第29話 『タッグバトル・トーナメント! ②』
「これよりAコート決勝戦を開始します!」
審判の声がAコート全体に響き渡った。そもそも審判は試合ではない学生がやるのだが、決勝ともなると大勢の生徒が暇となり、一番近くで試合を見られる審判の座を巡って熾烈なジャンケン合戦が行われたものだ。
すでにフィーナやシャーリーたち魔法使――つまり女子は、元々数も魔装士に比べ少ないため、全試合が消化されていた。
もちろん優勝したのは『フィーナ&シャーリー』のペアだ。
ジュンとレオンはちょうどその時に準決勝だったため見られなかったが、見ていたレックスやゼスの話を聞くぶんに圧倒的だったらしい。
フィーナが素早い魔法で相手を翻弄または釘付けにし、その隙にシャーリーが上級魔法を使い一網打尽にしていたそうだ。
前にキーファンスに言われたシャーリーの属性『緋』については、蔵書を調べても見つからなかったが、それでも彼女の余りある想像力は魔法にも影響されるようで、十分な実力を持っていたからこその結果だった。
話は変わり、闘技場のAコートに戻る。
「赤コーナーッ『ジューンバルト&レオン』ペアァ!」
「「「「ワァァァー(キャアァァァー)!!)」」」
審判の号令に付随して、けたたましい騒音が闘技場を埋めつくす。
この喝采の中を、ジュンとレオンは悠然と突き進んで行った。もちろん赤も青もコーナーなど存在しないのだが、その気になって。こういうのは気分が大切だ。
「青コーナーッ『レックス&ゼス』ペアァ!」
「「「「ウオォォォー(キャアァァァー)!!」」」」
ジュンたちの対面に、レックスとゼスのペアが姿を現した。
こっちでもこれだけ騒がしく、向こうのBコート決勝――カイル&マルク VS キーファンス&エルシュ――でも同じような歓声が上がっているため、闘技場の外まで響いていそうだ。
しかし歓声は止まらない。止められない。
「ジュンーレオンさーん、頑張ってぇ!」
「アンタたち負けたらタダじゃおかないからぁ!」
「ジュンくーんガンバァ!」
「レオンさん負けないでぇー」
フィーナやシャーリー、女子たちの応援の歓声――若干一名応援かどうか不明だが――がジュンたち選手の耳に届いた。
「まかせとけって!」
「無論だ」
そうジュンとレオンが返事をすると、途端にクワッと目を見開いたゼスが、
「お前らだけ女子からの名指しぃ! 羨ましいぞ、この野郎ぉ!」
と、普段のマイペースからは考えられないほどの迫力で言い放つ。
しかし――
「レックス君にゼス君も頑張ってぇー」
と他の女子たちから歓声が送られると、
「絶対に勝ってみせるぜ!」
レックスも嬉々として反応し、
「ほぉーい。頑張るよ~」
ゼスも一瞬でいつものマイペースな調子に戻った。親指まで立ててアピールしている。
何とも調子のいいヤツだ。しかしまあこんな性格だからこそ、あのパラダイム・ロストにも参加したのかもしれないが……。
「「「「再創造!」」」」
舞台上の四人が同時に叫ぶ――魔装復元のための言葉を。
眩い光が瞬間的に放たれ、そして双剣を持ったジュン。大剣を持ったレオン。槍を持ったレックス。そしてグローブを嵌めたゼス。
皆が臨戦態勢を取った。
「よっしゃ! 終に決勝だぜ!」
「はしゃぐな、ジュン。俺たちの目的は打倒キーファンス……だろう?」
「もち! だけどこの闘いもワクワクなんだよ。レオンも、だろ?」
「……まぁ、な」
レオンもジュンと同じように自らの力を伸ばし、それを実際にフェアな形で使う試合などは大好きだった。
異世界ユーレスマリアに来てからというもの、ジュンと二人で早朝訓練をやったり、夜に闘技場までわざわざやって来て打ち合いをやったりしてきたのがいい証拠だろう。
だが1つ不便なことは、ピースランドにいた頃は疑似体験型ゲーム――F・Sを使っていたため移動などの所作は不要だったが、ここでは実際に場所や時間などをしっかりと考えてやらねばならなかったことだ。
そう考えると、今までの生活がどれだけ楽なものだったのかと、レオンは少し考えさせられたのだった。
