第18話 『知識は有限、想像は無限』
ジュンたちが試合をしていた時間、学園の敷地内に設置されている工房内では、熱き機工魔導師たちが未だ到達していない高みを目指し、己の技と自身を磨いていた。
工房内は、別段暖房の類をいれてはいなかったが、それでも何故か暑かった。
この熱気の原因は、おそらく周りで熱心に教鞭を振るう教師と、それらを熱心に聴きながらも、一心不乱に何かを書いたり作ったりするような手の動きをしている生徒たちであろう。
その中に、茶色の髪をした少年がいた。
彼は紙の上に、何やら剣らしきものを書き込んでいる。
そして剣が書かれている横には、わけの分からない方程式が乱立しそれらがゴチャゴチャになっており、正直、他の人が見たら意味不明の文字列もしくは暗号に思えること間違いない。
書き殴っている少年――ケンジは、新しい魔装の開発ではなく、ジュンとレオンに渡してある現存の魔装の探求に勤しんでいた。
構想を纏めながら、図を描いて明瞭なものへと昇華させてゆく。
「えーと、光の量を上げるには、彫刻は鳥の相性がよく……これは大丈夫かな。それと、宝石周りを隠さないほうがいいが、それだとあの左の翼は広げたいところだけど、それだと、全体としての光の強さに影響が出る……やはりここは、刀身の材質を光学ミラーみたいにしたいよなぁ……光共振器としての役割も持たせることができればベストなんだけど、そう上手くはいかないよなぁ……。ナノテクとかのレベルのものはないだろうし、この魔装の材質は解明されてないし……」
魔装や魔法杖の材質は、未だに何か分かっていない。
大昔のある時期に、天から大量に落ちてきたらしいこと。そしてそれを何かの拍子で、このような武器になると発見したのが、そもそもの始まりということ。
以上の2点ほどしか解明されていないのが現状だった。
「未だに、材質すら分かっていないって、この世界の科学者は何をやってたんだよ……」
そう独りボヤいてから、ケンジはまた方程式を書き始めた。E=hvやら、E=pcやら、光が持つエネルギーの式を立てる。この基本公式によれば、振動数(v)が多い、もしくは運動量(p)が大きいのどちらかの条件の適合へ持ってゆければ最良。
そうシンプルに考えると、何やら見えてきた。
確か、昔には金属を使った研究が盛んだったはず。それらを模索すれば――。
「そっか……ルビー、もしくはチタンサファイアだ。それらを基にすれば、レーザー媒質に成り得る!」
思わずケンジが大声を上げてしまった。
すると当然、教鞭を垂れる講師は、怒るわけで。
「ケンジ・スオウイン! 君は先ほどから騒がしいのである! 我輩の授業を真面目に聴いていたのであるか?」
少し変わった口調の講師の名前は、セオドア・メイマン。彼は見事にカールした金髪が特徴的で、けっこう優しいが、自分の講義を聴かない人間は激しく嫌う。
それは第1回目の講義で十分に体感した。
「はい、聴いていました」
そのため、思考の一部はしっかりと彼の講義へ向けていたケンジ。これで聴いてないなどと答えた日には、おそらく昼は抜きとなるだろう。
というか、第1回の授業でそうなりかかった。
「ホントであるか? では我輩が今何について話していたのか、答えてみい?」
カールした髪を手でよりカールさせながら語るセオドアの姿は、それなりに見ていて面白かったが、早く答えないとまたどやされそうだ。
席を立ち、真面目な顔つきになるケンジ。
「えと、魔装における思念技と、魔法杖の魔法の関連性についてです。教科書56ページの2段落目ですよね?」
本当にしっかりと聴いていたので、内容を尋ねる必要などなかったが、それでも断言されるのがこの講師は嫌いなため、こういう風に疑問系で返したほうが良いのだ。
「おぉー、ザッツ・グレイト! しっかり聴いていたのですね。良いこと良い事」
最後の仕上げとばかりにカールを掻き揚げたセオドアに、ケンジは内心で笑ってしまったが、面白いからしょうがない。
ジュンの言葉を借りるなら、面白さは正義だ。
「では、このように――」
すでに気を良くしたセオドアは、続きを話し始めている。
ケンジも自分の構想に戻る前に、ふと思う。
(はぁ、ここにリリアがいれば、もっと色々聴けるのに……)
まだ機工魔導師仲間が作れていないケンジは、少し聴いてみたことがあっても、誰にも訊けない。セオドアは自分の語りが終わるまでは、絶対に質問には答えてくれないし、教科書ではやはり限界があった。
だが、ないもの強請りをしてもしょうのないことだ。
気を取り直して構想に戻る。
「ええと、ルビーもしくはチタンサファイアの結晶を媒質、彫刻かなんかして埋め込んで……キャビティ(光共振器)は鏡みたいなのがベストだから、つまり双剣の材質をガラスのようなものに変え、さらに属性の『洸』の光でいけるかも……」
魔装の材質は、それに基づく材料を宝石のところへ加工して流す事が機工魔導師にはできる。もちろん、魔法杖の場合も同じだ。
そして今のケンジが目指しているものとは、すなわちレーザー光だ。
レーザー光とは、レーザー発振器を用いて人工的に創られる光のこと。
そしてレーザー発振器は、キャビティと、その中に設置された媒質で形成される。また設置された媒質をポンピング(電子の高エネルギー化)するための装置でもあった。
