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ATRATICA IN CAPITAL OF WATER   作者: Franz Liszt
第2章 『学園編』
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第35話 『女王の願い』


「それでフィーナちゃんたちは、こんなところで何をしてたのですか?」

「そうよ、そうよぉ。不純異性行為はしちゃいけないわよぉ~」


 一見、もっともなことを言っているのだが、学園長と女王様に言われると、何故か納得できない一同。

 やっと解放されたジュンと、先ほどあんなことを言われたレオンは、特に深くそう思った。

 一同が無言でいる事をいいことに、女王と学園長はさらに続きを話し出す。


「ジュディ。もしかしたら、私たちは遅かったのかもしれません」

「そんな、では、もうすでにフィーナたちはめくるめく桃源の宮へ旅立ったというのぉ! パフパフしちゃった後だっていうのぉ!」

「そんなことしてませんっ!」

「そんなことしてないよっ!」


 あの大人(?)な二人組に対し、またもハモるシャーリーとフィーナ。ここは女子である彼女らに任せた方が得策かもしれない。


「そうなの。でもそんなに強く否定されると、逆に残念ねぇ~」


 アンタはそれでも女王様か! と内心でジュンは思った。

 今度は口に出すようなヘマはしない。さっきみたいなことになるのだけは、正直勘弁だ。ここは女子に任せた方が、おそらくいいはずだ。空気のようでいようと、ジュンは心がけた。

 まあ役得としてはけっこう良かったが、その後でフィーナとシャーリーにお仕置きと称してフルボッコにされたのは、とてもキツかったから。

 しかし要であるはずの女子二人は、年長者にいいように(もてあそ)ばれている。


 ――仕方ないなぁ。


「それよりも学園長と女王様はどうしてここに?」


 とっとと話を着けて、さっさとこの場を退散したいジュンは、用件があるなら聞こうと本題に入った。

 任せていたら、話が進みそうにない。


「それはですね。ここが不純異性行為の聖地(メッカ)だからです」


 サクラリスがひとさし指をピンと立てて、そう答えた。彼女の朱色の瞳がじっくりとジュンたちを見渡す。

 嘘だ、関係ないだろ! と思うものの、ジュンたちは皆一様に、大丈夫だという意思を目で伝え。

 サクラリスはそれに満足したように、


「皆さんは大丈夫なようですね」


 と言った。さっきと何か言っていることが違う。


「あら、サクラリス。大丈夫に決まってるじゃない、私の娘――と義息子たちなんだから」


 そしてサクラリスに合わせたジュディも、いつもながら一言が多いようで。

 途中まではいい感じの台詞で、最後まで行くと思われたのに、最後の一言で台無しとなった。

 その証拠に――


「お母様! またぁ!」

「そうですっ! ジュンは、ジュンは、ジュンはっ!」


 と騒ぎ出す者、およそ2名。


「そのように反応するものだから、ジュディがからかうのよ」

「もう! サクラリス、言っちゃ駄目じゃない!」


 そう言って笑い合う者、ざっと2名。


「ところでジュン君。ちょっとこちらへ来てくれますか?」

「え? あ、はい。いいですけど……」


 突然、サクラリスに手招きされたので、返答に詰まってしまったが、しっかりとした足取りでジュンは彼女の下へ行った。

 そしてジュディとサクラリスとジュンは皆と距離を置き、密談に入る。


「さて、ジュン君。何で呼ばれたか、貴方なら分かりますね?」

「そうですね……。気を付けておけ――ということですか?」


 少し考える素振りをして、ジュンは学園長の質問に答えた。

 ジュンの出した回答に、女王も学園長も満足げな表情を浮かべる。


「そうなのよぉ~。さすが義息子ね――」


 ――突っ込まない。突っ込まないぞ、俺! 突っ込んだら負けなんだ!