――便利さは何か大切なものを忘れさせるのかもしれないな。
「んじゃ、俺がゼスの方へ、でいいか?」
双剣のグリップの調子を確かめながら、ジュンはレオンに訊いた。
ゼスの魔装はグローブであり超接近戦が得意なため、どうしても大振りになる大剣のレオンよりも、緻密な小回りの利く双剣の自分の方が良いと思ったのだ。
おそらくレオンも同じ意見なのか、その答えとして力強く頷いた。
「ああ、それでいい」
向こうがどう来るかは分からないが、ジュンは最速でゼスの所まで肉迫するつもりなので、きっと分断には成功するだろう。こっちの世界であっても、ジュンのスピードはかなり速い部類だったからだ。
脳内でその後のプランを予め、いくつか用意しておくジュン。それらの予測は今までに見てきたゼスの実践の訓練や、キーファンスとの模擬戦での戦い方を参考に考えられていた。
ジュンが8つほどのプランを想定していたところで、審判の号令が掛かった。もうじき始まるようだ。
左足を前、右足を後ろにして肩幅に。左足のつま先は相手に対して真っ直ぐ向け、右足はそれに対して45度に開く。上体は、頭上に紐がついて持ち上げられるイメージで真っ直ぐにたて、膝は軽く曲げる。重心は、足の裏全体に体重をかける。
基本の足捌きの型――それを作った。
型を作ったのは、構えが重要だからではない。ジュンは速攻で加速するタイプなので、このような構えを作ったとしても、走る最中に関係なくなってしまう。
だから、作ったのは相手への礼儀だ。
こちらが真剣に臨むという姿勢を、相手に示すのである。
「それでは、双方準備はよろしいか?」
審判という大役を務める生徒は、いつになく真剣な面差しで尋ねる。
「「「「おお(ああ)!」」」」
彼は選手たちが大仰に頷くのを視認してから。
「では…………はじめっ!」
振り上げた拳を地面に叩きつけるような行動をとった。
すなわちこれが試合開始の合図。
双剣を逆手に持ったジュンは、すぐさま風のように疾走し、加速する。
Aコートの横と縦の幅はほぼ同じで、両方とも250メートルほどだった。辺りに障害物となりそうなものはおよそ存在していないので、ジュンはほぼ直進的にゼスとの距離を縮めてゆく。
ジュンが横目で相方を確認すると、レオンとレックスは互いに引き寄せられるように走りあっていた。
ああなれば、レオンならこちらへ妨害を許すようなことはないだろう。だからレックスへの全ての警戒をレオンに委ね、自分はゼスだけに狙いを澄ませる。
「……やっぱ速いなぁ」
ジュンの突貫を見つめるゼスは、マイペースにそう言いつつも、しっかりとポーズを決め、気迫を漲らせた。
臨戦態勢である。
ゼスは格闘技の中でも打撃系格闘技が得意だった。空手道、少林寺拳法、テコンドー、ボクシング、キックボクシング、シュートボクシング、ムエタイなどと呼ばれるものは全てマスターしているといっても過言ではない。
つまりゼス・レイクという少年が最も得意とする距離は、間違いなく超近距離。その範囲に相手から来てくれるのであれば、わざわざ自分から動かずとも、ただ只管に待てばいいのだ。
相手から飛び込んでくる。
格闘家にとって、これ以上の好条件はないだろう。しかしゼスは、油断など一切してはいなかった。
今までの実践授業中にも、何度かキーファンスとジュンの打ち合いを見たことがある。その際に、ジュンはいつも奇策のようなものを用い、結果的には負けるにしろ、キーファンスと十二分に渡り合っていた。
――だから油断をすれば、こっちが一瞬でやられる。
今ここにマイペースなゼス・レイクは存在せず、また、し得ない。
そんな中、ジュンはぶわっと跳ぶようにしてゼスの間合いに突入し、すでに振り上げた右手の剣を霞むほどの速さで振り下ろしていた。
ゼスの頭上を叩きつけようと、淡く輝く一条の光が襲い掛かる。
だがもちろん、ゼスもすでに動き出している。
徒手では剣を受け止める事は難しい。故に、極限まで振り下ろされる剣の軌道を見切った上で、瞬間的に相手の懐へ飛び込もうと画策していた。
――そしてそこでカウンターを喰らわせる!
