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ATRATICA IN CAPITAL OF WATER   作者: Franz Liszt
第1章 『世界掌握編』
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第3話 『魔法と魔装とラルクリア』

 



 王都アトラティカに到着したジュンたちは今、真っ白の大きな橋を渡っている。

 バックミュージックも聴こえない。いやそもそも根本的に音が存在していない。

 しかし、この橋とそこから見える景色それ自体が、無言にして壮大という、矛盾を孕んだ譚詩曲(バラード)であるかのように空気を震わせている。

 結局のところ何がいいたいかというと、唯一の陸地への移動手段であるはずの橋なのに、その人通りはあまりないということだ。


「あ、こんにちはフィーナ様」


 それでも橋を渡るフィーナに気が付いた僅かばかりの通行人が、口々に挨拶をしている。それを受けたフィーナも、「こんにちは」と、明るさを貼り付けたような笑顔と共に会釈していた。

 しかし明るいといっても、なんだか寂しそうな笑顔だとも感じられる。

 それは彼女が言っていた『そういうの……好きじゃないの』を想起させるもので。

 みんなが自分のことをプリンセスとして扱うこと。それがとても嫌だった。だけど、どんなに普通に接してと頼んでも、やはりどこかしらに無理をしているような印象を受ける。

 これを寂しさと呼ばずして、何と呼ぶのか。フィーナには分からなかった。


「ねぇねぇフィーナ。この橋はなんて言うの?」


 フィーナの隣に並んで歩いていたシャーリーが、おもむろに尋ねる。

 彼女もフィーナの表情に思うところがあったのだろう。

 底なしに明るい声音をしていた。


「リカルト橋よ。でもみんな親しみを込めて『白い巨像《ホワイト・コロッサス》』と呼んでいるわ」


 爽やかに顔を綻ばせたフィーナが、そう説明する。

 それから彼女は、慈しむように目を細め、純白の橋から見下ろせる海を眺めた。

 この白一色に染まりきった橋は、小さい頃から変わらずそこにあって、ずっと見守っていてくれている気がするのである。


「にしても、マジで綺麗だよなぁ」


 黒い髪を鬱陶《うっとう》しいとばかりに掻き分け、景色がよく目に入るようにするジュン。

 女二人の後ろには両手を頭の後ろで組んだジュンの横には、落ち着いた朱色の瞳で辺りを見回すレオンがいて。

 そして興味深そうに、白い巨像の構造をホログラフォンの物質解析システムを使って調べているケンジがいた。


「ああ、そうだな。こんな景色は『ピース』ではなかったからな」


 レオンがいつもより少しだけ興奮した声音で、感慨深げに相槌を打った。

 ケンジはまた、ブツブツ呟くモードへ突入している。


「なんか本格的に冒険って感じがしてきたな」


 お気楽なことを言うジュンに、呆れを含んだ表情をレオンは浮かべた。しかし彼もまた、ジュンと同じぐらいワクワクしていることは、見るからに分かった。

 まだ、元の世界へ戻る希望のあるこの状況で、しかもあの幻想的な都市を前にして、なんのトキメキも感じないような感性を『ピース組』の誰一人として持ち合わせてはいないのだ。


