第20話 『パラダイス・ロスト! ①』
ジュンが反逆を誓ってから、数日後――。
「よくぞこれだけ集まってくれた、皆の衆! 今日この日、この場所、この時間に集まってもらったのは他でもない! あのふざけた事をやりやがりましたシルバープリンセスとピンクポニーに対し、反逆をするためであーる!」
「「「「おぉー!」」」」
男子寮の前に男子生徒たちが集合しており、そこでジュンは声高らかに宣言をしている。
あの落書き事件の報復をするために、クラスで仲良くなった学生や、男子寮の談話仲間を集めたのだ。
その中にはケンジやレックスもちゃんといるも、もう一人の被害者であるレオンは、「くだらない」と言って来ていなかった。
だが、それでも一向に構わない。
なぜならば、今から決行する内容を話した結果、男子生徒の有志が大量に集まったからである。
その数はざっと数えただけでも30名ほど。
「そして諸君らは、我が戦友であり、仲間である! なぜならば我が志に共感し、我と共に運命へ抗う事を決心してくれたからだ!」
両の手を広げ、誇張表現をするジュン。
「「「「おぉー!」」」」
彼の言葉に反応して、男子生徒の群れが歓声を上げた。
自らの腕を天へ突き穿っている者もおり、かなりの熱血っぷりを見せている。
「これより我々は、かねてよりの楽園を目指す事となる! その道のりは険しく、それでいて厳しいものだ。しかーし! 忘れてはならない! 困難な道のりだからこそ、得られるものも大きいという事を!」
「「「「おぉー!」」」」
「それからこの行動における全ての罪過は、この俺、ジューンバルト・ソリドールが受け止めてやる! よって諸君らが恐れる事など、何1つ無い!」
「「「「おぉージューンバルト! ジューンバルト!」」」」
「クッハハハハ! いい返事だぁ! またさらに! 我の綿密な調査によると、この時間はプリンセスやポニー以外にも多くの女子が入浴中である! 故に、己が欲望の塊を思う存分に吐き出してくれ給えっ!」
“給えっ!”のところで、掌を見せるように右手をバッと前に突き出す。その動きによって、纏った黒いマントを脱ぎ捨てる――これの為だけに用意した。
給与の、これほどまでの無駄遣いもないだろう。
だがそんなの関係ねぇ! とばかりのテンションがこの時のジュンにはあった。
「すげぇー! よくあのトップシークレット情報を手に入れるなんて!」
「あぁ、さすがはジューンバルトだぜ!」
「付いてきて良かったっす!」
口々に男子たちがジュンへ賞賛を送っている。それほど入手困難なのだ、入浴情報とは。
ちなみに、情報源はあのセレス先輩であり。
『あらあら、そんなに気になるのですか? ……分かりました。そこまで言うのなら教えましょう――ゴニョゴニョ』このやり取りで、ジュンはセレス先輩を崇拝する事に決めていた。あの時にセレス先輩が浮かべていた、楽しげな微笑の本当の意味も知らずに。
集まってくれた同胞を前にして、ジュンはニヤリと唇の端を歪ませ言い放つ。
「では今より、作戦名『Paradise・Lost』を――開始する! 現存の支配構造をぶっ壊し、楽園を失楽園へと導いてやるのだ!」
「「「「うおぉぉーーっ!」」」」
雄たけびを上げながら、ジュンが天を穿った!