ゼスの脳内ではこのパターンが予定されており、いくつものシミュレーションが脳内で延々と再生されていた。
まずは流身と呼ばれる斜め前に身体を振る動作にて、見事にジュンの右手での一撃を躱しきり、それからさらに間合いをぐっと詰める。
剣は間合いが近すぎると使い物にならない、ということをゼスは心得ていた。
相手は苦手で、自分にはその距離がベスト。これほど良い条件もまた、ないだろう。
ジュンとの間合いを完全に自分のものにしたゼスは、そこで逆突を放った。
逆突とは構えた時の後ろの手を用い、相手に突き出す少林寺拳法の基本的な突。圧倒的な速さで打ち出されるソレは、無論威力も申し分ないものだ。
自分の体へ吸い込まれるかのように襲い掛かってくる正拳を、右腕を振り下ろした形のジュンはどこか冷静に見つめ――。
左の剣で水平に薙いだ。
スゥーと、音もなく空気を切り裂くかのように。
ゼスとの間合いは最悪だったが、肘を引き、腕を捻り、手首を返すことで、放たれた横一文字は彼の腹部を完璧に捕らえていた。
「やっぱりやるなぁ、ジュン!」
「そりゃどうも、ゼスもな!」
「でも、まだまだぁ! Water・Bind!」
叫びながら、ゼスは急遽突きを止め、代わりに左の剣の腹へ正確な裏拳を叩き込んだ。
コン――と音が鳴ったかと思うと、左の剣に水が巻き付く。そして左の剣が急激に重くなった。
ゼスの属性は『水』だ。
『水』は防御に適した属性。そのためゼスが|水で相手の得物を縛り付ける《ウォーター・バインド》などの、主に付加系の思念技を得意としていることは知っていた。
また彼にとって、重さなどの付加だけで十分ということも。相手の懐へ入れたならば、そうそう速さで負けるゼスではないのだ。
現に――重いな。
左手に握ったそれは、今までと比べ10kgほど重くなっているように感じる。
さらにいえば、従来、良い言い方をすれば、水と光は相性が良く。悪い言い方をすれば、互いの干渉を受けにくいのだ。
つまりジュンの光属性であるところの『洸』の力は、どうしてもその威力が減少してしまう。
光の量を一気に引き上げ、付着した水を蒸発させることもできるが、それだと時間が掛かりすぎる。
かとって振ることで水を飛ばす時間などあるわけもなく――。
「もらった!」
一瞬の逡巡を見抜き、ゼスは今度こそ一撃を与えるべく左を熊手の形にし、それをジュンに向けて打ち込んだ。
「――させるかっ!」
それに対し、ジュンは右の剣でその拳を受け止める事はしない。いや、できなかった。もしそんなことをしたら、右の剣にまであの忌まわしい水が付加されてしまうからだ。
だから重くなった左の剣をゼスへ投げつけ、自身はそのまま後ろっ跳びをした。
高速で飛んでくる剣を避けるため、ゼスが横振身と呼ばれる体捌きをする。単純なものを避けるのに適した、最も余分な動きがない体捌きである。
左の剣はゼスの斜め後方に突き刺さった。
(苦し紛れなんて効きはしない!)
