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ATRATICA IN CAPITAL OF WATER   作者: Franz Liszt
第2章 『学園編』
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第34話 『いかがわしい場所で』


「ねぇリリア。このサンペレグリノってどうやってできてるの?」


 ケンジは片手で茶褐色のビンに入っている液体を(あお)りながら、隣でちびちびとストロベリーアイスを舐めているリリアに尋ねた。


「……うん。それは水に魔法で特殊な加工を施して、シュワシュワ感を出すの」


 アイスを舐めるのを止め、淡々とした声音で答えるリリア。ストロベリーのソースが頬っぺたに付いていると、言っていいものかとケンジは内心で唸った。

 結局ケンジが迷っている間に、自身で気づいたようで、リリアはとても白い指でソースを(すく)って、そのままペロッと舐めとった。

 そんな、あんまり人ごみが好きでないリリアにとって、水謝祭(アクア・アルタ)に参加するのは本当に久しぶりだった。

 この時期は、いつもは家で読書をしているか、工房へ行って新しい構想を()るかのどちらかだったのだ。

 と、普通なら絶対に来ないであろう彼女を引っ張り出してきたのは、ゴンドラや昼食の件同様に、やはりケンジであった。

 今まで親友であるフィーナに一緒に行こうと誘われても、中々首を縦には振らなかったリリアだったが、ケンジに何度か頼まれたら、なんだか参加してもいいかな、と心変わりをしたのである。

 無論、フィーナと行きたくなかったというわけではない。それほどまでにリリアは、こういった人ごみが嫌いだったのだ。


 人がたくさんいると、何だかこう呼吸がしにくいのだ。とても胸の奥が苦しくなって。言いたいこと言えなくて。

 だから行く気になったのは、はっきりとは分からないが、何かしらの知的好奇心を満たしてくれるものが嫌さを上回ったのだと、リリアは勝手に結論付けていた。

 でもその満たしてくれるものが、いつもよりほんの少しだけ暖かなものだとも、何となく感じていて。

 現に、何か知的な好奇心をそそられるものや、満たしてくれそうなものは皆無だったけれども、それでも今こうしていることがとても楽しいということが分かった。


「へぇ~。そうなんだ。コーラみたいな味がするし、炭酸系なのかな」


 相槌(あいづち)を打ってから、ケンジは独り言を呟いた。

 久しぶりに飲んだものだから最初は驚いたが、この癖になる(のど)ごしは間違いなくコーラのあれだ。二酸化炭素が水に溶けたあの炭酸だ。

 そればっかりがケンジの頭を埋め尽くしていたため、不用意な自分の台詞(セリフ)に彼が気づくことはなかった。


「コーラって?」


 しかしとても近い距離にいたリリアには、ケンジの小さな呟きすらしっかりと聴こえているわけで。

 疑問に思った彼女は当然のように訊いてくるわけだ。


「え? あ、ええと、風の国(シルヴァニア)の飲み物で、サンペレグリノと同じようにシュワシュワってなるんだよ」


 慌てて誤魔化すケンジ。

 リリアにはまだ、自分たちが異世界から来たということを言っていない。ケンジとしてはそろそろ言ってもいいじゃないかとも思うのだが、万が一でも自分の独断専行で言ってしまい、大事へ発展したら、皆に非常に申し訳ないからだ。

 でもケンジは、いつかは言おうと心に決めている。


「ふーん、そうなんだ」


 納得したように頷くリリアだったが、本当は彼女にも分かっていた。

 ――ケンジが隠し事をしているってことに、気づいていた。

 サンペリグリノみたいなシュワシュワ感がする飲料は、この水の国(アトラティカ)にしかないのだ。ケンジたちの出身である風の国(シルヴァニア)にあるなどと、リリアは聴いたことがなかった。

 といっても、風の国(シルヴァニア)の実情にそれほど詳しいわけでもないので、これが確証に至った理由ではない。

 確証に至った訳は――。


(だって、ケンジの顔、いつもみたいじゃないもの)


