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ATRATICA IN CAPITAL OF WATER   作者: Franz Liszt
第2章 『学園編』
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第33話 『水謝祭、レックスとセレスのお店』


 そして7月20日、水謝祭(アクア・アルタ)初日がやってきた――。


「うわぁ、すっごいなぁ! 何でこうなるんだろ……?」


 興奮気味の台詞を言いながらも、トランスフォームせずケンジ。いつもなら彼の手にはホログラフォンが握られているはずだが、電気残量もすでにほとんどなかったので、今日は持っておらず。

 故に、変貌を遂げずに済んでいるのかもしれなかった。

 そんなケンジが驚いたのは、まず王都アトラティカの外観である。

 いつもは細かい水路によって区画される都市も、今日は辺り一面、水で満たされていた。

 しかし水の中を歩いているというのに、全く靴などは濡れず、また水を切り裂くような感触もないのだ。


 ただ水の絨毯(じゅうたん)を踏みしめる音だけが鳴っている。

 まるでこの王都へ入るときの門やドゥガーレ城へ入る時に通った、水のヴェールのようなものが都全体に()かれているようだ。


 ケンジはこの光景の原因をホログラフォンで解析をしたかったと、無念に思いながらも、自身の手で、そして足で実際に解析してみるのも悪くないと感じていた。

 試しに手で(すく)ってみる。

 ちゃんと手の中には、水があった。

 思い切って、口に含んでみる。少ししょっぱい。この味は間違いなく海水だ。


「う~ん、幻想ってわけでもないし、普通に海位(かいい)の上昇かな……。でも僕らの服なんかは濡れないし。それなのに、ちゃんと飲むことだってできる……」


 ぶつぶつ呟くケンジを、生暖かい笑みと共に見守っている、いつものメンバー。


「ケンジ。これは水魔法の影響だと言われている現象だから、服なんかの無生物は濡れないように、そして生物の場合は故意に濡れようとか思わない限り濡れないよう設定されてるの」


 メンバーの中で、一番こういったことに興味がありそうなリリアがケンジにそう説明した。


「えっ? そうなの、リリア? 私は聴いたことないけど……」


 しかし姫であるフィーナは驚いて、尋ねた。


「ええと。最近になって分かったことだから、フィーナは知らなくてもしょうがない」


 抑揚のない声でリリアが答える。

 それでもジュンたちと出会ったばかりの頃に比べれば、だいぶ愛嬌(あいきょう)というか、愛想というものが湧いてきていた。


「へぇ~、そうなんだ。やっぱりリリアは物知りだね」


 感心したようにフィーナ。

 彼女とて、プリンセスなのだから、決して教養がないわけではない。十分な教養を、幼い頃の宮廷教育で持ちえている。それを凌駕(りょうが)するほどの知識の量を持っている、リリアがすごいだけだ。


