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ATRATICA IN CAPITAL OF WATER   作者: Franz Liszt
第2章 『学園編』
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第23話 『服装チェック 女子編』



 あの事件――パラダイム・ロスト(失楽園)からすでに2週間が経ち、もうこの5月も終わりに近付いている頃。

 あれからもジュンたち(ほとんどがジュンとレオンだけ)は懸命に元の世界へ帰る方法を模索したが、これといった成果は得られていないのが現状だった。図書館の蔵書も粗方見尽くし、残るは秘蔵書だけとなっている。

 だが秘蔵書は国の重要な機密とかもあるそうで、見せることはできないらしい。そこで、学園長が直接見て目ぼしい事が分かったら、その都度教えてくれることとなっていた。

 つまりそう簡単に、帰還方法は見つからなかったのだ。


 しかし、初めの頃に感じていた帰れないことへの不安や、恐怖感といったものはあまり感じなくなっていた。それはジュンたちがこの世界に慣れ始めていることと、仲間がいることへの強い安心感があるからかもしれない。

 そしてジュンたち男どもには、とても喜ばしい進展もあった。


 あの『パウリ効果』の異名を持つシャーリー・クロフォードの料理が、ほんの少しだが、確かに料理だと認めてもいいレベルに達したことだ。

 これでもう、生死の狭間(はざま)彷徨(さまよう)うことだけはなさそうだと、男たちは人知れず胸を撫で下ろしたものだった。フィーナ様様である。

 


 今、ジュンたちは王都の中を散策していた。

 といってもジュンたち男衆は毎日のように市に出掛けては、フィーナとシャーリーが料理に使用する食材を買いに行っていたが、今日はそのための王都散策ではない。


 今日はそう、一言で言うのならば――埋め合わせだ……いや償い、か?


 とにかく事件『パラダイム・ロスト』の時に、ジュンたちは乙女たちの生まれたままの姿を見たので。そのことに対する謝罪の意も込めて、女の子を遊びに連れ出したである。

 すでにフィーナやリリアやセレスはもちろん、あのシャーリーだって怒ってはいなかったが、ジュンたちとしては埋め合わせをしないと気が済まなかった。根は良い子なのだ。

 そこで首謀者のジュンと、付き合ったケンジとレックスは、フィーナたちを誘って美味しいものでも食べさせてあげようと計画した。


 今この場に居るのは、ジュン、ケンジ、レックス、レオンの男4人。それとフィーナ、シャーリー、リリア、そしてセレスの女4人だ。彼らはゴンドラの上で楽しそうに過ごしている。ゴンドリア(ゴンドラを呼び出すラルクリア)で、いつもより大きなゴンドラを用意していたため、スペース的にも申し分ないほど快適だ。


「ねぇ、どこに向かってるの?」


 そしてもちろん、ゴンドラを漕いでいるのは男子だけだ。女子は今日のゲストなので、働かせるわけにはいかない。

 悠々と足を組んで、ゴンドラが切る水の流れを見つめていたシャーリーが唐突にそんなことを訊いてきた。

 ジュンは今日、どこで、何をするかも、その理由さえ彼女たちには言っていなかった。

 だから少し気になったのだろう。


「それはちょっと、言えないなぁ。だが、良い場所……とだけ言っておこう」


 クックックと笑いを洩らしながら、ジュンは言った。こういうのはサプライズの方が喜ばれるって相場が決まっている。

 そんなジュンの反応にシャーリーは余計に気になったが、答えてくれそうな雰囲気ではなかったので諦めた。

 諦めのため息を1つ洩らして、一言だけ付け加える。


「期待しても、いいだよね?」

「もっちろん」


 そういえばこんなやり取りをこの世界に来てから、しばらくしてなかったなとシャーリーは思った。そしてこうやって、出掛けるのも。


(こういうのも、悪くないわね)