だがゼスは見誤っていた。
ゼスはこう思っていたのだ。
――距離を詰めるのは自分だ、と。
だからジュンを追いかけようと身を直したところで、ようやく彼は気が付いた。
ジュンが眼前まで迫っていることに。
ジュンは後ろへ跳んだ後、ゼスが自分を追ってくることは当然のように読んでいた。
だからもう一度、跳ぶことにしたのだ。しかも空間把握による絶妙な距離で、ゼスの重心がズレたところを見極めて。
後ろへ跳ぶ際に左の剣を投げたのは、苦し紛れなどではない。重くなった剣は自身のスピードという持ち味を消してしまうし、何よりもゼスの注意を一瞬でも引くための布石だった。
現に、ゼスの注意が投げナイフのように飛んでゆく剣へ向いている間に、ジュンは跳躍中において右の剣を地面に深く突き刺し、その固定された剣の腹に自身の片足を乗せるようにして、もう一度跳んでいたのだ。
真っ直ぐに、ゼスめがけ。
「……くっ!」
そして射程に入った無防備なゼスへ、ジュンは正拳突きを解き放つ。
格闘技の類は昔に学んだことがあった。といっても独学で、だが。
あの我武者羅に強くなろうとしていた、あの頃に学んだのだ。
「俺がもらったぁ!」
ゼスは完全に判断を鈍らせ、思考も停止しており無防備だった。
しかし彼はそれでも、長年の間に培ってきた体術を活かし、ほとんど瞬時に無意識で連受の構えをとった。
連受ということは――無意識であったとしても――ゼスはジュンが連撃を見舞ってくる、と直感していたのかもしれない。
そして彼の予想通り、ジュンは連撃を放った。
最初の上段撃ちから、次の中段に向かって。
パシィ、パシィと乾いた音が響き、ゼスがジュンの打ち込みを受けきったことを現していた。
先ほどの水の束縛は生き物には適用できないので、絡み付かれる心配は要らないが、受けきられたことにジュンは多少の驚きを感じた。今の攻撃は決定打にはならないにせよ、絶対にキマると思っていた。
しかしその思考も刹那的なもので、すぐさままだ受けの構えを崩さないゼスへ蹴りを放ち、その反動を利用して宙で一回転しながら右の剣を突き刺した場所に戻る。
地面に着地した後で、一気に剣を地面から引き抜き、ゼスを見据えながら構えを取った。
だが見据える先のゼスは、依然として全く動こうとせず。
「ジュン。お前って、格闘技やったことあるのか?」
と訊いてきた。
もちろん今は試合中だ。
「……まぁ少し。独学だけどな」
しかしジュンも律儀に答える。
不意打ちだとかセコイことを、ジュンはするつもりなかった。
それを聞いたゼスは、マイペースにこう言う。
「そりゃすごいなぁージュンは。じゃあ今度、俺がもっと詳しく教えてやるよ」
「いや遠慮しておきたいんだが……」
即答だった。
「でもさ、もったいないぞ。独学でそんだけできるなら、ちゃんと誰かに教わればもっと強くなれる」
情熱を持った瞳でゼスに見つめられ、それが格闘家としての親切心と、彼自身の優しさから来ている事をジュンは理解していた。
でも――。
「いや、本当にいいんだ。……俺はこいつの道を極めるからさ」
そう言って、ジュンは右手に持った剣を掲げる。
陽光に反射し、自身が放つ光にも包まれた剣。
――ケンジが創った、俺だけの双剣。
俺はこの二条の剣戟で、自分と大切な人、その全てを守るんだ。
ずっと前から、剣というものに憧れていた。子供だと笑うかもしれないが、物語の中の勇者は決まって剣使いで、本当に格好が良かったからだ。だから疑似体験ゲームの中で使い、現実において時代遅れだとされた武器を鍛錬した。
