長すぎて、全然言ってる意味が分かんないって」
「そうだったな、お前は一度に入る単語の量に限界があるのを忘れてた」
額を手で押さえながら、苦悶の表情を浮かべるマルク。
彼のこの姿を見て、レオンは思った。
(良かった。ジュンは少なくとも、物分りは悪くない)
そしてこの思いは――迷惑度は変わらなそうだがな、と続く。
「何だ、レオン。言いたいことがあるのか?」
「は? 何もないぞ、言いたいことなど」
どうして考えてることが分かったんだっ! と、レオンは内心で激しく悶絶した。
「ふーん、ま、いっか。確かに何か臭ったんだけどなぁ~」
さして気にしてなさそうに、ジュンがそう言うのを聴いて、レオンはまたしても内心で思うことがあるわけだ。
(やはりコイツの嗅覚は犬以上かっ!)
しかし考えると、コイツは妙に勘が鋭かった気がしないでもない。シックスセンスというヤツが、ジュンには有りそうだなとも思う。
「それより、次、俺が引いてもいいか?」
そんな折、マイペース至上主義のゼスが前に出た。
「おお、いいぞいいぞ、どんどん引け引け」
「よし。……ふんっ」
掛け声と共に、気合十分なゼスが素早くくじを引く。別にくじを引くのに、気合も掛け声もいらないと思うのだが。
それでもジュンには、彼のそんな態度が面白かったので良しとした。
「よっしゃぁー2だ!」
雄たけびを上げるゼス。マイペースな彼らしからぬ態度だ。
しかし考えようによっては、これも当然かとジュンは思った。女子と一緒になれるのだ、嬉しいに決まっている。そうでなけりゃ、パラダイス・ロストなどに参加などしないだろう。
「じゃあ、次は僕が引くよ」
ケンジが前に出て、くじを取った。
ジュンは先ほど、リリアの番号が4だと横目を凝らして確認していたので、ケンジにその番号を引かせてやろうかとも思っていた。声マネや、手品の類は得意中の得意なので、誤魔化すことなど容易い。
しかしそれは同時に、面白さを自ら貶める行為でもある。なぜなら、これは公平な上でのゲームでもあるからだ。
イカサマをしてもいいのは、相手が嫌いな場合か、絶対に負けられない場合だけ。これはそのどちらでもない。
だからジュンは祈っただけだった。
(ケンジ。勝利を掴み取れ! 勝ち取るんだっ!)
と。
そして――。
「やったぁ、4番だ!」
ケンジが歓声を上げた。彼はリリアが4番など知らないだろうから、きっと純粋に女の子と組めるのが、嬉しかったのだろう。
なんという強運。
「じゃあ、次は俺が引くよ」
カイルがくじを引いた。
「…………ジュン。もう一回ダメ?」
「ダメ」
今の一言で、彼の番号が知れた。
5だ。
間違いない。
「うわーん、ジュンのばかーん!」
「気色の悪い声を出すなっ! それにバラすなっ!」
泣きながら、カイルはマルクのところに駆けていった。それをマルクは「やめろ、来るな。鼻水を拭け」などと、断固拒否の体勢を取っている。
それを苦笑気味に見つめていたレオンが、「次、いいか?」と言ったので、ジュンはくじを持つ手を差し出した。
「3、3、3……」
と、呟くレオン。おそらく無意識だろう。
シャーリーが3番を取ったのを確認していたようだ。
――にしても、女子は隠す気さらさらねぇな。
と、ジュンは感じていた。男は仮面を統一にして、髪の毛や、服装にも気を使い、完全に誰が誰だか分からないようにしていたが、女子は違う。
彼女らの仮面やマントは色違いで、明らかに趣向が出ている。
シャーリーは羽根付の帽子と白の仮面に、紅のマント。
セレスは薄いヴェールと水色のマントに、ちょっと尖った不思議な仮面。
リリアはあまり気合が感じられない質素な仮面とピンキーハット、そしてこれまた地味な茶色のマント。
そしてフィーナに至っては、明らかに目立つ金縁の仮面に、純白のマント。極めつけは、出掛ける際などはいつも被っているペレー帽に加え、月のように輝く長い銀の髪がうなじの辺りからちょこっと覗いている。
ところでレオンが何番を引いたかというと――。
「……くっ、1番……」
はずれではない。むしろ当たりだ。相手はプリンセスであるフィーナなのだから。
しかし彼にとっては、3番以外意味を成さないらしく、ひどく悔しげな表情を浮かべている。
結局、次のマルクが5番を引いて、余ったものを取ったジュンが3番ということになった。
だからジュンは、面白さの欠如と、不正だと分かっていても、レオンに尋ねてしまう。
「レオン。よかったら、交換するか?」
しかしその台詞にレオンは首を振って――。
「いや、このままでいい。ブックメーカーが不正をしちゃマズイだろうが」
と、言った。
レオンは知っているのだ。シャーリーはジュンのことが好きだと。だからこれはきっと、シャーリーも喜ぶところなのだと。自分が邪魔をしていいわけがない、と。
(アイツは、シャーリーのことになると途端に鈍くなるからな。きっと気付いていないだろう。もしくは、俺が好きだと知っているが故に、鈍くなっているのか。どちらにせよ、シャーリーが喜ぶのなら、それでいい)
レオンは静かに朱色の目を閉じる。
だが――いつの日か、言おう。はっきりとシャーリーが好きだって。この優しい関係が終わることになろうとも、いつか。
そう、この異世界に来たときに、誓ったはずだ。言わない後悔より、言った後悔の方が何倍もいい。
レオンは静かに瞼を開き。
「そろそろ行くとするか、始まる頃だぞ……」
「おう、そうだな。んじゃ、行くとしますか、水謝祭カーニヴァルに!」
仮面の奥で笑っているだろうニブチンに、同じく仮面の内で不敵な笑みを返してやった。