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ATRATICA IN CAPITAL OF WATER   作者: Franz Liszt
第1章 『世界掌握編』
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第2話 『異世界ユーレスマリアからの招待状』




「なるほどね。そんなことがあったの……」


 ジュンたちから事情を聞き終え、それほど深刻そうな印象を受けない顔つきで頷くフィーナ。どうやら彼女には、異世界へいきなり迷い込んでしまったジュンたちの驚きと戸惑いは、あまり伝わらなかったようだ。

 当事者でなければそんなものかもしれないとも思ったが、もしかしたらとジュンの頭によぎる可能性が、1つだけあった。


「もしかして俺たち以外にも異世界人はいて、実はそんなに珍しくないとか?」


 思い当たった可能性を、そのままの形で訊いてみる。

 この疑問に対する答えがイエスならば、とても気が楽だなと思う。実は、言語体系が一緒だったことから、この可能性はそれなりに高いのではないかとジュンは踏んでいた。


「あ、ううん。そんなことないわ。私、異世界人を見るのは初めてだもの」


 しかし予想通りの答えを得られず、ジュンはガックリと肩を落とす。

 フィーナはそんな彼の思いをつゆ知らず、ニコニコしながら語っている。認識の差も在るだろうが、それ以上に彼女は純粋に、今のこの状況を楽しんでいるようだった。

 あまりにも楽しそうに、嬉しそうな顔で語るフィーナ。彼女のその表情を見ると、深刻な顔をしていることであろう自分たちが急におかしく感じる、ジュンたち一行であった。


「そうなんだ。じゃあフィーナは、元の世界への帰り方とかも知らないよね?」


 答えはもはや分かっているけど、訊かずにはいられないといった様子のシャーリーが尋ねた。

 本来の目的は異世界人の存在の確認などではなく、単に元の世界へ帰る方法である。


「ごめんなさい――でも、お母様や学園長なら知っているかも……」


 謝りながらも、フィーナはなにか心当たりがあるのだろう、まるで自分に言い聞かせるように呟いた。


「フィーナのお母さんってことは、女王様?」


 シャーリーがそう訊いた。今会話に参加しているのは、ジュンとフィーナとシャーリー、そしてレオンの四人だけだ。レオンはあまり、人と話すことをしないため、黙認(だんまり)を決め込んでいるようだった。

 一人足りない……と思われただろうか。

 その一人である機械オタクは、頭を抱え込んで唸っています。

 先ほどの戦闘で、彼がやっとの思いで完成させた宇宙開拓用ナイフが、その機能を完全に停止していたのだ。

 あれではただのアーミーナイフである。

 

 唸りまくるケンジにフィーナは最初、「大丈夫?」と訊いていたが、ジュンたちがああなったケンジは、放っておいたほうがいいという助言を受けて。

 頑張って気にしないことにしているようだ。

 それでもメガネがズレ、茶髪をくしゃくしゃにしながら唸っている少年の声が耳につくのか、彼の方をチラチラと見ながら彼女は言葉を続けた。


「うん、そうだよ。ちなみに学園長は、私が通っている学園の一番偉い人」


 彼女の返答に、一縷(いちる)の希望を抱くジュンたち3名。確かに彼女が知らない事でも、伝承じみたものが残っている以上、かつて同じようなことが有ったということが証明されているのだ。

 そしてそのことを詳しく知っている可能性があるのは、やはり偉い人か、考古学を専門にしている人物であると思われた。

 そのうちの1つの可能性にあやかれるのだ、これは幸先のいい出だしであるといっても過言ではない。


「ならフィーナ、そこへ案内してくれないか?」


 そんな思考を終えてから、ジュンはお願いを口にした。

 この際は彼女に協力を要請して取り次いでもらう事が、一番効率がよく確実な気がしたからだ。やはり不慣れなこの世界を歩くに、現地の人がいた方が心強い。


「もちろんいいよ。じゃあ、私に付いて来て」


 快く受け入れてくれたフィーナを、いい子だなとジュンは思った。

 初めは自分たちが異世界の人だとバレるとそれなりに大変なことになると思っていたが、どうやら完全に杞憂だったらしい。もっとも、彼女だけが特別なのかもしれないので、無闇に正体を明かす気にはなれなかったが。

