第1話 『出会い』
風が優しく髪を揺らし、頬に触れるのを感じる。まどろみの中で黒髪の少年は、それらから受ける感触に妙なくすぐったさを覚えた。
「おい、しっかりしろ。ジュン! シャーリー!」
少年が横たわる近くで、鮮やかな金の髪をした青年がどこか切羽詰ったような声を対象に向かって発している。その対象とは青年――レオン・メイクラフトの眼前に横たわる少年と少女だ。
「……ん」
少年の方――ジュンが、静かだが力強い声と体を小さく揺さぶる衝撃により、意識を回復させた。
ぼんやりと薄く黒色の瞳を開くと、目の前にはレオンとケンジの二人が屈んでいて、こちらを心配そうに見つめている。
「大丈夫、ジュン?」
心配そうに尋ねるケンジに、大丈夫だよと答え。普段からは想像もつかないほどに緩慢な動きで重たい身を起こす。
上体を起こしてから、周囲をさっと見渡すと、どうやらここは草原のようだった。
あたり一面には、健康的な色をした草花が咲き誇っている。それら草花の放つ微かないい香りを思いっきり吸い込み、少しばかりの落ち着きを取り戻す。
そして何気なく横に眼を向けると、ピンク色のポニーをした少女――シャーリーが眠るように横たわっていた。
「お、おい! シャーリー!」
意識がないシャーリーに気が付いたジュンは咄嗟に大声で叫び、彼女の体を激しく揺すってしまった。
「バカ。やめろ、ジュン」
そんな彼をレオンが急いでなだめる。
しかしジュンが本当に心配していると分かっているので、声には怒りも非難も含まれてはいない。
「……悪い。気が動転してた」
意識不明の者を急に激しく揺すったり、大きな声を掛けたりするのは危険なことなのだ。稀に心臓発作などを併発させる恐れすらある。
「……う、ん。……ジュン?」
しかし結果的には、それがシャーリーを目覚めさせる鍵となったようで。シャーリーはゆっくりと目を開き、おぼろげな視線をジュンへ向けた。
「気が付いたか。よかったぁ……シャーリー」
一言だけを言って、思わずその体をきつく抱きしめてしまう。
そんな彼の行動にシャーリーが顔を真っ赤にして慌て始め、レオンは何だか面白くなさそうな表情を浮かべている。
「や、やめてよ……」
「おい、あまり抱きつくな」
二人の非難の声にジュンは、パッと何かを思い出したかのようにシャーリーの体を離した。
彼の顔は心なしか赤くなっている。
「わ、悪い。つい……な」
何とも歯切れの悪い台詞を言ってから俯く。
なにがつい、なのかと自問しながら、とにかく自分は仲間のシャーリーが目覚めてくれて純粋に嬉しかったのだと論を結んだ。
そこに一片の曇りも無いと自負している。あくまで大切な仲間として。
「えと、別に悪くはないんだけど……ば、場所とかは考え……」
シャーリーはまだ少し赤らんだ頬を隠すように視線と語尾を落としていった……。
「おっほん。二人ともいいかな?」
メガネのブリッジを左の中指で上げ、ワザとらしい咳払いをしてから、少し湿った栗色の髪の少年が語り始めた。
ケンジの言葉を聴いて、ジュンは急激に脳が回転を始めるのを感じる。
そしてここが、自分たちがいた世界ではないことに気が付いた。手に触れている植物に、全く見覚えがなかったからだ。ピースに自生するほぼ全ての生命を覚えている彼ならではの確認法だった。
「ああ、いいとも。続けてくれケンジ」
ジュンがそう言い、レオンとシャーリーの二人も神妙な顔つきで頷いていた。
この場に居る4人全員が気付いたのだ。
――ここは『ピース』ではないのだと。
「ここが、僕たちがいたピースじゃない場所だって事は、もう三人とも分かってるよね」