そして双剣に拘るのも、訳がある。
決して倒れずに守り通すために、双剣であり、二本なのだ。一本では自分しか守れない。
これも子供じみていると、我ながらに思う。だけど自分は、誰かを護る為に力を欲したのだ。だからきっと、二本でなければ意味がないのだとも思う。
「そっかぁー。なら俺は何も言わない。……その道、とことん極めていけ」
言葉と共に、マイペースにゼスは後ろへ歩いていく。ジュンとの短い遣り取りで、何かを悟ったようだ。
そしてゼスは地面に転がる剣――翼をたたんだ剣を手に取り、ジュンへと放った。アドヴァンテージを、自ら捨てたのだ。
この時、普段の能天気な笑顔ではなく、ゼスの顔つきは真剣であり。また、どこまでも真摯な笑みだった。
そんなゼスの笑みに対し、パシッと軽やかな音を響かせ剣を受け取ったジュンも、晴れやかな笑みと共に、一回深く頷き――
「……いくぞっ! ゼス!」
「こいっ!」
ジュンは疾駆した。
対してゼスは、彼の到来を白蓮八陣の布陣法で待ち構える。
「光よ! Holy・Chase!」
しかし今度はゼスの間合いに飛び込むことはせず、10メートルほど離れた距離から、ジュンは思念技を放った。遠距離など卑怯だと思うかもしれない。
しかしそれは違う。全力を持って挑まないこと――これに勝る侮辱はない。
この聖なる追撃というのは、光属性の専門書に載っていた技だ。最速の思念技の1つだが、その光線は魔装や魔法杖先端から出るため軌道が読まれやすく、当たり難い。
ジュンの言葉と思いに反応し、双剣が二条の光を放ち、一気にゼスの方へ伸びてゆく。
聖なる追撃がゼスを捉え、その身を焼こうと高速で差し迫る。
ゼスはそれを流麗な所作で、自身を中心に円を描くように腕を回し――
「はぁぁぁーっ!」
光線を受け止めた。
水属性を付加された魔装――グローブで。しっかりと。ジュワッと音が鳴り、聖なる追撃は掻き消えた。
そしてすぐにゼスはジャブを放った。生身の身体で、しかもスピードとは無縁の属性である『水』で、ゼスは有り得ないほどの速さを体現していた。
ジュンは顔面に迫り来る高速ジャブに対し、首を曲げてすんでで躱す。しかし完全に避けたはずなのに、拳が通り過ぎた箇所から血が垂れてくる感触を覚えた。
右は完全に避けたが、左の一撃が掠ったようだ。掠っただけでこれだけの威力なら、クリティカルヒットすれば間違いなくSafety・Coreが発動することだろう。
「やるなっ! だが!」
二撃を躱し終え、今度こそジュンはゼスに肉迫し、右と左その両方をそれぞれ別々の方向から薙いだ。
右の剣は袈裟斬り。左の剣は横一文字。
目にも留まらぬスピードで、一切の揺らぎもなく、一切のものを断ち切るように。光の弧を描きながら、剣線が曳かれる。
それは境界線だ。あらゆるモノを斬る、線だ。
「これでっ!」
ジュンは気合と共に、ゼスを切り刻もうとする。
光芒が、ゼスに襲い掛かった。
「まだだぁ!」
尋常ではないジュンの気配を感じとり、ゼスは背が冷や汗を掻いていることに気が付いた。マイペースな彼にとって、これほどに驚きの表現はない。
――だが、これで負けるわけにはいかない。レックスもまだ戦っているのだ。自分だけ早々に敗退し、彼を不利にさせるわけにはいかないんだ!
声こそ元気なものの、視線がうまく追いついていかず。しかし諦めるわけにもいかず。
だからゼスは、スッと瞳を閉じた。
――目が使い物にならないのなら、不要だ。こうなると視覚は、自らの感覚を鈍らせるだけ。
感覚を――研ぎ澄ませ!