 しかしながら案内役ができた事で、不安そうな表情をしていたシャーリーもすでに不安より未知の世界に対する興味でわくわくしているようで。

 レオンはそんなシャーリーを優しげな朱色の瞳で見つめている。

 ケンジは……相変わらずのようだ。

 そんな彼らの姿に、ジュンは安堵の気持ちを感じた。


(なんだ、いつも通りじゃないか。これなら、楽しくなりそうだ)


 自分は元気な彼らと一緒なら、どこでも楽しめる気がする。

 もうすでに、ジュンの優れた頭脳をもってしても、この全身を駆け巡る熱過ぎるくらいのパトスを抑える術を思いつかなかった。


 ふと、パトスとは別に熱い感触を感じた。


 いつの間にか近くへ寄ってきていたフィーナが、自分の右手を握っていたのだ。

 思わず顔をフィーナへ向ける。すると彼女はニカッと(あで)やかな桜色の唇を少しだけ開いて、心なしか頬を薄紅色に染めぬいた。

 それに誘発されてか、決まりが悪そうな顔のジュンが空いた左手で頭を掻いた。


「……恥ずかしい?」


 さらに体を密着させ、猫なで声でフィーナが尋ねた。この行動によって、彼女の大きく実った双丘がジュンの腕を圧迫する。そのふくよかでいて暖かな感触に、胸が高鳴るのを実感した。

 でも――。


「ぜーんぜん」


 素直に恥ずかしいと言うのも何となく癪なので、内心の動揺を悟られないように、ニッと口の端を上げ不敵な笑みを創るジュン。

 こうでもしないと動揺している事がバレバレになってしまいそうだった。


「なーんだ。つまんないの」


 唇を尖らせながらフィーナは、ジュンがほんの少しだけでも赤くなってくれたらいいのにと思う。

 自分がこんなにも積極的にアプローチを掛けているというのに、全く動揺する素振りを見せてくれないなんて……。

 女の子としては、少しばかり悲しかった。


(男の人は胸に弱いってお母様は言ってたけど、ジュンは違うのかな……。そ、それとももしかして、私には魅力がないのかなぁ……)


 もうなんだか色々と不満で、頬をプウッと可愛らしく膨らませるフィーナと、手を繋いだままグイグイと引っ張る彼女に連れられてゆくジュン。

 そんな光景を目の当たりにしたシャーリーが非難の声を上げようとしたとき、レオンがそっと彼女の手をとった。


「れ、レオン。どうしたの?」


 ビックリしたと、シャーリーは上ずった声をあげる。


「いや、ただ霧も少し濃くなってきたから、この方が安全だ」


 あくまで冷静に言うレオンだったが、少しだけその顔には赤みが加わっていた。


(頑張れよ、レオン)


 ちょうどその現場を横目で見たジュンは、心中でレオンを応援した。彼がシャーリーに対し、好意を持っていることは前から知っている。

 だから精一杯応援したいと、ケンジと話し合ったこともあり。その時のケンジの、メガネをかけた顔に浮かべた微妙な苦笑いの意味を、ジュンは知らなかったが……。

 そして当のメガネはというと、未だブツブツと念仏を唱えるように、呪文のようなことを呟いています。


「ああ、僕の宇宙開拓用ナイフが……せっかくベロウソフ・ジャボチンスキー反応を水晶振動子の中で起こらせる事に成功した唯一の成功品だったのに……トラジスタの再利用の証明にもなる至高のモノで、クラップ発振回路の新規開発にも貢献するはずだったナイフがぁ……ブツブツ」


 延々と続きそうなので、この辺で集音をやめておくとしよう。

 ケンジ君は、なかなか病んでいますね。


「そういえば、私たちの世界は『ユーレスマリア』って言うんだけど、ジュンたちの世界はなんて言うの?」


 思い出したようにフィーナがジュンへ訊いた。

 自分と違う世界のことが、とても気になる様子だ。


「う~ん、世界は『宇宙』でいいのかな。まぁ、俺たちが住んでいる星はピースって呼ばれてる」


 世界といわれると、どう答えていいのか迷ってしまった。世界規模とかいうと、まだ人類が地球に住んでいた頃はたくさんの国のことを指していたそうだが、統一国家ピースランドが建国されたからにはその定義も違っているように感じてしまう。