 ――うん。やっぱり、いつもの彼の顔はもっとニコやかで、爽やかだった気がする。

 時々変貌(へんぼう)する時もあるが、あの状態でもない。

 となると、何か隠してる! と感じたわけだ。これが女の勘というやつであろうか……。

 でもこのことをケンジに言うと、今の暖かな雰囲気が消えてしまいそうで、リリアには頷くしか他にすることがなかった。


 それからほどなくして、蜜柑パンと呼ばれる物体をジュンが食べ歩きをしていると、どこからか聴いたことがある声が聞こえてきた。

 男性の声ではあるものの、この妙に甲高い声音には聴き覚えがあったのだ。


「いらっしゃい、いらっしゃい~。今日はお祭り特別サービスデイですよ~。1時間、たったの2200G(ガント)ぽっきり! へい、そこの旦那! どうです?」

「う~ん、そうだな。それじゃ、ちょっとだけ」


 呼び掛け声のする方へジュンが歩いてゆくので、他のメンバーもそれに付いてゆく形になった。

 声のしている場所は、所謂、路地裏というところだった。それも、前にレックス御用達の洒落たレストランがあったような所ではない。

 なんというか、(あや)ういのだ。この路地裏からは、なんとなく甘くて心地よいはずなのに、どこか危険を孕んでいるような独特な香りが匂ってくる。


「ジュン。あんまりこっちには行かないほうが……」


 頬を赤く染めたフィーナがそんなことを言う。

 しかしそんな風に、いかにも(いわ)くアリ! とばかりに言われると、どうしても行きたいと思ってしまうのがジュンであった。


「大丈夫だって。ちょっと暗いだけだしさ」

「いや、えと、そういう意味じゃないんだけど……」


 依然として顔が赤いフィーナは、なんとも歯切れが悪そうにしている。言いたいのに言っていいのかどうか、脳内で模索しているような表情だ。

 しかしもう一人の水の国(アトラティカ)の王都に住まうリリアには、何のことだかさっぱりで。あっけらかんとした顔つきだった。

 そうこうしているうちに、声の出所に到着してしまったジュンたち。


「あ、ジューンバルトの旦那! お久しぶりです」


 その朗らかな声の正体は、まさしくダリルその人だった。彼は手に余るほどの大きな看板を高々と掲げ、大声で客引きをしているようだ。

 彼の持つ看板には、これまた大きく派手な色彩で、「1時間1200G(ガント)ぽっきり!」と書かれている。


「おお、ダリルか。あの時はお互い大変だったな」


 あんまり思い出したくない出来事であったため、しみじみとした言い方になってしまう。


「はい。でも――」


 ジュンとは反対に、言い思い出でした! という表情のダリルは、そこで一度言葉を切って、ジュンの耳元に続きを話し出した。


「実は、少しなんですが、イメジリアに映像を保存してあるんですよ」


 茶目っ気たっぷりに、言下を垂らした。素晴らしい内容を。


「なにぃ!」


 彼の言葉に聞き、ジュンは思わず素っ頓狂(すっとんきょう)な声をあげてしまう。それをダリルが素早く手で押さえつけ、「しー」とジェスチャーした。

 ――おおっと、いけないいけない。もしバレたら、今度は生還できるかどうか……いやきっとできないだろう。

 そこで、ジュンはひとつゆっくりと大きく頷き、


「マジか?」


 ヒソヒソ声でダリルに問う。


「はい、マジです」

「いくらだ?」


 すぐに商談に突入した。即断即決はジュンの得意とする所である。


「そうですね。焼きまわす為のイメジリアの値段が300G(ガント)なので、それ込みの400G(ガント)でいかがですか?」

「お、そんなに安くていいのか?」


 あの事件の後、厳しい拷問と尋問において、ダリルはイメジリアのことを話さず、隠し切ったのだ。

 それに対する対価がたったの100G(ガント)などと、ジュンには到底思えなかった。

 しかしダリルはニッと笑み、


「ジューンバルト先輩がいなければ、僕は無事にイメジリアを隠すことはできなかったでしょう」


 見つかった後に、ジュンが身体を張って同志たちを逃がしたことを言っているのだろう。


