第13話 『プニプニ』
ジュンが思念技を披露してから少し経ち、打ち合い訓練の30分が経過した。
「そこまで! では、今度は各自好きな訓練を行え! 俺が見て回るから、そのつもりではりきってやれよぉ!」
注目を集めるように静止をかけた後、キーファンスが結構アバウトな事を言い放った。
「先生は今まで何をしてたんですかー?」
キーファンスの言い方だと、打ち合いをしている間、彼は何をしていたのかが気になったのでジュンは直球に尋ねてみた。
「ん、俺はだな……寝ていたっ!」
「……はい」
諦めの気持ちと共に、さっさと次に思考を変えようと思った。
そんなジュンと同じように、ため息をつきながら仕方なしに各自で訓練を開始する生徒たち。
ジュンはレオンと一旦、フィーナとシャーリーのところへ顔を出すことにする。
「シャーリー、調子はいいかぁ?」
魔法の概念は思念技と似ているが、大きく違うことがある。それは呪文(呼称)が、すでに決まっているものが多いことだ。そのため、シャーリーは呪文書を徹夜で読んだと言っていた。
チラッと見た限りだと、打ち合いの際、シャーリーはしっかりと魔法シールドを張ってフィーナの魔法を防いでいた。
調子は良さそうである。
「うん! 絶好調よ!」
右手でグーを作り、ミニガッツポーズを作るシャーリー。本当に、調子が良かったのだ。昨日ほとんど丸暗記のようにして、シールドの想像の仕方や、炎系統の呪文も覚えていたおり、それを実際に使えたのだ。
リリアに創ってもらった魔法杖は、とても使いやすく、そこから魔法が飛び出したのには大きな感動を覚えた。まだ簡単な『初級火炎魔法Fire Ball』しかやってみていないが、それでも十分に嬉しかった。
「ははっ、そりゃ、良かったな」
シャーリーの『絶好調』な顔つきを見て、ジュンはニッと得意げな笑みを作った。
「そういうアンタも、調子いいみたいね」
口元に柔らかい曲線を描きながら、シャーリーが言う。
そのまま二人で数秒間、ニタニタしていた。
「ジュンたちは何か思念技使ってみたの?」
ニタニタしている二人が落ち着いた後で、思いついたようにフィーナは訊いた。
授業前に教えてあげたばかりだったから、思いついてない可能性も大きかったし、そもそも技として成立していない可能性もあったが、とても興味があったのだ。
――レアな属性である『洸』や、レアではないにしろ珍しい『雷』が、どんな思念技を使えるのか、が。
「おぉ、よくぞ訊いてくれましたっ! Light・ Pressureってやつを使ってみたところ――もちろん大成功だったよ!」
大仰に身振り手振りでジュンはフィーナに訴えた。
エイン・シェルはちゃんと縮小版に戻してあるので、問題はない。
「えと……つまり、光の圧力ってこと?」
少し英語が難しいのだろうか、疑問の形でフィーナが返してきた。
「そうそう。俺ってあまり力がないからさ、圧力でこう、グッと力増しできたらなって思ってさ」
「へぇー、すごいねっ」
素直なプリンセスは蒼い瞳をキラキラさせながら、賞賛の言葉を送っていたが――
「ふぅーん、確かにアンタはレオンと比べて二の腕とかプニプニだもんね」
なかなか素直になれないピンクポニーは、遺憾なくその天邪鬼っぷりを発揮した台詞を述べた。
「違うヤイ! 俺は別にプニプニじゃなくって、レオンがゴツ過ぎなだけだっつーの! それになんてフィーナはいい娘なんだぁ」
ジュンはそんなシャーリーの言葉が、賞賛の裏返しだと分かっていたので、ふざけて言い返した。
「うーん、それもそうかな……」
レオンの筋肉の様子を思い浮かべたようで、真剣にシャーリーも唸っている。
「そんなにゴツくはないと思うんだが……」
そんなシャーリーの態度に、若干しょんぼり気味のレオン。それはそうだろう。自分の想い人に、ゴツいと同意されたのだから、悲しくもなって、慟哭ものだ。
「ねぇ、レオンさん。ちょっと触らせてもらってもいいですか?」
三人の様子がとても楽しそうだったので、フィーナもレオンの筋肉がどれほどのものなのか、とても気になってしまった。
レオンはそんなちょっと上目遣いのフィーナを断るにもいかず、渋々といった様子で頷く。
それを受けたフィーナが、「じゃあ」と言ってレオンの二の腕をちょんちょんと突っついた。
「うわぁ! かったーい!」
あまりの堅さに、思わず歓声を上げてしまったフィーナ。自分の二の腕を揉んでみる。案の定、フニャフニャだった。それが、あんなに堅くなるなんて……男の人って不思議! と父を早くに亡くし、兄とは疎遠なフィーナは思った。
「そ……そんなに堅いのか……」
なんだか涙が出てきそうな感慨にレオンは襲われたが、気付いた様子もないフィーナは次にジュンを触ってみたくなった。
