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ATRATICA IN CAPITAL OF WATER   作者: Franz Liszt
第2章 『学園編』
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第26話 『ラストスポット』



 一方、王立魔法魔装学園エルデリアの最上階に位置する一室。つまりは学園長である、サクラリスの部屋で。


「むふふ、やっぱりいいわね」

「そうねぇ~。若いって、ホントにいいわぁ~」


 その閉じられた空間内にて、この国の女王陛下と学園の長は気持ち悪い笑みを浮かべていた。彼女らの気持ち悪い笑みの矛先には大量のラルクリアが置かれ、そのラルクリアから映像が放出されていた。以前、フィーナにホログラフォンの機能を見せた時に言っていた映像保存装置のことだろう。火の国(ペンドラゴン)でグレンが使っていたイメジリアとかなり似ている。

 そしてその映像の内容とは、先日行われた罰――作戦名パラダイス・ロストによって補導された男子学生たちのあられもない姿である。

 映像内の彼らは、皆一様にパンツ姿で自身の魔装(エイン・シェル)を構えていた。

 それらを何時間も前から鑑賞し、ニヤニヤしていたのだ。この2人は。


「じゅるっ、あぁ何度見ても、魔装って素敵だわ。私の心を鷲摑(わしづか)みにして離さないなんて……」


 口から(したた)りそうな(よだれ)を一気に吸い上げ、恍惚(こうこつ)として(とろ)けきった顔になるサクラリス。彼女にとって、魔装(エイン・シェル)とは絶対なる嗜好(しこう)のものであり、また自らが決して得ることの出来ない至高のものでもあった。そのため、重度の魔装(エイン・シェル)マニアとしてサクラリスは君臨している。


「若い子達って、どうしてこんなに可愛いのかしら。それにどこか荒々しさもあって……キャッ」


 可憐なる少女のような声を上げ、サクラリスと似たような顔つきのジュディは、別段魔装(エイン・シェル)マニアというわけではない。ただジュディの場合は、若い男の子に限りない愛情を持っているだけだ。

 夫を早くに亡くし、未亡人となった彼女だからしょうがないとも言えるが、実際のところは昔からずっとこうなので、これがこの人の性格なのだと諦めるしかないだろう。


「そういえば、最近のフィーナちゃんは元気そうよ」


 サクラリスが一旦映像集から目を離し、ジュディと向き合った。

 一人身であるサクラリスにとっても、フィーナは本当の娘ような存在だった。だから色々と目にかけていたのである。


「知ってるわ~。あの子には、その日有った事全部を報告するように言ってあるしね。もち手書きの手紙で」

「貴方って本当に、どうしようもないほど過保護で親馬鹿ね」


 完全に呆れきった様子のサクラリスに、ジュディは嬉しそうにしている。


「最高の褒め言葉をどうもありがとう、サクラリス」

「……はぁ。まぁいいけど」


 親馬鹿上等! なジュディにとっては、これ以上の褒め言葉は存在しないようだ。


(まぁ、知っていたけれどね……)


 諦めの意味でも、ため息をひとつつく。


「それでね、あの子ったら毎日毎日同じようなことばかり書いてくるのよ。ほらぁ~見て見て」


 そう言ってジュディは、サクラリスへドレスの中から取り出した数枚の用紙を手渡した。


「貴方……これいつも持ち歩いてるの?」


 サクラリスが見ると、その用紙は全て先ほど言っていた報告書なるものだろう。どこか丸い印象のある女の子の字が、びっしりと書かれていた。


「もちろん、そうよ~。だってフィーナが私のために書いたんだから、持っていないのは母親として失格だわ」


 何故に失格なのだか全く理解できないサクラリスだったが、今さら突っ込む気にもなれなかったので、そのまま放置することに決めた。

 さっと、用紙に書かれている内容を目で追ってゆく。同じ事とはどんな意味だろう。


「えーと、何々……○月○日、ジュンがとても優しく手を握ってくれました。それにシャーリーが怒って大変でした――省略――でも今日もとても楽しかったです。☆月☆日、今日は少しお弁当で失敗しちゃったけど、ジュンはとても美味しいって言ってくれました。とっても感動しました――省略――今日もいい1日でした。□月□日、授業中に寝ているジュンの頬を突っついてしまいました。もちろんシャーリーもやると言ったので、一緒にやりました。お友達はやっぱりいいです――省略――今日も素敵な日でした。――省略」