 かといって、惑星のことを指しているわけでもないように感じた。


(世界か……。確か、辞書的には普遍的な単位・地域・領域・社会・空間を示す多義語だったよな。その意味がいま一つ理解しかねるな)


「へぇ~。ジュンたちの世界は『うちゅー』っていうんだね」


 少し宇宙の発音が怪しい気がしたが、この際無視する。言語なんて意味と想いさえ伝わるのならば、それ以外はわりとどうでもいいものだ。


「そうだ、ちょっと待って。実物を見せてあげるから……」


 そういえば……ホログラフォンに『ピース』や他の惑星の映像が保存されていたはずだと、ジュンは手探りでポケットの中を調べた。


「え? 実物って……持ってるわけないよね?」


 フィーナが驚いたように確認をとってきた。

 どうやらこの世界は自分たちの世界ほど技術が発達していないようだ、とジュンは思った。


「違うよ。映像として撮ってあるんだ」


 映像という言葉が通じるのかどうか疑問に思わないでもないが、一応言ってみる。


「ああ、なーんだ。そうだよね。やっぱり映像だよね」


 そんなジュンの懸念をよそに、しっかりと頷くフィーナ。

 映像を知っているのなら、それなりには高度な文明を持っているのだろうと推測された。


「……映像を写す装置があるの?」

「あるに決まってるよ。『ラルクリア』の中には映像を保存できるのもあるんだよ?」


 聞きなれない単語が耳についた。


「『ラルクリア』?」


 不思議そうに聞き返したジュンに、彼女はああと、思い至ったようにポンと両手を合わせた。

 銀と蒼色の少女には、何か分かった時などに両の手を合わせる癖があるようだ。


「うんとね。ラルクリアっていうのは私の国、『アトラティカ王国』で一般的に使われている道具の総称

だよ。水魔法を使って発動するの」


 今度耳についたのは、かつてないほどに驚きのもので。

 思わず自分は一時的な聴覚障害に陥ってしまったのか、と疑ってしまった。


(……は? 魔法? 今、魔法って言ったのか?)


 ホログラフォンを手に掴んだまま硬直する。急いで確認しようと後ろを振り向くが、他の異世界三人組はこちらの会話など聞いていないようだった。

 レオンとシャーリーはぎこちない様子で歩いており、ケンジに至ってはまだブツブツ言っている。

 ――ダメだ。頼れそうなのは、俺しかいない。


「今、魔法がどうのこうのって言った?」


 仕方がないので、もう一度訊くことにしたジュン。

 そんな彼の不思議を通り越して、信じられないといった表情を見て、フィーナも少し驚いていたようだ。


「え? 魔法を……知らないの?」


 あくまでも当たり前なことを確認するかのように言ってくる彼女に、ジュンはこのユーレスマリアでは魔法が当たり前に存在しているのだと悟る。


 信じられない、有り得ないといった感情を破棄せざるを得なかった。すでに日常ではないことを、今更ながらに再認識させられる。もうすでにこの非日常では、『有り得ない事が、有り得ない』という、言葉遊びの域に自分たちは到達していたのだと感じた。


「あ、ああ。俺たちの世界には魔法なんてモノは存在しないから」


 搾り出すように掠れた声で言う。思考を整理しながら言ったものだから、言い方が何となく淡白なものになってしまった。


「ええっ! ほんっとに魔法(マジック・ロウ)が存在しないのっ!?」

「ほんっとに、ないよ」

「じゃ、じゃあ、魔装(エイン・シェル)とかもないの?」


 本気でビックリしているフィーナの口から、またしても知らない単語が聞こえてきた。


(……魔装? なんだ、それ……)