「いやでも、あれはそもそも俺が誘ったからで」


 全ての計画を立て、皆を巻き込んだのは紛れもなく自分だったので、その責任を果たしただけだとジュンは思っていた。

 しかしダリルは妙に熱っぽい視線をジュンへ送り、視線と同様に熱弁をし始めた。


「たしかにそうですが、責任を果たすというのはとても難しいことです。それを全て(まっと)うした先輩を、僕は尊敬してるんです。だからっ!この値段でどうですか?」


 そんな大層なことをした覚えはないのだが、素直に慕ってくれる後輩の好意を無碍(むげ)にするのも忍びないので、ジュンは彼の言い値で承諾することにした。それに安いことに越した事はない。


「じゃあ、ダリル。フィーナやシャーリーが映ってるのをくれ。あ、あとセレス先輩のと、リリア――いやリリアリアのも」


 リリアのはケンジにやるとして、シャーリーのもレオンにあげるつもりだった。果たして、シャイな2人が貰ってくれるかどうかは分からないが。

 そしてフィーナのは自分がもらうつもりだ。


「了解です先輩。全部1枚ずつということでいいですか?」

「ああ、それでいい。金はブツを受け取る時でいいか?」


 賃金は正直後で払いたいのがジュンの本音だった。しかしダリルがここで払って欲しいと言うのであれば、ここで払ったほうが目立たないだろうとも考えていた。


「はい。その方が怪しまれないでしょうから」


 優秀な後輩で良かった。ダリルは自分の考えを汲んでくれたようだ。


「だな」


 ヒソヒソと(ささや)き合う。

 よし、商談成立。

 そうと分かったら、さっそくジュンは皆のところへ戻る。

 すると何故か、やけにネットリとした視線を感じた。視線の主は、フィーナとシャーリーのようだった。


「ん? どうかしたか?」


 まさかダリルとの商談が聞かれたとは思わなかったが、それでも何らかのミスを犯したのかと不安に駆られる。

 下手に目だけは絶対に動かすまいと、ジュンは意識を集中した。

 しばし気まずい時間が過ぎてゆく。お互いに無言で、ジュンとしては非常に居心地が悪い。


「…………ジュン」


 やっとのことで、フィーナが語りかけてきた。


「な、なに?」


 タラーッと嫌な汗が背中に流れている感触がするが、そんなもん無視だ。目だけは動かさず、何でもないように装う。

 それを見透かすようにさっきからコチラを(にら)んでいるシャーリーが(こわ)い、とっても(おそ)ろしい。頼むから、どうにかして欲しい。


「ジュンは――あそこで何をしてたの?」


 いつもは優しげな光を宿しているフィーナの蒼い瞳も、今は何だか怪しげなそれも危険な光を発しているように思う。そう例えるなら、爛々(らんらん)とした光だ。

 しかしこの問いについては、想定内だったので、落ち着いて答えることができた。


「えとな。ちょっとこの前の事件で、散々だったな。みたいなことを後輩と語ってたんだよ」


(我ながら完璧な回答だと思う。フィーナたちもあの事件は思い出したくないはずだし、真実味を少し持たせておくと、嘘もバレにくいはず――)


 ジュンはそう思っていた。


「へぇ~、そうなの。この前のアレに近いことをまたしようってことなのね?」


 肩を震わせたフィーナが、ものすごく低い声で言ってくる。

 ――あれ? 何か間違えたのだろうか……。

 己が記憶を洗い流してみるも、それらしい間違いは一つも見当たらない。


「は? 何でそうなるんだ? 俺は後輩に巻き込んですまなかったと謝罪とかしてただけだぞ」


 となれば、現実で間を空けるのはマズイと思い、間を空けずに尋ね返した。

 しかしこれもどうやら不正解だったらしく、今度はシャーリーまで呪詛(じゅそ)のように言ってきた。


「そう、あくまでシラを切りとおすつもりなのね。ジュン、アンタが何かを誤魔化そうとしている時は、大抵、返答が早くなったりするのよ。それも異常に、ね。言い換えるなら、答えるべき内容をあらかじめ用意していたみたいに……」


 ――げ! バレてる!