 ゆったりとした動きで、ゴンドラは進んでゆく。水気を持った空気が快適さを増している。これで潮で髪がベタベタとしなければ、最高に違いない。


「でも、こういうピクニックみたいなことするならお弁当作ってくれば良かったなぁ」


 とても残念そうな声でフィーナが言った。

 確かにフィーナの料理はいつも美味しく、ジュンとしてもお弁当はとても魅力的なのだが、それでは今日の意味がなくなってしまう。

 そのことをレックスも分かっているのだろう、彼は涙を一杯に溜めながら――食べたかったに違いない――歯を食い縛っている。


 ゴンドラが進む内に、何もすることがない女子たちは後ろで盛り上がり始めていた。



「今日は私も誘っていただいて、本当に良かったのでしょうか……」


 一人だけ先輩であるセレスが、少しだけ申し訳なさそうに言った。

 だから隣に座るフィーナは、「良かったんですよ」とニッコリ微笑んで答える。それから、「ね?」と他の2人を振り返りながら尋ねた。

 それに対し、シャーリーとリリアも笑顔で頷いて。


「ありがとうございます、皆さん。実は私、今日のこと楽しみにしてたんです」


 セレスも神秘的な笑みを零した。


「私もですよ。すっごく楽しみにしてました。だってこんな風にみんなでどこかに出掛けるだなんて、嬉しくて……昨日の夜は寝られませんでした」


 これは全て本当のことで。フィーナは初めてなのだったのだ。こんな風に、大勢でどこかに行くことなんて。

 だから、本当の本当に楽しみにしていた。

 昨日の夜も、明日はやはりお弁当を用意した方がいいのだろうかと考えたり、明日は何を着ていこうか迷ったり、部屋の中を何周も意味もなく回ってみたりもした。


 結果、全く眠れなかった。

 しかし寝不足なのは間違いないのに、今、現に全然眠くならないのが不思議だ。ヘタをしたら、いつも以上に元気かもしれない。いや、間違いなく元気だろう。


「フィーナ、すっごい気合の入った格好してるもんねぇ」

「そ、そうかな……?」


 実はけっこう……いや、かなり気合を入れてきていたフィーナ。


「そうだよ。とっても可愛いよ!」


 シャーリーはそんなことお見通しと、もじもじするフィーナを微笑ましく思いながら、彼女の格好を褒めた。

 それを聞いてフィーナは頬を赤く染め、ちょこっと俯く。


 頭にベレー帽を被ったフィーナの服装はチュニック風のワンピースに、デニムのショートパンツ、そして生足を(さら)け出すようなパンプス。水色のワンピースの裾は膝の上で止まっており、ショートパンツが少し見える――プリンセスとして(かんが)みれば、けっこう大胆な格好だ。


 しかしそれを着たフィーナは、とても可愛らしい。女であるシャーリーの目から見てもこんなに可愛らしいのだから、男のジュンたちが見たらどうなのだろうと考え、途中で放棄した。

 ――そんなもの決まってる! 滅茶苦茶可愛いに決まってるって! 


(あぁ、私もオシャレしてくればよかったぁ)


 喫茶店タイムの『フローリアン』でウェイトレスとしてバイトをしているシャーリーは、すでに給料を1ヶ月分もらっていた。そのお金はけっこうな額で、日常生活に必要な経費以外に、洋服などのオシャレに回すのにも十分な金額だ。

 しかしシャーリーはそれを貯めておこうと思い、使っていなかった。それを今頃になって後悔し始めたのだから、始末に悪い。

 シャーリーの格好はラフなキャミソールの上着に、少し短めのジーンズのような格好だ。

 ――なんで、私はぁ!