「だからといって、あまり調子に乗るなよ」


 だがそれとこれとは話が別と、しっかり釘を刺すレオン。非常に彼らしい。


「分かってるって。本当に律儀なヤツだな、レオンは」


 そして、そうは言っても全面的に彼のことを信頼しているジュンであった。

 彼がこうやって自分を(いさ)めてくれるからこそ、自分が安心して突っ走れるのだと知っているからだ。


「そういえば、フィーナ言ってたよね。女の人しか魔法は使えないって……それじゃあ、誰でも使える簡単な水魔法しか使えない男の人って、もしかして役立たず?」


 いきなりピンクのポニー娘が、全男性に対して無礼千万なことを(のたま)った。

 隣で聞いていた銀髪の少女は、微苦笑を浮かべている。それは何かを知っているような顔にも見て取ることができた。


「お前、何てこと言うんだよ! 女だけじゃ子供はできんっ!」


 ちゃっかり集音していたジュンが、すかさず反論を口にした。

 熱烈に言い放つジュンに、『駄目だ、コイツ。早く何とかしないと』みたいな顔をするシャーリーと、ヤレヤレと首を振るレオン。

 そしてフィーナは、口に手を充てて声を堪えようとしていたが、できず。声を上げて笑ってしまっていた。

 こんな風に笑ったのは久しぶりだ。はしたない事だとは理解しているが、どうにも止められそうもなかった。

 その元凶であるジュンは、とても困った人だと思う。


(ジュンの隣にいると、胸がざわめいて落ち着かなくて、はしたないことも平気でしちゃうし……前に感じた一目惚れ説を肯定する要素しか見当たらないよ。でも、それがなんだかとても嬉しくて……自分でもどうしたらいいんだか、全然わかんない……)


 この思いを悟られないように、ちゃんと言葉を紡げるか心配だ。


「あははっ、大丈夫だよ、ジュン。ちゃんと男の人も、魔装っていう武器を使えるから」

 

 フィーナが笑いながら答えを送ってきてくれる。ジュンには彼女の葛藤など知る(よし)も無かった。

 魔装――そういえばフィーナが、『魔法知らないの?』って訊いてきた時に、そんな単語を言っていたのを思い出した。


「魔装ってなんなの?」


 聴き慣れない単語に、シャーリーが食いつく。これにはレオンも興味があるのか、話す三人の近くへ無言で寄ってきた。

 たしかこの話をしていたのは、二人っきりでいる時だったな、とジュンは思い至る。しかし自分も単語として聞いただけで、あまり詳しいことは知らない。

 とても興味をそそられる。


「あれ、言ってなかったっけ……? えっとね、魔装っていうのは男の人だけが使える武器の総称で、エイン・シェルって呼ばれることも多いモノなの。そして男の人は自らの属性を、自分の持つ魔装に付与できるのよ」

「属性を武器に付与する?」


 いま1つ見解を得れなかったので、より詳しい説明を要求した。


「うん。例えば、剣に『火』の属性を持った男の人が触れるとするでしょ。するとその人が触れた剣には『火』の力が宿るの。そしてその剣はモノを焼き尽くすように斬れたり、地面に突き立てると炎の柱ができたりするのよ。あとは他にも、身体能力の向上が属性によって上がったりもするぐらいかしら」


 バシュッと物を斬るような動作や、地面にパンチしているフィーナの姿は、さまになっていなくて少しだけ可笑しかった。

 また話によると、思念技アイディ・スキルというのも魔装士は放てるらしかった。


「となると、僕が作ったナイフが振動を帯びることでモノを断つのと同じようなものだね」


 いつの間にかこちらへ来ていたケンジが会話に加わる。

 彼は機械のほかに、武器などにも目がないのである。無論、彼が創る武器は、そのどれもが機械的な性質を秘めたものである事は毎度のことだったけれど。


「だろうな。だがそうなると男は、その魔装って武器が無いと何もできないってことなのか?」


 珍しくレオンから、フィーナに話しかけた。


「いいえ、レオンさん。確かに魔装――エイン・シェルがないと、本来の力を発揮できないけれど、それは女性も同様よ。魔法は、エイン・ロッドと呼ばれる杖を媒介に発動できるの。だからそれがなければ、やはり女の人も何もできないのよ」