「そんなことない。私が知らないことを、フィーナはいっぱい知ってるから」


 淡い笑みを零しながらそう言ったリリアを、ケンジは『いいな』って思った。やっぱり女の子には笑顔が一番似合う。

 そんな想いが顔に出たのか、ニッと口の端を上げたジュンが、ケンジの肩を叩いた。


「なんだよ、ケンジ。もしかして今見とれてたのか?」

「そ、そ、そんなこと……ないよ」


 語尾がどんどん(しぼ)んでいき。


「ほう、ケンジは見とれてたのか……」


 レオンが冷静に言い放つと、ケンジは俯きモジモジし始めた。

 こんな風に、分析されたみたいに言われると、妙に気恥ずかしさが倍増するものだ。


「……うぅ。レオンまでぇ!」


 涙声でケンジが言ってきたので、そろそろやめようかと思う二人。

 こうやって初心(うぶ)なケンジをからかうのも、中々に楽しくて。これからも止められそうにない。

 今まで機械一筋だったケンジが、女の子の話題で恥ずかしがる事はなかったので、とても新鮮だったことも楽しさに一役買っているようだった。


「ちょっとアンタたち、ケンジをあんまり苛めちゃ駄目でしょ? 恋する乙男(おとめん)をからかう奴は、この愛のキューピットが許さないんだから!」


 しっかりと聞き耳を立てていたシャーリーが、いきなり入り込んでくる。

 にしても、愛のキューピットって……。

 人の恋の心配よりも、自分の事を心配しましょう、キューピット・シャーリーさん。


「……ぷっ、シャーリーが! キューピットっ! くっ、はははははっ!」


 思わず爆笑してしまうジュン。

 そんな彼の腹にドカっと蹴りを見舞うシャーリー。


「ぐはぁっ!」


 地面へのた打ち回るジュンを無視して、シャーリーはケンジの肩に手を置き。


「ケンジ。何か聞きたいことや、協力して欲しいことがあったら、何でも言ってきてね! 絶対に力になってみせるから!」


 と力説した。


「う、うん。頼りにしてるよ……」


 彼女の迫力に押されるように、ケンジはしどろもどろに返事をする。しかしその表情は明らかに信じていないようで。この後に、ジュンを心配していたフィーナへシャーリーがアタフタするのを見て、やはりケンジは自分の推測が正しかったと悟ったのだった。


 そんな、今日は幻想的なお祭りだと言うのにも関わらず、いつもとなんら変わらない彼らであった。




「お、どこからかいい香りが……」


 水謝祭(アクア・アルタ)によって(にぎ)わう界隈(かいわい)を歩いていると、柑橘系の香りが漂ってきた。微かな塩の香りを含みながらも、その強烈なサッパリ感を与えてくれる、あの香りだ。

 当然、ジュンはふらふらとその香りのする方へ流れていった。その際に、隣を歩いていたレオンの服を引っつかんで、そのまま引っ張っていった。


「おい、ジュン。服を引っ張るな。服が伸びるだろ」

「いやいや、しょうがないんだレオン。だってこの甘酸っぱい香りがたまらないんだっ! 文句ならこの罪作りな香りに思う存分言ってやってくれっ!」


 レオンが非難をするも、それをかまうものか! といった感じに、我が道を突き進むジュン。


「はぁ……お前は子供か」

「子供だっ!」


 呆れたようにレオンが言うも、それすらも打ち砕くジュンには、さしものレオンも口が閉まってしまう。


(まったく。今日はシャーリーと色々回る予定だったのに……)


 内心では、今日の為に用意したプランの終焉(しゅうえん)に対する嘆きと、


(まぁ、これもいつものことか)


 妙にスッキリとした感情が芽生えていた。

 それにと後ろを振り返る。するとシャーリーはシャーリーで、フィーナと楽しげに歩いているので、これで良かったのだろうと思われた。


(元々、計画はしたがいいが、実行に移すのはいつがいいのだか、ずっと考えていたしな)


 やはり微ヘタレの称号はダテじゃない。

 こうして、相変わらず子供のようにどこかへ行ってしまう彼(と、その犠牲者)をゆっくりとした足取りで、他の四人は追いかける。


「ジュンったら。本当に子供みたい」

「フィーナ。それは間違いよ。ジュンは子供みたいじゃなくて、悪ガキなのよ」

「うん、確かにそうかもしれない」


 そんなことを言っているフィーナとシャーリーの両手には、すでにクレープとアイスクリームが握られており、子供という点においては、とてもとても人のことを言えるような立場ではない気がする。