それに伴って、全員も彼の真似をする。
これにて女子寮に侵入および、大浴場の観察を目的とした、神をも恐れぬ作戦――パラダイス・ロスト! の火蓋が切って落とされたのだった。
まず、女子寮への侵入経路は3つ用意してあった。1つ目は正面から、堂々と入る経路。2つ目は裏口から入る経路。そして3つ目は、この作戦のために、ジュンがレックスに頼んで(命じて)掘らせた穴を通り、中へ侵入する経路である。
レックスは『地』の魔装士なので、こういうことは大得意だったのだ。
そしてもちろん、今日の場合は3つ目の経路を選択する。
ジュンは仲間を引き連れて、狭い穴を通っていった。
やがて行き止まりになり。そこでジュンは前の土くれを押した。するとバコッと音を響かせ、その土くれが前に倒れた。
これはジュンが、穴のカモフラージュ用にケンジに作成してもらった、『迷彩系ダンボール君改(ジュン命名)』だ。改や名前に、特に意味はないし、気にしてもいけない。
穴が貫通し、その奥から微かな光が洩れだした。
時間はすでに8時を回っているので、陽の光はなく。よってこの光は、女子寮の中から漏れ出した光に間違いなかった。
そのことによる興奮で、後ろにいる男子たちが少しどよめきだした。
ジュンは「静かにしろ」とジェスチャーで伝え、その騒ぎを鎮静化する。
こんなところで、しかもこんな事でバレるわけにはいかない。
「皆の衆、こんな大事の前の小事で躓いては元もこもないだろ。落ち着くんだ」
簡単なジェスチャーだけでは、まだ落ち着かない同志もいたので、静かに言伝を回すジュン。
それにより、完全に皆が静まった。
全員が無事に穴を通り抜け、楽園への第1歩を踏み出す。
そのままジュンたちは女子寮の周りを壁づたいに歩き、1つのガラス戸の前で立ち止まった。
そこでジュンは懐から、淡い水色のエイン・シェルを取り出し「リクリエイション――」と極力声を抑えて唱え、エイン・シェルを双剣へと復元させる。
瞬間的に淡い光が放たれるが、皆で覆うことで押さえ込んだお陰で、ジュンたちの存在に気付いた者はいないようだった。
「出て来いよぉー、Silky・Light――」
ジュンは細い絹糸を想像しながら、思念技を発動させる。
すると双剣の先端から、光輝く細い糸状の物体が出現した。その光の絹糸はガラスで屈折しながらも、確実に中へと侵入していって。
やがて、カチャリと鍵の開く音が聞こえてきた。ジュンの放った光の絹糸がガラス窓から中へ侵入し、見事に鍵を開けたのだ。
恐ろしく力の無駄遣いであることは間違いない。
(これで俺の全身を透明にできる思念技とかあればいいのにな……)
しかし生憎と、剣を透明にする思念技はあっても、全身を透明にすることはできず。←前に試した。
(だけどまぁ、透明になったらなったで、網膜まで透明になるといことだから、結局何も見えないんだよなぁ。世の中ままならないものだ、ホント)
心の中でゴチャゴチャ考えていたジュンは、現実ではそのまま窓を開き。
『風』属性の生徒と、『地』属性のレックスを自身より先に中へ侵入させる。
「Flow・Air――」
「Ground・Detection――」
彼らも魔装をすでに復元しており、すぐさま思念技を使って周囲に人がいないことを確認した。
『風』の思念技により大気の流れを感じ、『地』の思念技で|地面の振動を用い人の気配を探知したのである。2つとも探査用として、かなり有効だ。
ジュンの空間把握でも大まかに分かるが、それでは確実性に欠ける。
「よし、誰もいないぜ。ジュン入っていいぜ」
レックスがいつもより声を小さくして言った。
ジュンはその言葉に頷いてから、壁をよじ登りガラス戸から中へ入った。数人が彼に続いてゆく。
まずは女子寮の浴場の位置を知らねばならない。この情報だけはどうしても得ることができなかったので。数人がその内部に浴場があるかを偵察しに行き、残りが外回りの観察と、警備を。この役割分担だった。
いざ入ってみると、女子寮の中は閑散としていて音1つ聞こえない。
しばらくの間、ジュンたちが進む足音だけが木霊する。
2階の構造は、フィーナの部屋が二階にあるので、彼女の部屋で食事をする際に確認済みだった。しかし、それ以外の階にはシャーリーの邪魔が入り、情報が全くない。
かの素晴らしきセレス先輩も内部構造までは教えてくれなかったし、あまりしつこく訊くと怪しまれると思いやめておいた。
ジュンたち内部把握隊はずんずんと進み、目的である大浴場を探す。
フィーナの部屋がある2階は、基本的に学生の部屋。そのことから、おそらく2階よりも上は学生の部屋であると推測する。
となるとやはり大浴場があるとすれば、1階だろう。もしかしたら、地下があるかもしれないが、それは未だ謎だ。
しかしジュンの特技である空間把握によると、どうやら地下があるようで。地下から人の気配が、微弱に感じられた。
カツン――と、靴が大理石の床を踏み鳴らす音が聞こえてきた。この時間はプリンセスが入浴中だということだからか、警備も厳しくなっているようで。予定よりも、警備員の動きが活発だ。
最初こそ無かった気配が、どんどん自分たちに近づいているのを感じた。
自然と、少し早歩きになる。
「ゼス。水の在り処は分かるか?」
しかしあくまでも冷静に、隣を歩く白髪のクラスメイトに声をかける。彼はゼス・レイクといい、属性が『水』の男子生徒だ。レックスと舟漕奏に出場するメンバーの1人でもある。
ゼスは魔装である『グローブ』を身に付け、その目を堅く閉じ、指示通り、水の流れを感じているようだ。属性『水』はこの国アトラティカ王国にいる限り誰でも行使できるが、彼のような使い方をジュンたちはできない。できるのは精々、ラルクリアを使うとかぐらいだ。
普段はマイペースなゼスだが、今は必死な形相で探知に専念している。これで目的が下心じゃなければ、さぞかしカッコいいことだろう。
しかしゼスがいくら必死になっても、探知できない可能性もあった。
元々、女子寮の中には強力な水魔法が掛かっており、『水』属性の魔装の力が相殺され上手く発揮できないのだ。
故に、最後の手段として、手分けして探す要員を連れてきていた。
「どうやらこの下に大量にあるような気がするんだが……地下かな」
さすがはゼスと思いながら、ジュンは大きく頷く。
「たぶん」と付け加えられはしたが、この証言があれば、もうほぼ確定だ。
女子寮の大浴場は地下にある!