こうしてできるレーザー光にはいくつかの特徴があるのだが、可干渉性と呼ばれるものと、パルス発振と呼ばれるものが主だ。
可干渉性とは空間的なものと時間的なものがあるが、ここでは空間的なものが重要で、この空間的可干渉性は、簡単に言うとレーザー光を長距離間で拡散させずに伝えたり、非常に小さなスポットに照準することが可能になったりするものだ。これによってレーザー処理などの実用的な力を、光という存在に付与できる。
そしてパルス発振とは、時間的な幅の短いパルス光を得ることが可能という事だ。パルス光は、非常に短い時間幅の中にエネルギーを集中させることが出来るため、高いピーク出力が得ることができる。そのためアト(10のマイナス18乗)秒もの時間幅で高速に振動できるということだ。
ここで先ほどのE=hvについて考えると、光のエネルギーは振動数vに依存するため、この超高速なレーザーパルス光は、光の力を強めたいならもってこいであった。
光の圧力はただでさえ非常に小さいが、魔装はそれをイメージの力で何倍もの大きさにしているようだった。しかしそれでも、光の力が大きくないと話にならないだろう。ジュンの光の壁が成功したのは、突如、翼がはためき光量が爆発的に増大したからだ。
ケンジはレーザー光の概念を紙に書きまくり、それから必要な材料のメモなども記しておく。あとでフィーナに、この国で手に入るものかどうか訊いてみようと思うからだ。
金属ならば、ある確率も高い。通貨であるGの材質は、ホログラフォンで解析した結果、銅に近い事が分かっていた。
それならば同じような金属が存在している可能性が高い。こういう金属は、悠久の時を経て化合した鉱物として発掘されるものだから、環境によって存在する金属は似てくるからだ。
(成功すれば、ジュンの双剣をもっと鍛えられるっ!)
そう思うと、自然と胸が高鳴った。
ケンジ自身、武器の作製は好きだし(性格が豹変するほどに)、未知の道具である魔装や魔法杖に触れるのは科学者として興味をそそるものでもある。
しかし、これだけが全てじゃない。
自分の根底には、確かな思いがあることをケンジは知っている。
昔は考えたこともないことで、今は十二分に知っていること。独りではなく、皆でいることの喜び、楽しさ。それらを教えてくれたジュンとレオンに対する感謝。
今でも変わらずにあるものだ。
かのコスモ探求部では、ジュンたちが実用的に活用できるようにと、様々な武器を創ってきた。
そして今の異世界での暮らしの中でも、絶対にそれは変わらない。
このことを分かち合えるのは、おそらくこの世界でも、元の世界でも、ジュンとレオンの2人だけだと、ケンジは思っている。
――僕はこの機工魔導師になれて、本当に嬉しかったんだ。
機工魔導師たちの教科書には、最初にこう書かれている。
『"Knowledge" is limited. But "Imagination" encircles the world.』
『「知識」は限られている。しかし「想像力」は世界を包み込む。』と。
この言葉は、ケンジにこの道と未知を、極めて究めたいという確固たる意志を持たせてくれた。
(よしっ、理論は大分纏まったかな……後は、実用可能かどうかをテストして、組み込めば……)
双剣に対する、考察はコレぐらいにして、次はレオンの長剣と大剣のさらなる発展を考えなければならない。
人間、想像し考える事を止めたら、それはただの葦なのだから。
レオンの属性は『雷』。つまり刀身の材質は電気伝導率(導電率)がよいもの。そしてこの世界でも手に入る金属系。
それを考慮したら、答えは決まっている。銀だ。11族(銅族)に属する遷移元素の1つで、元素記号 Ag 原子番号 47。原子量 107.9。比重 10.5である金属。
そして何よりも、電気と熱の伝導率は金属中で最大なのだ。
しかし問題がある。それは銀が、輝銀鉱などの硫化鉱物として産する上、とても高価なものなので、塊として使用するには莫大な資金が必要なことだ。天然の銀は、ピースでもなんと言うか嗜好品として非常に高価だった。
ジュンの双剣に使う予定のルビーもしくはサファイアは大量に欲しいというわけではないが、レオンの長剣と大剣における銀は大量に欲しくなってくる。
刀身の主な物質として使うか、それとも媒質として使うかの違いだ。
(この国だと、銀とかっていくらのなのかな……おそらく銀はあると思うんだけど)
もしも銀が無理なら、銅辺りにするのが適当だろう。もちろんコレはピースでいった貨幣価値的に考察した結果であるが。
取り敢えず、この線で当たってみるしか今のところはないようだ。
時計を見やると――バレてはならないから、ホログラフォンはできる限り使用していない――、すでに2つの針が授業時間の終了を告げるところにまで差し掛かっている。
前を見ると、セオドアの講義もそろそろ終わりそうだ。
ケンジはいそいそとランチへ向かう準備を整え始めた。
――これができれば、きっとジュンもレオンも喜んでくれる。ジュンたちが嬉しくなれば、僕も嬉しくなる。
これだけがケンジの脳裏を埋め尽くしていた。
やはりアインシュタインは凄い人です。
それでは次話からはコメディっぽい展開になります。というか男のロマン<ゴフッorz
ではでは~
世界史のテス勉が滞っているFranzより