「それにしてもレオンさんまで強引につれてっちゃって」


 フィーナがしかめっ面のレオンを、苦笑気味で見つめる。

 しかしシャーリーは、


「うーん、あんな顔してるけど、レオンも案外楽しんでるんじゃないかな」


 と彼の表情からは、おおよそ読み取れない意見を述べてきた。


「え? そうなの?」


 フィーナにはとてもじゃないが、そんな風には見えない。

 まだジュンとレオンは何か言い合っているようでもあるのだ。

 それでもシャーリーは、彼が楽しんでいると言う。


「たぶんね。レオンってさ、本当に嫌だったらあんな風に言葉じゃなくて、もう行動でビシバシやっちゃうから。シカトしてどっか行っちゃったり、強引に振り切ったり、ね」

「へ~、そっか。じゃあ、言葉で言い合ってるうちは、いいってことなの?」

「うーん、それも何だか正確じゃない気がするけど、大体はそんな感じかな」


 大体は、と言う割にはレオンのことをシャーリーはとてもよく知っているらしい。

 彼女が紡ぐ言葉の端々から、そのことが(うかが)えた。

 前にも思ったことがあるが、シャーリーたちの絆というか、友情というか、とにかくそういうものは、フィーナにはとても(うらや)ましく思える。


 すでにフィーナのことを大切な仲間だと思っているジュンたちの思いに、当のフィーナが本当の意味で気づくのは、もう少し後のようだ。




「おっ、ジュンとレオンだぜ!」

「ん、この声はレックス!」


 匂いのする場所にいたのは、レックスその人だった。彼は屋台の中でせっせせっせと、レモンジュースや、オレンジブッセなどを売っている。


「何をやってるんだ?」


 レオンがレックスに尋ねる。貴族であるレックスが、こんな店で働いているのが疑問だったのだ。


「見ての通り、売り子だぜ!」


 白い歯をキラッと光らせながら、レックスが答える。今日の緑ヘアーは気合が入っているようで、いつも以上にサラサラそうだ。


「いやまぁ、それは見れば分かるのだが」

「レオンは何で、レックスは貴族なのにこんなことしてるんだって言ってるんだよ」

「おい、ジュン。人の言葉を勝手に訳すな」


 レオンの言葉を思わず翻訳してやるのはジュンの仕事だった。


「んな事言ったって、お前の言い方じゃ時々、わけ分からんし」

「ははっ、確かにそうだぜ。レオンは時々、何が言いたいんだか分かんない時あるぜ」

「くっ……ふん」


 しかしそれを認めたくないレオンは鼻を鳴らすだけだ。


「と、レオン(いじ)りはこれぐらいにして。マジに何で売り子?」

「それはだな、実はセレス先輩を手伝ってるんだぜ」

「え? セレス先輩?」


 意外な名前が出てきたので、取り敢えず聞き返してみるジュン。何やら面白そうな展開になってきたと内心では思っていたので、非常に性質(たち)が悪い。


「おうよ。先輩が店を出すって言うから、俺が手伝ってるってわけだぜ」

「なるほどね。じゃあ、もしかしてアレってセレス先輩か?」


 店のすぐ横に人だかりができている。その場所を指差しながら、ジュンはレックスに訊いた。


「おぅとも。セレス先輩が占いやって客呼んで、俺は得意先から仕入れた特製菓子を売るってわけだぜ」

「なるほどな。中々いい営業じゃないか」


 レオンはレックスの店の客層の厚さと、その多さに感嘆した。レックスの店には、セレス以外にも、カイルやマルクが店員としている。今は彼らが客の相手をしているようだ。そして客は老人から子供まで様々で、かなりの人数の人々で賑わっていた。


「そういや、ゼスはいないのか?」


 このメンツが揃っているのなら、当然ゼスもいるものだと思い、ジュンは探してみたが見当たらない。


「ああ、ゼスはいないぜ。アイツの家は漁師やってっから、サン・マルコの方で解体ショーみたいなのと、出店をやってるぜ。新鮮な魚を焼いたりしてるから、マジでおススメだぜ」


 サン・マルコ広場は水の国(アトラティカ)の玄関口でもある場所だ。多くの国外観光客が一番に来る場でもあり、海に面しているため、ゼスたちの本拠地となっているようである。

