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ATRATICA IN CAPITAL OF WATER   作者: Franz Liszt
第2章 『学園編』
31/66

昔話② 『力が欲しい……』


 気が付くと、すぐに真っ白な天井が目に映った。

 体を起こしてみようとすると、ひどい鈍痛が襲ってきた。どうやら僕は怪我をしたらしい。体中が痛い。


「ふぅ……」


 取り敢えず、一息つく。

 結局、僕は負けた。1人を倒すのまでは良かった。しかしその隙に他のヤツに後ろから殴られ、後は袋叩きにあったようだ。

 推量表現なのは、僕自身途中から、あまり記憶がないからである。

 元々、体を鍛えた事もない僕が、あの状況を切り抜けられるわけはない。

 ここは保健室……か。おそらく僕をフルボッコにしている間に、教師が来て止めたのだろう。教師は、確かにライアンの方が成績優秀だが、僕も十分に優秀だと判断し、止めた。おおよそ、これで正しいはず。


 もう一度、一息ついた時――扉の開く音が聞こえてきた。

 保健室の主が現れたかと思いながら扉へ目を向けると、そこには主ではなく、濡れたタオルを持ったシャーリーがいた。目が痛むので、よくは見えないが間違いない。

 彼女は僕の寝ているベッドのところまで歩いてくると、そっとその濡れたタオルで僕の体を拭き始める。さっき確認したところ、僕の体は上履きで蹴られ、黒く汚れていた。

 保健室の主は、かなりいい加減な人なので、それを拭きもせずベッドに寝かせたのだろうと、容易に想像できる。

 シャーリーは丁寧に僕の体を拭いてくれている。僕は寝ているフリをしていた。何故フリなどしたのかと自らに問うてみても、答えはでなかった。

 でも、そんなことはどうでも良かったんだ。彼女が僕の体を拭くたびに、まるで身体(からだ)だけでなく、心までも洗われるかのように、気持ちが良かったから。

 しばらく目を瞑っていたが、いつまでもこのままではいられないと思い、そっと瞳を開く。

 そこには確かにシャーリーがいた。近くだからよく見える。

 しかしどこか大きな違和感を覚えた。彼女の体は僕と同じか、それ以上にひどく汚れていたんだ。

 僕はバッと足に乗る布団を蹴り上げるようにして、起き上がった。その際に、ひどく体が痛んだが、こんなもの関係ないし、どうってことはない。


「きゃっ、ジューンバルト君、起きてたの?」

「しゃ、シャーリー……。いったいどうしたんだよ! その傷!」


 シャーリーの驚く声を無視して、僕は問いただした。

 明らかに誰かに殴られた(あと)だ。所どころ赤く()れている。

 僕はこの時になって、自らの過ちに気が付いた。

 

 ――そうか。彼女だったんだ。僕を助けたのは! 教師なんて当てにならないものじゃなくて、シャーリーだったんだ! おそらく彼女は途中から、僕を(かば)ってたんだ。その内に教師が来たんだ、きっと。


 僕は己の思慮の浅さを恨み、警戒心のなさを呪った。

 どうして! どうして気付かなかったんだ! シャーリーはきっと僕を尾行していたはずなのに! 少し後ろに気を配れば、すぐに気付いたはずなのに! 

 心の中で、今までに感じたことのない感情が、湧き上がった。


「えと……そのこれは、ちょっと転んじゃったの……。ほら、あたしドジだから……」


 ドジ……そんなこと――そんな優しい嘘を言わなくていいんだ。


「…………」


 僕が無言でいると、シャーリーは尚も僕の体なんかを丁寧に拭き始める。

 何か、熱いものが込み上げてきた。

 その衝動のままに、僕は彼女の手に(すが)り付く。

 突然の行動にシャーリーは驚いていたが、そのままじっとしていてくれた。

 やがて僕が顔を上げると、彼女はニッコリと笑ってきた。なんでそんな風に笑えるのだろうか……。体は彼女の方が絶対に痛いはずだ。

 それなのに、なんで! なんでコイツは、僕のことばかりやってるんだ!