「ねぇ、ジュン。今度はジュンに触ってみてもいい?」
「ん、いいけど。言っておくがレオンより、堅くはないぞ」
これだけは言って置かねばなるまい、とジュンは思った。触ってから、フィーナが「なーんだ。よわっちいの」なんて言われた日には――ジュンの妄想で、フィーナの言葉遣いから違う――もう、生きてはゆけないかもしれない。
男として……。
「うん。……あっ、ホントだ。レオンさんのよりちょっと柔らかい」
「……くっ」
フィーナの率直な感想に、なす術なく苦悶の声が漏れてしまう。
「でも、大丈夫だよ! 私の二の腕よりはずっと堅いから。ね?」
ジュンの苦しげな表情に気付いたフィーナが、大きな声でそう言っていたが、ジュンとしては「そりゃ、フィーナに負けたら……」と思い、なんとなくため息が洩れた。
「ね? と言われても……な」
そう言葉にしたレオンが、ジュンの肩をポンポンと叩いた。レオンはこの時思った。
(人は、自分よりも不憫な者を見ると、優しくなれるのだな)
と。
「あっ、そうか」
何やら分かってしまったようで、フィーナ様がお得意の『ポンポン』をやった。
そこに何やら、とんでもない勘違いをしていそうな雰囲気しか感じられないジュンだったが、一応「どした?」と尋ねてみる。
「あのね、それなら私の二の腕触ってみれば、ジュンがどれだけ堅いかって分かるよ! 私のはとってもプニプニだから♪」
音符付きで、自信満々に語っているフィーナに、他の三人は「これが、プリンセスと庶民の齟齬かっ!」と思ったのだった。
しかし、耐え難い魅力のある提案だったため、ジュンはおそるおそるフィーナの二の腕に指を近づけてゆく――断じて彼は、変態ではない! たぶん。
と、そんないところ(?) で――
「お前ら……何をやっとるんだ?」
ハッと声のした方向を振り返ると、そこには呆れた様子で佇むキーファンスがいた。
それから大勢の生徒の視線も感じる。
「あ、いえ、これはですね。フィーナ様の観察を少々」
咄嗟に自己紹介の時にネタとして言った趣味が、頭によぎり、ジュンはそのまま口にしてしまった。
それを聞いたキーファンスは「ほう」とだけ呟き――
「俺の授業中に、観察か。それはいい度胸だな……ジューンバルトよ」
「ええ、まぁ、それほどでも」
ジュンが照れくさそうに頭を掻くものだから、生徒たちは「褒めてねぇ(ない)よ」と内心で突っ込みを入れていた。レックスは「ハハハッ、やっぱアイツ、おもしれぇ」と爆笑していたが……。
「ちょっとアンタ! それ褒めてないから!」
「ちょっとジュン! それ褒めてないよ!」
シャーリーとフィーナが同時に、同じ内容を言葉にした。
「分かってるっつーの!」
もちろんジュンだって、そんなことぐらい初めから分かっている。
「…………クッ、ガッハッハッハ! やるな、ジューンバルト! ガハハ」
しかし何やらキーファンスが、笑ってくれて――計画通り! と思い、ジュンも調子を合わせる。
「ハハッ、ハハハー」
互いにひとしきり笑った。
「よしっ! 貴様らは今度の授業で、俺が直々に相手をしてやる!」
笑いあった後、キーファンスはジュンたち4人にそう言い放った。
後から聞いた話によると、どうやら他の生徒たちは一人で鍛錬をしている間、キーファンスから色々と指導を受けたそうだ。
「は? 今度?」
思わず敬語ではなく、素で言ってしまったジュンだったが、まったく気にした様子のないキーファンスが大きく頷く。
「そうだ! 今日のところは、俺はランチタイムが次に控えているから、早めに引き上げるのだ! だから今度なのだ! さらば!」
すごく身勝手言い分で去ってゆくキーファンスの背中を、呆然とした様子でジュンたちを含む生徒全員が見つめていた。
そして闘技場の出入り口から姿を消したかと思ったら、もう一度キーファンスはひょこっと顔だけ見せて――
「時間になったら、各自解散!」
と言い放った。
あの後は、みんなは真面目に鍛錬を行い、終了の鐘がなるまで頑張ったのであった。
しかしそこに、レックスの姿は存在してはいなかった……。
そして今日も、学園食堂で昼食を済まし――「明日は必ず私が作ってくるから!」と昨日酔って寝てしまったフィーナが慌てて言っていた。
午後の授業も終え、ジュンとレオンは図書館へ司書のアルバイトを申し込みに行き、ケンジは工房に篭もり、シャーリーは正式に来週から『カッフェ・フローリアン』で働く事となった。
フィーナも来週からウェイトレスの仕事を再開すると言っていたので、シャーリーとしてはちょうどよかった。
それからシェフのオスカー・ポライトが、夕食に食えと惣菜をくれたので、またジュンの部屋で5人――レックスはどこかの屋台で奮闘しているようだ――はそれで夕食をとってから、各自の部屋に戻りぐっすりと眠りについた。