「…………」

「って、ジュン~。何か反応してよ。私がつまんないでしょ? まったく悪い子ね」

「え、俺が悪いんですか、今の!?」

「ちょっとジュディ、ジュン君を弄るのはそのくらいになさい。まだ話は終わってないのだから」


 学園長が女王をたしなめた。これではどちらが偉いのか分かったものではない。


「はーい。ではジュン。改めて言っておきます。この水謝祭(アクア・アルタ)は大きなお祭りです。存分に楽しんできてください。しかし――絶対にフィーナから目を離さないでくださいね。あの子は色々と特殊な立ち位置にいるから」


 台詞の半ばで、表情を少しだけ真剣にし、ジュディは語った。

 だからジュンも理性的に返すことにする。


「それは最初から考えていました。フィーナはこの国の王女ですから、国外からの参加者が多い水謝祭(アクア・アルタ)は、それなりの危険があると思っていましたから」

「そのようでしたね。もしかして、気付いていましたか?」

「はい。女王様も学園長も、しっかりと俺たちのこと見張ってるようでしたし」


 気付いていた。だから彼女らの登場時、ジュンとレオンは驚かなかったのだ。あれだけ視線を当ててくれば、ジュンやレオンぐらいになると、けっこう気付いてしまうものだった。

 やはりそういう意味では、女王も学園長も、魔法使(メシュティー)ということなのだろう。


「なんだぁ、気付いてたの。それだったら教えてくれたら良かったのにぃ~」


 しかしすぐに柔らかな対応になるジュディ。


「ジュディは少し黙っていてください」


 そんな女王を注意する学園長。その顔は、真剣というものを通り超え、深刻なものだった。


「んもう、サクラリスは真剣過ぎよ。そんな形相してたら、ジュンに余計な心配掛けちゃうでしょ」

「……ふむ、それもそうでしたね。これは私のほうが悪かったのかもしれませんね。ではジュディ、後を任せますよ」


 そう言って、学園長は女王に会話の主導権を譲る。

 自分は少しだけ深刻に考えすぎたのかもしれないと、サクラリスは思った。アノ時が迫っていることで、自身の思考にも多少なりとも影響が出ているのかもしれない。

 しかしそのことを心配しすぎて、周りを心配させていたら、それは(おさ)として失格の態度だっただろう。

 その意味で、やはりジュディは女王なのだと実感させられた。


「どーんと、任せない。で、ジュン。話は戻るけど、いい?」

「はい。でもその前に、どうしてフィーナの立ち位置が色々と特殊なのですか? 王女派と王子派とかあるんですか?」


 後継者争いでもあるのなら、フィーナの身は確かに危険だろうと思うのだ。


「いいえ。そんなものはないわ。この国は代々女王が君臨してきたから。次の玉座にも、もちろんフィーナが着くことになるわ」

「なら、やはり王女だからということですか?」

「それは、イエスでもあり、またノーでもある。うん。この答え方が一番良さそうね。ねぇ、サクラリスもそう思うでしょ?」

「そうですね。()い得て妙ですかね」

「ふむ。では正確な答えとは?」

「ジュン。そんなに焦ってはダメ」

「ダメとは、ここでは教えられない。ということですか?」

「そうなるわね。ごめんなさいね。フィーナのこと任せるってのに、ちゃんと言ってあげられなくて」

「いえ、いいですよ。別に答えがどうであれ、最初からフィーナのことは気に掛けるつもりでしたし、ただ何が何でも守り抜くだけですから」


 ――そうだ。別に答えなんかどうだっていいのだ。最初から、俺がすべきことは決まっている。相手が誰であろうと、絶対にフィーナを守るのだ、俺たちは。だって、もう彼女は大切な仲間なのだから。