「知らないな。俺たちの世界ではそんなモノ、聞いたこともないよ」

「そ……そうなんだ。じゃあ、どうやって生活しているの?」


 やはりフィーナは心底不思議そうな顔をしている。

 自分もこんな顔をしているのだろうなと、ジュンは推測した。


「基本的に、科学ってモノで生活してる。……ほら、これみたいな」


 そう言ってポケットから取り出したホログラフォンをフィーナに見せる。そのままフィーナに手渡してやると、興味津々な彼女はそれをベタベタと何度も触っていた。


『マスターの指紋と一致しません。もう一度、指紋を鑑定してください』


 いつの間にか携帯のスイッチを押してしまったのだろう、機械的な音声をホログラフォンは発した。


「ひゃっ!」


 突然聞こえてきた音にビクッとして、思わずフィーナは携帯を下に落としてしまう。

 カツンカツンと、地面に金属が当たる乾いた音が響く。


「大丈夫だよ。この機械が話しているだけだから」


 見る人が安心するような、余裕そうで明るい笑みをジュンは刻む。


「そ、そうなの。これが科学……ごめんなさい。いきなり落と――」


 落としてしまったことを、フィーナが拾う動作に移りながら謝ろうとしていた所で――。


 突然の大声がそれを阻んだ。


「おおおおお、おい! なんてことしてんだ! そんな乱暴に扱ったら、壊れるだろうがぁ!!」


 大声の主はケンジだった。彼は大慌てで落ちたホログラフォンを拾い上げ、念入りに(ほこり)を落としていく。


「ご、ごめ……」

「ごめんで済むかフィーナ! この機械(おんなのこ)はとても繊細なんだぞ! あぁっ」


 言い募ろうとした彼女を、またしても遮るように叫ぶメガネ。いつもと口調も全く違う。しかも女の子って、確かに女性の声で登録されてるけど、とジュンは思う。

 そんなすっかり変わり果てた様子の茶色の少年に、フィーナは底知れぬ気色悪さを覚え、無意識の内にジュンの後ろへ隠れた。


「お、おいケンジ! フィーナが怖がってる!」


 背中越しにフィーナの感触を覚えたジュンの場合は、こと機械に関してはケンジの人が変わってしまうことを承知していたので、それほど驚いたりはしない。

 だが、初めて観る者は驚くことこの上ないだろう。


(俺だって初めてあの形相で迫られたときは、退路と武器になりそうなものの確保を最優先に、次に、想定されるパターンと回避方法を34通りも考えたからなぁ)


 あんなに必死になって思考したのは、久しぶりだったことを今でも記憶している……いやそんな生易しいものじゃなくて、脳にぶち込まれているといった方が正しいかとジュンは思い至った。

 後ろでフィーナが小刻みに震えているのを感じる。あの獣に囲まれたときより遥かに怯えているようで、失礼ながらちょっと面白い。


「大丈夫だよ、フィーナ。ケンジは機械のことになると、ああなっちゃうんだ。でも危害は加えたりしないから安心して」

 

 そう――暴走ケンジは、あんな鬼のような形相をしているくせに、絶対に人に危害を加えるようなことはしない。

 ジュンはケンジが人一倍、人を、しいては生命を傷つける行為を嫌っていることを知っている。

 本質的に彼は優しいのだ。きっと人の痛みを知っているからだと思う。

 だからいつも、彼が造った作品を試すのはほとんどがジュンで、時々レオンがやっていた。しかし嫌っている割に、なぜか創る物は物騒なモノが多いのだった。


「うん。ジュンがそう言うなら、大丈夫だよね……」


 少しずつフィーナは自身の体から震えがなくなってゆくのを感じる。ジュンの微笑が、自分の胸を暖かくしてくれるからだと思う。


 ――そうだ。彼の広く頼もしい背中を見てからというもの、トキントキンと心臓がときめいていたのである。思えば初めて会ったときから、あの優しげな笑みに救われているような気がする。


 これを世間では一目惚れと呼ぶのだろうか……初めてだから、よく分からない。

 分かるのは、未だ経験したことのない感情がぐるぐると渦巻いて、どんどん彼に近づきたくなるということだけだ。

 だから少し前に、胸を押し付けるような、はしたないマネまでしてしまったのだと思い至る。

 総じてフィーナには、この感情を制御する自信が全くなかった。

 