 一日の分がとても長い上、その内容がかなり細かく、しかも確かに同じようなことばかり書かれているので、サクラリスは色々とすっ飛ばしてしまった。


「ね? 同じようなことばかりでしょう?」


 クスクスと笑いながら、ジュディが尋ねてきたので、これには頷くほかにすべきことが見当たらなかった。

 本当に同じようなことばかり書かれている。


「……ですね」

「でも、フィーナが楽しそうで、本当に嬉しいわ。ジュンたちには感謝しないと」

「そうですね。彼らは周囲の視線も気にせず、フィーナちゃんの傍にいてくれていますからね。それにちゃんと授業料とかも払ってくれているのよ」

「え? そうなの? 確か、全額免除にしてあげたわよね?」

「ええ。ですが彼らは、お金とは労働の結果であり、たゆまぬ努力の結晶であるって言って、必ず返すって聞かなかったのよ」

「そうなの。ジュンたちは本当に真面目でいい子達ね。これならフィーナをあげちゃっても、全然問題ないわねぇ~」


 年若いイタズラ少女のような表情でそんなことを言い出すジュディ。彼女はジュンたちの人柄をそれほど見ているわけではないが、フィーナの報告書やら、こういった経緯などで、大体の予想はついていた。

 それに何より、あの子がジュンのことを好いていることは明白だ。時折城へ帰って来る時は、彼のことばかりを話してくる。

 試しに有り得るその将来を想像してみると、ジュンが息子になるというのもかなり素敵かもしれない。あのしなやかでしまった体躯。筋肉は有り過ぎず、かといって無さ過ぎず。ちょうどいい。……と、これはどうでもいいことだった。


 だけど、覚悟と――


「ですが、彼らは異世界人なのですよ?」


 ――そう、これらが当面の問題だろう。


 フィーナがジュンのことを大切に思えば思うほど、いつか彼らは元の世界に帰らねばならなくなる時が、きっと来る。

 その時にどうすればいいのか……。

 この答えが未だ出ていない。


 ――それに自分がなんて彼らに謝罪をすればいいのかも……。


「そうね。それが色々と問題だわ」


 しかしジュディの顔は、言っているほど深刻な問題を抱えているようには見えない。

 それはこのことが今考えて答えが出るものでもなさそうだし、第一自分たちが踏み込んでいい領域にもまだ至っていないからだ。未だ始まってすらいないのだから、過ぎた憂慮は損なだけだ。

 だからこれ以上この話を続けるのは建設的でないだろうと思い、ジュディが区切りをつけようと言おうとした時。


「さて、この話は置いておいて、本題に入ってもよろしい、ジュディ?」


 どうやらサクラリスもジュディと同様に感じていたらしく、さっぱりと話題を変えることを提案してきた。


「ええ、いいわよ」


 すでに本題が何を意味するのか、それは大まかな予想がついていた。おそらくこの時期に言うことなど、1つしか考えられないのだから。

 気持ちだけ真剣になる。女王たるもの真剣さを態度に出すときは、本当にそれが行為として、また意思表示として必要になった時だけだ。


 ――女王たる者は常に余裕の存在でなければ、民が不安がる。


「では……そろそろ“あの周期”よね?」

「そうね。間違いなく……最近、少しだけ皆が浮き足立ってきたから……」

「そうですか。……やはり今回も、起きると思いますか?」


 少しだけ深刻そうな面持ちのサクラリス。それに対しジュディはニッコリと笑みを作り、彼女に微笑んだ。

 しかしサクラリスが無言でながらも『ジュディにも真剣になれ』と目で訴えてきたので、ジュディも女王の顔になった。彼女とは付き合いが長いので、ジュディも素直になっていいいし、なれるのだ。


「どうでしょうね。他の国ともあまり積極的な交友が無い今、友好的な風の国(シルヴァニア)で少し動きがある……この程度しか分かっていないのが現状ね。わが国ではまだ、それほど兆候は見られてないわ」

