間話 『ナイス風!』
ゴンドラが紡ぎだす涼しげな風に、ジュンの回想は優しく終わりを告げた。
あの頃と、今とでは、だいぶ自分が変わったことを自覚している。
だが、この変化はとても気分がいいもの。
少なくとも自分ではそう思っているし、今が楽しいから、どうあってもこれが正しいはずだ。
「にしても、ゴンドラって本当に気持ちいいなぁ」
感慨に耽るようなジュンの呟きに対し、同乗する4人も頷きを返す。
朝早くに、風を切りながら水上を走るゴンドラはとても優雅でいて、とても素晴らしいものだ。
ジュンは、このゴンドラの作り出すなんともいえない心地よさを肌で感じている。
すでにゴンドラの操舵は、ジュンとレオンなんかはかなり手慣れたものとなっていたから、爽快感も抜群だ。
そのため女子チームと体力はジャンルの違うケンジは、あまり漕ぐ行為そのものをやっていなかったが、十分にゴンドラは快適に水を掻き分けてゆく。
突如、激しい風がジュンたちを襲った。
立って漕いでいたため、フィーナやシャーリーは「きゃっ」っと悲鳴をあげスカートを抑えている。
ジュンはその光景を見ないようにツゥーと視線を逸らしながら――もちろんちゃっかり見ていたが――ふと思った。
この風は、いったいどこまでゆくのだろうか……と。そして――
「ナイス風!」
しかし叫んだ直後、すぐさまシャーリーから強烈なビンタが飛んできた。
「アンタ、今見たでしょ!」と顔を真っ赤にしてシャーリーが言ってくるので、速攻でジュンは「ピンク」と短く答える。すると今度は同様に顔を染めたフィーナにドンと背中を押され、ジュンはゴンドラから運河に落ちたのだった。
一時間目の、ゆるいキャロルによる、生徒のための数学授業が終了し、次はいよいよ実践授業である。
早々に着替えを持って、ジュンたちは移動を開始した。とっても、ジュンは元々1時限目から体操着姿だったが。
ケンジと工房と闘技場の分かれ道で離れ、ジュンは闘技場に設置してある更衣室へ駆け込んだ。その後を、ゆっくりと歩いてくる3人。どうやらフィーナもジュンの突発的な行動に免疫ができたようだ。
ものの数分で着替えを終えたジュンは、暇になったので闘技場の周りを走る事にした。ここ数日、走りこみをしていなかったことを思い出したのだ。
スピード重視のジュンにとって足腰を鍛える事や、持久力を養うことは必須である。
ジュンが適度な有酸素運動を終えた頃に、2-Aの生徒たちが続々と闘技場の中に入ってきた。
そして授業開始を合図する鐘が鳴り響き、明るい茶髪のキーファンスも姿を見せた。この先生はいつでもいきなり現れ、風のように去ってゆく。
豪快な足使いでずんずん歩を進め、キーファンスは生徒たちの前で立ち止まった。すでに生徒たちも整列をし終え、準備体操への移動可能な状態。
それを見たキーファンスが「うむ」と大仰に頷いてから言い放った。
「では、これより実践を開始する! 諸君! 散開して準備体操、始め!」
その声に反応して生徒たちがまばらに散らばってゆき、準備体操が行えるだけのスペースを互いに確保していった。
「では、前と同じようにペアで打ち合え! 時間も30分だ! イケ!」
ジュンも他の生徒たちと同じようにペアであるレオンのところへ向かおうとして、キーファンスに呼び止められた。
「おい、ジューンバルト! お前と、サボり魔組はちゃっちゃと俺のところに来い! 駆け足!」
そういえば、とジュンは思い出す。
この先週の実践で自分たちだけがキーファンスの言われたことをやらず、今度キーファンスが技量を見てやると言っていたことを。
にしても、キーファンスにサボり魔と言われるのは、どうしても納得がいかない。いや、事実ではあるけれども。
「はい、先生!」
余計な思考を打ち消すように大きな声で返事し、駆け出すジュン。彼にとって、これも十分に面白そうなことだ。キーファンスの力がかなりのものだという事は、すでに彼の動作や気配で分かっている。
だから少し手合わせとかしてくれると、とても素敵な展開だ。
ジュンを含めた4人を集めたキーファンスは、徐に懐から黄緑色の物体を取り出した。その形状から、物体は彼のエイン・シェルだと思われる。
「では、この前見事にサボタージュしていたお前らに、俺が直々に試してやる。準備しろ」
キーファンスはこの言葉に続けて「リクリエイション」と唱えた。
瞬間、ジュンは彼のエイン・シェルからフッと風を感じた。そこでおそらくキーファンスの属性は『風』に付随するものなのかと見当をつける。
それから自分もエイン・シェルを取り出し、「リクリエイション」と唱える。この前の復元の際に、セーフティ・モードに自動でなれるようにケンジに設定してもらった。当分の間はセーフティを解かないだろうから。
それに習うように他の3人も「リクリエイション」と唱え、自身の魔装や魔法杖を復元した。
「よし! では今からお前ら1人ずつで俺に打ち込んで来い!」
キーファンスは自身のエイン・シェルである『銃』を両手に持ちながら、そう言った。 実力を見るには打ち込みが、手っ取り早い。
これよりジュンたち異世界組にとっての、初めての実践が始まろうとしていた。