 やっとレオンと話せたのが嬉しかったのか、フィーナは笑顔でそれに答えていた。

 それにしても、『レオンさん』と、彼女が『さん』付けで呼ぶのはレオンだけである。

 それは彼が大人びているせいもあるだろうが、あまり親しさを人前に出さない彼の性質も関係しているだろうと思われた。


「そっか。だから獣に追い詰められていたのか……」


 魔法が使えるのなら何とかなるんじゃないのかと疑問に思っていたが、それに(つい)に納得がいったという表情でうんうんと頷くジュン。

 彼にとっては前のようにからかったつもりはなかったのだが、フィーナとしては何回言われても同じように恥ずかしい事だったらしく、少し頬を染めて俯きかげんに呟いた。


「しょ、しょうがないじゃない。だってかなり慌てて出てきちゃったから、戦闘で使えない方角感知用のラルクリアとかしか持って来なかったんだもん」


 風船のように膨らんだ頬を指で突っついてみたいとジュンは思ったが、やると、隣にいるシャーリーに殺されそうな予感がしたので止めておき。

 代わりに言葉を発する。


「じゃあさ、魔法と魔装ってどちらが強いんだ?」


 彼女はその疑問を聞き届け、若干難しそうな顔をして少し考えたあと、ポンと手を打った。

 その癖を『ポンポン』と名付けよう、とジュンは思う。


「……それは分からないのよ。簡単に言うと、魔法は遠隔的な技で、魔装は近接的な技だから、どちらが強いとかはないと思う。魔法は魔法同士で比べて、魔装は魔装同士で比べるのが普通かな」

「なら、その優劣はどう決める?」


 やはり、結局はそこが気になるのだろう。

 勝負事では勝ちに拘るレオンが口早に訊く。


「ええと、魔法の場合は、遠隔的だからほとんどが属性の相性で決まるわ。『水』は『火』に強く、『雷』に弱いといった感じで。

だけど魔装の場合はその逆で、近接用がほとんどなの。遠隔攻撃ができるのは、思念技による属性を練って飛ばす事ぐらい。ああでも、操作とかは全然出来なくて、放ちっぱなしみたいになるの。