「……はぁ。何事もなければいいのですけど」

「そうね。それが一番だわ……」


 憂いを含んだ2人の声は、この密室が完全に消し去ってしまった。

 未だ世界(ユーレスマリア)は、動きを見せていない。




「それでは、これよりラストスポットへ、お嬢様方をご案内いたします」

「だからアンタそれやめさないって。似合ってないわよ」

「そ、そうか?」

「うん。いつものジュンの方が、私も好きかな」

「がーんっ!」


 こんなくだらない会話をしながら、ジュンたちは最後の場所へ向けて移動していた。

 すでに夜の帳が降りそうな時間帯で、真っ赤な夕日がどことなく寂しげに浮かんでいる。しかし全く寒さとかを感じないのは、この王都アトラティカに水魔法の加護があるからに他ならないだろう。いつも適度な気温に、この王都は(たも)たれている。

 しばらく歩き、20分ほどで目的地へ到着した。


「ここって……カンパニーレ……」


 フィーナがポツリと呟きを洩らした。

 ラストスポットは今日すでに一度訪れていた場所――サン・マルコ広場だった。

 カンパニーレとは鐘楼(しょうろう)という意味で。どこか神聖な印象を覚える寺院の目の前に、この鐘楼はあった。

 この王都アトラティカの象徴でもある鐘楼は、高さが98.6m。鐘楼の構成としては下半分がシンプルなレンガ造り。その上部にアーチ型の鐘架(しょうか)があって、鐘架の中には5つの鐘があった。また鐘架の上にはアトラティカ王国を象徴する水の紋章を(かたど)ってあるレンガ造りの壁が存在し、さらにその上にはピラミッド型の尖塔が乗っている。