確認するように言うケンジ。
「ああ、無論だ。この草花など、見たことない種だ」
どうやらレオンも、ジュンと同じ方法でここが異世界だと気が付いたようだ。手で近くに生えていた花を一本摘み取り、調査するように眺めている。
「えぇ! 私は分かってなかった……」
驚いているシャーリーが、自分一人だけ分かっていなかったとカミングアウトした。それではあのときの神妙な頷きはなんだったのか……。彼女の性格からして、単に周囲に合わせていたのだろうか。
「シャーリーはしょうがないだろ。今意識が戻ったばっかなんだから」
辺りを見回しながらジュンが、フォローを入れ。他の二名はその光景を苦笑と共に見守って。
気付けば、いつもの構図がそこにはあった。彼らは持ち前の適応力の高さで、この状況をすでに理解の内に包み込んでいた。特に周りに危険がなく、且つ明るい風景が広がっているというのも、彼らが冷静になることに一役買っているようだ。
「じゃあ、とりあえず状況を整理しよう」
いつもと何ら変わらない、余裕あります的な表情を浮かべながらジュンが提案した。この表情は、彼がこの表情をしているのなら大丈夫――そう物語っているかのようで。
不思議な安心感を三人に与えた。
「そうだな。……まずここは、夢ではなく現実だが、ピースではなく、他の惑星、または異世界だ」
だから冷静なレオンがジュンの言葉に続き。
「つまり、私たちはあの異常な『雨』によってピースではない他の場所へ飛ばされた」
レオンの次にシャーリーが繋いでいく。
「そして今、この見慣れない草木が茂る草原の上に僕たちは立っている。今のところ危険はない」
シャーリーからの言葉を引き継いだのは、ケンジだ。
「ならば、これから俺たちがしなくてはならないことは……情報収集だな」
そして最後にジュンが締める。これこそ彼らが困った時、悩んだ時に行う情報整理方法だった。
今になって考えてみると、あの『雨』のときはこの習慣を忘れるほどに、皆が切羽詰っていたということが分かる。
「それが妥当だろう」
「うん。私もそれがいいと思う」
「やっぱ基本は、情報収集だよね」
上からレオン、シャーリー、ケンジと口々に肯定の意を示してきた。詳しく言わなくても、この環境下で水などに困らないだろう事と人が住んでいることを、彼らは共通の認識としていた。
なぜなら草原をしっかり見ると、人が通ったような足跡が確かにあるからだ。そして潤いを持った植物たちを見るに、水は十分に存在しているだろうことも。
「よっしゃ! そんじゃいっちょ、異世界っぽいこの星を、冒険気分で楽しむとしますか」
明るく宣誓をするジュンが先頭に立って、その後にシャーリー、ケンジ、殿にレオンが布陣する。未開拓惑星をマッピングする時にベストな布陣。
だからだろうか、ジュンたちはまるで、いつものように未開拓惑星を散策しているかのような。そんな興奮で胸が熱くなるのを感じていた。
しかしそれはどこか、帰れないかもしれないという不安を、無理に打ち消そうとしているかのようでもあった。
草原を人の足跡らしきものを頼りに下っていって、はや1時間ほどが経過し。すでに景観は草原から森へと変化している。まだ辺りは明るいからいいものの、夜になるまでには何としても村なり、国なり、とにかく安心して眠れる場所に到達したいジュンたちは、一向にメボシイものがないこの状況に少し嫌気がさしていた。
気持ちが暗くなるに加え、視界が薄い霧によって見えにくいのも影響して疲労は通常の倍以上の速さで蓄積され、さらに足取りが重くなる。
「まだかなぁ……」
「そ、そろそろ休憩にしない?」