 そんな癖が俺に有ったとは初耳だ。さすがは幼馴染! 中途半端な誤魔化しは通用しないようだ……。

 かといって、ここで正直に白状するほど、ジューンバルトは落ちぶれていない。

 ここは一つ冷静になって、事の原因を模索する。自身の言葉に対象がないのなら、己の行動を洗うべきだ。ダリルの所へ行ったことが問題なようなことは、彼女らの態度で分かる。

 レオンとケンジに視線を送っても、きっぱり逸らされるだけだった。


 ――薄情なヤツらめっ!


 気を取り直して考えると、そう言えばフィーナがここへ来ることを渋っていたことと、何か関係がありそうだと思い至った。そっと横目で素早く辺りを確認する。

 この界隈(かいわい)はどうやら、遊楽のようだ。それらしい看板が並び立っている。


 ――なら、フィーナたちは俺がエロい所へ行こうとしているんじゃないかと疑っているわけか。


 得心がいった。

 すぐさまその旨を言葉にする。


「言っておくが、俺は別にエロいとこに興味なんてないぞ」

「「え?」」


 見事にハモッた2人の声が、何だか新鮮だった。

 彼女らはすぐにヒソヒソ語りだし――って、コレだけ近いんだから聴こえてるっつーの!

 要するに、彼女らはこう言っているのだ。

 ――エロいことに興味がない=不健全な境地に立っている! と。


「これも言っておくが、俺はここにこんな可愛い女子がいるのに、何で金出してまであんなところに行かないといけないんだってことだぞ」

「あ、そうだよね。そうだよね。ジュンは健全だよね、良かったぁ~」

「うん、私もアンタが妙な方向へ行こうとしてるなら、体罰を用いてでも止めないと駄目かなって考えてたけど。やっぱりジュンは健全みたいね」


 2人とも大きく頷かないで欲しい。

 そんなに自分は不健全な方向へ行きそうに見えるのだろうか……。ジュンは思い通り、誤解は解けたものの、釈然(しゃくぜん)としない感じを受けた。


「じゃあ、アンタは何を隠してたの?」


 大丈夫だ。

 さっきの流れで、この質問が来るであろうことは読んでいた。


「それはだな、あの後行われた罰について、男の尊厳について熱く語ってたものだから、あまり言いたくなかったんだよ」

「……え? 男の尊厳?」

「それに罰って?」


 2人の顔に疑問が広がるが、隠し事については納得してもらえたようでよかった。

 しょうがない。

 一先ず、少しだけ話しておくとしよう。

 本当は、ジュンとしては、あまり話したくないことだったが、この際仕方がないだろう。


「ああ、あの後学園長と女王様がさぁ――」


 しかしジュンが最後まで語り終えることはなかった。

 なぜなら――。


「あら、何やら呼ばれているようですよ、サクラリス?」

「えぇ。そのようですね、ジュディ」


 何と、女王その人と、学園長が登場したからである。もちろんいきなり。

 いったいどこから出てきたんだよ! といった感じである。


「って、お母様!」

「学園長まで!」


 フィーナとシャーリーが()頓狂(とんきょう)な声を上げる。驚く気持ちは、ジュンにも非常に良く分かった。ケンジなんか、さっき横目で見たが、飛び上がって驚いていた。

 だから冷静でいるのは、自分とレオンとリリアぐらいだろう。リリアはあまりああいうことに頓着無いためだと予想されるが、ジュンとレオンは違った。

 最初から知っていたのだ。彼女らが自分たちのことを(うかが)っている、と。


 さてさて、それはさて置き――。


「あらあら、フィーナじゃない。こんなところで会うなんて奇遇ねぇ。でも会えてお母さん、嬉しいわぁ~」


 タタタッと走り出したかと思うと、女王はフィーナのことを思いっきり抱きしめた。ふにふにと頬ずりまでし始めて、嫌そうではないものの、フィーナは何だかくすぐったそうにしている。