 それからしばらくの間、ケンジの回復を待って。


「ああ、よかったぁ。無事だったよ、ジュン」


 元に戻ったノーマル・ケンジはそう言いながら、ホログラフォンをジュンへ手渡した。

 見ると、(ほこり)や、前から付着していたはずの汚れまで、綺麗さっぱりなくなっている。これをケンジマジックだとジュンは名づけ、同時にフィーナは心の中でケンジ(イコール)変態だと直感した。


「サンキュ、ケンジ。……な? なんともなかったろ?」

「う……うん。そうだね……」


 明るい調子で尋ねてくるジュンに、なんとも歯切れの悪い返事をするしかないフィーナ。

 彼と彼女の間で、認識に大きな差異があることは明らかだった。

 しかし、フィーナもこれだけは理解していた。ケンジにとって機械は本当に大切なもので、それをあんなに必死に守ろうとしている彼は、ジュンの次にとても優しい人なのだと。

 変態であることは全く否定できなかったが……。

 

 あのケンジ騒動で、みんなの注目がフィーナに集まった。そして彼女から魔法の存在を教えられた時、すでに聞かされていたジュン以外の三人は度肝を抜かしていた。

 特にこれが水魔法と言って、方角を見失わないラルクリアをフィーナが実際に使って見せた時には、四人が驚きのあまり息を詰まらせたものだ。

 ラルクリア自体の効果ではなく、急激に(まばゆい)い光を放ち、宙に浮いたことに……。

 その逆に、ホログラフォンでピースや他の星を見せられたフィーナも、『……科学ってすごいね!』と感激していた。





「本当にここは異世界なのねぇ……」


 そんな呟きを零すシャーリー。

 この呟きは――もう何が起こっても驚かないぞ! という彼女の意気込みと感慨を感じさせるものだった。


「それにしても……魔法とは」


 いつも冷静沈着なレオンも、さすがに魔法というものの存在には驚きを隠せないようだ。形の良い唇の上部に長い指を当て、考え込んでいる。


「ほんと、すごいよね。魔法だなんて」


 普段に戻ったケンジも素直に言葉を紡いだ。しかしケンジにとって魔法はそれほど興味を引くものではないのか、たいして驚きや賞賛といったモノは感じられない。

 機械一筋な彼らしかった。


「でもね、魔法を使えるのは女の人だけなの」


 そんな彼らの反応が収まるのを待ってから、フィーナが話しを切り出した。


「え? でもさっき、『ラルクリア』って道具を魔法で行使するって……」


 確かにさきほど、ラルクリアというモノを水魔法で使うって言っていたはずだ。

 だから思わずジュンが聞き返すと、ニコリと笑みを浮かべたフィーナが分かっていますといった表情をした。


「うん、その通りだよ。……そういえば、この世界には『属性』というものが存在していることは説明したよね?」


属性(ぞくせい)』――異世界ユーレスマリアで全ての生命が持つといわれているもので、人は一人につき1つだけの属性を備えて生まれてくる。

 属性の例としては、『火』や『水』、『地』といったモノがある。

 そしてその『属性』にあった系列の魔法を使うことが出来るのだ。『火』ならば、対象を燃やしたりできる力を行使できるらしい。


「ああ。人が生まれたときより、たった1つだけ持っているモノで、その系列にあった現象を使える……だろ?」

「うん、そう。でも人間だけじゃなくて、他の生命も属性を持っているって言ったでしょ? そしてその対象として『国』も例外ではないの。私の住む国『アトラティカ』は『水』を、この国から東に位置する国『ペンドラゴン』は『火』を、西にある国『シルヴァニア』は『風』を、南の国『ロックレスト』は『地』をそれぞれ属性として持ってるのよ。だから、その恩恵かどうかはよく分かっていないんだけど、とにかく、その『国』に住まう人々は、その国が持つ『属性』の魔法を行使できる。さらに本来は魔法が使えないはずの男の人でも、例外として、属する国の属性の魔法だけは使うことができるのよ」