我慢の限界といった風にシャーリーが愚痴を零し、メガネが少し下がり気味なケンジが休息を提案した。
実際、鍛えてあり体力にも自信が有るジュンもレオンも、かなりの疲労感を感じている。
そんな状況で、女であるシャーリーや、機械系のケンジはもう限界だろうと思われた。
霧の森というのは、想像以上に歩きにくいものだ。
「そうだな。少し休憩するか」
これ以上無理をして歩き回ることで動けなくなったら、もともこも無いと感じたのでジュンはその提案を呑んだ。
レオンを見ると、自分は後ろを警戒していると朱色の視線で語ってきた。
(なら、後方はレオンに任せて、俺は前方と横を警戒しとくか)
その旨を、アイコンタクトでレオンに伝えた。
元々資質的に優れた感覚を持っているジュンと、レオンとでは空間の把握能力にも差がある。
ならば、疲れている状態のレオンへ横も注意しろと酷な話は振らず、自分が受け持ったほうがいいと判断した。
(今度は絶対に、俺は気を抜かない)
『雨』の時に感じた後悔の念も、ジュンの集中力を底上げしていた。
ケンジとシャーリーが、近くの木にもたれるようにして横になる。
そして休息に入ってから五分ほど経ったそんな時――。
「キャー!!」
突然、悲鳴が森の中に響き渡った。
大きな音に反応した鳥たちが、一斉に森から飛び立つ光景がジュンの視界の上隅に入ってくる。
「な、なに……?」
シャーリーが不安げな表情を見せる。
警戒した様子のレオンがスッと、横になっていた彼女とケンジの前に体を入れた。
「……レオン。この場はまかせた。俺が見に行ってくる」
まずは様子を見ることが必要だと判断したので、そう言葉にする。
「ああ、分かった。だが、無茶はするなよ」
その返事を聞き届けるのよりも早く、ジュンは急いで声がした方へ駆けてゆく。
何やらただ事ではないような胸騒ぎを覚えたのだ。
(なんだ。この焦燥感は……)
漠然とだが、急がねばならないという強迫観念にも似たものが胸の奥から湧き上がってくる。
大気を切り裂くような速さに加え、後ろへなびく黒髪と真っ黒な学生服が森の迷彩により、まるで黒い塊で疾駆しているかのような印象があった。
それほどのスピードで疾走する。
ゴォッと、心地良い風の音を聞いた。
元いた場所から少し走った所で、ようやく視界に一人の少女を捉える。
どうやら狼に似た獣に襲われそうになっているようだ。数は見えるだけでも5匹ほどいる。他にも森に隠れて潜んでいるかもしれない。
そしてそんな今にも襲いかかってきそうな獣たちを前に、先ほど悲鳴を上げたと思われる少女は、今や毅然とした双眸で睨み付けていた。
肝の据わった少女である。
(どうする。5匹か……数が結構いるな――ええい、考えてる場合じゃない。このままだと、あの子が危ない)
ジュンはケンジ作の宇宙開拓用ナイフをポケットから抜き取ると、ケースを一気に引きちぎり、千切ったケースを無造作に制服のポケットにねじ込んだ。今は一分一秒の時間が惜しい。
刀身が剥き出しになったナイフは、陽光を反射して輝いている。
「バイブレート・オン」
ジュンの音量を押し殺した静かな声を認識して、すぐさまナイフが振動を帯び始めた。この宇宙開拓用ナイフは刀身を高速に振動させることで、接触した物体の構成を分子レベルにまで解き放ち、まるで流体を斬っているかのように切断できるのだ。
「………………トっ!」
絶望に顔を歪ませた少女が、誰かの名前を叫んでいる。
どうやら少女の強気も限界のようで、目に涙が光っているのが見えた。
少女も獣も、忍び寄るジュンの存在に未だ気付いていない。
行くならば今しかなかった。
――自信も、勝機もある!