「フィーナがそんなにオシャレをしてるのは、珍しい」


 シャーリーの隣にいるリリアがそう、フィーナの姿を評した。驚いたことに、愛想らしきものが見え隠れする声音で。

 フィーナが返すための言葉を吟味(ぎんみ)していると、リリアは続けて「どうして?」と言葉を重ねた。

 どうすればいいのだろう、とフィーナは思った。


(正直に言うのも恥ずかしいし、かといって何も答えないのも怪しいし。うぅ、どうすれば……)


 正直にフィーナの気持ちを、神様の視点で観測すると、(みんなとのお出掛けなんて初めて! すっごく楽しみ! そして何より、ジュンと一緒(ハート) つまりこれは好機(チャンス)! 女の子らしいところを見せ付けて、メロメロにしてあげちゃうんだから(おんぷ)) といった感じである。


 どうにも、このプリンセスらしいと言えば、らしい。


 そんな風にフィーナが黙り込んでいると、横にいるセレスが代わりに言う。

 今の彼女の容貌(ようぼう)は神秘的というよりも、邪悪。邪悪というのは、人が慌てるのが分かっているのに、それでも敢えてやってしまう、そんな表情のことだ。


「見せたい誰か……がいるんですよね。フィーナ様?」


 しかしその表情をすぐに引っ込めて、不思議な印象を持つ微笑を浮かべたセレス。切り替えは非常に速い。玄人(くろうと)の臭いを感じる。

 けれどどう見ても、フィーナには彼女のことが悪魔のように見えてならなかった。フィーナは自分よりも相手を困惑させることは、けっこう好きな方だが(ジュンとか)、しかし自分だけが困惑させられるのは苦手なのだ。


 というかそもそも、好きな者がいるのだろうか……。


「しょ、しょえは……」

「それは?」


 モゴモゴと口ごもり、顔を真っ赤にしてゆくフィーナを、微笑みと共に見守るセレスが恐ろしい!


「そ、それよりもセレス先輩や、リリアだって可愛いじゃない?」


 顔から火が出るほどに熱々なフィーナのことがさすがに可哀想になったので、シャーリーはセレス先輩や、リリアに話題を振ってあげた。

 シャーリーの優しさに気付いたフィーナが目で、『ありがとう』と感謝をしてくる。それに対し、シャーリーは『いいよ』と笑みで応えながら、セレス先輩とリリアの姿を眺めた。


「そんなことありませんよ。私なんて、あまりお洋服には興味がないので」


 そう言う割には、セレス先輩の格好は実に(さま)になっていた。少し長めのカーディガンを羽織り、その下はティアードのようなものを履いている。神秘的な雰囲気を(かも)し出すセレス先輩に、とてもよく似合っているとシャーリーは思う。

 これだけの着こなしをしていて、興味がないとは、それでは自分はどうなのだと感じてしまった。


「そうなんですか? とても似合ってますよ、セレス先輩は綺麗だから」


 復活したフィーナは、さっそくセレス先輩を褒めた。

 もうさっきのことなど、彼女は忘れてしまっていた。

 ――今が楽しいのなら、それで良かったから。


「私が綺麗なら、リリアさんはとても可愛らしいですね」


 この中でリリアは、外見的に一番幼く見えた。それはペアトップのワンピースを着ただけという、とてもシンプル且つ幼さを演出するような服装だからかもしれない。

 しかし彼女にとてもよく似合っているのも、また事実だ。身長が155と低いリリアには、多分に“あどけない少女らしさ”が残っており。それが花柄のワンピースにとてもマッチングをしていた。

 皆でリリアを見つめると、彼女は顔を赤らめ、俯いてしまう。


 しばしの間、花も(はじ)らう乙女である4人は、互いの服装のチェックから、お勧めのお店の紹介。香水はどんな匂いがいいかとか、乙女な話で大いに盛り上がったとさ。


 もちろんこれらの会話の内容は、前でえっちらおっちらオールを漕ぐ男子たちにも、当然筒抜けで。

 どうしてもチラチラと、彼女らのことを横目で見てしまうのだった。だが、これは男として自然な行動だろう。思春期の彼らの脳裏の大半は、異性のことだと相場が決まっている。

 だからむしろ、1人だけ平然としていたケンジの方が、よっぽど異常なはずだ。



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