そういえば、フィーナが言っていた内緒のデザートとはパンナコッタというもので、男のジュンでもとても美味しかった。特に女子のシャーリーはキャッキャと喜んでいたものだ。
そんなこんなで日々が過ぎ、ジュンたちが異世界『ユーレスマリア』にやってきてから初めての休日となった。
このユーレスマリアでもピースランドと同じく、一週間は7日で、週休は2日で構成されている。しかしその呼称だけは違い、日曜日は『ドミニカ』、月曜日は『ルネ』、火曜日は『マート』、水曜日は『メルカ』、木曜日は『ジェンバ』、金曜日は『ヴェナー』、土曜日は『サバト』といった。
先日の『実践』の授業は、毎週金曜にジュンたちのクラス2-Aでは行われるのだ。
そしてせっかくの休日だというのに、学園は開いており、ジュンとレオンは図書館司書のバイト、フィーナとシャーリーは『カッフェ・フローリアン』でウェイトレス、ケンジはリリアと工房で色々とやっていただけだった。
またジュンたちは、何ゆえ『図書館司書』のアルバイトが人気ないのか、やってみて理解した。それは図書館の蔵書数が半端ない上に、その全てが置かれた場所を覚えないといけないからだった。
そこでジュンとレオンは仕方なしに、人気のある本の場所と名称だけは覚えておいて、残りは『ホログラフォン』を行使したズルで乗り切る事にする。
しかしそれでも、明らかに利用者と司書の比率が合っておらず、かなりのてんてこ舞いで大変だった。
アルバイトをしながら、本が読めると思っていただけに、とても悲しかった。
そんな2人に救いがあるとすれば、バイトの昼に食べたフィーナの手作り弁当が非常に美味しかったことと、バイト代が日当で支払われることぐらいだっただろう。といっても、レオンはシャーリーの作った簡単な『おかず』に嬉々としていたが――簡単のならば、作れるようになった(卵焼きとか)。
バイトが終わり平日の授業中などに読むための本――古代本やら元の世界に帰る方法が載っていそうな本を物色していたジュンは、シャーリーは自分らと同じく大変そうだが、ケンジは好きな事を好きなだけやっているだろうと想像して、とても羨ましい気分になった。
ケンジたち機工魔導師は放課後という個人的な時間を使って、他の生徒たちの魔装や、魔法杖を調整しているので、学園から給金が支払われるのだ。
そして休日が終わり、また授業が始まり、『ルネ』、『マート』、『メルカ』、『ジェンバ』と様々な本をレオンと読みながら過ごしていった。ケンジは何やらノートに書きまくっていたし、シャーリーは授業を聞いていたため、1人でやる羽目になるかとジュンは思ったが、あの真面目なレオンが付き合ってくれたことには驚いたものだ。
正直助かった。
しかし大した成果も得られず、得られたのは『アトラティカ王国で、魔装士と魔法使の呼び方が英雄アトラスとメシュティアに基づいているのはいいが、他の国でも同様の呼び方をしていること』ことと、『この世界が、周期的に戦争やら紛争やらを起こしていること』だけだった。
前述の方は違和感を覚えた。
しかし後述はジュンたちの国『ピースランド』以前の『地球』でも同じようなことがあったので、やはりどこでも争いはあるんだな……程度にしかジュンは思いもしなかった。
この事に重大な意味があったのだ、とジュンが気付いたのはとても時間が経ってからのことである。
そしてようやく、ジュンが待ちに待った『実践』の授業の日となった。
ジュンはあまりに待ち焦がれていたため、ヴェナーの朝はいつもより早起きをしてしまい、その暇な時間を筋トレやら、新しい思念技の開発に充てた。
そうしたら今度は、試したいという思いばかりが膨らんでゆき、この興奮を治めるのにレオンやケンジを起こしにいったところ、レオンに「お前は子供か」と呆れられたのは言うまでもない。
だが仕方がない。ジュンは自身を鍛えることに、そして強くなることに、非常に執着していたから。
強くなる事でしか、前に進んでいるという実感が湧かないのだ。だからこそ、体験型であり、体とイメージの両方を同時に鍛えられるFSを異常なまでにやり込んでいた。
――俺は、強くなるんだ。今よりもっと……。
男子寮の庭で突風が吹いた。その涼しげで心地良い風に身を委ね、ジュンは双剣を縮小する。
――俺は瞳をそっと閉じる。
たちまち、懐かしい記憶が脳裏に蘇ってきた……。
次回は少し昔話になります。
ジュンたちの幼い頃の内容です。どうしてシャーリーはジュンのことが好きなのか。どうしてレオンとジュンは親友となったのか。それを描こうと思っております。
本編にはあまり関係有りませんね(汗
ではでは~