「はぁぁぁっ!」
雄叫びを上げながら、ジュンはナイフを持った左腕の力だけで1匹の獣を流れるように切り裂いた。
動揺した獣たちを、包囲が一番手薄な場所から一息に少女のところまで駆けつける。
「大丈夫か?」
少女――近くで見ると、輝く月を連想させる長い銀髪と蒼い双眸を湛えた美しい少女だ。年の頃はジュンたちと同じぐらいだろう、白い陶磁器のようなきめ細かい肌が服の隙間から窺えた。
「あ、あなたは?」
少女は少し涙の滲んだ瞳をジュンへ向け、動揺を隠すかのようにそう尋ねた。
「そんなことは後でいいから、今はこの状況を切り抜けるのが先決だ」
まだ少し慌てている獣を一瞥してから、ジュンは少女の手を右手で掴みとる。
その一瞬で自分が次に何をすればいいのかを考えておく。
「俺が合図したら走り抜ける。いいか?」
少しの焦りも恐怖すら感じられない、余裕の笑みで少女に問いかける。
彼の顔を見て安心したのか、コクリと頷く少女。
「よっしゃ! 3数えたら行くぞ。1……2……3っ! 走れ!」
繋いだ手を力強く握り返してくる少女に、ジュンはこの脱出劇の成功を悟った。
獣の位置はすでに完全に把握している。右に2匹、左に1匹、後ろに1匹だ。
ならば手薄な前方へ駆け抜けるべきだと瞬時に判断。
途中で右にいた獣のうちの1匹が斜め右後ろから飛び掛ってくる気配を、鋭敏な感覚が捉えた。ソイツをナイフの裏刃で、後ろ向きに左回転しながら切り裂く。
まるで水を裂くかのような感触が手に残った。
回転する際に、右手で掴んでいた少女を前へ投げ出すような形となってしまったが、しっかり絡み合った手が離れることはない。
無事に包囲網を突破でき、且つ獣の数を3匹に減らすことが出来た。
すかさず漆黒の瞳を細め、キッと獣を睨みつける。
ジュンと狼のような獣はしばらく見つめあった後、獣の方は森の中へと姿を消していった。得てして獣の多くは自らより強い存在を認知でき、そう認識した相手には向かって来ない習性がある。その性質を利用したのだ。
「ふぅ……何とかなったな。『ファイトシミュレーター』やり込んでいてよかったぁ」
ファイトシミュレーターとは通称『F・S』と呼ばれる疑似体験型戦闘訓練ゲーム。レベルが高位になるほど、実際の感覚に近くなり、また一対多勢といった局面になることも増えてくる。
先ほどの状況をあれほど上手く切り抜けられたのは、間違いなくこれの御蔭だろう。
それからジュンは、なぜか急に振動しなくなってしまったナイフを引き千切られたケースにくるめて、自身の懐へ仕舞い込んだ。
「……ファイトシミュレーター?」
「ああいや、なんでもないよ」
現地の人だと思われる少女がジュンの言ったことに不思議そうな声を上げたので、急いで取り繕ろうとする。
一瞬、彼女と言語体系が一緒なのが気がかりだったが、それどころではない。
なぜなら自分たちが異世界人だと思われると、どんな行動を起こされるか分からないからだ。もしかしたら、最悪、危険存在として認識されかねない。
人間にとって、未知であることの恐怖は計り知れないものがあるから。
「それより、怪我とかしてないか?」
だからそれを誤魔化すように、無理やりに話題を逸らした。
怪しさ抜群である。
だがもちろん、心配していることに嘘偽りはない。
「うん、大丈夫。助けてくれてありがとう」
ペコリと少女がお辞儀をした。体を勢いよく折る動作を受けて、長い銀絲を編みこんだような髪がさらりと宙を舞う。
それに伴って、とてもいい香りがジュンの鼻についた。とても甘く少しスッパイ感じのするそれは、彼の好きな柑橘系の匂いだった。
「いや、たいしたことはしてないよ。それよりも、君はこの世界の人なの?」
好きな香りに惑わされ、思考が停止していたのだろう。言い終えた後で自分の失言に気付いたが、口から出てしまった言葉は回収することはできない。
口は災いの元であるとは、よくいったものだ。
(バカ。これでは、俺が異世界から来たと言っているようなものじゃないか)
「……この世界の人?」
案の定、銀の少女は首を少し傾げている。
諦めにも似た感情を抱きながらジュンは、少女を眺め。
場違いにも、なかなかに見惚れる少女だと思った。獣と対峙していたときの彼女はもっと大人びて見えたが、今の彼女は年相応のあどけない表情をしている。
「ああ、いや、この国の人な――」
思考を外へ追いやりながら、慌てて言い直そうとしている所を少女の言葉に遮られた。
「ああ、やっぱり!」
いきなり、大輪の華が綻ぶような笑顔で、少女が両の手をポンと合わせた。
彼女の顔からは好奇心からくる興奮が見て取れる。
「な、なにが?」
そんな少女の様子を不思議に感じ、素直に訊いてみた。
「あなた、異世界から来たのね?」
ドンピシャな事を言われ、ビクッと体が硬直してしまうジュン。
――やっぱりバレたぁ!