 力は、そんなもしかしたらの時の為だけに鍛え、行使するものなのだ。


「偉いっ! それでこそ私の義息子よぉ! お母さん()れちゃいそうだったわぁ~」

「私もです、ジュディ。それには激しく同意します」

「そうだ、お詫びにチューしてあげるわね」

「はぁ!? いや、いいですってそんなお詫びなんて!」

「ジュディ。私たちみたいなオバさんでは、相手にもできないみたいですね。悲しいです。涙が出てきそうです」

「悲しいわね、サクラリス。でも泣いてはダメよ。女は熟成したほうがいいって、相場が決まってるんだから。元気を出しなさい」

「あのぉ~、そろそろ皆のとこに帰っても、よろしいでしょうか?」

「ダメね」

「ダメですね」


 泣きマネをすっぱり止めた二人は、ズバッと言い放った。


「え? まだ何か?」

「ジュン、隠し事はダメねぇ~」

「ですね。ジュン君。私たちは知ってるんですよ?」


 何故か、女王と学園長の瞳が怪しげに光った気がした。

 まさかという予想あるには、ある。だが一方で、聞こえていたはずがないという思いの方が圧倒的に強いし、何より論理的だ。人間の聴力で聴こえるはずがないのだ。

 しかしこの嫌な感じは何なのだろうか。ジュンは自分の感覚、特に直感(シックスセンス)を信じている。その直感が言ってくるのだ。

 ――バレている! と。


「ダリル君との会話です」

「あぁ、あれはえと、この前の反省を少々していただけです。それだけですよ?」


 まだ確定だと分かったわけではないので、ここは言い逃れを試みるジュン。だが心の中では、おそらくもう無駄だろうと諦念を感じていた。


「ごめんね、ジュン。私の『(くう)』を使えば、分かっちゃうのよ」


 やはりか! とジュンは諦めた。

 ジュディの属性は『空』だ。レアゆえに、その力が如何程(いかほど)のものかは(わか)らないが、おそらく『風』に近いものだろうとは思っていたのだ。故に、音に対してもその能力は充分に発揮されるだろうとも。

 これを頭ではわかっていたものの、認めるのが嫌で、有り得ないと結論付け思慮外に置いていたが。さすがに自分の直感までは出し抜けないらしい。


「ですが、ちゃんとあの子を楽しませてくれたら、何も見ず聴かなかったことにしようかなぁ~」

「お、いいんですか!」

「いいわよぉ~。フィーナはこの祭り、初めて友達と参加するみたいだからね。存分に楽しんでもらいたいのよ。あの子は色々と複雑な事情もあるから、尚更ね。そしてそれを出来るのは、きっと貴方しかいない。だから――」


 いつになく真面目な顔のジュディ。そこには親として、そして複雑な身分として産んでしまった我が子への労わりが混じっていた。

 ジュディは時々思うのだ。

 もしも、フィーナが自分の子でなかったとしたら、王女ではなく普通の娘として生まれていたら。もしかしたら、属性『蒼』という宿命(さだめ)など継がず、またあんなに対人関係に悩むことはなかったのではないかと。

 兄のクリスみたいに、自分が王族であることに誇りを持ち、それを利用して楽しむのではれば、それほど問題ではない。まあ、あの子も複雑な理念を持っているようだが。

 しかしフィーナは、王族ではなく、あくまで普通を望んだ。皆と同じようにあることを、強く望んだ。それがジュディには、はっきりと分かっていた。

 悩んだ。辛かった。どうすればフィーナを笑顔に出来るのだろうか……。そればかりを考え、気さくに振舞った。少しでも面白おかしくなるように、楽しくなるように接し、愛してきたつもりだった。ただでさえ、辛い宿命を背負う娘に、少しでもささやかな日常を送らせてあげたかったから。