 またしても、圧倒的なまでの激情が、僕を包み込む。


「ごめん……」


 結局、この言葉しか思い浮かばなかった。自分の語彙力(ごいりょく)にうんざりだ。


「え? なにが?」


 だから、とぼけなくて、いい。とぼけなくて、いいんだよ。

 僕は言葉の代わりに、彼女の体をキツク抱きしめる。シャーリーは「あっ……」と声をあげたが、その声は苦しいからというわけではなさそうだったので、僕は聞こえないフリをした。

 そのまま僕は言葉を紡いだ。


「僕は――いや、俺は! 俺は、強くなるから……! 絶対に、強くなるから。それでもう絶対に、君を傷つけさせたりしないから!」


 一気に叫びきる。『僕』はこの時から、『俺』になったんだ。


「でもでも、ジューンバルト君は、優しいよ?」

「俺は優しくなんてないよ。シャーリーの方が、ずっと俺なんかよりも優しい。大丈夫だよ。俺は誰よりも強くなるから。もう誰にも負けないから」


 そう言って俺は、彼女に笑いかけた。やはり上手くできている自信はないし、殴られた頬の筋肉が痛んだ。

 でも確かなことがただ1つある。それは、俺がこの笑みを作ったんじゃない……自然になったんだということ。

 だからもう一度、笑って欲しい。本当の意味で笑って欲しいんだ。


「よく分からないけど、ジューンバルト君は、強くなりたいの?」


 しかし俺の想いとは裏腹に、彼女は思案顔でこんなことをいった。


「ああ。なりたい――いや、なるんだ」


 固く心に決めたことなんだ。

 俺は絶対に強くなる。強くなって、守る。


「そうなんだ」


 少しだけ悲しそうな顔をするシャーリー。きっと彼女は優しいから、俺が強くなる事を望んでいないと思っている。

 でもこれは俺が決めたことだから。

 だから――笑って欲しい。


「シャーリーは、俺が強くなれると思う?」


 これは甘えだと思うが、どうしても聞いておきたかったことを尋ねる。

 俺はまた頬の筋肉を無理やり引き伸ばすようにして、もう一度ニッと笑う。きっと我ながら、ひどくぎこちない笑みだったと思う。

 でも作った笑みじゃないから。俺が心から笑った笑みだから。


「うーん……なれる! ジューンバルト君なら、絶対に強くなれるよ!」


 最初の考える間が、なんとも言えなかったが、よしとする。

 なんたって、彼女が笑ってくれたから。

 俺の笑みに触発されてかどうかは知らないが、確かに、花壇に咲き誇る花々のように、笑ってくれたから……。

 俺はやっと、本当の意味で、歩み寄れたのかもしれない。

 あの公園の少女も、最後に一回だけ笑ってくれたな。もしもう一度会えたら、彼女にもたくさん笑って欲しいと思った。


 この後、シャーリーがどうしても同じベッドで休みたいと言って聞かないので、仕方なく一緒に休んだ。

 寝るまでの間、彼女が俺のもっと小さい時のこととかを聞きたいとせがんできた。正直つまらない話しかなったので、そう言うと、「つまらなくてもいいよ」と言われてしまい、話さざるを得なくなる。

 しかしその『つまらない話』をシャーリーが始終相槌(あいづち)を打ちながら、楽しそうに聞いてくれたので、俺は満足だった。


 結局その日は、保健室で夜を過ごした。

 保健室の主が最後までやって来なかったことは、決して気にしてはならない。


 

 

 俺は次の日から、真剣に授業に取り組んだ。まずは成績でトップを取るんだ。

 そして夜はトレーニングに励み、腕立て伏せ、背筋、腹筋、それらを鍛えていった。走り込みも1日、10キロやった。

 勉学は授業を寝ないで聞くだけで、何とかなりそうだ。

 しかし身体能力の向上は、どこまでの域に辿り着いたのか。自分では全く分からなかった。

 だから俺はほとんどの寝る間も惜しみ、強くなる――ただそれだけのために、俺の全てを注ぎ込んだ。


 唯一俺が休める時間は、放課後の1時間だけ。

 あの庭園にいる時間だけだ。

 俺はあの庭園で、シャーリーと共に花壇に花を植え直し、それが終わってからは、会話などを楽しんだ。もっとも、俺はほとんどが聞く側で、シャーリーが話す側だったが、全然退屈ではなかったし、むしろ本当に楽しかった。