そんな彼の様子など気付いていないように、少女は言葉を続ける。
「あの光はもしかしたらと思ったけど、やっぱり古文書のいう通りだったのね」
彼女の言葉の内に、敵意が感じられなかったため、体の緊張が解け、普段の自分が戻ってくる。
「君は異世界人を知っているのか?」
だからだろうか、自然に疑問が口からでてきた。
「うん。私の国にある古文書に、『光の柱、天より出時、異邦なる民を授く』ってあったの。
それでね、その光の柱がお城から見えたから、急いで支度してここにやってきたんだけど……」
少女が、『察してよ』的な視線をジュンへ向ける。
「ああ、なるほど。そしたら獣の群れに襲われたと……」
しかし面白そうだったので、敢えて、蒼い瞳の少女が言いよどんだであろう内容をおどけたように言ってみる。
すると彼女は、むぅと頬を膨らませて見せた。
かなり可愛らしい。
「そ、そんなことより、あなたはどうしてこの世界へ来たの?」
少女は若干朱のさした顔つきで訊いてくる。そして無意識だろうか、手で自身の長い銀の髪を弄んでいた。クルクルと巻きつけては放ちを繰り返しているが、一瞬巻き毛っぽくなる髪はまたしっかりとストレートの綺麗なものへ戻ってゆく。
優秀な銀髪である。
「いや、それが――」
知っているならば隠す必要はないと思い、ジュンが語りだそうとした。
その時を見計らったかのように、彼の名を呼ぶ声が聞こえてきて――。
「ジューン! おーい」
「ジュンー!」
それはケンジとシャーリーの声だった。どうやら、帰りが遅いジュンを心配して探しに来たようだ。大方レオンが自分のいる方向を覚えていたんだな、と思った。
「……ジューン? それがあなたの名前なの?」
少女がなにか大切なことに気付いたかのように、急に態度を改め、真剣な顔をして訊いてくる。
どうしてそんなに真剣なのだろうか……?
「ああ、俺の名前はジューンバルト・ソリドール。仲間からはジュンって呼ばれてる。君も気軽にジュン
って呼んでくれていいよ」
真剣な面持ちの彼女に釣られてか、どこか神妙な様相で自己紹介をするジュン。
少女は『ジュン、ジュン、ジューンバルトってまさか……ううん、そんなわけない。それよりジュンって愛称よね。なら私がプリンセスだと分かっ……』と小声で呟いた後――。
「分かりました。よろしくね、ジュン。私はフィーナ・エル・アトラティカです。この国のプリンセスをやってます」
少女――フィーナは両の手を前で組みながら、前のお辞儀のときよりも長い間、腰を斜め45度ぐらいに折った。少し大きめの胸が垂れ、ふんわりとした外見と透き通るように真っ白な肌。そして青を基調とした服と、肩にかけた純白のストールがよく映えている。
よく観察すると、その服は女子が着る学園の制服に似ていると感じた。
そして彼が洋装から視線を変え、フィーナ自身を見やる。すると彼女の蒼穹を結んだ瞳が獣たちを前にしたときの挑むかのようなものから、好奇の光を宿すモノに変わっていることに気が付いた。
気付きはしたが、ぼおっとしたように体が固まってしまい、上手く動かない。美しい幻のような少女を凝視しているジュンには、この空間が彼女以外の存在を拒んでいるようにも思えた。
知らず知らずの内に、ため息が洩れる。
フィーナはそんな彼の姿を見て何かを勘違いしたのか、慌てた様子で付け加える。
「あ、別に、プリンセスだからって畏まらないで……そういうの、好きじゃないから」
誤解していると感じたが、そこに寂しげな印象を覚えたジュンは、彼女が本気でそう思っているのだと悟り。またそれと同時に、彼女がプリンセスという身分のわりに、一人でこのような場所へ来ている理由を垣間見た気がした。
