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ATRATICA IN CAPITAL OF WATER   作者: Franz Liszt
第2章 『学園編』
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第16話 『試合! シャーリー編』

フィーナとの試合が終了し、彼女の後に続くようにして歩いてきたキーファンスも、ジュンたちのところで立ち止まった。


「じゃあ、次はどっちだ?」


 先ほどとは完全に顔色を切り替えたキーファンス。彼はゆっくりと首をめぐらせ、レオンとシャーリーに向けて質問を飛ばす。

 教師としてこの場に立つのに、私情を持ち込んだ自分をキーファンスはひどく軽蔑した。

 しかし今すべき事はそうではないと思い至り、思考をシフトさせたのだ。


「私がいってもいい?」


 キーファンスの質問に対し、シャーリーがそうレオンに尋ねた。それの答えとして、金色の青年は無言で頷く。

 訊くまでもなく、レオンがシャーリーの頼みを断るはずがなかった。

 そのことにシャーリーが気付くのは、いったいいつなのであろうか。


「ありがと、レオンっ!」


 ニッコリと笑ったシャーリーの顔を直視できず、スッと顔を()らしてしまうレオン。妙に気恥ずかしかったのだ。

 そのまま皆で「頑張れよ」の類の言葉を掛け、シャーリーを送り出した。

 ピンクの髪を振り乱しながら、シャーリーはキーファンスの元へゆく。


「次はシャーリー・クロフォードか」

「はい!」

「よし! いい返事だ! じゃ、サクサク始めるぞ!」


 口元をニンマリとして、大きな声で宣言したキーファンスは、今までと同様に石を手に掴むと、それを高々と投げ上げた。

 すでにシャーリーは表情を引き締め、石が落ちる瞬間を見極めていた。

 最初のイメージはすでに心の中で確かな形としてある。

 初手は――それは炎の群れ。

 先の2戦から、キーファンスの速さはかなりのものと分かる。だから、数打てば当たる理論で攻めようと思ったのだ。

 石が地面に落ちた――。


(ほむら)の軍勢よ。押し寄せ、数多(あまた)を焼き払え! Flame(フレイム)Gather(ギャザー)!」


 唱えながらシャーリーは、リリアに調整してもらったエイン・ロッドをキーファンスへと向ける。

 すると太陽を模した彫刻に深々と埋め込まれた大粒の『スタールビー』が、(ほむら)を纏い始め、すぐにそこから大量の炎弾が放たれた。

 これが先手必勝の魔法(マジック・ロウ)だ。前の実践の後で、フィーナに見てもらいながら使った事があったから、失敗するはずもない。

 炎の出力で髪がなびき、さらに炎の色にピンクが真紅に染まっているように見える。

 ――必ず当たる!


「いい速度だ。しかも数も中々――だーが、しかーし!」


 しかしそんなシャーリーの思惑とは裏腹に、不敵な笑みを相変わらず浮かべたキーファンスは、両手で握っている銃を2つの火の玉へ照準を合わせ――

 バン――バンバンバンバン!

 一気に銃口から火――ではなく、風が吹き、次々と炎の群れ(フレイム・ギャザー)を打ち消してゆく。

 確かにかなりの数だったが、いとも容易(たやす)く掻き消えてしまうあたり、今のシャーリーの力では、数と威力は両立できないようだった。

 それに対するキーファンスは完璧な狙い撃ちであり、外れている風の弾丸は一発も存在しない。早撃ちなのに、である。


「えっ! すごっ!」


 さながら西部劇の凄腕ガンマンを見ているような光景に、試合中だというのに、その凄さに思わず感嘆の言葉を述べてしまうシャーリー。昔から彼女は、勝負事に対し、少し集中力が足りてない時があった。

 そんな彼女にジュンは声を掛けようかと思ったが、すぐに、やめておく。


「シャーリー!」


 すぐさま、レオンが声を掛けるからだ。

 周囲ではすでに打ち合いの練習時間は経過しており、生徒たちの何人かが、試合を興味深げに観戦していた。

 その中の何人かがクスッと笑いを零した。

 男子たちはエールを送っているようだが、シャーリーがそれに気が付いた様子はない。


「あっ、いけない、いけない」


 レオンの言葉にハッと気を引き締めなおすシャーリー。彼女は、心の中でレオンに礼を言いながら、キーファンスの動向を探る。

 全てを打ち消し終えたキーファンスは、何故か動くわけでもなく、ただ余裕そうにその場に佇んでいた。

 その目が、来い! と言っている気がした。

 だから、シャーリーは決心した。


「いきます!」


 そう叫んでから、シャーリーは走り出す、キーファンスへ向けて。

 魔法使(メシュティー)による魔装士(アトラー)への突貫だ。


「灼熱の炎を纏いし灼杖(しゃくじょう)、我が手に具現せよ! Burning(バーニング)Cane(ケイン)!」


 シャーリーはピンクの長い髪を風に躍らせながら、魔法(マジック・ロウ)を唱えた。

 それに呼応して、魔法杖(エイン・ロッド)(ほむら)が巻き付く。

 たった今シャーリーがイメージしたのは、炎が付加された杖。さらにその先端からは、鋭利な炎の刃を覗かせているイメージだ。

 そのイメージはほぼ完璧に、現実のものとなった。


「いいだろう、おもしろい! 魔法使(メシュティー)で接近戦を挑んでくるヤツは、初めて見たぞ!」


 歯を見せながら笑うキーファンスは、楽しそうに言った。

 今まで長く様々な体験をしてきたが、誰一人として魔法使が魔装士アトラーに接近戦を挑んできた者などいない。

 こんな体験したことのない出来事に、自然と心が躍り出す。

 それでも容赦なく隙なく、銃から風の弾丸をどんどん撃ち込んでゆくが、それを的確にシャーリーは避けていった。

 しかし避けられているのは何も、シャーリーの動きが速いからではない。

 そもそも彼女が見つめているものが、放たれる風の弾丸ではないからである。彼女が見ているのものそれは、キーファンスの持つ銃の、銃口だった。

 銃の最大の弱点はその銃口にある。銃弾は通常、直線上にしか飛ぶことはない。そのため、その発射口である銃口の向きさえ捉える事ができれば、打ち出された弾など追う必要はないのだ。