 それにしても、ゼスの家が漁師の家系だとは驚きだが、言われてみれば、彼の属性である『水』に良く合っている気がしないでもない。


「それは確かに美味そうだな。よっしゃ! 後で絶対に寄ってみるよ」

「おう。その方がいいぜ。ところで俺のとこでも何か買っていってくれぇ~」

「買うに決まってんだろ。俺は柑橘系には目が無いんだ。ここからあそこまで、全部1つずつくれ」


 そう言って、ジュンはウィンドウに並ぶ菓子やパンなどをざっと指差した。ゆうに20個ほどはありそうだ。


「おい、ジュン。そんなに買って、食べ切れるのか? 後で、ゼスのところにも行くのだろう?」


 レオンにきっちり釘を刺された。

 しかしここで折れては、柑橘マニアの名折れ! 断じて引くわけにはいかない。これは男の聖戦なのだ。


「だいじょーぶ! 絶対に食える。マジで食える。もし食えなかったら、その時はレオンが俺の口に突っ込んでくれ」

「お断りだ、そんな役」

「そうだぜ。おいしく食べれないなら、止めておけ。食べ物を粗末にするのは、神が許してもこのレックスが許さねぇ!」


 暴食の化身であるレックスにまで、どやされる。

 まあ、自分でも少し多いかなと思っていたところだ。それに残すのはもっと、マニアの名折れだと気がついた。


「そうだな。じゃあ、アレとアレとアレを抜いといてくれ」

「オッケーだぜ! レオンは何もいらないのか?」

「そうだな……。それじゃあ、じゃがバターを1つもらおうか」


 レオンがウィンドウの中ではない、今まさに焼いているじゃがバターを指差す。濃厚なバターの風味と、ほくほくなジャガイモの何ともいえない匂いが漂ってくる。


「お、じゃがバターってうまそうじゃんっ! レックス、アレとじゃがバター交換しといて」


 涎が出てきて堪らないジュンは急いで交換をしてした。


「了ー解だぜ。チョイ待ちぃー」


 レックスはカイルたちが忙しそうにしているので、休みの時間だったが、自分で動くことにした。軽快な足取りでじゃがバターを仕上げに行き、出来上がるまでの間に注文があった柑橘系のものをウィンドウから出しておく。

 ジュンの目から見ても、テキパキと仕事して、とても働き者の印象に映った。


 そして奥に引っ込んだレックスと入れ替わりにやってきたのは、何とセレスだった。彼女は豊かな金髪をなびかせながら、威風堂々とこちらへ歩み寄ってくる。


「セレス先輩。占いはいいんですか?」

「ええ。もう時間でしたし、さすがに何度も何人も占うと、精度も落ちてしまいますから」


 占いに対し絶対の自信を持っているセレスにとって、外すという行為は冒涜であり、()してはならぬことなのだ。そのためにも、適度な休息は必要なのである。


「さて、ジュンさんとレオンさん。今日は皆さんでこの水謝祭(アクア・アルタ)に参加しているのですか?」

「そうですよ。水謝祭(アクア・アルタ)は初めてなんで、めっちゃ楽しんでます」


 ジュンたちの世界には、お祭りと呼べる習慣は大規模なものではなかった。さらに彼らは中々学校の外へ出ることが許されなかったため、そういった場所に参加した事はあまりない。

 だから、この水謝祭(アクア・アルタ)は本当に楽しかった。道行く人々が独特の高揚感は放っていて、賑やかで、とてもいい雰囲気だったから。


「ふふっ、それは良かった。何事も楽しまねば損ですから」

「はい、それはもう当然ですな。楽しさの為なら、何だってやりますよ僕はぁ」


 おどけて言うジュン。一人称まで変えると、何だか変な感じが自分でもした。


「クスッ。ジュンさんが僕って言うと、何だか変な感じですね」

「そうだな。ジュン、僕なんて言うな。気色悪いぞ」


 きっぱりと言い放つ相棒。そこに一切の容赦も情けも感じられない。


「レオンはうるせーよっ!」

「あらあら、落ち着いてください2人とも。フィーナ様たちを待たせているのでしょう? 大丈夫なのですか?」

「あっ、いけね。すっかり忘れてた」


 柑橘系の香りに誘われてふらふらとやって来てしまったのを忘れていた。きっと彼女たちは、自分がふらふら行ってしまった場所で待ってくれているのだろう。


「ふふっ、それは駄目ですね。女の子達を待たせるなんて」


 微笑んではいるものの、目は据わっている。何故かセレス先輩がとても怖い人のように思えた。


「は、はい! じゃあ、レックスが戻ったら、すぐに行きますよ。お土産でも持って」

「よろしい。レックスさーん! 出来るだけ速くお願いしますね!」


 ジュンの返答に満足したセレスが、店の奥にいるレックスに大きな声で呼びかけた。ふと思ったのだが、彼女の大きな声を初めて聴いた気がする。それほど珍しいことだった。


「分かってるぜ! もうちょっと待ってくれだぜ!」


 なるほど、おそらくセレス先輩とレックスの間ではそういうことなのだろうと思った。

 やがてレックスが美味そうな品々を持ってきたので、その代金を払い、追加で柑橘系菓子をもらった。お菓子は女子用のお土産だ。ケンジにはじゃがバターを半分やろう。


 帰り際、セレスがやんわりとした微笑を携えながらジュンたちに言った。


「さてさて、明日は今日とは違った楽しみがあると思うので、存分に満喫してくださいね。初めてなのですから」


 妙に『初めて』の部分を強調するセレス。その(つや)っぽい言い方と強調する意図のところに、一瞬ドキッとしたものの、考えすぎかとジュンは思うことにする。

 それにどこか、もう自分たちが異世界人だとバレてもいいのかな……。そう思う感情も確かにあったのだと、ジュンは何となしに気がついていた。自らの直感が、彼女らは信用に足るのだと思ったのだろうと推察した。

 


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