 その過程で分かった事があった。それはシャーリーの頭が悪くないということだ。ただ彼女の知識は、圧倒的に(かたよ)りがあったんだ。

 その偏りとは、シャーリーに理系の科目の問題を尋ねても、その正答率は極めて低かった。しかし文系や、芸術関連などの知識は俺でも(かな)わないほど深いものだったんだ。特に花の知識は天下一品で、知らないものはないとさえ思えた。


 ――そういえば俺はシャーリーから、ピースに自生する花々の種類を教えてもらったんだっけ。シャーリーのお陰で、俺はすぐにこの世界が異世界だと分かったんだよな。もしかしたら、レオンもそうだったのかもしれない。


 ならば俺が彼女に、勉強を教えてやればいいと思う。

 だけど、ただ教えてやると言うのも、妙に気恥ずかしくて、敢えて条件を出した。

 その条件とはすなわち、花のことを教えてもらう代わりに、勉強を教えるということだった。

 それからというもの、庭園ではなく俺の部屋で勉強を一緒にやるようになったんだ。

 そしてここでも新たなことを知ったのだが、それはシャーリーに家事をやらせてはならないということだ。

 基本的に自炊が義務付けられているアカデメイアでは、当然家事も自分たちでやる決まりだ。そのため一度だけシャーリーに料理を作ってもらったことがあったのだが、匂いを嗅いだ瞬間に、俺は気絶してしまった。

 とまあ、俺は妹を持った兄のような気分で、彼女に試験のための勉強を教え込んだんだ。


 そしていよいよ半年が経ち、待ちに待った試験が行われた。

 俺はかつてないほどの自信を持って、この試験に臨んだ。

 結果は、俺が1位だった。全科目満点なのだから必然である。

 しかし1位には1位だったのだが、1位は2人いた。レオン・メイクラフトというヤツだ。彼はこのアカデメイアで最も有名だといっても過言ではない。

 なぜならば、レオンはこの試験において、必ず1位だったからである。

 でもまあ、この話は置いておき、当初の目的は達成されたわけだ。

 俺はライアンのヤツを抜いてやったんだ。

 そしてシャーリーも教えた甲斐(かい)があり、順位を106位縮めた。


「やった。やったよ、ジューンバルト君!」


 シャーリーが感極まった声をあげた。

 放課後今は、いつも通りあの庭園に集まっている。特に約束などしていなかったが、俺たちは自然とそこに足を運んでいたんだ。


「よかったな。シャーリーが頑張ったんからだよ」


 そう言って笑いかける。最近笑うことが上手くなったように思う。


「ううん、ジューンバルト君が教えてくれたからだよ! あたし1人じゃ絶対にできなかったもん」


 激しく首を振りながら否定してきた。そんなに一生懸命に首を振ったら、痛いだろうに。

 ――シャーリー、小さい頃はこんなに素直だったのに。今ではアレですよ、アレ。

 途中で現在のジュンによる中継が入りましたが、気にしてはなりません。


「じゃあ、2人が頑張ったということで。な?」

「うん!」


 嬉しそうに――太陽のように笑ってくれた。どうやらこれで正解だったようだ。

 人の心は相変わらず、難しい。これなら、太陽の寿命とか有機化学の構造分析とかを自分の手でやったほうが、まだ簡単なような気がしてくる。

 それでも、難しいからこそ、ままならないからこそ、それを分かってあげたい、分かると嬉しい――そう感じるのだ。


 本当に、神様が創った『心』というロジックは、なんて優しくて、なんて切ないのだろう。

 