もちろんあの恐ろしいはずの獣を睨み付けるような強気な性格であることも、一人で来たことに影響をしていそうだが。
「オーケー。それじゃあ、フィーナって呼んでもいいか?」
だから明るい微笑を浮かべながら、無遠慮にそう言い放った。こちらとしてもその方が嬉しかった。
そして彼の言葉を受けたフィーナも、先ほどの異世界人に興奮していたときのように、本当に嬉しそうな屈託のない笑みを浮かべて。
「うん、もちろん!」
フィーナのそんな顔を見たジュンは、なにか熱いものが心の中に浮かび上がってきたのを感じた。
――ドキン。と、何かは知れぬが、とても甘美で、深く切ない痛みを受けた。同時に自分の心臓という血液のポンプ器官が、バクッバクッと大きな鼓動をしているのが、手に取るように分かって。
そんな折、数人の足音が身近から聞こえてきた。
すっかり忘れていたが、レオンたちが自分を探しているのだった。
「やっと、見つけたぁ! いるんだったら返事ぐらいしなさいよ、ジュン」
少し息を乱したシャーリーの声に、ジュンの心臓の鼓動は急速に収まっていった。声を上げた彼女の後ろにはケンジにレオンと、みんな勢ぞろいしている。
「悪かったよ。ちょっと立て込んでてさ」
言い訳を口にするジュンなど無視して、三人は一様にフィーナの方を凝視していた。
三人は無遠慮な視線で、彼女の黒いハイソックスを履いた足のつば先から、銀色の頭のてっぺんまでをくまなく見つめ――。
綺麗な人、とケンジの呟きが聞こえてきた。
そしてシャーリーはいきなりキッとジュンの方へ向き直り、怒気を含んだ声を上げる。
「ちょっと、ジュン! あんた、まさか……犯罪の途中!?」
意味が分からない、とジュンは思った。周りの他の人には、自分がそんなことをしているように見えるのだろうか。
思わずレオンとケンジへ眼を向けると、諦めろといわれている気がした。
仕方ないので、弁解をしようとジュンが口を開いた時――。
「そんなことない! ジュンは私を助けてくれただけよ!」
頬をわずかに上気させたフィーナが、彼の代わりに弁論をした。
フィーナは『私が言わなきゃ誰が言うの!』という衝動に駆られ、気づくと言ってしまったのだ。
そう――彼はまるで悪い事などしていないし、それどころか自分を助けてくれた命の恩人なのだ。庇うのが当然のはずである。
しかしフィーナには、それ以上の感情が自分の中にはあるようにも感じられた。
「なっ!」
本来ならば、信頼に足る被害者サイドの意見であり、満足した解答を得たはずなのに、シャーリーは驚きの声をあげる。
そのままものすごい目つきで、ジュンをねめつけた。
「ジュンは私がオクトスに襲われているのを助けてくれたの。ね?」
オクトスとは先ほどの獣を指しているのだろうとジュンは認識したが、他の三人は何のことだかわからないようだ。ハテナを浮かべている。
まあ若干一名は、そもそもあまり聞いていないようでもあるのだが。
「オクトスってのは、さっき彼女を襲ってた獣のことだよ。狼に似ていたと言えば、想像がつくか?」
だから一応の説明を付与しておく。その説明で得心がいったような表情を二人は浮かべる。
しかしやはり、ピンクに紫眼の一名は納得いかない! って顔をしていた。
(シャーリーのヤツ、なにを怒ってるんだ?)
基本的に人の機微に聡いジュンだったが、彼女の複雑で難解な感情は推し量れないようだ。
その後、異世界人であるシャーリー、ケンジ、レオンの三人が、現地人のフィーナに互いの自己紹介をし。自分たちが異世界へ来ることになった経緯を、掻い摘んで説明したのだった。
長すぎて読みにくいと思われたので、話を分けました。