 滑らかに滞りなく長い話をする彼女は、間違いなくプリンセスなのだと実感させられた瞬間である。


「なるほど。だからフィーナの国『アトラティカ』の人々は、水魔法を使う道具――ラルクリアで生活しているってことか。じゃあ、火の国『ペンドラゴン』とかだと、火魔法を使った道具を使ってるわけだよな?」


 確認の意味も込めて、疑問を呈するジュン。


「そう、なるよね。でも私他の国へ行ったことないから、よく知らないの。だから、たぶんとしか言えないけど……」


 歩みを着実に進めながら、会話を続ける一行であった。





 ほどなく歩いた時、五人は森林を抜けた。

 霧も晴れ渡り、ジュンたちの目の前に世界が広がって。視界を埋め尽くしたそれは、まさに圧巻の一言ではとても片付けられそうもないものだった。


 幻想かと疑うほどに精練された空間がそこにはあり。

 巨大な海の上に、これまた巨大な都市が浮かんでいて。

 この海上都市と、陸を繋ぐは一本の純白の橋のみ。

 そして入り口だろうと思われる場所には、滝のヴェールを被った門が天高くそびえ。門は都市全体を優しく包み込むかのように、中心部から滑らかな下降曲線を描いていた。

 都市を形作る建物たちは、前を遮る水の幕に太陽光が乱反射して、ここからだとまるでスターサファイアのように輝いて見える。

 さらに――天高くそびえる中心部の門よりも高くに位置している――いや、天空に浮かぶ城があった。青くて丸い星を抱えた天空城は、まるで都市を守護するかのように壮大にそして厳かに存在している。


「うわぁ……綺麗」


 うっとりとした口調でシャーリーが呟いた。

 他の三人も、その光景に目を奪われているようだ。誰一人として、瞬き1つ呼吸さえ忘れ、ただ呆然と、その場に立ち止まっている。

 魅了されている彼らを、フィーナは満足そうに眺めた。


「……真に素晴らしきモノは、その装飾を嫌う」


 ――ポツリ。

 まるで『雨』が降るかのように、静かに、詩的なセリフを降らすジュン。


「……誰の言葉だ?」


 それに金色の青年が反応し、感嘆の溜息をつきながら訊いてきた。


「いや、今俺が考えた。だから……俺の言葉?」

「なら、使えないわねぇ」


 ジュンの返事を聞いて、シャーリーがとても失礼なことを即答する。だけどそれはいつもの事なので、異世界組は何の反応もしなかった。

 しかし――。


「そんなことないよね? 私はなかなかいいと思うけど」


 そんなことは知らないフィーナは、自分が感じたことを素直に言ってきた。


「おお。だよな、フィーナ! なかなか良いよな?」


 褒められて嬉しくないわけがないジュンも、調子よく合わせる。


「うん、とってもいいよ♪」


 プリンセスだがノリのよい銀の少女も、語尾に音符が感じられるような返しをした。

 息もタイミングぴったりである。


「むぅ」


 そんな息ぴったりの二人見たシャーリーは、面白くないって感じに切れ長の眉を寄せた。


「なんか、会ったばかりのはずなのに仲良いよね、二人とも」


 基本的に素直なケンジが、邪推とかではなく、ただ単純に思ったとおりの事を言った。彼の言葉を聴いたシャーリーが、より大きい擬音を零しながら唸ったことは予想するにたやすいだろう。


 そしてその光景を目の当たりにした当事者の二名は、少しだけ赤くなった顔を見合わせ――。

 もうこれ以上我慢できないと、噴出(ふきだ)した。


 ひとしきり笑った後、フィーナがさっと四人の前へ抜け出して――。


「ようこそ、皆さん。ここが、『王都アトラティカ』です。この私、フィーナ・エル・アトラティカはあなた方を歓迎いたします」


 飛び立つ翼のように両手を広げ、背に桃源郷を抱えながら、極上の微笑みを言葉に付与する。

 フィーナの長いダイアモンドの髪が風になびき、手と同じように宙に舞い上がり――。


 ジュンたちには、そんな彼女の姿が、まるで水の都の象徴と祝福のように思えてならなかった。





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