 ――この尖塔の頂上にある彫刻、それは手を繋ぎ合っている2人の人間で。

 つまり、魔装士(アトラー)の祖であるアトラスと、魔法使(メシュティー)の祖であるメシュティアを模したものであった。


「え? カンパニーレって何?」


 シャーリーだけが知らないようなので、ジュンが簡単に説明をする。


「カンパニーレってのは、鐘楼(しょうろう)って意味だよ。あの頂上の方には鐘がいくつもあるんだ」

「へぇ~」


 感心したようにシャーリーが言う。


「……でも、ここって入っちゃいけないんだよ?」


 (おもむろ)にフィーナが助言してきた。

 しかしジュンはニッと、いつもの余裕あります的な笑みを浮かべ、


「大丈夫なんだなこれが。今日だけは特別ってねっ!」


 と言い放った。

 すでに鐘楼の管理人さんと、話は着けてあったからだ。以前からこの鐘楼には登ってみたいと思っていたジュンは、以前から熱烈なアタックを管理人へ繰り返していた。

 そしてそれが終に功を奏し、一度だけだと念を押されながらも、入る許可を頂けたのであった。

 これ以上ないスポットだと思い、男の衆に話したところ。皆も賛成だという事で、今日のメインディッシュとして、この鐘楼をチョイスしたのだ。


 ジュンは管理人に挨拶をしに、目の前の小屋へ向かった。

 それからすぐに戻ってくる。


「いいってさ! 行きましょうか、お嬢様方?」

「もういいって……」


 シャーリーはかなり呆れたように言ったが、その表情は柔らかい……。


「……うん」


 そしてフィーナは若干頬を赤くして、微笑んでいる。


「よっしゃ! ならここはレオンにもやらせよう! 俺よりもコイツの方が似合いそうだし」


 ジュンは(そば)にいるレオンにそう言った。

 今のジュンたちはそれぞれのグループみたいに分かれている。

 ジュンと、フィーナと、シャーリーと、レオン。次にレックスと、セレス。そしてケンジと、リリアだ。


「何を根拠にお前はそんなこと言うんだ……」


 レオンもシャーリーと同じように心底呆れた声をあげたが、どこかその表情に堅さはなく、笑みといっても差し支えないものだった。


「根拠は……レオンってなんとなく執事とかいけそうな顔だし、な?」


 シャーリーとフィーナに問いかけてみる。

 すると2人とも少し考える素振りをして、しっかりと頷いた。


「「……確かに」」

「はぁ、何が確かなんだか教えてくれ……」


 そんな事をまだ言っているレオンを引っ張り、ジュンは少し彼女らから距離を取った。


「おいレオン。ここでカッコよく決めれば、シャーリーもコロッとくるぞ、絶対!」


 小声と甘言を用い、レオンへ提言してやるジュン。

 レオンにはだからその根拠は何だと、またも思えてならなかったが、それを尋ねてもまともな答えが返ってきそうもないことはすでに分かっていたので、無言で少し考えてみた。

 しかしよくよく考えていると、どうしてか、少しやる気が出てくるのが不思議だ。


(ふっ、これもコイツの持つ不思議な雰囲気のせいか……)


 昔からジュンの傍にいると、自然と色々なことにやる気になるのだ。

 しかもこれが嫌でないのだから、我ながら本当に困ったものだとレオンは思う。


「絶対……か?」

「おう、絶対!」

「しょうがないヤツだな」


 そう言いながらも、レオンは自分が――自分にしてはだが――笑っているのが何となく分かった。

 レオンはそのままシャーリーの元へ近付いて。


「参りましょうか、お嬢様?」


 手を差し伸べながら、かしずいた。


「……おぉ~似合う似合う!」


 それに対して一拍置いてから、シャーリーが拍手をする。

 フィーナも「似合うね~」などと言っている。

 そしてレオンはそんな彼女たちの反応に気をよくし、少しだけ大胆になってみることにした。

 なんとレオンはシャーリーのほっそりとした白い手を、しっかりと握って、


「さぁ、入ろうか」


 と言ったのだ。

 奥手でヘタレ的な称号を賜ったばかりのレオンにしては有り得ない行動に、シャーリーは顔が火照るのを止められず。呆然と頷いて、言われるままに鐘楼の中へ入っていった。

 残されたジュンとフィーナは、呆然とその光景を眺めていたが、


「いいなぁ……」


 とフィーナが呟いた事を契機に、ジュンは意識を覚醒させた。

 いつものように、ニッと唇の端を上げる。

 それからさっとフィーナの手をとって、言葉を紡ぐ。


「じゃあ、俺たちも行きますか!」

「……執事口調は、ないの?」


 手を握った瞬間、パッと顔を明るくしたフィーナがそう尋ねてきた。


「だって、俺には似合わない。だろ?」


 フィーナのほんの僅かなイタズラ心を感じさせる台詞(せりふ)に、ジュンは少し()ねたように唇を尖らせる


「ううん、けっこう良かったよ……でも、いつものジュンの方がやっぱりいいかなってだけ」


 初雪のように美しい髪を夕日の色に(きらめ)かせたフィーナは、ゆっくりとジュンへ微笑みかけた。そんな彼女の表情に、ジュンはドキッと心臓が脈打った気がした。とてもフィーナの笑みに惹きつけられたのだ。