 なんたって、必ずその銃弾はその銃口の向きに飛んでくるのだから。


 ――いい判断だ。とキーファンスは内心で思った。


 魔装士(アトラー)魔法使(メシュティー)の違いはここにも現れる。

 つまり魔法使は放った魔法(マジック・ロウ)の軌道を自在に変えることができるが、魔装士は基本的に――少ないが、できるものもある――思念技(アイディ・スキル)の軌道を変更させる事はできないのである。

 キーファンスが知る限り、せいぜいが銃口の補正ぐらいである。

 これこそが、遠距離主体である魔法使と、近接が主体である魔装士の決定的な違いをもたらしているといっても過言ではない。

 そのことを学生の身分であるシャーリーが熟知しているとは、到底思えなかったが、それでもいい判断だと言わざるを得ない。

 シャーリーはある程度キーファンスへ近付くと、そこでエイン・ロッドを彼に向けた。


「伸びなさい!」


 するとエイン・ロッドの先端の尖った炎の刃が急に、伸び始めた!


「ほお。そんなこともできるのか!」


 フィーナの試合でも感じたことだが、この数年の間に、ずいぶんと魔法(マジック・ロウ)は進化したと思うキーファンス。

 一昔前までは、刃状の魔法は操ることが困難だったのである。しかしこれはすでに昔の固定観念であるようだ。

 それでもキーファンスは、伸びてきた炎の刃を軽く避ける。

 だが、油断は全くしていないし、絶対に許されない。

 なぜならば――


「曲がって!」


 シャーリーがそう命じると、炎の刃は方向転換をしてキーファンスを尚も追撃する。

 それに対し体を(ひね)る事で何とか避けるキーファンス。しかし完全に避けたにも関わらず、一番近くにあった右腕の服の端が焼けた。熱量が半端ないようだ。

 周囲の空気の揺らめきを感じる。それはすでに圧倒的な熱量のせいで、空気の位相がずれてしまっているからに他ならない。


(こりゃあ、やべぇな。一応、万が一の時用に、レスキュリア(救命用のラルクリア)があるが、直撃は危険だな)


 危険だと判断したキーファンスは、眼前に迫り来る炎の刃を避ける事に本腰を入れる。

 そして大きく距離を離したところで、イメージを開始した。一気にあの魔法を断ち切らねば、色々と面倒なことになりそうだ。

 故に、想像するのは、風を(まと)いし銃剣! 


「出でよ! Storm(ストーム)bayonet(バヨネット)!」


 銃身が風を纏い始め、さらに銃口から絶え間ない風が放出される。

 キーファンスは思念技アイディ・スキルで創り出した嵐の銃剣(ストーム・ベイネット)で、あの危険な炎の刃を断ち切るつもりなのだ。

 迫りくる炎の刃を正確に見極める。でないと瞬間的に軌道を変えられた時、全く対処できない。

 ――バシュッといった音が響き、炎の刃と風の刃がぶつかり合った。そのまま炎の刃は掻き消された。

 予想するに、あの炎の刃は時間が経つと、徐々にその火力が失われてゆくようだった。


「うっ、そんなぁ」


 残念そうな声をあげたシャーリーは、次の魔法を放とうと思ったが、それはできなかった。

 首筋に突きつけられている銃剣が視界の端に入る。ブゥンと耳障りな音を発しているそれは、間違いなくキーファンスの銃だった。

 キーファンスは片方の銃剣で炎の刃を斬ったのだ。そしてもう片方の銃剣を風の綱で縛りつけ、それをシャーリーへ向けて横から放っていた。

 彼のあまりの早業と、炎と風がぶつかり合った衝撃と光でシャーリーは完全に見落としていたのである。


「シャーリー。お前はもっと試合に集中しろ。それとまぁ、発想は面白いし、技量や度胸もあるが、接近戦を挑むのならば、もう少し体力をつけてこい! それだと、魔装士(アトラー)相手ではキツいぞ」

「ごもっともです」


 ジュンをぶっ叩く力はあるのに、体力不足なシャーリーはキーファンスの言葉に、それしか返す事はできなかった。

 なにぶん、文学少女と芸術少女的な立ち位置にいたシャーリーは、こと体力のジャンルになると、本当に女子の並程度になってしまう。

 これから鍛えようかなと、素直に感じた。

 ――元々、努力する事は嫌いではないことだし。


「それとだ。お前はもっと自分の属性について知るべきだ。確かシャーリーの属性は(あか)だっただろ?」


 まだ何かあるのかと聴いていたら、最後に意外なことを訊かれたので、


「え、あ、はい。そうですが」


 生返事をしてしまった。


「属性の緋。その最も優れた特性は、魔法(マジック・ロウ)範疇(はんちゅう)を超えたところにある。図書館にでも行って探せば、いくつか目ぼしいものがあるだろ。イジョ!」

「はい、分かりました!」


 シュタッとしたキーファンスの動きに触発されて、シャーリーまで軍隊の挨拶のようなポーズをとってしまった。

 こうして試合は、残すところ1試合となった。

 キーファンスのランチはもう目前だ!




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