「分かった。それで十分だ。俺も地下はあるんじゃないかと思っていた。みんな、出るぞ!」
すぐさまジュンは、皆に注意を飛ばす。
そしてポケットからレオンのホログラフォン(勝手に持ってきた)を取り出し、周波数を人間が聞こえない音域に設定し、ホログラフォンから音を発する。無論誰にも見られないように、それらは影に隠れて行う。
この音波を、外で待機しているケンジのホログラフォン(本来はジュンの)が集音する手筈になっていた。
ジュンが持つホログラフォンからは、『大浴場は地下』という内容の音が発せられているはずだが、周波数が人間の集音域を越えているため全く聴こえない。
しかし確信している。今頃はケンジが『地』属性の生徒に声をかけて、地面を掘っていることだろう……と。
そしてまた、外回りの巡回が1時間置きになされていることは、緻密な観察という名の覗きで事前に分かっている。
つまり残り35分以内に、この作戦――『パラダイス・ロスト』を完遂させなければならないので。穴を掘る時間が20分ぐらいでないと、その後の観察時間も考えるとかなり厳しい。
ジュンたちが到着するまでに、どのくらい穴が掘れているかが勝負だ!
外で待機していたケンジは、ホログラフォンが音を拾ったのを確認して、すぐさま指示を飛ばしていた。
「『地』属性の人は、至急穴を掘って欲しい。楽園は地下にあるって」
「了解しました!」
生徒の中の1人がケンジの呼びかけに反応して、すぐにエイン・シェルを『スコップ』に復元し、地面を掘りにかかった。おそらく女子寮の中央に浴場がある、とも音にはあったので、中央に向けて掘るように指示する。
嬉々として中央へ向けて穴を掘り進める男子生徒。その速さはかなりのもので。
場違いにも、やはり魔装はすごいと感じるケンジであった。
「首尾はどうだ?」
ケンジは突然聞こえた声に少し驚いたが、その声の主がジュンであると認識すると――、
「うん、順調だよ」
と答えた。
どうやら競歩でここまでやってきたようで、生徒の中には息切れをしている者もいた。
「よっしゃ。それじゃレックスも手伝ってくれ」
「オーケー」
黙々と穴を掘り進め、数分。
やがて、穴が突然堅くなったとの報告がジュンの耳に届いた。おそらくそこを掘れば、浴場に着くのだろう。
掘るのを一旦止めるようにと、指示を飛ばす。
先に生徒たちを中へ入れ、カモフラージュ用の『迷彩ダンボール君マーク2』で掘った穴を塞いでおくために、ジュンは生徒たちの最後尾で穴へ突入した。
穴の中は小規模の鍾乳洞のようになっており、とてもスムーズに進む事ができた。
そして最奥に到達すると、そこは少し大きな空間として掘られていて。おそらく、皆が入れるようにとの配慮だろう。
「よし、ではこれより作戦『Paradise・Lost』を最終段階へと進める。レックス落ち着いて聞いてくれ、その硬い土はおそらく浴場内部に通じている」
途端に生唾を飲み込む音が聞こえてきて、それからレックスが興奮気味に言った。
「マジかよっ! じゃあ早く開けようぜ!」
「いやだから待て。少し落ち着くんだ。その前にその硬い土がどのくらいの深さであるか確認してくれ」
「何故に?」
「そこが万が一でも浴槽であった場合、そこから一気に水が爆発的に流れ込んでくることになる。そうなれば見つかるどころか、最悪ここで溺死する」
「そりゃ、やべぇな」
「あぁ。どうだ、えーと……」
「1年のダリルです、ダリル・マッカーサー。ジューンバルト先輩。確認した限りですと、おそらく3メートルほどはあるかと」
ジュンはもう1人の『地』属性の1年生――彼の名前を忘れてしまっていたが、ダリルはそれを読み取って進んで自己紹介をした。
彼の名前を聞いて、そうか、とジュンは思い出した。確か自分が招集を呼び掛けた時に、真っ先に食いついてきた下級生だったはずだ。