だから属性云々よりも魔装士――つまり魔装の使用者のセンスによるところが大きい……かな。

私は男の人じゃないから、よくは知らないけど」


 彼女は濁す言い方で、言葉を締めくくった。

 たしかに、女であるフィーナに、男の武器について完璧を求めるのは無理な話だと思われる。

 だが、大まかな概念などはしっかりと伝わった。


「ふははははっ。まあ、何はともあれ男が無能ではないらしいぞ、シャーリー!」


 突然、鬼の首を取ったとばかり顔つきで、ジュンはシャーリーへ向かって叫でいる。

 男が無力でない事が、無能でない事が、証明された瞬間なのであった。

 これを叫ばずにいられるわけがない! と思う。


「ふ、ふん! 別にそう断言したわけじゃないわよ」


 そんな彼の姿を見たシャーリーもムキになっているようで、そう言って、首をジュンと反対の方向へ曲げた。

 彼女の首は良く曲がっているので、かなり体が柔らかいようだ。


「まぁまぁ落ち着いてシャーリー。まずは実物を見たほうが手っ取り早いと思うから、この話はまた後でしましょう」


 いつの間にか、シャーリーをなだめる役がフィーナに与えられたようだ。そして彼女にはまだ少し遠慮があるのか、シャーリーも渋々といった様子で頷いている。


 ちょうどそんな頃、ジュンたちはあの天高くそびえる門の目の前に到着した。


「っと、門はこうなっていたんだな……」


 ジュンは眼前を埋める巨大な門を、じっくりと眺めている。

 門の上方から絶え間なく降ってくる水滴。

 そこには確かな感触があっても。


「不思議。この水を浴びても全然濡れない……」


 機嫌をすっかり直した様子のシャーリーもどこか抜けた顔つきをして、手で流れ落ちる水を(すく)っている。

 しかし確かに掬っているはずの水は、彼女の手をすり抜け、そのまま下へ落ちてゆく。

 そしてあろうことか、白い巨像さえも透過していった。だけども着地――この場合は海にだが――した音すら全く聴こえない。


「でも間違いなく冷たくて、水の存在が感じられる……」


 天を仰ぎながら水を浴びるレオンも、この現象には深く感心しているようで、しみじみと呟きを落とした。


「……これも水魔法?」


 ワクワクが止められないままに、ジュンがフィーナへ問うた。

 この世界の神秘は、想像の遥か斜め上を超え、ラルクリアと呼ばれる水魔法を使って発動するマジックアイテムを初めて見た時、それ以上の感動で。


「うん。これはこと王都アトラティカ自身が使っている魔法なの。原理とか全然分からないんだけどね」


 子供のようにはしゃぐ黒髪の少年のことが面白かったのか、苦笑気味にそう返すフィーナ。口に左手を充ててクスクスと笑っている。

 ジュンはその姿を、いいなと思った。

 それは彼女が水のヴェールを被り、いつも以上に神秘的で、且つ魅力的に感じられたからかもしれない。

 

 しかしそんな素敵な時間は、唐突に終わりを迎えることとなる――とある機械マニアの一声で。


「おお! なんだこれは! どうなっているんだ! ありえない! ありえないぞぉ!」


 あまりに非科学的なモノを見せ付けられたケンジが、暴走モードへ突入したのだ。

 口調も変化し、普段の彼の温厚な表情も今は獰猛(どうもう)な獣のようだった。気のせいかもしれないが、茶色の髪がいつも以上にボサボサになってしまっているような。

 だがこれだけは言えた。

 雰囲気ぶち壊しもいいところだ!


((さすが……ケンジ))

(やはり……変人なのね、ケンジは)


 上がジュンとシャーリーで、下がフィーナの感想で。

 哀れケンジ。

 すでにフィーナの中では変人奇人のポストに確定したようだった。しかしこの結果が、自業自得であることは否めない。


「ええと、おっほん。それじゃあ、みんなこの石の上に手を乗せて」


 フィーナが落ち着いた感じのソプラノで咳払いをし、ジュンたちに声をかけた。

 彼女の手の上には青くて丸い――そう、まるでアトラティカの中心部に見えた天空城が抱えていた星の欠片のようなものが乗っている。


「それも、ラルクリア?」


 ジュンがそう尋ねると、肯定の意を示すようにフィーナは首を縦に振った。

 そして皆にも見えるように、石を乗せた手を少しだけ持ち上げる。


「これは転移用のラルクリアなの。今は1つしか持っていないから、これに触れてもらわないと、中へは入れないわ」

「え? でも門が……」

「門も、アトラティカが魔法で創り出しているモノなの。だから、開かないし、通り抜けられもしないのよ」

「すごいんだな、魔法……」


 剥き出しの賞賛しか、ジュンの頭には思い浮かばなかった。

 科学では到底解析できない代物だろう魔法に対しての。

 それにしても、ラルクリアって水魔法を使って発動させるものなのに、色々な使い道があるのだなと、今更ながらに思った。


「じゃあ、みんな準備はいい? ちゃんと乗っけてね。じゃないと、ここに取り残されちゃうから。でも、そうしたらもう一度こちらに来てあげるから、大丈夫だけどね」


 最後に軽く茶目っ気溢れるウィンクをするフィーナにより、魔法という未知の存在に対する不安が払拭されるジュンたち。

 彼女は、人の緊張の(ほぐし)し方をよく心得ているようだ。さすがはプリンセス。


「それじゃ、行きます。テレクリア!」


 四人全員が石に触れていることを確認すると、転移用のラルクリアの名前であろう名称を、フィーナは元気よく叫ぶ。

 次の瞬間、ジュンたちの全身を不思議な感覚が襲った。

 それは冷たくて、心地よくて、それでいて柔らかいモノで。

 さきの『雨』の時に味わった感覚とは、どうやっても似ても似つかないモノだった。


 それからすぐに、着実に自分たちの姿が薄れゆくのを感じた。






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