 でもダメだった。やはり親では限界があるのだ。分かっていた、最初からそんなことは。

 だからこそ、ジュンたちにはとてつもなく感謝している。フィーナに笑顔が、本当の笑顔が浮かんだから。


 しかしそれと同時に、漠然とした不安と贖罪(しょくざい)の気持ちもある。

 もしも彼らが元の世界に帰ることになったら、果たしてフィーナは大丈夫なのだろうかという不安。ジュディとしては、ジュンがいいのならば、本当に義息子になってくれても構わなかった。むしろお願いしたいぐらいだ。あの子はあれでけっこう奥手で鈍感だから、まだ完全には分かっていないかもしれないが、親から見れば一目瞭然だった。彼女はジュンを好いている。それも友愛ではなく、情愛のほうだ。


 そして何よりも、ジュンの属性は『洸』である。かつて『洸』を持ちえた魔装士(アトラー)を、ジュディはただの一人しか知らない。彼は謂わば伝説上の人間――水の国(アトラティカ)の建国者とされる1人であり、魔装士(アトラー)の語源でもある、アトラス・ジ・アトラティカ。

 魔法使(メシュティー)の語源であり、フィーナと同じ属性『蒼』であったとされるメシュティア・リア・アトラティカのパートナーだ。

 伝説は有名だが、詳細には女王である自分しか知らない。王族のみに伝わることだが、ジュディは誰にも話したことがなかったからだ。


 そんな、かの伝説の属性を受け継ぐ二人が、アレが来る時期になって現れたこと。

 そして『光の柱、天より(いずる)時、異邦なる民を授く』。フィーナにこの言葉を教えたのは、ジュディだった。実は古文書に書いてあるなんていうのは、ジュディがフィーナについた嘘だった。

 この言葉はメシュティアが残したもの。それはやはり、王家に代々伝わっているもの。

だからジュディなりの推察を加味するに、この言葉が意味するのはただ1つだった。

 つまり、アトラスは異世界人ということ。

 これらのことが唯の偶然だと思うには、いささかジュディは年を取りすぎているし、何より確証を掴んでいた。だからこそ、フィーナとジュンが仲(むつ)まじい関係になって欲しいと願っている。そのための手助けもしてあげたい。

 伝説通りの道を歩んでもらいたいわけではない。

 ただ仲良くしてもらいたい。

 しかしそれはおこがましい事だろう。だって、ジュンには――いや、彼らには本当にすまない事をしているのだから。これは裏切りであり、何よりの嘘である。


 そう――私は知っている。知っているのだ。サクラリスも知らないある秘密を。


 ――彼らが元の世界へ帰る為の手段を……知っているのだ。最初から知っていた。知っていて、言わなかった。言えなかったのだ。


 だから――。

 ――いや、これは今考えるべきことではない。目の前にいるジュンは若いが、かなり聡明(そうめい)な子だ。こちらが不審な表情でいれば、それだけで何かを悟るかもしれない。

 だからジュディは、意識を会話に戻した。


「――買いかぶりすぎですよ、女王様。俺だけじゃないです。みんな、フィーナのこと好きだから、みんなで初めて楽しめるんです。友達ですから、俺たちは」

「……そうね。その通り。はぁ、私もまだまだだわ」


 そう言い残し、ジュディとサクラリスはジュンから離れていった。

 歩きながら、ジュディは思う。かつていま一つ、友達作りが苦手だった自分らしい、ありがちな過ちだと。

 友達という意味の本質を捉え損ねている部分が、自分には多々ある。そんな自分もやはり、フィーナのように悩んだ部類であった。そしてそれを救ってくれたのは、隣にいるサクラリスで。この友人は、唯一無二の親友だ。

 だから――もしもこれからアノ時がやってきても、それは絶対に変わらないものだと、ジュディは信じている。

 きっと、並みの日を通ることができなくなっても変わらないものだと、ガラにも無く真剣に祈っている。

 そして何よりも、他の何を指し置いても、あの()を、フィーナをあの宿命から絶対に護ると、心に深く刻んでいる。

 これだけが女王の願い。


 ――私は、絶対の権力者であり、あの子の母なのだから。

 ――あの子の幸せは、私の幸せだ。



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