そしてダリルの覗きに対する情熱(?) にとても深いものを感じ、即採用したのだった。素晴らしい後輩だと、ジュンの鋭敏な直感が予感したからだ。
その予感は、見事に的中したようで。
ダリルはジュンが指示をする前に、必要な事を素早くやっていてくれていたし。穴堀もかなりの速いスピードだったと思う。
「よし。さすがだ、ダリル。では、ここは間違いなく浴槽ではないようだ。こんなに深い浴槽があるものか。小さい穴を掘ってくれ」
「レックス先輩、お願いします」
ここでダリルが掘る役を譲るとは以外だったので、思わずレックスが尋ねた。
「なんでだ? お前、すっげぇやる気じゃん。最後掘りてぇだろ」
「いえ、僕のスコップでは小さな穴を開けるのには不適切です。レックス先輩の『槍』を使ったほうがいいです」
――やはり素晴らしい! この後輩は情熱だけではなく、冷静な判断能力も備えている!
ジュンはこの後輩を採用して本当に良かったと、心の底から感じた。
「分かったぜ――フッ!」
レックスが槍の先端で、器用に優しく土を掘った。
するとパラパラと土埃が舞い上がり、土が削れてゆき。やがて掘ったところから微弱な光が洞窟の中に差し込んできた。
そして入浴中の女生徒のどこか艶っぽい声が、ジュンたちの耳に聞こえてくる。声の数から推測するに、けっこうな人数が入浴しているようで。
「キタァー!!」
「やった!」
途端にざわめきだす生徒たち。
しかしそれも当然だろう、この先にめくるめく桃源郷が待っているのだから!
だがこのまま騒げば、バレるのも時間の問題だろう。何しろここはもうすでに貫通しているのだ。小さい穴であるため、内部からパッと見ただけでこれがバレることはないと思うが、浴場はただでさえ声がよく響く場所。音は禁物にかわりない。
故に、開通した穴を手で塞ぎながら、ジュンは言った。
「皆の衆、静粛に。終に我々は聖地、またの名である楽園。その目前へと到達した! だが、ここで油断してはならない。我らには崇高なる目的が残っているのだから! ここまではたかが、聖女たちが戯れる天国へと至る、手段でしかない! ここから先こそが真の新世界への幕開け、そうだろう皆の衆!」
ジュンが厳かに言うと、生徒は大仰に頷きながら大人しくなった。
自分たちの過失に気が付いてくれて何よりである。
「……で、誰から見る?」
静まり返った鍾乳洞の中で、誰かがそう言った。これは当然の問いだろう。皆が最初に見たいはず。
このままでは暴動になるかもしれない、と思っていると――。
「ここはやはり、まずはジューンバルト先輩が見るべきでは?」
驚くべきことに、そうダリルが提案した。
そして皆が、口々に賛成の意を唱える。
「だよな、ジューンバルトが見るべきだな」
「あぁ、ジュンからだよな。やっぱ」
「ジューンバルトの勇敢で明晰な頭脳に乾杯さ」
皆の視線がとても暖かいと、ジュンは思った。
作戦や下準備の全てを、ジュン1人でやったわけではないのに、彼らは自分が最初に見てもいいと言ってくれている。
その優しさに、ジュンは涙が零れ落ちそうになったが、ここはグッと堪えた。
全ては作戦の続行と、完遂のために。
(ありがとう、みんな!)
最大限の感謝の言葉を胸に秘め、ジュンはさっそく、レックスが開けた小さな穴を覗きにかかった。
最初は湯気で中をよく見ることはできなかったが、段々と視界が開けてゆく――。
お久しぶりです。
Franzこと、僕はこの度、見事にインフルエンザ、しかも新型にかかり寝込みました><
テストが終わった後の悲劇。
それから遅れた分の勉強をし、塾やら、クリスマスやらでてんてこ舞い。
しかしようやく復活できました。
これから更新頑張ってゆくので、よろしくお願いします。
ではでは~