 段々と顔が赤くなっている気がする。それを誤魔化すために、口早に言う。


「は、早く入ろうか」

「うん!」


 こうしてジュンとフィーナも鐘楼の中へ入っていった。



「俺、ここに入るのって初めてだぜ……」


 ジュンがレオンをけしかけている時、緑の髪をおしげもなく風に揺らせているレックスも、興奮気味になっていた。


「カンパニーレへ入るのは私も初めてです……。楽しみですね」


 彼の呟きに近い言葉を聴いたセレスが、レックスに返す形で言葉にする。

 二人とも自身の背の何倍もある鐘楼を見上げ、感嘆の息をついていた。茜色の空には鳥が飛び、雲には赤と黒のコントラストが映えている。


「はい。メッチャクチャ楽しみだぜ……です」


 言葉の途中で、相手が先輩なのだと意識が至ったレックスは、慌てて語尾に丁寧語を付け加えた。

 そんなレックスに対し、セレスは微かな笑みを零しながら、


「いいですよ、敬語でなくても。私はそういうこと気にしませんから」


 と言った。

 元々敬語の類が得意ではないレックスも、気にしないと言ってくれたセレスに感謝の気持ちで白い歯を見せながら笑う。


「さすがだぜ、セレス先輩!」

「フフフ、元気ですね~」

「当たり前だぜ!」


 元気よくレックスが言い、セレスはどこか冷静に言う。

 どこか神秘的で不思議な印象のあるセレスと、おおらかなレックスは何やら気が合うようで。

 そのままキャッキャしながら中へ入っていった。



「私本当に、こんなに高いとこ登るの……」


 本を仕舞い込んだリリアは、両手で鐘楼の高さを押し測るような仕草をしていた。表情は気持ちだけ堅そうだ。

 彼女の隣には茶色の髪の少年が立っており、今しがた言われた言葉に頷いている。ケンジはホログラフォンでこの映像を保存しようかと思ったが、エネルギーの無駄を省くためにジュンやレオンに無闇に使うなと言われていたのでやめ。そして何よりも、この光景を映像なんてモノに納めようとしている事自体が何やら無意味なような気がしたから、やめておくことにした。


「……っていうか、みんな中に入っちゃった!?」


 ケンジが改めて辺りを見てみると、すでにジュンたちの姿は影も形もなく。

 ここにはリリアと自分の二人だけが取り残されていた。


「別に大丈夫。私たちも今から行けば、十分に追いつける」


 慌てるケンジとは反対に、かなり落ち着いているリリアは鐘楼へと至る道を指差しながら言った。

 彼女のいつもと変わらない感じの言葉に、ケンジも落ち着きを取り戻す。そして彼女の冷静さを自分も見習わないといけないな、と切実に感じた。


(僕は科学者として落ち着きがなさ過ぎるってよく言われてたっけ……)


 ピースランドの国家研究所のメンバーでもあったケンジは、ホログラフォン開発時に仲間内でよくそんな風に嫌味を言われていた。彼が若すぎたためだろう。研究者仲間のことは、互いに対し何だか殺伐としていたので、あまり思い出したくはないことでもある。

 そのためケンジは首を振って思考を追いやった。


「そうだね。でもせっかくだから、ゆっくり行こうか、リリア?」


 リリアの方を見やりながら、そう提案する。

 優しい風が、緩やかに髪を撫で上げるのを、確かに感じた。


「ケンジがそう言うなら……いいよ」


 俯き加減にリリアは呟いたが、今の彼女の表情は恐れではなく、はにかんでいる様だった。

 リリアは、今の自分が楽しんでいるんだと分かった。

 ――だって、こんなにも胸が高鳴っているんだから。


「じゃ、行こうか」


 言ってケンジはゆっくりと階段を目指し、歩いていった。

 だから彼の隣に続くようにして、そっとリリアも足を踏み出した。

 体力はジャンルではない彼らにとって、この90mはある鐘楼を登るのは、とても大変そうだった。


 そんな彼らの様子を見た今年で御年70を突破された管理人様は、自身の伸びきった(ひげ)を手で弄り、「若いっていいねぇ~」とおっしゃっていましたとさ。




 鐘楼の天辺からの景色は、何とも言えないものだった。

 極大の青いラルクリアを抱えたドゥガーレ城に黄昏時特有の光が透過されて色が変わり。変色した色が、都市を覆うかのような水のヴェールに反射して、まるで虹のようにキラキラと輝く。

 その光景を、ジュンたちは天空のドゥガーレ城を抜かして、最も高い場所――鐘楼から眺めていた。

 女王の如く(きらめ)き、絢爛けんらんたる宝石のような、圧倒的なまでの美。

そこに魅入られたジュンたちは、言葉を失い、ただただ佇んでいる。

 誰一人として言葉を発する者はおらず、身動きすら忘れているようだった。

 いや、言葉を発すること自体が冒涜のように思え、また(まぶた)を動かすことすら背徳のように思ったのだ。

 やがて日が完全に(ラグーナ)の地平線へ沈み、光り輝くような星が見え隠れする空へ変貌を遂げてゆく。

 それこそ何千何万と、夕焼け空という光景をジュンは見たことがあった。しかしこれほどに美しいものを、今までに見たことがあっただろうか……。

 ……いや、ない。ジュンは密やかにそう思った。



 そして一瞬ではあるが、果てしないほどの時間を過ごした後、ジュンたちは(ほう)けた様に岐路に着いたのだった。


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