 しかし俺の二度目の過ちは、この試験のすぐ後に待っていたんだ。

 正直に言おう。俺は浮かれていた。油断していた。甘く見ていた――子供という無垢(むく)で残酷な存在を。





 俺はいつも通り、放課後に庭園へやって来た。

 まだシャーリーの姿はない。といっても大概の場合、俺の方が先に来る。なんてったって、俺は集団清掃というものをやったことがないからだ。無論、自分の部屋の掃除すらやったことがないが。

 だからこれまたいつも通り、俺は大きな木にもたれ、花の本を読み始めた。シャーリーが来ると、必ず花の話をする。そのための予習のようなものだ。

 ――予習なんて、あれが最初で最後だったな。


「にしても遅いな、シャーリーのヤツ。どうしたんだ?」


 しかしいくら待ってもやって来ないので、思わず木に向かって愚痴を零した。

 いかん。これでは精神異常者だ。

 携帯で時刻を確認する。すでに放課後が始まってから、約45分が経過している。

 やはり遅い。遅すぎる。

 本を閉じ、俺は探してみることにした。



 ――俺は言ってやりたい。この時の俺自身に。

 ――何故考えなかったのだと。何故もっとよく先を見据えなかったのかと。何故俺はもっと早くに動かなかったのかと。



 探している途中、どこからか、泣き叫ぶ声が聞こえてきた。

 俺はその声音に聞き覚えがあった。シャーリーだ! 

 そう認識した瞬間、俺は猛然(もうぜん)と駆け出した。大分鍛えられてきた筋肉の力を遺憾(いかん)なく発揮し、俺は疾走する。

 すでに声の出所は、空間把握によっておおよそ掴んでいた。


「シャーリー!」


 走りながら叫ぶように、彼女の名前を呼ぶ。


「来ちゃダメ!」


 すぐに返事が聞こえた。鼓膜を激しく震わせる切羽詰った声である。

 より一層の速さで駆け抜け、ようやく俺は現場に到着した。

 そこには群れがあった。そしてその群れの中央にはぐったりした様子のシャーリーの姿がある。俺は思わず瞬きを数回はしたと思う。


 しかし現実は何も変わらず、そこに真実だけを残した。


 数人のガキに囲まれて丸くうずくまるシャーリーに向かって、同じ数人のガキがボールを蹴ったり投げたりしていたようだ。何個ものボールが転がっている。

 見ると硬球すら混じっており、そこには血がこびり付いていた。おそらく今までは丸まっていたのだろうが、先ほど俺へ呼び掛けたるために顔を上げた時――ぶつけられたのだろう。

 だから、俺は時間的にゆっくりと辺りを見回した。おそらくこれほど、時間を緩慢に感じたのは初めてだっただろう。

 すぐに終わらせるからな、シャーリー……。

 目を向けると、やはり居たのは、5人組のアイツらと、そしてライアン・ブリリアントだった。

 ヤツらは、(いびつ)な笑みを浮かべこちらを見ている。

 そしてボールをまさに今この瞬間に投げようとしているヤツがいた。ジャックだ。

 やはり時間は緩慢に動いていて、俺には彼の動きがスローモーションで視得(みえ)た。だから俺は足元に落ちていたボールを拾って、あのクズに向かって投げつけた。

 もちろん硬球だ。

 ――ゴツンと鈍い音が聞こえてきた。やはりとてもゆっくりと時間は流れていたので、俺は一気にクズに近付いた。そして頭を抑えるようにしてヤツが痛みで倒れるところを支えてやってから、俺はジャックの腹を蹴り飛ばした。