ゼスはその長年の経験と努力によって培われた、超感覚だけを頼りにジュンの双剣の軌道を完璧に捉え、真剣白羽取りをやった。
一歩間違えば、手がちょん切れる技(セイフティモードなので、その心配はないが)だ。
「……なっ!」
さすがにこれには驚きの声をあげるジュン。しかしすぐさま無駄な思考を放棄し、次の手に移る。
両手に力を込め。腰を捻って力を溜める。
「ぐぅ!」
ここでゼスの蹴りがジュンの腹部へ打ち込まれた。ジュンは急所を外すだけの最小限の防御しか取っていない。思わずむせ返りそうになるが、何とかそれを堪え、集中する。
ゼスが連続で蹴りを放つ。両手を塞がれながらも、この威力を出せるゼスはやはりすごいとジュンは思った。Safety・Coreが発動しないギリギリを、ジュンは通っている。
打ち込まれる衝撃を何とか踏みとどまって、剣に力を込め続ける。途中で胃液が逆流しそうになったが、そんなこと今は関係ない。急所だけ避ければ、それでいい。
だから――想起せよ。水の浸食を食い止め、且つ、ゼスへの効果的な一撃。
これだけを考慮し――イメージを具現させる。
「Light・Pressure――!」
ケンジによって改良された双剣は、以前より光の絶対量をかなり底上げされていた。そのため一瞬にしてかなりの圧力として、光圧が成立する。
眩い閃光を、双剣が放つ。
その光はグローブへと流れ込み、水の束縛による水気を蒸発させ阻むばかりか、ゼスの両手に強大な圧力を加え始めた。
「ぐぅっ! 重いなっこれ! 明らかに重量オーバーだってぇー!」
ゼスはそのあまりの重さに、思わず唸りを上げる。言っている内容はコントのようだが、彼の表情は真剣そのもの。
歯を食い縛って耐えるも、剣からくる圧倒的な衝撃は彼の身体を突き抜け、両足を地面へ陥没させていった。
「――はぁーっ!」
ジュンはゼスに効果があることを視認しながら、より純粋な腕力も込める。
ゴキ――とゼスの骨が軋む音が響きそうになる直前――。
その瞬間に――バチッと電気が弾けるような音が剣とグローブの間で鳴り、ジュンとゼスの距離が強制的に開かれた。
これがSafety・Coreの効果だ。
閃光が収まった頃には、すでにゼスのグローブは元の縮小されたものへ戻っていた。これ以上は危険だとコアに判断され、元に戻されたのである。強制的に距離を離し、魔装を縮小させる。これこそがSafety・Coreの効果だった。
そしてゼスと目で挨拶を交わした後、ジュンは彼に背を向けすぐさま駆け出した。
レオンとレックスのところへ向かったのだ。
しかし途中で歩みを止め、ゆっくりと歩くことにする。
――さすがレオン。そっちも勝ったか。
ジュンの視線の先には、先ほどの自分たちと同じようにコアが発動し縮小された魔装を持ったレックスと、彼を見つめ悠然と佇むレオンの姿があった。
「お前のZero・Gravity……あれは正直きつかった」
レックスの思念技である無重力とは、一撃(掠っただけでも成立)を与えた相手に、地面に立つ限り、その身にかかるはずの重力を無くすというものだ。
そのため大剣を操るレオンにとって最悪といってもいい効果で、うまく重心のコントロールができず思うように剣を使えなかったのであった。かといって長剣にチェンジするのも、レックスの槍とリーチが違いすぎるため憚られて。
柔らかい顔のレオンがゆっくりとした動作で、地面に倒れるレックスへ手を差し伸べる。
それをレックスはしっかりと握り、
「レオンこそ、Thunder・Formation。あれは反則だぜ」
ニシシと白い歯を見せて笑った。
大剣を地面に突き刺し、自身の周りを三筋の雷で固め守護する雷鳴の陣。その雷は意思があるように変幻自在に動き、まるで自らの主を認識し守るようで。
これを突破することがとうとうレックスにはできず、無重力の感覚を掴んだレオンとの激戦の末、敗北を喫したのだった。
「決まったぁー! ほぼ同時です! 『ジューンバルト&レオン』ペアが『レックス&ゼス』ペアを圧倒! 真・ファイナルへと駒を進めましたぁ!」
審判の怒号のような声が闘技場に響き渡り、ギャラリーたちの興奮もマックスに近づいていった。やがて歓声は大きな波のようになって、闘技場に押し寄せた。
「「「「ありがとうございました」」」」
ジュンたちは互いに歩み寄って、固い握手を交わした。皆が晴れ晴れとした顔をしている。満足のいった表情だ。
良い試合というのは、ただ1人からなるものではない。素晴らしい相手がいて、初めて成り立つ一つの奇跡である。
だからそれを成させてくれた相手へ、最大の感謝を――。