 そのくすぐったさには、友達の前だから――といったことが含まれていることだろう。


「ちょっとお母様、皆も見てるから」


 やはりそうだったようだ。

 しかし娘のことを溺愛(できあい)している女王だけあって、中々離そうとしない。むしろよし抱き込みが深くなった気さえする。絶対に離さないんだから! と雄弁しているような感じだ。


「気にしないでいいのよ、フィーナ。いい、私だけを見るの。そうすれば、後の事なんかどうでもよくなるから……」


 そればかりか、何だか催眠っぽいことまで始まった。


「そう。いい子ね。じっとしていて、貴方の発育を見てあげるからね。現実なんて忘れるくらい、いいことも伝授してあげるから」


 熱い吐息(といき)をしながら、ジュディは自分の娘に迫った。(はた)から見れば、怪しさ抜群の光景だ。

 そしてフッとフィーナの耳に息を吹きかけた。


「……やぁっ、ちょっと、お母様~、やめてって言って、ひゃっ!」

「良いではないか。良いではないかぁ~。だって私は貴方のお母さんなんだからぁ」

「ちょっとアンタ、親でもマズイしょうが! 絶対にそれアウトだって! もう色々とアウトして、攻守交替だから!」


 あまりに危険な光景だったので、思わずジュンは言ってしまった。この世界に野球の概念があるのかも怪しいし、ましてやアンタ! とか、一国の元首に向かって言う言葉ではない。

 しかしあのまま放っておいたら、どうなるか分かったものではなかったのだ。精神的にけっこうくるものがあったから。


「あら、それもそうね。こっちにも義息子がいるのを忘れてたわ」


 と言ってあっさりフィーナを離し、今度はジュンのことを抱きしめ始めるジュディ。そのジュディの大きな胸が、モロに身体に当たってしまい、ジュンはすっごくドキドキしてしまった。これがフィーナの生みの親の力か……などと、不思議の海を麻痺した思考が泳いでいる最中に――。

 ――何にも分かっちゃいないよ、アンタ! と思っている冷静な心も有った。そしてこの間違いなく悪化した状況をどうしようと、冷静な心の端っこは本気で悩んでいた。


「ちょ、お母様、何言ってるのっ!」


 だって――フィーナが怒り出し、


「そうですよ! ジュンは、ジュンは、ジュンはぁ!」


 シャーリーが涙目で何か言い始めてしまう始末。

 何とかせねばと、悩む一方で、きっと時間が解決するしかないのだろうと諦める心が入り混じっていた。

 その頃、サクラリスはレオンとケンジを標的としていた。はっきり言って、最初の登場シーンでの会話の続きなんて、すっかりどこかへ行ってしまっている。


「ねぇ、レオン君に、ケンジ君。私と良い事……してみない?」

「良い事とは?」

「そうですね。大人の『じょ・う・じ』とまで言えば、分かるかしら?」


 などと、サクラリスが真面目な顔で言ってくるものだから、レオンはどう反応していいのか分からなかった。

 ケンジなどは顔を爆発させ、固まってしまっている。刺激が強過ぎだったのだろう。隣で妙にムスっとしたリリアが、ペチペチと容赦なくケンジの頬を(はた)いているが、まったく効果がなさそうだ。


「いえ、遠慮しておきます、学園長」


 答えられそうなのは自分しかいないと思い、ここは丁寧に断るのがいいだろうと、レオンは素直に言葉にした。


「そうですか、残念ですね。泣けてきそうです」

「…………」


 今度は、どう言葉にしていいのか分からず、無言でいると、


「あらあら冗談ですよ。あなたたちはいい男だけど、もう他の人のことを懸想(けそう)しているようですし。ね?」


「ね?」などと訊かれても、またしも、答えようがなかいレオンだった。

 そしてまたも無言のレオンを、サクラリスは少しだけ可笑しそうに眺め――


「ふむ、レオン君はヘタレの()があるようですね」


 と、爆弾を落とした。それも核なみの、ハイレベルなものだ。

 この瞬間ガラガラと音を立てながら、レオンの心があっけなく崩れ去った。男の尊厳だとか、さっきジュンが言っていたなと、妙に遠い空を見上げてしまう。

 雨だった。雨が頬を濡らしていた。

 そして空は、当然のように、青かった。




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