「ゴフッ――」


 何か吐瀉物(としゃぶつ)飛沫(しぶき)となって飛んできたが、俺は気にしない。

 ゴロゴロと彼が転がってゆく様を見つめた。きっと今の俺は(わら)っているだろう。それはもう、盛大に嗤っていることだろう。

 俺はジャックが動かない事を確認した後で、またゆっくりと辺りを見回した。


「ヒィッ……」


 生意気なガキ(ジロウ)が今では、ガクガク震えている。何をそんなに震えているのだろうか……。

 だからすぐさま距離を詰めた俺は、今度はヤツの顔面を殴りつけた。彼のメガネが割れ、宙に舞った。


「うぁぁーー痛い。イタイィー」


 転がりながら泣き叫ぶジロウ。メガネの破片が目にでも入ったのだろうか……。

 しかし俺には関係がない。動けないのなら、用はない。

 さっそく次のターゲットに目を向ける。そろそろアイツをやらないとな。


「くっ、てめぇ! ジューンバルト! あんま調子に乗ってんじゃねぇよ! おいお前ら、出て来い!」


 ターゲットは何やら誰かを召喚したようだ。

 彼の声に反応して、数人の人が現れた。おそらくヤツの金か、親の地位で雇われたのだろう、そこにはアカデメイア上級学校の生徒がいた。

 ドイツもコイツも、明らかにガラの悪そうなヤツらだ。

 人数は出てきたのが5人。それに物陰にまだ2人いるな。

 

 だがそんなもの関係ない。

 

 俺は取り敢えず突っ込んでいった。何人でもコイツら皆やっつけて、早くシャーリーを保健室へ連れてかなくちゃ。主は当てにならないが、あそこの薬とかを俺がシャーリーに使ってあげられる。

 まず俺は1人を殴り飛ばした。下に散らばるボールのせいで動きが制限されるのと、明らかに相手は俺をガキだと思って油断している。そこが付け入る隙であった。

 後ろから殴りかかってくる1人を横に避けて、横から来るヤツをしゃがんで避ける。そして右回転に振り向き横のヤツに蹴りを見舞った。

 よし――2人目。


「おい! お前たち! 何やってる! 相手はたかが1人なんだぞ!」


 金持ちのボンボンが何やら(わめ)いている。これだから、ユトリは……。

 もうあの時の俺じゃあないんだ!

 しかしさすがにヤバイと思ったのか、ヤンキーどもは真剣な目つきになって、懐からナイフを取り出してきた。

 いけないな。いけないよ――バカに刃物を持たせてはいけない。

 まずナイフを持つ彼らの手に向かって、足元のボールを投げつけた。2つ同時にだ。3つは片手に2つ持たなければならないため、さすがに外す可能性があったので、やらない。

 2発の球が当たるのを確認する前に、俺はもう1つ投げつける。

 全て命中だった。完璧に空間の把握をしてあったので、俺は目を(つむ)っても当てられただろう。

 ヤンキーが驚いている隙に肉薄して、ソイツらを蹴散らした。残りは物陰のヤツらだけだ。

 中々姿を見せない。じれったくなり、俺はソイツらの方へ駆け出した。すると途端にナイフを投げてきたので、それを片手で掴みそのまま地面に投げ、突き刺す。

 そんな小細工が当たると思ったのだろうか。駆け出した瞬間から、すでにヤツらの行動は読んでいた。物陰から出てこないならば、おそらくナイフか何かを投げてくるか、もしくは物陰に入った瞬間に襲ってくるかのどちらかだと。

 

 そして俺が物陰の中に突入しようと思ったその時――


「止まれ! ジューンバルト!」


 親の七光りが何やら叫んだ

 俺はハッとなって後ろを振り返る――しまった!

 そこにはライアンが、邪悪な光を放ち鈍く輝くナイフをシャーリーに突きつけていた。 やはり先に倒したヤンキーどもも持っていたか!


「くっ!」


 歯軋(はぎし)りをしながらも、飛び掛りたい衝動をグッと耐えた。

 まずい。思考をし直せ。どうすれば、この状況を打開できるんだ! 考えろ、ジューンバルト! お前の頭は何のためにある!

 

