間話 『兄の誓った道』
今日は水謝祭の二日目だ。
水謝祭は20日と21日に行われるお祭りであるが、やる内容は2日間で全く違う。
それは水謝祭を行う意味でもあった。
昔の風習では、水の加護の恩恵と平和であることに感謝するための聖祈。これの準備期間として、質素な生活を営まねばならず。その前に存分に贅沢をしようぜ! という為のお祭りらしい。
だから1日目は食べ物を中心とした出店が多く出展し、2日目はお祭り気分で騒ぐというのが目的であったらしいのだ。といっても、今ではその楽しむという部分だけが残り、水謝祭の意義も大分変わってしまっている。
1日目は、出店をしたり、今までに採れた恵みへの感謝として、海の幸を民や観光客へ振舞ったり、主に商業的に楽しむ祭りとなっており。
2日目は、純粋にお祭り――カーニヴァルであった。皆が仮装をして、参加することが義務付けられ、誰が誰だか分からない楽しみがある。だから多くの人々は、あらかじめ行く人々の間で待ち合わせなどして、ある程度のヒントをお互いに与えておくようにして、目当ての人を理解しておくのだ。しかしそれでも迷子や、見つからない場合は多々ある。そのために王家の私財を使って、専用のセンターを特設することが毎年の常だった。
もちろん最初からどんな仮装をしていくのか教えあっていても一向に構わないが、どうせなら、「私(俺)を見つけてごらんなさい(みろよ)」という感じで臨むのが、本来の楽しみ方なのだろう。
そんなわけで、ジュンたちの水謝祭2日目が始まる。
――僕が妹につらく当たるようになったのは、いったい、いつからだっただろうか。
もう覚えてもいないほど、昔からだろう。
僕は彼女に厳しく接し、孤独にする為だけに行動してきた。
友人ができないように、裏で密かに手を回したり、王宮で彼女の存在を無いものとして振舞ったり、本当に色々なことをしてきたんだ。
その甲斐があって、妹は孤独だった。いつも孤独で、いつも寂しそうな表情をしていた。
悲しかった。心が痛んだ。
だが止めるわけには、いかなかった。
コレは、僕にしかできないことだから。他の誰にもできないことであり、何よりも他の誰にも任せたくないことだ。
妹――フィーナに、この世界はくだらないと、護る価値など無いのだと、そう認識して欲しいから。ずっとそう思ってくれることを願っていた。
しかしそれはとんだ邪魔者のせいで、長年の苦肉の策が破綻の危機にある。
あの異世界人が、フィーナを誘ったからだ。
――光の世界へ。
僕にはそれが許せなかった。
何も知らないくせに……。
フィーナの苦しみも、過酷な運命も――。
後から後悔するのは、誰よりもお前たちなのだと、そう言ってやりたい。しかし生憎と、僕にそんな余裕は無い。
アレが来るまでに猶予は、あまり無いだろうから。
このままではダメなのだ。妹に護りたい者ができてしまう恐れがある。それだけは断固として阻止せねばならない。が、時間は無い。
ならば僕は、妹の全てを壊す。
それ故に、どんなに憎まれようと、どんなに嫌われようと、一向に構わない。
僕は父さんに頼まれているのだ。母さんと、妹のことをよろしく頼むと。
だから僕は演じてきたし、これからも演じ続けよう。
傲慢な王子を。マザコンな王子を(まぁ、これは本当のことだけど)。妹を嫌う兄を。全てを奪い去る鬼畜の兄を。
演じきってみせる。完璧なまでに。
後は、フィーナが僕を、本当の意味で憎み、そして去ればいい。穏やかな世界で、ひっそりと生きればいい。
そうすれば、彼女に未練はなくなるから。世界という歪んだ存在に対し、思い残すことが無くなるから。
――だから僕は、彼らを排除することに決めた。
このカーニヴァルの最中に……。
そう――異世界から来た、奴らを。
特に逃せないのは、ジューンバルト・ソリドール。アイツだけは何としても、フィーナの前から消さねばならない。
妹は悲しむだろう。憎むだろう。恨むだろう。
だからこそ、僕がやろう。
母さんは僕とは違う思いで動いているようだし、この役目を母さんがこなせるとは思えない。女王なのに、けっこう甘いところがある人だ。
だけど、そんな母さんだから僕は好きなのだけどね……。
恨まれるのは、僕だけでいいんだ。
それで妹を護れるのなら、僕は修羅の道を歩むと、とっくの昔に誓っているのだから……。
すまないと思う。ジューンバルトには、本当に。
でも僕には、フィーナの方が大切だから。この世界で一番大切な、たった一人の妹だから。
さぁ――始めようか。
権力と、暴力に塗れて踊るカーニヴァルだっ!