 大声を出すか? いやダメだ。大声ぐらいで人が来ているのなら、すでに来ているはずだ。それにここは滅多に人が来ない場所。全く当てにはできない。


 それなら走るか……? ヤツと俺との距離は10メートルほど。走って1秒で行ってみせる。だが、それでも万が一でも俺が遅かった場合……ダメだ。走っていくのはダメだ。


 なら、投げるか……。いやコレなど論外だ。拾うまでに時間が掛かるし、投げるモーション、球が飛ぶスピードなどを考慮して話にならない。

 先ほどのナイフが手元にあれば……。地面を睨みつけても意味はないな。


「いいぞ。それでいい。お前ら、なにボケッととしている! さっさとソイツを痛めつけろ! だがいいか、殺すなよ。殺すのはちと、まずいからな」


 ははっ、とても10歳の子供のセリフとは思えないな。


「クックック……」


 もうダメだ。手が無い。

 (わら)いしか浮かんでこない。


「おい何を笑ってやがる!」


 ライアンが言ってくる。

 だから、俺は土下座をした。もうこうする他に方法がなかったんだ。


「お願いです。ライアン様。俺はどうしてくれても構いませんから、シャーリーを。彼女にこれ以上危害を加えないで、ください!」


 額を地面に擦り付けるように、俺は願った。


「お前はどんなに痛めつけてもいいんだな?」


 俺は彼の言葉に顔をあげ、大きく頷く。


「ああ! あぁ! それでいい! それでいいから!」


 そうだ、俺は構わない。お前たちは、俺を痛めつければいいんだ。


「分かったって。俺も鬼じゃあない。そこまでお前がやったんだ。そうだな、お前はなしにしてやるよ」


 ヤツは子供だというのに、悪魔のような笑みを作った。


「は? ふざけるな! 何ほざいてやがる! このクズが!」


 悪魔の答えを聞いて、俺は問答無用で飛び出そうとしたが、後ろからぶん殴られた。


「ぐっ……」


 いつの間にか後ろには2人のヤンキーがいて、すでに他のヤツらも回復していたようだ。

 今この場にいないのは、あの5人組だけだった。仲間だけは、ちゃんと連れ帰るんだな……意味もなく、こんなことを思った。

 3人に上からのしかかられ、俺は動けない。筋力の成長は結局あまりなかったようだ。

 俺は乾いた嗤いが込み上がるのを、意志の力で捻じ伏せる。俺が諦めたら、その瞬間にシャーリーが酷い目に遭う。それだけは許されない。決して、許してはいけない。

 何としてもヤツの注意を、この際殺意だって構わない。とにかく俺をやるようにせねば。


「おい! クズ! 貴様はどうしようもないクズだな! こんな俺1人に対し、女の子を人質に取らなければ勝てないなんてな! 所詮は親の七光り。今までの成績だって、ズルして取ってきたんだろ? 1人じゃ何も出来ない、甘えん坊が! さっさとママのところにでも行って、ママのお乳を飲んで来きやがれ!」


 一気に捲くし立てた。

 俺が思いつく限りの、あらゆる罵倒を言ってゆく。


 しかし――ライアンはやはり嗤った。


「フッ、人間が本当に自分に注意を向けたいとき、何をするか。……それは罵倒だよ、ジューンバルト。フフッ」


 ――ダメだ。

 俺じゃダメだ。やはり、ダメなのか……。


 また守れないのか! 傷付けさせないと、約束したのに! 


 力、力があれば! 圧倒的な力! 何者にも屈しない力! 大切なもの全てを守るための力!


 力が欲しい……!


 熱いものが目頭に付くが、無理に止める。俺にその権利はない。

 俺は真っ直ぐにライアンを睨みつける。ヤツは俺のことを面白そうにニタニタ眺めていた。

 悔しくて、唇を噛み締める。強く噛み過ぎて、血が出たようだ。それを上にのし掛かっているデブどもに吐きかけてやった。

 デブどもは忌々しげに顔を歪め、何か叫びながら俺を殴った。しかしやはり退()いてはくれない。

 キリキリとした痛みが、心を締め付ける。


 誰でもいい! 誰でもいいから、助けてくれ! あれほど当てにしないと決めていた誰かに、声にならない心の底から、助けを求めた。


 そして俺の願いが通じたのか――その時。

 バキィ――と音が鳴って、ライアンが吹き飛んだ。


 ――俺は瞬きすら忘れ、呆然とその光景を見ていた。

 いや、見つめることしかできなかったんだ、俺には……。





この頃のジューンバルトの方が、今のジュンより大人っぽかったかもしれませんね(笑)

それと、次にようやくレオンが登場します。

ではでは~


 

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